9:覚醒スキル【竜の加護】
「まあ、農業と言っても今すぐってわけにはいかないけどね。人手も足りないし」
アドニスがそう言って笑っている間に、ユグドラシルが大地へと手を向けた。するとそこから再び木が生えてきて、その枝先が運河の上へと伸びると、船のような形の果実がなった。それはどんどん大きくなっていくとまるで熟した実のように、ぽとりと枝から落ちて、着水。
運河には細長い形の木製の船が浮かんでいた。その先端は水妖竜が牽引できるようなっており、まさにアドニスが想像していた通りだった。
「はい、お船の出来上がり~」
ユグドラシルの笑みを見て、アドニスは喜ぶと共に、こんな簡単に出来てしまって良いのかと今さらなことを思ってしまう。
「たった数分で船が……」
「木製で良かったら色々作れるよ!」
「うん、ありがとうユグ。さて、じゃあせっかくなので、村まで行ってみようか」
「うん! ティアマトも行こ!」
「もちろんよ~」
水妖竜を召喚し、三人が乗船する。
「きゅいー!」
水妖竜の鳴き声と共に、ゆっくりと船が運河を進んでいった。
「これは……馬よりも快適だ」
それはやがて〝水竜船〟と呼ばれ、ここに築かれる国において、重要な交通網の一つとなるが、今は砂漠を貫く運河をゆく船といった有様でなんとも奇妙な光景だった。
「そういえば、主様、気付いているかしら~」
船の上で、ティアマトがそんな事を言いだしたので、アドニスが首を傾げた。
「ん? 何に?」
「その手の甲」
アドニスが言われて右手の甲を見ると、確かにそこにはあの召喚時に浮かび上がっていた紋章が消えずに残っていた。青いティアマトの紋章と緑のユグドラシルの紋章。
「あー、そっか! 二体目の竜を召喚したから、覚醒スキルの一つが解放されたんだね!」
ユグの言葉に、アドニスは更に混乱する。
「え? 覚醒スキル? 【竜王】にもあるの?」
アドニスは、スキルを何度も使用していると、そのスキルから覚醒スキルを得ることができるという知識はあった。例えば、【火属性魔術】のスキルを使っているうちに、【炎剣】のスキルを得たりすることがあるそうだ。だが、その条件は人それぞれであるらしく、中々狙って覚醒スキルを得ることは出来ないはずだった。
「うん! 【竜王】には覚醒スキルがいくつかあるんだけど、段階的に解放されていくの。その解放条件は――召喚し使役した竜の数だよ!」
「なるほど……つまり僕が二体目を召喚したから、その覚醒スキルってのが解放されたのか」
「その通りよ~。その覚醒スキルの名は――【竜の加護】」
ティアマトがそう言って、アドニスの右手を手に取った。
「……竜の加護」
それは【竜王】の力を調べるために、スキルについての文献を片っ端から読んだアドニスですらも聞いたことのないスキルだ。
「この右手の甲には、私達の力が宿っているよ~。今は私とゆぐゆぐの力ね。そして覚醒スキル【竜の加護】はその力を一時的に自分の物として主様が使えるようになるの」
「君達の力を? でも僕、魔術とかは全然駄目で、剣術とかも才能ないって言われて」
それはアドニスにとって、苦い思い出だ。当時は【竜王】の力が分からず、それに頼らないように剣術や魔術の研鑽に励んだのだが、どちらも一切才能がないと分かり、かなり落ち込んでしまった。
「そりゃあそうだよお兄様! 人間の魔術や剣術体術の類いが竜王に合うわけないもん!」
「そうね~。猿の動きを人が真似しても、中々上手くできないのと一緒よ。主様は見た目は一緒かもしれないけれど、根源的に人間とは違うから当然人間と同じことをしても上手くいかないわ~」
その言葉にアドニスが半信半疑になりながら、希望があるかもしれないと思うと、自然と笑みが浮かんだ。
「竜の力を振るってこそ――竜王なのよ~。すぐに使い方は分かると思うから教えるわね~」
「ユグも教える~」
こうしてアドニスは二体の竜から、船上で力の使い方を教わった。
それはのちに――黒竜王と呼ばれ最強の名を欲しいままにしたアドニスにとっての、大きな一歩だった。
☆☆☆
深夜。
その夜は満月でミルムースの村は月明かりに包まれていた。
「――いつも通りにこなすぞ」
「――了解。さて、どこまで壊そうか。やっぱり生きながらまずは皮を剥いでだな」
「――王子殺しとはそそる仕事だよ。指を一本一本折っていって、どう鳴くか楽しみだ」
そんなミルムース村の中を――三つの黒い影がひた走る。
それはクロンダイグ王家直属の暗部である〝王の影〟だった。
彼等は任務を遂行する時、必ず三人で行動するという。それは相手がどんな強者であろうと、どんなに厳重な警備を敷かれていようと――三人であれば必ず任務を成し遂げられるという自負があるからだ。
侵入し、殺し、そして脱出する。それに特化した者達であり、性格や性根や人格が破綻していようが関係なかった。ゆえに、その仕事には凄惨な現場がつきまとう。その残虐な殺し方は脅しの効果もあり、クロンダイグ王家の揺るぎない地盤を築くのに一枚買っていた。
王の影を踏んだら最後――死と絶望が待っている。それがクロンダイグ王国の王宮内の常識であり、貴族達も決して逆らうことはなかった。
だからこそ――影達は疑いもしていなかった。まさか自分達が追い詰められる側になろうとは。
三人が、村外れにある家屋へと音もなく侵入する。そこは、この村の村長に用意させた家屋で、ターゲットは必ずそこに寝泊まりさせる手筈になっていた。
「――間違いない、アドニス王子が二階にいる。魔力波が一致した」
一人の影がそう言って、探査魔術の結果を伝えた。
「くくく……何も知らず、護衛を一人も立てずに寝ているとはな」
「暢気なもんだ」
「やるぞ」
リーダー格らしき影がそう言うと同時に、影達が階段を物音一つ立てずに駆け上がっていく。その手には黒く塗り潰された短剣が握られていた。
静かにドアを開けて、アドニス王子が眠っている部屋へと入った瞬間――影の一人が異変に気付いた。
「おい……あれ……!」
「っ! しまった!」
ベッドに寝そべっていたのは――木で出来た、等身大の人形だった。
「馬鹿な!? 探査魔術では、確かに王子の魔力波が!」
影達が戸惑っていると――その背後から声が掛かる。
「夜更けに寝込みを襲うなんて……不敬ですよ?」
その声に影達が振り向きつつ、短剣を投擲。しかしそれは、突如床から生えた木の根によって防がれてしまう。
そこでようやく、彼等は気付いた。そこに立っていたのが――ターゲットであるアドニス本人であることを。
アドニス君も使役する竜が増えるたびにパワーアップしていきます! 竜の加護自体も竜が増えるほど使える属性が増えるので強くなっていきますね。
次話で王の影VSアドニス達です