82話 犯人は俺
リザードマン村の面々に別れを告げ、決意を新たに旅立ちたかった俺。
しかし出発の直前、衝撃の真実が明かされる。
なんと頭痛の種類と薬の飲み合わせによっては却って症状が悪化してしま――
パァン!
「マスター帰ってきて!」
「ごめんごめん。ショックのあまり思考停止して、状況を認識したら今度は現実逃避しちゃった」
ドクンちゃんに叩かれた後頭部を神妙にさする。
こういった何気ない動きで時間を稼ぎつつ俺の思考はフル回転していた。
本当に俺は結婚しちゃっていたのか?
状況を整理しよう。
まず、リゼルヴァはメスだった。
これは単純に俺の注意不足で気づけなかった。
リザードマンのことをだいぶ理解したつもりだったけれども実際は雌雄の区別も怪しかったわけだ。
村一番の強者だの、血の気が多いだのミスリードがあった気がしないでもないが……まあ、これ単体は大した問題じゃない。
「ユニコーンのホルンちゃんが懐いてたあたりで気づきなさいよ」
「アンデッドだけに目が節穴だな」
うるせえやい。
猫の雌雄なら顔でわかるんじゃい。
問題は次だ。
”リゼルヴァと俺が夫婦”になっていたということ。
天地天命に誓って、俺はリゼルヴァにいかがわしいことをしていない。
であるならば既婚者にされるいわれはない。
転生して殺されてアンデッドになった波乱万丈な俺だけど、結婚については一旦待たせてほしい。
「落ち着いてくれ皆。俺とリゼルヴァが夫婦……それは果たして真実なのだろうか。今一度考えてもらいたい」
「どういうことだ?」
「なんか始まったよ」
「オジサン、往生際の悪い男は関心しないぞー」
首だけデュラハンに往生際云々言われたかないわ。
リゼルヴァ、ドクンちゃん、ホルンが白い目で俺を見る。
やめろ、そんな目で俺を見るな!
でも話は聞いて!
「まずリザードマンは守備範囲外だ。前に未亡人にモーションをかけられたが、まっっったく心惑わされなかった」
「うわ、リゼルヴァちゃんを前にしてそういうこと言う?」
「だから童貞……いや人の道を踏み外したのだ」
アンデッドだけに?
ホルンがちょくちょく上手いこといじってくるのがむかつくが、弁明を続ける。
「それに、だ。オスと認識していた相手にやらしいことしないだろ。天地天命に誓って俺はノンケだからな」
「えっ、そうなの残念」
首だけデュラハン――ゼノンが茶々を入れるが無視する。
……更に言うと俺の”聖剣”はアンデッドになってからというもの機能してない。
恥ずかしいし悲しいから言わないけれども。
「つまり俺には『動機』がない。加えて言うなら『証拠』もな! 潔白にしてピュアということよ!」
「最低……」
「恥ずかしげもなく声高に……」
「フジミ……」
オーディエンスから失望の眼差しが突き刺さる。
どれだけ痛かろうが耐えてみせるさ、俺はまだ外の世界で遊びたいんだ!
彼女もいたことないのに、いきなり結婚してましたなんて仕打ちがあるか!
俺の弁明は完ぺきだ。
そもそもやらかしてないんだから当然である。
これで気持ちよく旅立てそうだな。
立つ鳥跡を濁さず、ってね。
……そう思った俺の後ろから、ある人物が現れた。
「――証拠ならありますぞ」
「族長!」
名探偵のような登場のしかただ。
……そうすると俺は犯人サイドなの?
「族長が来たからにはここまでよマスター」
「覚悟を決めるんだな」
「土下座の準備はできたかい?」
ニヤリと笑うドクンちゃんとホルン、ゼノン。
族長ってそういうポジションだっけ?
思わぬ敵にたじろぐ俺。
老リザードマンは一同を見渡して語りだす。
「フジミ殿、リゼルヴァが尻尾を一時失ったことがありましたな」
「あぁ、グレムリンクィーン戦でな。俺の必殺技の余波で……まさか!?」
ユニークスキル『フロストバイト』により周囲の血液ごとグレムリンクィーンを凍結させ、撃破した。
そのとき近くにいたリゼルヴァは、凍結の瞬間に尻尾だけで立ち自切することで冷気から逃れた。
戦闘中の事故だったが、たしかに俺の責任ではある。
しかしリザードマンの尻尾は徐々に生えてくるもので、とりかえしのつかない怪我とは思えない。
「もしや『傷物にしたから責任をとれ』、そういう論調?」
ありがちな話だ。
けれど戦闘員のリゼルヴァは数えきれない傷を負ってきたはず。
いまさら俺に婚姻を迫るのは不条理では?
「尻尾が失われたことは問題ではありませぬ」
静かに族長は断じる。
「じゃ、じゃあ何なんだよ。ほかにやましいことは何一つしてないぞ天地天命に誓って!」
「天地天命に誓いすぎでしょ」
「逆にうさんくさいな」
「悪いヤツ特有の誇張表現だねぇ」
うるせぇな!
傷つけるのが問題ないなら、ちょくちょく挑まれた勝負で軽いケガさせたのも許されるだろう。
パーフェクトに無罪なはずだ。
「フフフ……」
しかし族長の不敵な笑みが俺の確信を揺るがしにかかった。
なんなのだ、その自信は。
生身のころであれば脂汗が俺の額を濡らしただろう。
「なにがおかしい!?」
「セリフが悪役のそれだもん」
ドクンちゃんが何やら突っ込んでいるが気にしない。
こちとら瀬戸際なのだ。
「たしかに我々の尻尾は生えてきます。が、その前にフジミ殿……あなたは何をしましたかな?」
「その前、だと……」
「ぞ、族長、そこから先は……」
どういうわけか恥ずかしそうなリゼルヴァ。
えっ? 尻尾を切ったあと?
そんなタイミングで恥ずかしがるようなイベントが起こりうるのか?
「クィーンを倒して、頭だけになった俺は……たしか」
記憶を掘り起こす。
魔族化し魔法耐性を獲得した強敵グレムリンクィーン。
無我夢中で激闘を超え、満身創痍だったことは覚えている。
戦闘後、体を失って弱った俺は体力を回復させるために――
「凍った尻尾を食べた……?」
パチン、と族長が指を鳴らした。
ビンゴとでも言うように。
「いやいやいや、アンデッドは肉を食う。アンデッドはそういう生き物! それにリゼルヴァとも合意のうえだ!」
ナイスである。
過去の俺をほめてあげたい。
ちゃんと礼儀正しく、本人の許可をとってから尻尾を頂いたのだ。
肝心の尻尾はシャリシャリしてて全然ジューシーじゃなかったけれども。
「アンデッドにとっては普通のことかもしれませぬ。しかしリザードマンにとって、同族を食すということは重大な意味をもつのです」
嫌な予感がする。
まるで心臓を撫でまわされるような緊迫感。
今から決定的敗因を告げられるという、絶望的予感。
「同族を食すことで、血肉とし自らと一体化する。同族を新しい肉体とする……これは婚姻よりも深い、真に親しい間柄のみで行われる契りの儀式ですじゃ」
「こ、婚姻よりも深い……?」
恋愛模様の進捗具合をABCで表したところの、Fくらいまで行っちゃってるってこと?
いきなりディープなプレイをコンプリートしてしまったということ?
「そうですじゃ。器である肉体が変われば、魂も影響され形を変える。つまり食された者の魂に近づきますのじゃ。形式上こそ”夫婦”であるものの、二人の絆は更に先の段階にあるということ」
「あぁぁぁぁ、なるほどそういう系かぁ……!」
思わず膝を打つ。
土着信仰的なやつね。
世界の不思議な儀式をバラエティー番組で見て驚いたけど、まさか自分の身に降りかかってくるとはね!
しかしだ、その理屈には穴がある!
「異議あり! となるとリザードマンがモンスターに食われちゃった場合、契りまくっちゃうことになるぜ!? それはどう説明するんだ!」
「フフフ」
族長の不敵な笑み、再び。
そして皆に漂う呆れムード。
「ハァ……マスターって本当に」
「リゼルヴァ、今から我に乗り換えるつもりはないか?」
どさくさに紛れてホルンがナンパしてる。
元気な馬だな。
ドラゴンと馬のカップルてシュールだな……いや、笑ってる場合じゃないわ。
「ドラゴンは義理を通すものなのだ、たとえ夫がアホでもな」
フラれたみたいだ。
乗り換えてくれて結構だったんだけど。
「やっちまったなあ!」
ゼノンのヤジがうざいよぉ……。
しかし一体なんなのだ。
なぜ試合終了ムードなのだ。
まるで答えはすでに明らかになっているような……。
「フジミ殿、あなたは自身で答えを口にしていますぞ」
心を読んだように族長が俺を指さした。
俺自身が答えているだと?
「なんだと? 何を馬鹿な……ハッ!!!!!」
襲い掛かるモンスターと捕食されるリザードマン。
俺とリゼルヴァ。
前者にあって、後者にないもの。
それは――
「『合意』……ッ!」
パチン、と族長が指を鳴らした。
そう、確かにリゼルヴァに尻尾を食べる許可を仰いだ。
リゼルヴァは(思い返してみれば恥ずかし気に)それを了承した。
つまり二人の間で契りを交わす『合意』が成されてしまったということ。
「そんな、まさか……」
リゼルヴァに了承をとったことが裏目に出たというのか。
何やってんだ、過去の俺!
全然ナイスじゃないわカス! アホ!
「真実はいつもひとつ」
族長のドヤ顔。
なんでアンタがドヤってるのか終始謎だけど、もうどうでもいいわ。
がくり、と膝から崩れ落ちる。
全身が砕けたように力が入らない。
俺はそんな前から既婚者に足を踏み入れていたというのか。
脳内では絶妙に物悲しいBGMが鳴り響いていた……。
「ていうかリゼルヴァも言ってよぉ……」
「あの状況では断れないだろう!」
……それもそうか。
体が復元する前に、突発的な戦闘がおこる可能性もあるものね。
早く復帰しなきゃだものね。
にしてもよく許可したなぁ。
その気持ちは、まあ、ありがたいけれども。
「リゼルヴァから聞いたときは驚きましたぞ。まさかフジミ殿が大胆に既成事実を作りにくるなど」
「あー、俺そういうムーブをかましたことになっちゃうんだね。そっか」
外堀埋めるどころか既成事実を作っちゃったと。
いやぁやってしまいましたな、俺。
文化が違ったので知りませんでしたじゃ通らないぞ。
もはや言い逃れはできまい。
不肖、フジミ=タツアキ。
このたび異世界で所帯を――
「……フジミ、私もお前のことを多少は分かっているつもりだ。関係を盾に縛りつけるつもりはない。今はまだ、仮婚約ということにしておいてやる」
「え?」
リゼルヴァの声が天から降ってきた。
仮婚約。
縛りがあるようで限りなく無い、素敵な響き。
視線をあげると呆れ顔のドラゴンがいる。
宝石のような目玉に、しょぼくれたアンデッドを映していた。
「代わりに約束しろフジミ。ひとつは、このふざけた空間から皆で脱出すること」
「……お、おぉ望むところよ」
”皆で”という条件が増えたが、もとよりそのつもりだ。
頷いたリゼルヴァが次の約束を告げる。
「そして外の世界を存分に見て回り……いつになってもいい。最後に土産話を聞かせに来ることだ」
「それって……リゼルヴァさぁん……」
ちょっと涙ぐむ俺。
”いつになってもいい”。
アンデッドに寿命はない。
つまり好きなだけ旅していいよ、ということだ。
「それと、嫁が欲しいなら私に面通しすること」
「……ん? 一夫多妻制オッケーなかんじ?」
「イップタ……? なんだそれは」
「いえ何でもないです」
知らぬが仏。
リザードマン的にはどうやら奥さんは一人じゃなくてもいいのか。
ちょっぴり気持ちが楽になったけど、リゼルヴァに面通ししろっていうのは……。
「もちろん実力を確かめるためだ。私と並ぶ地位につくものなのだからな」
「ですよね。どうかお手柔らかに……」
こいつは本当に勝負が好きだな。
ドラゴンより強い女の子を見つけられる気がしないぜ!
爽やかな絶望が胸を吹き抜けた。
「そ、それと、お前の性的嗜好のことだが」
「性的嗜好の!? ここでする話!?」
俺の狼狽に構わずリゼルヴァは話を続ける。
「私はまだドラゴンとして未熟だ。しかし言い伝えではドラゴンは高度な魔法に通ずるという。いつか私がドラゴンとして成長し、姿を変えられる魔法を使えるようになったら……ともに旅をさせてほしい」
気まずそうに告げた。
『リザードマンは守備範囲外』という言葉を気にしていたんだろう。
我ながら悪いことを言った。
が、正直な話ありがたい提案だ。
目立たない姿になれば旅をする上で支障はない。
もちろん、ドラゴンが村を離れる以上、村人の了承が必要だろうけど。
「もちろんさ、リゼルヴァ」
「約束だぞ」
「ああ」
「言い忘れていたが、今ここでお前を焼き尽くすこともできたのだぞ」
「そんな念押しある?」
今いい感じで終わりそうだったじゃん。
とはいえ”オスだと思ってました”あたりでブチ切れて燃やされてもおかしくなかったか
心の広いドラゴンで助かった。
「それと餞別がある」
そういって大きく口を開いたリゼルヴァが俺を焼き尽くした……ということはなく、こぶし大の何かをペッと吐き出した。
フクロウが消化できなかった骨の塊なんかを吐き出すアレに似ている。
なんだけペリ……ペレ……忘れた。
「なにこれ石?」
卵型のそれを拾い上げる。
表面は黒く、かさついている。
ほのかに温かく硫黄の香りがした。
……よく似たものをかつて観光地で見たぞ、真っ黒い温泉卵だ。
途中でお腹が食べなさいってやつか、気が利くじゃん。
「温泉卵じゃん。ありがとう、おやつにするよ」
「食うな。温泉卵ではない」
止められた。
けど温泉卵は通じるんだ……。
気を取り直して鑑定してみる。
<<竜の黒卵:アイテム 未使用 レアリティ:レジェンド>>
<<ふさわしきものが使用すると力を与える>>
……思ったのと違うな。




