83話 生首の解説と再会の約束
リゼルヴァにがっつり求婚(むしろそれ以上の行為)を迫っていた事実が発覚した俺。
しかしリゼルヴァの温情で事実上、自由の身でいられることになった。
そして託された温泉卵――もとい『竜の黒卵』。
最初にみた物と違ってだいぶ小さいけれど……俺にどうしろと?
「今の私が託せるのは、これくらいしかないのだ。きっと助けになるだろう」
用途不明のレジェンダリーアイテム。
『竜の黒卵』については何から何まで謎だらけだ。
防衛が成功した喜びやら、リゼルヴァの進化と同時に消失したやら、もうお目にかかることはないと思っていたやらでうやむやにしてしまった。
が、俺の手元にやってくるとなれば話は別だ。
「俺リザードマンじゃないどころかアンデッドだけど本当に大丈夫? 爆発したりしない?」
「……たぶん、大丈夫だと思う、気持ちはある」
「不安しかねぇ」
リゼルヴァが視線を逸らすあたり、本人も黒卵の効能について確信がもてていないみたいだ。
と、思わぬところから知識人が現れた。
「若人たちに教えてあげよう、それは俗にいう『キーアイテム』の一種だと思うよ」
「おぅ、しゃべる時は挙手しろや生首」
「首しかないのにぃ?」
割って入ってきたのはデュラハンのゼノン。
たしかドラウグルの進化についても知っているような口ぶりだった。
ワケあり熟練者な風を吹かせているが、こいつの正体も謎に包まれまくっている。
「人間でいう一部スキルの取得、モンスターにおける一部進化で必要になるアイテムのことを『キーアイテム』と呼ぶのさ。ドラウグルくんも覚えがあるだろう?」
「……ドラゴンゾンビか」
以前、進化ツリーでドラゴンゾンビへの分岐に進もうとしたところ、『竜の血』を条件として拒否された。
「竜の血が固まったのが黒卵なら……俺はドラゴンゾンビになれるってことか?」
「かもね。ひょっとすれば君もドラゴンの仲間入りさ」
「えぇーっ、リッチになる約束でしょぉー」
ドクンちゃんが不服そうだけれども、そんな約束してないよ。
とはいえ話が本当なら強力なアイテムであることに違いない。
「サービスでもう一つ教えてあげよう、そこな美人奥さんが聞きたそうにしていることだ」
ゼノンが言葉を続ける。
「……むっ」
リゼルヴァがたじろいだのは図星なのかおだてられたのか。
まあ前者だろう……まんざらでもない顔してるけど。
「なぜ彼女がドラゴンに進化できたのか? 言いかえるならば何故、ほかのリザードマンじゃ進化できなかったのか? それはね、キーアイテムの使用を許された『資格者』や条件が定められていたからさ」
資格者の定義は鑑定スキルじゃ見えないように隠されているらしい。
”ふさわしき者に力を与える”――黒卵の鑑定結果で近い表現があった。
しかしゼノンの話が本当なら現状と矛盾する。
「資格者には特定の『血族』を指定することが多……おっと『話が違う』、そんな顔をしているね?」
「お察しの通りな」
俺たちの沈黙からゼノンは気づいたようだ。
かつてリゼルヴァの肉親は黒卵の使用に挑戦し失敗している。
血族であることが資格者の条件なら、そんな悲劇は起こらなかっただろう。
「さっき言ったように『資格者と別に条件が設定されている』パターンだろう。僕に心当たりはなくはないけど、たぶん違う。むしろ君たちが知ってるんじゃない?」
俺が思い出すまでもなく族長が口を開いた。
竜の黒卵とともに受け継がれてきた文言だ。
「竜の血を継ぐ者つまり『世界に破滅が訪れるとき、竜へ至る者』という言い伝えですかな。しかし以前の際も魔王は健在であり、世界は脅かされておりました」
黒卵とともに伝えられたのは、資格者と使うべきタイミングだったということか。
けれど族長の言うように、魔族の隆盛より”世界が破滅”しそうなタイミングがあるのか?
もっとギリッギリまで魔族に追い詰められていないとダメとか?
「まさか魔王ごときじゃ”世界の破滅”として認定されませんってワケじゃあるまいし」
「ハハハ、その”まさか”かもね」
ゼノンがカタカタ笑った。
「ハッ、ハハハ……」
笑えねぇよ。
つまり勇者によって魔王が倒された今のほうが”世界に危機が訪れ”ているってことになる。
ほのぼの異世界漫遊記をしている場合じゃなくなっちまう。
俺がアイテムボックスから脱出するまでに誰か世界を救っといてくださいよ。
頼んだぜ勇者!
「具体的に何を想定して『世界の破滅』としたかは、作った人に直接聞くしかないね」
「それは難しいでしょうな」
「……あぁ」
族長とリゼルヴァの渋い顔。
代々伝わる村の宝。
きっとどこぞのドラゴンから預かったのだろうが、その所在を知るものは誰もいないのだ。
「その点、今度の卵は確実さ。だって奥さんが旦那さんを想って作ったんだから――資格者は間違いなくドラウグル君だ」
「奥さん……」
照れるんじゃないリゼルヴァ。
まだ婚約状態って話にしたでしょうが。
「とはいえアンデッドの俺がドラゴン用のキーアイテムを使ってどうなることやらだな」
「焼身自殺になったりして」
「テメェコラ」
ゼノンを小突くが電源が切れたようにだんまりを決めこまれた。
炎に包まれながら進化なんて絶対に不可能だ。
進化完了するまえに燃えカスになってしまう。
「そう心配するな。いざというときは駆けつけてやろう」
「ドラゴンにそう言ってもらえると心強いよ」
そんなこんなで立つ鳥跡を濁しまくったわけだが、改めて別れの挨拶を交わした俺たちだった。
転生してゾンビになって閉じ込められて放浪した過酷な状況で、俺を温かく迎えてくれたリザードマンたちには感謝しきれない。
彼らとの交流を通じて色んな意味でレベルアップできた。
「外の世界で会える日を楽しみにしていますぞ」
「あぁ、絶対会いに行くよ」
湿布に巻かれた族長の手とやんわり握手。
黒卵の儀式で負った火傷が癒えていないのだ。
まだ痛むだろうに満面の笑みで見送ってくれる。
「暇なときに鎧を引き取りにこい。ただしドラゴンゾンビになったら着れんからな」
「あーそっか、わかった」
ギリムがバシバシと腰をたたいてきた。
ゼノンから没収した鎧を俺用にチューンしてくれるという話だが……戻ってこられるだろうか。
「ケケェー!」
「達者でやれよ」
「みんなも元気でねェェェェ! ウッ、グスッ……グ、オロロロロロ」
村人総出の見送りにこたえる俺たち。
感極まりすぎたドクンちゃんが穴という穴から緑汁を垂れ流している……汚いなぁ。
「案内には僕が務めよう」
かくしてリザードマン村での滞在は終わる。
襲撃部隊の元指揮官ゼノンを案内に、俺たちはアイテムボックスの深部へ旅を続けるのであった。




