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78話 老いたる者

 強敵デュラハンに対しスケルトンコカトリスの自爆攻撃をしかけた俺たち。

 しかし爆破の直前、リゼルヴァが致命傷を負ってしまう。

 俺はとっさにリゼルヴァを蹴り飛ばし爆破から距離をとらせた。

 そしてデュラハンもろとも特大『コープスボム』に巻き込まれたのだった。


『マスター離れて!』


 直前に見えていたのは眼前に広がる黒い刃。

 そしてデュラハンの背後に迫ったトリスケ。


「”コープスボム”!」


 とっさの詠唱。

 そして次の瞬間、かつてない音と衝撃に見舞われ俺は吹き飛ばされた。

 

 ……どれだけ時間が経ったのだろう。

 あいまいだった意識が気がつくと俺の目線は地面と同じ高さにあった。

 失神していたようだ。


「体が……ねぇな」


 起き上がろうとしたが首から下の感覚がない。

 ……どうやら頭蓋骨だけになったようだ。

 

 視界に表示されたHPゲージが限りなく0を示している。

 人間の体なら頭だけ残っていても死亡だろうな。

 本体である頭蓋骨が無事なためギリギリHPが1残っているのか……アンデッドの体に感謝だな。


「なにがどうなったんだ?」


 視線だけで周囲を確認する。

 離れたところで横たわる赤い塊がある――リゼルヴァだ。

 まったく動かないことから死んでいるのかもしれない。


 生命探知スキルを使ったところ、弱弱しく反応が返ってきた。

 虫の息という言葉があるが、ほんとうに虫と同じ程度の生命力しか感じ取れない。

 今にも消えそうな蝋燭のようだ。


「……はあ」


 罪悪感が息となって漏れた。

 

 ……ごめんよ。

 最期に何を言おうとしたのだろう。

 人を亡くして寂しく感じるのは随分久しぶりだ。

 はじめは顔が怖すぎるし喧嘩腰だしで仲良くなれる気がしなかった。

 でも意外と親しみやすい一面をもってたりで面白いやつだったんだよなあ。

 この世界で数少ない友達を死なせ、俺だけ生き残ってしまった。


 リゼルヴァと反対方向には大きくえぐれた地面が見える。

 

 中央には骨にまみれて鎧が一式が転がっている。

 銀色で精緻な文様がほどこされたそれは、デュラハンのものだ。

 抱えている兜は己の首だろう。

 代わりに生えた、黒い粘液に覆われた一つ目も消えていた。

 あれほど苦戦した強敵も今は完全に沈黙している。


 俺の主戦力、スケルトンコカトリスのトリスケを犠牲にしたい甲斐があったようだ。

 長いこと使役していたがこんな結末になるとは。

 付き合いでいえばリゼルヴァより長いけど、まあスケルトンは意思なき兵士だから罪悪感はあまりない。


「あっ、マスターあったあった」


「『いたいた』、だろうが」


 ひょい、と俺を持ち上げる赤黒い触手。

 特攻の直前にトリスケから飛び降りたドクンちゃんだ。

 俺を頭に乗せ、改めて周囲を見渡した。


 伏せたデュラハン、瀕死のリゼルヴァ、トリスケと俺の体の破片。

 生命探知に引っ掛かったのはリゼルヴァだけ。

 デュラハンはどうなんだろう、反応ないけどそもそも有効なのか?


「とにもかくにもリゼルヴァを村まで運ぼう。適当な死体をスケルトン化して担がせるしかない」


 デュラハンに屠られた村人二人の死体があったはずだ。

 爆破の衝撃で見つからないが、きっと近くに転がっているだろう。

 遺族には悪いが非常事態ということで許してもらうしかない。

 

「おーい」


「あらっ?」


 と、ドクンちゃんが後ろを向いた。

 村の方角から走ってくる人影がある。

 今にも転びそうな足取り。

 えっちらおっちら何を抱えているようだ。

 ちぎれかけのトサカはリザードマン村の長の印。


「フジミ殿!」


「族長! どうしてここに」


 足腰が弱った族長は走るのが難しかったはずだ。

 それが荷物を抱えて戦場を抜けてくるとは……。


 見ればあちこち火傷して切り傷も負っている。

 討ちもらしたモンスターから追われたのだろう。


「ドクン殿から、命を落としかねない敵と戦っていると聞きました! リゼルヴァにどうしても伝えなくてはいけないことが!」


「あそこだ……もう手遅れかもしれない、ごめん」


 力なく横たわるリゼルヴァ。

 血と泥にまみれ、死体にしか見えないほどに衰弱している。

 村に帰ったところで『木彫りの女神像』の緩い回復で間に合うかどうか。


「おお、なんということだ! 目を開けておくれ……」


 すがりつく族長の願いは叶わない。

 誰かの名前をつぶやきながら肩をゆすっても、閉じた目が開くことはなかった。


 せめて族長が誰かを連れてきてくれればよかったのだが、彼ひとりではリゼルヴァを運べない。

 よほど動転し急いできたのだろう。


「フジミ殿、宝の使い方を秘していたのには事情があるのです」


「……族長?」


 ぽつりと告げ、抱えてきた荷物の布を解く族長。

 現れたのは黒い球体――『竜の黒卵』だった。

 それを倒れたリゼルヴァの傍らに置く。


 このアイテムのためにリザードマンは閉鎖的に暮らし、アイテムボックスに封印されることになったのだ。

 一族の宝にして使命……そう聞いていた。


「これはドラゴンの力を解く鍵。しかし資格なきものには死を与えるのです」


「卵じゃなかったのね」


 ドクンちゃんに同意する。

 てっきり黒い球体が割れて、幼ドラゴンで出てくるものとばかり思っていた。

 

 族長はリゼルヴァを見つめ、やがて意を決したように胸の傷に手を入れ血をすくった。

 そして『竜の黒卵』へ塗りつける。

 血に濡れた黒い球がてらてらと光りだす。


「資格者の血によって宝は発動すると伝わっておりました……」

 

 ……異様な儀式だった。

 その工程を繰り返しながら族長は語り続ける。


「リゼルヴァの一族は『竜へ至る血筋』として村を守ってきました。この血筋のものは『世界に破滅が訪れるとき、竜へ至る者』と伝わっておりました。そして魔族によって村が壊滅しかけたとき、リゼルヴァの父母、兄弟が村を救うため密かに宝を、使ったのです、が……」


 言葉につまる族長。

 聞かなくても察しがつく。

 村は勇者によって救われたと言っていた。

 つまりリゼルヴァの家族はドラゴンになれなかったのだろう。


「資格者のはずが誰一人としてドラゴンになれず、黒卵の力で体の芯まで焼き尽くされたのです……そして一人、リゼルヴァが残されました。その後は話した通り、勇者に助けられたのです。その後リゼルヴァにいくら乞われても、宝を使うとどうなるか教えられませんでした。まさか竜に至る血筋が、竜になれないなどとは。使命として守ってきた宝が、わずかな救いも与えてくれないとは伝えられるわけが……」


 血に汚れ、濡れ光る『竜の黒卵』。

 しかし卵にもリゼルヴァにも変化はない。

 それでも族長は無心に、愚直に儀式を繰り返す。


「宝と資格者は対。最後に残ったリゼルヴァを失うわけにはいきませんでした……例え本当は竜になれなかったとしても。それにリゼルヴァの父母に子を託された者として、みすみす死なせることはできなかった」


「……」


 何も言えない。

 信じていた宝に裏切られ、友人を失い、アイテムボックスに封印された。

 宝の真相を隠し、今まで通りの――使命に従う慎ましい生活を維持しようとしてきた。

 リゼルヴァには親族の本当の死因を隠して。

 すべては村人に不安を与えないために。

 

 使命に裏切られてなお使命のための生活を続けさせる……その苦しみは計り知れない。


「……ああダメだった、あのときと同じ! 命を賭して戦った最後の一人でも資格者ではないと!」


 やがて黒卵に変化が表れた。

 白煙をあげ、赤熱をはじめたのだ。

 それに連動してリゼルヴァの体から異臭が漂う。


 焼かれているのだ、内側から。

 生命探知スキルによる反応は、このときをもってして完全に消滅していた。

 

 ほんとうに死んでしまった。


「なぜ! どうしてです、偉大なるドラゴンよ! なぜ救わない!」


 一心不乱に黒卵を殴りつける族長。

 骨ばった拳が熱によって焼かれている。

 それにも関わらず一族の宝へ激情をぶつけ続ける。

 嗚咽、と肉の焦げる音だけが無常に響いていた。


「族長、これ以上はアンタの体が――ってなに?」


 呼びかけは遮られた。

 俺を乗せたドクンちゃんが不意に後ろを向いたのだ。

 そこには抉れた地面とデュラハンの亡骸があるだけだ。


「ドラ、ゴンのカギ、ミツケタゾ」


 合成音声のように耳障りな声。

 ひしゃげた鎧の各部から黒い粘液が染み出している。

 こちらをみつめる、焦げて濁った一つの目玉。


 大剣を杖代わりに立ち上がる、首なし騎士の姿があった。

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