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84話 なんちゃって熱砂

***


 血に汚れた村がある。

 見渡せば、綿のように引きちぎられた人や家畜の死骸が散らばるばかり。

 肉塊の中には剣や鎧といった武具も見られた。

 どうやら抵抗に終わったようだが。


 かつての住人はほとんど殺され、幸運なごく少数だけが逃げおおせた。


 腐肉に群がる虫とネズミだけが今の住人だ。

 彼らの主にして殺戮者は上空から己が縄張りを見下ろしている。


 獅子の体にワシの頭部と翼をもつ魔獣――グリフォンだ。

 その体毛は一点の曇りもない純白で、白い雲のように優雅さを感じさせる。

 通常の山吹色のグリフォンとは明らかに異なるのは、上位種にして希少種だからだ。


「あれが”ハイグリフォン”……神聖王国の象徴」


 見上げる少女の喉がごくりと鳴る。

 不可視の結界からでも、魔獣の存在感が恐ろしいほどに伝わってくるからだ。

 私に気づかないでいてほしい、と無意識にロザリオを握りしめる。


「聖獣に匹敵しうる数少ないモンスター……まさか相対する日が来るとは」


 冷たい汗が額のシワに広がっていく。

 グリフォンに気づかれないほどに高度な結界を張るのは老魔術師。

 三賢人の一角に数えられ、魔術ギルドを統べる大人物だ。

 そして勇者を導いた師でもある。

 彼ほどの経験をもってしてもハイグリフォンは半ば伝承上のモンスターであった。


 書物によれば深い山にひっそりと暮らし、人前に姿を現すことはないとされている。

 かつて神聖王国建国の折り、苦難に見舞われた王を救った高貴なモンスターと伝わっていたが……。


「それが人里を襲うなど……一体なにが起きているのか」


「先の冒険者の生き残りも、いないでしょうね」


 あまりにも死の匂いが濃い。

 聖女として戦った経験が、先発隊の全滅を直感していた。


 当初、グリフォン討伐依頼として冒険者ギルドに依頼が入った。

 通常のグリフォンも強力なモンスターであるため、ベテラン冒険者たちが討伐に向かい、順調に解決すると思われていた。


 しかし蓋を開けてみれば最初の一団のみならず、後発のベテラン勢すら戻ってこない。

 ここにきてようやく異常事態と判断され、生き残った村人の証言から希少種のグリフォンである可能性が浮上した。

 

(まさかハイグリフォンの襲撃など、だれが予想できようか……)


 魔王が討たれ、ようやく平和が訪れた頃に伝承上のモンスターが人里を襲撃するなど。

 老魔術師の知識をもってしても半信半疑であったが、同行した甲斐あって真偽は明らかになった。

 それにより謎と不安が深まったが……


「どれだけ強かろうが殺せばいいだけの話だ、いくぞ」


 結界内に控えた最後の一人、鎧を着こんだ青年が声をかけた。

 勇者の称号を背負う若者は颯爽と相棒――漆黒のドラゴンに騎乗する。

 彼の顔は先の二人と違い余裕が見てとれた。

 戦いたくて仕方がない、そんな笑みだ。


「さぁ、ドラゴンの力を見せてみろ!」


 黒竜は強靭な翼を羽ばたかせ、瞬く間に上昇していく。

 不可視の結界を出たことにより、ハイグリフォンの敵意がドラゴンに向いた。

 金属を切り刻むようなグリフォンの雄たけび。

 それを真正面に受けながら、怯むことなくドラゴンは飛翔する。


「勇者殿、ご武運を」


 老魔術師の声は風の音にかき消された。

 勇者からは支援魔法は不要と言い含められている。

 巷で噂の勇者の新たな相棒の強さを見届けるとしよう。


「こんなことしてる場合じゃないのに……いつになったら結婚……」


 遠ざかる勇者を睨む聖女。

 呪詛のように何事か呟いていた。

 薄い唇には血が滲んでいる。


「……こちらもこちらで」


 乾いた唇からため息が漏れる。


 魔王を倒したとて次の脅威が迫っている。

 そんな心配をしているのは老人ただ一人のようだった。


***


「ボールは友達ィ!」


「グェ」


 力の限り蹴り抜くと、ボールは砂をまき散らしながらゴール(架空)へ向けて空を切る。

 一瞬ボールが悲鳴を上げた気がするが幻聴だろう。


「モリサキ君、頼むわよ!」


「誰だそれは!? しかしココは通さんぞ……!」


 稲妻のようなシュートを迎え撃つのは守護神ホルンだ。

 研ぎ澄まされた動体視力でボールの軌道を読み、深く首を下げた。

 振り上げた頭でシュートを弾く、そうとしか思えない。


 まさか俺の渾身のオーバースケルトンシュートを破るつもりか!?

 こらえきれずふっとばされるがいい……!


「ヒヒーーーン!!」


「ゴハッ!」


 振り上げた頭がシュートを捕らえ、かちあげた。

 ホルンのタテガミが神々しく舞い、”コート上の聖獣”の異名を俺に思い出せる。

 ついでにまた悲鳴がボールか聞こえた気がする。


「ナイスよ!」


 パカンと小気味のいい音とともに、ボールは天高く上がっていく。

 空へと巣立つツバメのように。 

 どこまでも、どこまでも……。


 ――負けた。

 選手生命(死んでるけど)をかけた技を破られ、俺は砂に両膝をつく。


「馬の動体視力は反則だってぇ……」


「なかなか面白い遊びねマスター」


「うむ悪くない、もう一戦やろう。それと馬ではなくユニコーンだ」


 なぜ俺が異世界でサッカーに興じているか。

 大した経緯でもないがこんな感じだ。


 リザードマンたちに別れを告げた俺たち。

 新たなる仲間というか捕虜――首だけデュラハンのゼノンを加え颯爽と目指すはまだ見ぬ魔族。

 ゼノンを操っていたソイツから色々情報をもらう算段なのだ。

 リザードマン村へ魔族部隊がやって来たルートをたどれば、余裕で到達できる理論だった、が……。


「んー? なにやら景色が違うなぁ」


 ドクンちゃんに担がれたゼノンがぼやく。

 手足の生えた心臓の上に兜が乗っているシルエットはなかなかにシュールだ。

 重厚な頭部でありながら胴体はコミカルな心臓の二頭身モンスター……シンプルにダサい。


「マジかよ埋めるぞコノヤロウ」

 

 俺はうんざりしていた。

 ゼノンにというより様変わりした風景にだ。


 リザードマン村は豊かな森林地帯を模した部屋だった。

 ゼノンの話通りなら、その奥地に大きな神殿があり、そこに魔族がいるはずだった。


 が森林地帯を抜けた先には……


「いきなり砂漠て! 日の光がこうも鬱陶しいとは、自分がアンデッドだって改めて実感するわー……」


「ドラウグルは氷のアンデッドだから尚更かもねぇ」


 空は青く、太陽の光がクソ燦々と降り注ぐ。

 足元にはなめらかな砂の絨毯が、ゆるやかな丘陵を地平線まで形作っている。

 たまーにアクセントのように岩が転がっている様、紛うことなき――砂漠だ。


 森林地帯と同じく、あくまでこの風景はアイテムボックスによって映し出された虚像にすぎない。

 本物の太陽なら俺は燃えカスになっているだろう。

 実際、砂だけが限りなくリアルなだけで暑さや乾きは感じていない。


「お肌乾いちゃーう」


 心臓がぷりぷりしているけれども、彼女の表皮を肌と称していいのか疑問である。

 そして重ねて言うけど暑さや乾きは感じない。

 

「歩きづらくてかなわん」


 フーちゃんことフュージョンミミックを乗せるホルンもダルそう。 

 ホルン&フーちゃんを先頭に、俺、俺の肩に乗るドクンちゃん、その上に乗るゼノンが今のパーティーだ。

 乗ったり載せたりややこしい。


「オマケに帰り道も見失うし。いざというときにリザードマン村へ逃げ込む計画が……」


「ハハハ、ドラウグル君は恥も外聞もないねー!」


 あるものは全部使うのがポリシーなんだよ。

 石造りのダンジョンから森林地帯に変わったときは、虚空に浮かぶ出入り口から出入りできた。

 けれど今回は唐突に森から砂漠に切り替わって、後ろに進んでも森林地帯へ戻ることができないのだ。

 退路を断たれてしまったわけで心細いことこの上ない。


「はやくもリザードマン村が恋し……そうでもなさそうね、マスター?」


「まあ、これはこれでな」


 俺の記憶の一部を取り込んでいるだけあってドクンちゃんは察しがいい。

 リザードマン村は仲間や物資がいつでもある安全地帯だった。

 しかし今じゃ一面砂漠で右も左もわからない。

 ダストゾンビとして目覚めた当初の『手さぐり感』を思い出していた。

 まるで新作ゲームを始めたときのような……冒険のスリルはが大好物な俺である。


……


…………


………………


「いやスリルもクソもねぇよ! ずっと砂漠ずっといい天気! コロスぞ!」


 歩き続けること数時間。

 全く変わり映えしない景色に、俺の冒険心はカラカラに乾ききっていた。

 このまま陽光に晒され続けるなんて考えただけで狂いそうだ。


 どうにか気を紛らわさなくては。


「よっしゃサッカーしようぜ! じゃあゼノンがボールな!」


「えっ?」


「なにそれマスター」


 ドクンちゃんからゼノンを取り上げると華麗にドリブルを始めた次第である。


「オイオイオイオイ、こうも見事に足蹴にされると逆に新鮮だよオジサン」


 蹴り転がされ砂にまみれるわりにゼノンは余裕そうだ。

 さてはコイツ、Mだな?


「いいか素人ども、サッカーっていうのはな――」


 そしてこの世界のサッカー史が始まりを告げたわけである。

 ぶっちゃけサッカーなんて体育の時間かじっただけだから超ザックリしかルールわからんけど。

 延々続く砂漠をひたすら歩く苦しみから逃れるにはちょうどよかった。


 こうしてひとしきりワイワイ楽しむうち、ふとボール――ゼノンが語りかけてきた。


「空中から見えたんだけど、向こうのほうで何やら騒ぎが起きてるみたいだよ、フジミくん」


「……マジで? そういうのはホルンさんが察知するパターンじゃなかった?」


 超高級草食動物というだけあり、ホルンの危機感知能力は抜きんでている。

 誰よりも早く異変に気付くのが恒例だったが、今回は何も教えてくれていない。

 ホルンの顔を覗き込むと静かに目線をそらされた。


「……今言おうとしたところだ」


「さてはサッカーに夢中で気づかなかったなぁ? コイツゥ」


「黙れ」


 痛い、かかとをヒヅメで踏まないで。

 抉る勢いで踏まないで。


「巻き込まれないよう、お行儀よく進もう」


「あいさー」


 さておき待ちに待ったアドベンチャーの予感だ。

 森林地帯に入ったときも、リザードマンたちがヒドラプラントと戦っていたんだっけ。

 今回はモンスター同士で戦っていて欲しいな、それを遠巻きに観戦してみたい。

 ゾンビモンスター対サメモンスターとか。

 恐竜モンスター対虫モンスターとか。

 はやる気持ちを抑えつつ静かに歩を進める。


 騒ぎ中心はちょっとした盆地になっており、俺たちは砂丘の上から覗き込んだ。

 すると、なかなかショッキングな光景が広がっていた。


「グアアァァァァ!」


「ジュルルルルウルル!!」


 断末魔やら威嚇やらの鳴き声と剣戟の音が響き渡る。

 惨劇を繰り広げているのは二つの勢力だ。


「争うことしかできんのか、愚かな奴らだ」


 ホルンは一瞥だけして目を背けた。

 聖獣としては血なまぐさいのは苦手らしい。


「……これ、見てて楽しいマスター?」


「興味深くはあるけど、ワクワクドキドキって感じはまるでないな」


「見てごらん、丸呑みされてるよ? あれで死にたくはないねぇ」


 ゼノンはなんだか楽しそうだが?

 しばらく戦を見守ることにしよう。


 ……


「……! そこのドラウグル助けてくれぇ!」


「げっ、バレた」


 一匹のモンスターとがっつり目が合ってしまった。

 やれやれ系主人公のごとく巻き込まれがちな俺である。

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