81話 新たなる旅立ちたかった
デュラハン率いる魔族化モンスターを撃退し、村を守った俺たち。
敵の目的やらデュラハンの正体やらリゼルヴァ進化の謎やら諸々気にかかることはあれど、
勝利の宴で無事を讃えあい、犠牲者に祈りをささげたのであった。
「なんと村を出て行かれるのですか! 完全に定住してくださる流れとばかり……」
「流れってなんだよ、流れって」
宴が明け、別れを切り出すと族長は大いに驚いてた。
長居こそしたけれど、そもそもそういう話だったはずだ。
村近辺の探索がすっかり終わって、行方不明の村人も一族の宝も見つけ出した。
族長からの依頼を完遂された今、リザードマンの村に残る理由はない。
俺の目指すとことはあくまでアイテムボックスからの脱出。
安全な場所で歩みを止めていては辿りつけないのだ。
「フジミ殿との奇妙な巡りあわせ、そして御恩を村人全員忘れませぬ。歌として永遠に語り継ぎましょうぞ」
「重いなぁ」
笑顔で族長に別れを告げた俺、ドクンちゃん、ホルンの三人はゆっくりと歩き出した。
村人たちへ最後の挨拶がてら、リザードマン村を今一度見てまわることにしたのだ。
思えばずいぶん長いこと世話になった。
最初は仮の拠点にするつもりが、ついでに引き受けた探し物を手伝ううち次々にイベントにぶち当たって……感慨深い。
「ケククシ!」
「おぅ元気でねー」
すれ違う村人たちは皆、俺が近寄ると笑顔で応じてくれる。
人間に比べると感情を読み取りづらい顔立ちだけども、リザードマンは元気でいい人たちだったなあ。
外の世界に見たこともない種族がいるのだろう、ワクワクする。
「フフ、ここまで慕われるアンデッドもそうはいま――はわわっ!」
「なんで急に転んだのマスター。しかもドジっ子風に」
「頭だけになりすぎて歩き方を忘れたか?」
唐突に地面にキスした俺に困惑する周囲。
ドクンちゃんの視線が痛い。
ホルンの毒舌のほうがまだ優しい。
おかしいね。
痛みを感じないはずの胸が軋むよ……。
「修理されてから心なしか歩きにくい気がするんだよね、鎧の調子が悪いのかも」
「出たー、すぐ人のせいにするぅー」
「そんな言い方なくない!?」
憤慨する俺。
そんなに人のせいにして……してる?
まさか無意識のうちに責任転嫁する人間になってしまっている……?
「フジミは間違ってないぞい」
「えっ、そうなの? よかった……いや待て、よかないわ」
割り込んできたギリムが不穏なフォローをしてくれた。
いつのまに現れたのか。
残り少ない俺との時間を惜しむ的なあれなのか、照れるぜ。
「グレムリンが悪戯で隠した部品を探しとったんじゃ」
「あっ、はい」
違いましたね。
ギリムがいうには、鎧の不調の原因は耐久力をあげるため一部のギミックをシンプルにしたためだとか。
なので着心地が悪くなったんだと。
なぜそんな改造をしたかというと、これからの旅にギリムは同行してくれないから。
一応軽いメンテナンス方法は教わったが、これからは派手に鎧を壊せないのである。
「なぁ本当に一緒に来ないの?」
「ワシは武闘派ドワーフじゃないのでな」
「ちぇっ」
このドワーフ、あくまで職人気取りである。
巨大ハンマーを振り回すタイプのガチムチ戦士じゃないらしい。
小さな体にたわわに実った筋肉がもったいなくない?
「あっ、いたよグレムリン」
「待てこりゃーーーー!!」
嵐のように走り去るギリム。
最後まで賑やかなオッサン(17歳)である。
「あっさり行っちゃったね……」
「しんみりするよかいいだろ」
ドクンちゃんの遠い目。
死別するわけじゃあるまいし、また会うこともあるだろう。
それこそいつか、外の世界で会えたら楽しそうだ。
……そのためにはアイテムボックスの所有者をどうにかしないといけないな。
そんなこんなで歩くうち、気がつけば村を一周してしまった。
小さな村に大きな思い出、なんつって。
「いやー、この村も立派になったもんだ。それもこれも俺のおかげで」
「すがすがしいほどに謙遜しないな」
「今回ばかりはマスターをほめてあげようよ」
調子こく俺をたしなめるホルン、そしてフォローしてくれるドクンちゃん。
使い魔は話がわかるわ、聖獣(笑)と違って。
訪れた当初は柵しかない貧弱な防備だったけど、今じゃ固定砲台が二つも鎮座している難攻不落の要塞だ。
主力のひとつは村中央にそびえる塔。
偶然たすけたドワーフ、ギリムが作った巨大ゴーレムだ。
雷と炎の魔法を撃ちまくる苛烈な攻撃性能で近づけることなく襲撃者を倒してくれるだろう。
……あの弾幕には手を焼いたものだ。
「アレに激突してからというもの、ときたま首の付け根が痛むのだ」
苦々しくホルンがつぶやく。
俺はも同じ気持ちだ。
「そんなこともあったねぇ」
ホルンに跨って疾走したはいいが、前方不注意でゴーレムに突っ込んだんだったか。
俺はというと頭が飛んでったんだよな。
もうひとつの防衛の要はついにドラゴンになったリゼルヴァだ。
普段は尻尾で子供たちと戯れているものの、有事の際はゴーレムを上回る戦闘力を発揮する。
その強さは俺が手も足もでなかったデュラハンを完封したほど。
しかもまだまだ強くなる余地を残しているらしい。
「そんなに気になるなら”一緒に来い”って言えばよかったのにー」
「いろいろ難しいんだよ」
「ほんと男って……ハァ」
盛大にため息をつかれてしまった。
「心なしかドクンちゃん怒ってる?」
「チッ」
舌打ちまでされたよ、自分の心臓に。
ていうか俺の体から生まれたのに女性人格って釈然としないよね、前にも思ったけどさ。
村を発つにあたってリゼルヴァとも別れることになる。
本人はついてきたがったが、村長や俺の説得で言い含めた。
デカいとか炎が怖いとか理由はあるが、一番はドラゴンだということ。
リザードマンたちはドラゴンを崇拝しており、いまやリゼルヴァは村の希望――心のよりどころなのだ。
アイテムボックスとかいう何もかも意味不明な状況下で、精神的支柱の価値は計り知れない。
それを奪うことはあまりにも酷ってもんだ。
「こら、あまり登ると危ないぞ」
子リザードマンによじ登られつつドラゴンは笑っている。
傍らで親のリザードマンがすさまじい勢いで謝り倒していた。
見た目に反しておおらかなドラゴン……姿が変わっても紛れもなくリゼルヴァだ。
ぶっきらぼうだけど根はやさしくて仲間思いである。
ゴブスケ(もう何代目かもわからないスケルトンゴブリン)に抱えられた兜がしみじみと言う。
「出会いと別れか……青春だねぇ」
先の戦いで捕らえたデュラハン――剣聖ゼノン。
体はリゼルヴァの炎で焼かれて再起不能にされ、今じゃ喋る頭だけが残っている。
アンデッド的には頭さえ無事なら魔法も使えるはずだが、本人いわく「魔法は魔族化部分の所持していたスキルで自身は魔法を使えない」とのこと。
もちろん信用はしていない。
さっさと燃やして安心したい。
「しれっと新たなる仲間ヅラすんな燃やすぞ」
「おお怖っ」
ゼノンが軽口を叩く。
リザードマン二人を斬り捨てたのは魔族に操られていたからだという。
魔族化部分が燃やされてから正気に戻ったらしいが怪しいものだ。
危険分子でしかないが、価値のある情報をもっているので生かしているにすぎない。
「アンタの鎧はここに残してギリムに監視してもらうからな」
「えぇっ! オジサン、体を好きにされちゃうのかい!?」
絡みがうぜぇ。
デュラハンってもっとクールというか、硬派なイメージだったのに台無しだよ。
ノリが親戚のおっさんなんだよなぁ。
……と、ついに親リザードマンがリゼルヴァにしがみついた子供ひきずり下ろして行った。
案の定めちゃくちゃ怒っている。
リゼルヴァ=ご神体みたいなもんだし、そりゃ怒られるだろう……きっと説教コースだな。
俺たちに気がついたリゼルヴァが声をかけてきた。
「フジミ、もう行くのか」
「あぁ名残惜しいけどな」
多くの出会いはあれどパーティーに変わりはない。
俺、ドクンちゃん、ホルン、最近影が薄かったフーちゃん(フュージョンミミック)だ。
正確にはトリスケもいたがデュラハン戦で土に還った。
ゼノンは捕虜枠である。
「リゼルヴァはここで皆を守ってやらないと」
「む、そうだな……」
俺もマミーからドラウグルに進化したが、リゼルヴァほどの変貌はない。
見上げるほどの巨体になった村一番の強者は何やら歯切れが悪い。
何かを言いたそうにもじもじしている。
ふふ、分かってる。
仲間を大切に思う一方で、リゼルヴァは好奇心が人一倍強い。
本当ならアイテムボックスという未開のダンジョンをともに踏破したく――
「謹んで夫の帰りを待つとしよう」
「……? …………??」
今、時間止まった?
リゼルヴァが何やら呪文を唱えたあと、記憶が飛んだんだけども?
カラカラに乾いた耳の穴に、骨だけの指を突っ込んでグリグリ掃除する。
よしスッキリした。
文字通り脳みそまで風通し抜群になったぜ。
「ごめんよく聞こえなかった。リゼルヴァさん、いま、なんて?」
丁寧に聞き返す。
よーし今度は時間停止しないぞー。
「だから、フジミと私は夫婦なのだから信頼して帰りを待つと言ったのだ」
「んっ? 夫婦? ハズバンド&ワイブス?」
ダンジョンアンドドラゴンズ的な話?
「キャッ! マスターのスケコマシ!」
この世界にそぐわない言葉ではしゃぐドクンちゃん。
あれっ、スケコマシってどういう意味だっけ。
語源ってなんなんだろう。
しばらく思考がふわついた俺だが、ようやく驚愕の事実に思い至った。
「リゼルヴァ、メスだったのか!」
「……なにを今更言っているんだ?」
転生したらドラゴンの嫁ができました。
それもガチのやつです。
人間要素0のやつ。




