10.決着
廃墟のすぐ横、元は別荘の庭だった場所。
到極が一歩ずつ、辰巳に近づいていく。
到極が強化された拳を辰巳に向かって振り抜く。
だが。
「ごふっ!?」
到極の拳は当たらなかった。
逆に辰巳の拳が到極の腹部を打ち抜いていた。
「到極さん!?」
桜が思わず到極を心配する。
「オラオラオラ、どうしたもう終わりか?」
辰巳が連続攻撃を繰り出す。
到極は避けようと体をそらすが、辰巳の拳から逃れることは出来なかった。
(二階から落ちた時も、この男には傷一つ付かなかった。一体どんな異能の持ち主なんだ?)
到極が辰巳の動きを観察する。
(どこだ、一体どこに仕掛けがある。――そうか!)
到極は気づいた。
辰巳の拳が途中で加速している事に。
アーク名 拍子滑り。
辰巳の異能は加速系。
隼人と同タイプだった。
加速しかできない隼人と違って、辰巳は加速も減速もすることが出来た。
二階から落ちた際は減速の力を使っていた。
だがいつでも発動できる隼人と違い、辰巳の力は手と物体が当たる瞬間しか使うことが出来なかった。
この力を使い、辰巳は攻撃が到極に当たるタイミングをずらしていた。
(気づいたぞ、それなら――っ!?)
だが気づくのが少し遅かった。
到極の鳩尾を、辰巳が打ち抜いた。
「かはっ!?」
到極の口から息が漏れる。
到極が後ろに吹き飛んだ。
数メートル後方で、到極は倒れた。
立ち上がろうにも怪我のダメージが蓄積して思うように動くことが出来なかった。
桜が到極に駆け寄る。
「到極さん、到極さん!」
桜が地面に膝をつき、到極の身体を揺らす。
だが到極は起きなかった。
辰巳がじわじわと桜に近づく。
「その様子からして、どうやら君は戦闘系のアークを持っていないようだね。そうだ良い事を思いついた。君を持ち帰ってあの方への手土産にしよう。君ほどの美人ならあの方もきっと喜んでくださるだろう」
辰巳はそう言いながら桜に近づいて行った。
桜は辰巳に背を向けたまま、到極を呼び続けた。
「到極さん、到極さん……」
だが、遂に。
桜が呼びかけるのをやめた。
その様子を見て辰巳が言う。
「おやおや、その彼の呼吸も遂に止まったかな」
辰巳からは桜が重なって到極の様子をうかがい知ることは出来なかった。
辰巳が桜のすぐそばで止まった。
辰巳が拳を大きく振り上げた。
だが、それと同時に。
桜が倒れた。
そして、そんな桜と交代するように。
到極が起き上がった。
(な、何が起こったんだ!?)
辰巳は混乱していた。
桜はアークを発動していた。
辰巳から見えないように。
それによって到極は回復することができた。
そして。
フィードバック。
異能にはフィードバックという概念があった。
限界を超える力を使うと、反動が起こる。
桜は到極の怪我を回復させようとした。
だが到極の怪我があまりに多く、怪我の一部が桜に跳ね返っていた。
桜の身体には無数の切り傷が付いていた。
(桜、また君は限界を越えるアークを!)
到極が心の中でつぶやいた。
辰巳は桜を攻撃するため腕を振り上げていた。
そして辰巳の異能は物体に触れる瞬間にしか発動しない。
この間合いに限ってのみ、到極が辰巳を上回ることができた。
(桜、すぐに終わらせるからね)
到極が辰巳を睨んだ。
アークは感情に応じて、その力を増減させる。
今の到極は辰巳への怒りによってその力が爆発的に上昇していた。
「爆、拳――ッ!」
到極の拳が辰巳を捉えた。
「ぐっ、がぁあああああ!」
辰巳は耐え切れず数メートル吹き飛んだ。
そしてそのまま気を失った。
「桜、桜ーっ」
到極が桜に駆け寄った。
「ごめん、僕はまた桜に限界を超えるアークを……」
「いいんです、到極さん。私にはこれくらいの事しか出来ないですから……」
「桜、っ……」
ここで到極もエネルギー切れを起こした。
到極は桜を庇うように隣に倒れた。
◇ ◇ ◇
先に目を覚ましたのは辰巳だった。
「まだだ、まだチャンスはある!」
辰巳が到極に向かって歩き始めた。
「あと少し、あと少しだ!」
辰巳が到極に向かって手を伸ばした。
「はぁ、はぁ、はぁ、そこまでよ……!」
間一髪のところで、礼夏たち三人が到着した。
勝負は着いたかに見えた。
だが、辰巳は奥の手を用意していた。
空から機械兵士が辰巳を守るように降り立った。
その数、実に数十体。
「間に合った様ですね……」
辰巳が言った。
しかし。
「間に合った、のはお前だけじゃないぜ!」
「お待たせしました、チームLの皆さん」
「こっからテメェらの相手は、この俺たちだぜ!」
別の場所で毒島を捜索していたE.D.Oの上位チームが駆けつけた。
「そこの二人を連れてはやく逃げてください」
上位チームの内の一人が言った。
「あいつらに従うのは癪だけど、今は退くわよ」
礼夏が言った。
到極に隼人が肩を貸す。
桜にティアと礼夏が肩を貸す。
上位チームと機械兵士たちとのレベルの違う戦闘を背に、チームLは撤退した。
◇ ◇ ◇
数日後。
E.D.O本部内のとある研究室。
怪我の治療を終えた五人は本部を訪れていた。
研究室では手記の解析が行われていた。
「あの後、長髪の男性には逃げられましたが機械兵士は上位チームが全個体を殲滅しました」
本部の職員、本崎が言った。
「ふーん、アイツを逃がすなんて上位チームの奴らもまだまだね」
礼夏が言った。
「よく言うぜ、あんときはお前も結構ヤバかったくせに」
隼人が言った。
礼夏が隼人を睨んだ、隼人は面倒くさそうに目をそらした。
「そ、それで今日、僕たちは一体何の用で呼ばれたんですか?」
言い争いの気配を察知し、到極が話を変えた。
本崎が言う。
「到極さんに確認したいことがありまして――」
だが本崎の言葉は中断された。
解析の結果が出たのだ。
『――解析完了。異能残滓確認。本物です。毒島本人が異能を用いて筆記したもので間違いありません』
研究員の一人が言った。
それを聞き研究員たちが喜びの声を上げた。
「よかったじゃない到極! これって多分すごいことなんでしょ?」
礼夏が言った。
「あぁ上層部も高く評価するはずだし、もしかしたらチームのランクも上がったりして!」
隼人も言った。
だが到極と桜は浮かない表情をしていた。
「到極くん桜さん、どうかした?」
ティアが言った。
「その様子、どうやら手記の中身を見たようですね」
本崎が言った。
毒島は未来予知の異能者だ。
手記が本物だという事は、手記には未来が書かれていた事になる。
――2066年10月、世界は滅亡する。
到極と桜は手記に書かれた一文を思い出していた。
世界滅亡まで、あとおよそ一年しかなかった。