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75話 魔に属する者

 怒涛の波状攻撃と火攻め、攪乱(かくらん)作戦によって敵勢力の大半を奪った俺たち。

 ここまでの痛手を負えば撤退しそうなものだが、相手にその意思は見られない。

 全滅をいとわず攻め続ける様子は不気味でしかない。

 

 前線に出てわかったが、モンスターはすべて魔族化されていた。

 黒い粘液状の魔族化部分は火と聖なる力に弱い。

 つまり思いがけず火計が功を奏したようだ。


「石化ブレスで混乱させてから火球を打ち込だのは正解だったな。”アンチスペル”で冷静に打ち消されたらかなわんぜ……ほれ、”コープスボム”」


 スケルトンオークを敵集団に特攻させ、爆破。

 そうして死んだ敵から次のスケルトンを見繕い、新たな自走爆弾とする。

 ただし爆破は死体を大きく損なうため、スケルトン化するには『状態のいい』死体を選ばなくちゃいけない。

 ちなみにコープスボムで爆破するだけなら適当な死体で構わない。


「で、攻撃してMPを補充と」


「ゲエッ!?」


 後ろから不意をついてきたグレムリンを一刀両断。

 『生命吸収』『精神吸収』スキルにより消費したHPとMPが回復する。

 いつか試そうと思っていた無限爆弾戦法はやはり強力無比で、俺とリゼルヴァ、二人のリザードマンは敵勢をみるみる減らしていった。


「お前の殲滅速度だけ段違いだ、本当にこの規模の実戦は初めてなのか!?」


「初めては初めてだよ」


 生前はこういう洋ゲーを好んでいたもんだ。

 実践でもレアアイテムを落としてくれたらモチベーション上がるんだけど。


『そろそろボスみたいよ、マスター』


 空からのドクンちゃん通信によると、そろそろ敵最後尾が接敵するらしい。

 そこにはオーガの御輿に担がれた、ザ・指揮官な何かがいるとのことだ。

 たぶんソイツを倒さねば防衛線は終わらない。

 

『気をつけてね、大きくはないけど人型のやつ』


「オッケー」


 距離が遠くて鑑定スキルは効かなかったようだ。

 この襲撃を指揮する謎の人型モンスターか。

 無茶苦茶な進軍ぷりからするにイカレた頭をしていることは間違いない。


 ほどなくして件の指揮官が見えてきた。

 四人のオーガが丸太を組んだ簡素な神輿を担いでいる。

 祭り上げられるように高みであぐらを組むのは、たしかに人型のモンスターだ。

 というかフォルムといい背丈といい、かなり人間に近い。


「あれは、鎧を着ているのか?」


 リゼルヴァが目を細める。

 金属質なきらめきが俺にも見えた。

 背丈は大柄な成人と同じくらいの全身甲冑だ。

 磨き抜かれた銀色の装甲が、戦場に似つかわしくない存在感を放っている。

 ……全身甲冑ってあぐら組めるんだ。


 鎧を着たモンスターというと、生ける鎧――リビングアーマーかもしれない。

 なにせ防具である鎧そのものがモンスターなため、物理攻撃にめっぽう強い。

 作品によっては魔法に弱かったりするが、往々にしてスキのない優等生という印象だ。

 分類はアンデッドだったり魔法構築物――ミミックやゴーレムに近かったりする。


「なんにせよ勝つだけだ」

 

 未知数の相手だが問題ない。

 まずはスケルトンをけしかけて実力を測ってやろう。


 距離にして20メートルほど。

 神輿が歩みを止めオーガの肩から降ろされた。

 四匹のオーガは片膝をついたままお行儀よく控えている。

 鎧のモンスターは立ち上がると、ゆっくり辺りを見渡した。

 俺を、リゼルヴァを、リザードマンたちを見つめ、最後にもう一度俺に顔を向ける。


「……ドラウグル」


「おぉ、しゃべった」


 話せるモンスターは久しぶりだ。

 まあホルンやリザードマンと違って、こいつと分かり合う理由は万に一つもないけれども。

 同族の死体を愚弄されてリザードマンズはいきり立っている。

 彼らほどじゃないが、俺も同じ気持ちだ。

 世話になった村人の身内が操り人形にされるのはいい気がしない。


 ……散々スケルトンを使い倒してきた俺が言えることじゃないが。


「コイ、コロス」


 人差し指をくい、と曲げ俺を誘った。

 実に優雅で自信に満ちた仕草だ。

 まるでリザードマンたちなど眼中にないかのような。


「キ、シャアアアアアア!」


「――おい!」


 抑えていた怒りが爆発したのだろう。

 制止も聞かず、リゼルヴァ以外のリザードマン二人が一斉に走り出した。

 彼らが携えるのはグレムリンクイーンが作り出した『退魔のハルバード』。

 模造品だが威力は折り紙つきだ。

 リゼルヴァほどじゃないが練度もかなりのもので、二人同時にかかればまず負けることはない。

 

 ひと蹴りでかなりの距離を詰める。

 俺でも舌を巻く瞬発力だ。

 

 ――が


「ザコ、ガ」


「ククッ!?」


 ないはずの心臓が一瞬止まった。

 なぜ悪寒が走る?

 

 二人のリザードマンに至っては武器を取り落とし、地面に膝をついていた。

 肩で息をしており今にも倒れこみそうだ。

 明らかに何かの干渉を受けていた。


<<curse(-)>>


<<resist>>


(呪い!?)


 思った時には遅かった。

 鎧のモンスターが、いつの間にか手にしていた長剣を無造作に振り払う。

 二度、刃が空を切った。

リビングアーマーとリーザドマンたちには5メートルは距離がある。

 伏せた二人に刃は届いていない、はずなのに。


「ゴポッ……」


 声にならない断末魔と同時、二人のリザードマンは首をなくす。

 ぼとりと落ちた二つの頭。

 驚愕に満ちた瞳が俺たちを見つめる。


 血を流し始めた体が、ゆっくりと倒れる。

 地面が赤く赤く染まっていく。


「一瞬で……なん、なんだコイツは」


 振り絞ったリゼルヴァの声。

 そこには、はっきりと恐怖が含まれていた。


「ドラウグル……コイ」

 

 二つの死体を一瞥すると、鎧のモンスターは再び俺に向き合う。

 同時、今度は相手の美しい兜がいきなり転がり落ちた。

 まるで自分の首まで落としていたかのように。


 意味が分からない。

 もちろん俺は攻撃なんてしていない。


 転がり落ちた兜の断面。

 そこには赤黒い組織がみえる。

 ……人間の生首が入っているのか。


 そして頭を失った胴から代わりの首が生える。

 黒い粘膜に浮かぶ大きな一つ目……嫌というほど見た、魔族化だ。

 一つ目となったモンスターが兜を拾い上げ、片手で脇に抱えた。

 そして再び耳障り声で呼びかける。


「コイ、コロス」


 自らの首を抱えた鎧の騎士。

 まさか、まさか……!


「フジミ! 何なんだコイツは!?」


 半狂乱になったリゼルヴァが叫ぶ。

 リビングアーマーなんで生やさしいもんじゃない。

 俺は唾を飲み込んで鑑定スキルを実行した。


<<Lv106 月斬りの剣聖ゼノン 種族:魔族 種別:デュラハン>>

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