『恐怖』と人間
最大の『恐怖』、それは『死』。
これは人間のみならず全ての生物に共通する話。
だから、その『恐怖』から逃れる為に肉食動物に追われる草食動物は力の限りを尽くして逃亡する。例え生まれ持った肉体構造の違いで走る速さに絶望感な差があったとしても、例えこの世に産み落とされたばかりでまだ四肢がしっかりと地に立てる状態でなかったとしても。
しかし自然の世界は非常に厳しい、まだか弱い子供のインパラは地上最速のハンターであるチーターにロックオンされ、母から、群れからはぐれ一頭だけでその牙から逃れようと必死に草原を駆け回る。
逃げるインパラ。
追うチーター。
アフリカの大自然などを特集したテレビ番組で我々がよく見かける光景。
そしてついには悲しいかな、子供のインパラはチーターの鋭い爪に大腿を引き裂かれ、その場に力無く倒れ込む。
抵抗を止めるインパラ、そしてチーターはトドメとばかりインパラの首元を牙で食いちぎり、生きていく為の栄養を捕食により摂取する。
これがサバンナの掟、これまでの生物の命の連鎖を支えてきた弱肉強食の世界なのだ。
……って、ちょっと待てーい!
毎度こんな場面を見る度、不思議に思う光景。あれほどまでに命を奪われる事を拒絶し全力で逃げ回っていたインパラが、たった一撃チーターの攻撃を受けただけであっさりと抵抗を止めて潔く捕食される件。
逃げ回り続けて疲労困憊で諦めた? 傷が致命傷と悟りこれ以上は抵抗しても無駄だと諦めた?
果たしてそうだろうか? それまで何百メートルと思しき距離を全力で逃げ徹底的に捕まる事に抵抗してきたはずなのに、捕まった途端そう簡単に『死』という『恐怖』に対し覚悟を決められるものなのだろうか? 例え、それが人間よりも知能の劣る下等動物だとしても。
それどころか、首元を噛まれ絶命寸前のインパラは苦痛に悶える仕草をちっとも見せずに、むしろウットリと高揚感に満ちた瞳をして体全体も完全に脱力している。
まるで、『死』を迎える事に対し快感を得ているように。
『脳内麻薬』。
どうやらこれが捕食されるインパラの脳内で活発に働き、『死』への恐怖心や生きながら食われる激痛を緩和して安らかな最期を迎えさせているようなのだ。
「麻薬? 何それ、って事はインパラは脳内に覚醒剤みたいなものを常に蓄えている訳?」
そうなんです。しかもこれ、インパラに限った事じゃございません。我々人間の脳内にも存在している物質なんです。これこそが、地球上に存在する生物全てが『恐怖』という感情に打ち勝つ為に備わった最終兵器。
『恐怖』とは、生命継続の危機的状況に対し脳より体全体に対応出来る準備信号を促す大切な感情の一つ。故に、感受するその精神的ストレスも並み大抵のものではない。
どの生物においても、安定していた精神面や身体が突然急激に不安定な状況におかれると不快感を促す神経伝達物質が脳に伝達されストレスを感じる。朝などの睡眠状態からの目覚めに強烈に機嫌悪くなるのは正にそれ。
しかし、脳内にはそれらストレスを解消させる為の神経伝達物質も同時に存在している。例えば感情を奮い立たせ興奮状態にする『ドーパミン』とか、逆に興奮状態を安らげ精神を安定させる『セロトニン』とか。
その中でも、医療面でも鎮痛剤として使われる『モルヒネ』の何十倍の効力があり、鎮痛能力と快楽感を与えると言われているのが通称『脳内麻薬』と呼ばれている伝達物質『エンドルフィン』なのだ。
『ランナーズ・ハイ』という言葉をご存知な人も多いだろう。マラソンランナーなどが長距離のランニングで疲労困憊となり肉体的には相当限界まで追い込まれているはずなのに、なぜか精神的には非常に高揚感を得て快楽すら感じる現象。
正にその状態こそが、肉体を傷つける行動により感じたストレスを解消させる為、脳内から大量にエンドルフィンが分泌されている状態。苦しいはずなのに気持ち良い、覚醒剤や大麻などの麻薬服用時と同じ感覚の一種のトランス状態なのだ。
ちなみに、この『エンドルフィン』は性行為においても分泌される。と、言えばその快楽感の凄さがどれほどのものか簡単に理解して戴けるだろう。
あぁ、なるほど。と一瞬で理解したそこのあなた。お盛んですなぁ、好きですなぁ、このスケベ。このエッチスケッチワンタッチ。でもしょうがないよね、気持ち良いもんは気持ち良いもんね。たまんないよね、やめられないよね、『脳内麻薬』、感謝感謝。
……話が脱線したので軌道修正させて戴きます。
この『脳内麻薬』が存在しているからこそ、生物は『死』という『恐怖』に対し対抗して存命し続けてられていると言っても過言ではない。『死』とは必ず全ての生物に訪れる現象。常に『死』のストレスに晒されながらも絶望せず日々の生活を過ごしていけるのは、『楽しい』、『気持ち良い』という感情を生み出してくれるこの物質あってこその話。
そして、この『脳内麻薬』の効果により、最高の知能を司る我々人間だけが『恐怖』という感情に打ち勝つある術を手にしたのだ。
人間は、『恐怖』を娯楽に変える事が出来る唯一の生物。
どの生物もわざわざ自らの命を脅かすような行動を起こす事はまずしない。しかし、人間だけはあえて危機感を感じる事によって『脳内麻薬』の分泌を促し快楽を得ようとする。
例えばバンジージャンプやスカイダイビングといった、一歩間違えば自殺行為とも取れるアトラクションに喜びを感じ、『未知』の存在であり命を奪われるかもしれないと思しき心霊現象や殺意を題材とした小説や映画作品を鑑賞する。
まだ発育途中な子供でも同じような状況が見られる。皆様も経験あるだろう、鬼ごっこなどで鬼から追われている時、捕まる『恐怖』にその身が竦んでしまってもおかしくないのに楽しそうに何言ってるかわからない絶叫をあげて逃げ回ったりする。
「いやああああぁぁぁぁ! 怖いいいいいぃぃぃぃ!!」
などと絶叫しながらもその表情は笑顔。これこそ正に『脳内麻薬』が引き起こしている状態そのもの。他の野生生物よりも『死』の場面に出会す可能性が少ないからこそ、『恐怖』により快楽感を得る事が出来ると解明する高度な知能があるからこそ、人間は『恐怖』を娯楽にする事が出来たのだ。
もちろん、この夏ホラー企画だって『脳内麻薬』という物質があったからこそ存在出来たものですね。実に脳の仕組みとは面白く出来てるもんです。夏の風物詩を提供してくれている『脳内麻薬』様にいやはや感謝感謝。
でも、ちょっと待った。
人間様よ、ちょいとばかしこの『脳内麻薬』を酷使し過ぎちゃいませんか?
これだけの快楽を与えてくれる物質が脳内に存在しているというのに、人間はその刺激だけでは飽き足らず外部からも麻薬を服用する者や、あわや命を落とすスレスレの自殺行為のような暴走をしてまでスリル感を得ようとする者はあとを絶たない。
ある一定度の刺激に慣れてしまうと、人はさらに強い刺激を求めようとする。それを続ける事によって次第に脳は刺激に慢性化し、いつしか本当の『恐怖』すら感じなくなってしまうのではないだろうか?
実際、筆者である私がそうです。突然のカミングアウトになりますが、私ミラージュは数年前に生活のストレスにより鬱病を発症し、数回の自殺未遂を起こした過去があります。
自殺行為に対しても『脳内麻薬』は分泌されるそうで、私は自然とそれで日々の耐え難いストレスから逃れてきたみたいです。現在は投薬治療により自殺願望は無くなりましたが、それまでの行為により私の脳は様々な刺激に対しかなり鈍い反応しか示さなくなってしまいました。
『死』に対し、何の恐怖心も感じなくなってしまったのです。
いつ死んでもいい、例え突然背後から精神障害者に刃物で刺されようと、例え前方から暴走してきた車に跳ねられようと、例え原因不明の奇病に冒され余命宣告されようと、そんな事はどうでもいいと思えるようになってしまいました。
だから、自分がいずれ『死』を迎える事に何の躊躇いもありません。しかし、一つだけ気がかりな事があるのです。
私は『死』を迎えるその瞬間、チーターに噛み殺されるインパラのような安らかな心境になる事が出来るのだろうか? 果たしてその時、私の脳に『脳内麻薬』は分泌されるのだろうか?
そもそも、『脳内麻薬』を酷使する我々人間は他の生物のような苦しまずに済む最期を迎える事が出来たのだろうか? 天敵を持たず、狩られる事も無く、地球上生物の頂点に立つ我々人間は実際の『死』の瞬間の『恐怖』に打ち勝つ事が出来るのだろうか?
人間は、『恐怖』を娯楽に変える事が出来る唯一の生物。
しかし、その代償として人間は最も苦痛に満ちた最期を迎えなければいけない生物なのかもしれない。
と、最近私は思うのです。
人間の皆様、残念でした。
『脳内麻薬』の乱用には、くれぐれもご注意下さいませ。
フヒヒ。