73話 見世物
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アンデッド――魔族によって創造された意思なき兵士。
魔族にとってアンデッドは忠実な下僕にすぎない……いや、すぎなかった。
かつて魔族の主神と、この世界の神々で起きた戦。
その最中で自我を持つ特異なアンデッドのうち一体が裏切り、主人に敗北をもたらすまでは。
見返りとしてアンデッドはこの世界に存在することを許され、環境に組み込まれた。
以降、この世界においてもアンデッドは発生するようになる。
ときに悪霊が乗り移る死者として。
ときに魔術師が操る手ごまとして。
「裏切りの末に得たものは、結局次の主人にすぎない……はずだったが、これは一体」
魔族固有結界内、オセの庭園にて。
テーブルの上の水晶玉は、そのなかに燃え盛る森を映し出していた。
火に挟まれ浮足立ったモンスターたちを、上空からコカトリスがブレスを浴びせ、遠方からはゴーレムと思しき建造物が火と雷を撃ち込んでいる。
当初、数にものを言わせた虐殺になるかと思いきや、転生者のドラウグルはどうして優秀な手勢を隠し持っていたらしい。
主人を乗り換えたところで元来の性質は変わらない。
特殊な個体を除けば、アンデッドは使役されるだけの道具か、血を求めるだけの動物にすぎない。
それがどういうことか、偵察モンスターが映し出すドラウグルは実に知的な指揮官ぶりではないか。
「人間をアンデッド化させると知能など消えるはずだが……残っているのか、興味深い。」
考えてみれば破壊衝動を満たすだけのアンデッドでは、そもそもリザードマンと交流をもつことなど不可能か。
にしても村の防衛を任されるほどに信頼関係を築ける社会性まで持っているとは、とオセは感嘆する。
モンスターの群れからようやく反撃の火球が飛び、スケルトンコカトリスに直撃した。
それを機に石化ブレスと魔法の爆撃が途切れる。
しかし代わりに切り込むのはリザードマンの一群だ。
上空から戦力を削がれ陣形を崩されたモンスターたちが、今度は地上からの不意打ちに倒れていく。
戦況は転生者優位で進んでいる。
多勢に無勢という言葉があるが、今回は多勢の質が悪すぎたようだ。
「とはいえここまでやるとは……おや? まだ勝負はわかりませんかな」
モンスター軍の最後尾、オーガが担ぐやぐらにひと際存在感を放つものがいる。
この烏合の衆にも指揮官がいたようだ、まったく指揮をとってるようには見えないが。
「あれは奴の手ごま『剣聖ゼノン』……収納されていたとは、勇者も意外に情が残っていると見える」
元人間にして英雄ゼノン。
彼こそ勇者と目されていたが、激戦による大怪我で引退。
以降は後進の育成に尽力していた人物だ。
勇者にとって師匠、あるいはそれ以上の間柄にあたるだろう。
しかし英雄は最終的に魔族の配下に加わった。
その経緯の詳しくをオセは知らない。
が、多くの人間を屠り魔族に貢献した実績は嫌というほど聞き及んでいる。
最後は彼の主人とともに勇者に滅ぼされたとばかり思っていたが、一応生きていたとは。
「いかに特殊なドラウグルとはいえ、剣聖は荷が重いでしょう……いや、その予想すら覆しますかな」
孤独を好むオセだったが、今だけに関していえば誰かと賭けでもして楽しみたい。
それほどまでに魅力的な見世物であった。
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時を同じくして魔王城からほど近い領域で異変が起きていた。
起伏に富んだ地形とモンスターの凶悪さから、その山岳地帯は長らく巨人たちの支配下だ。
巨人族は残忍ながらも土地の肥沃さに満足し人里を犯すことはなかった。
人間としても危険なモンスターを間引きする巨人族は暗黙の了解として距離を取るだけだった。
交流はないながらも共存が成立していたのだ。
しかし巨人族の領地へ堂々たる侵略者が現れたのだ。
恐ろしく強い人間の男と女、そして従魔と思しきドラゴン。
一流冒険者でも手を焼くモンスターたちへ、手当たり次第にドラゴンをけしかけているのである。
「今日はヒドラプラント9匹か……だいぶ倒すのが早くなった。これならすぐに成体になりそうだ」
人間の男がウィンドウを見てつぶやく。
日に日に上昇するドラゴンのレベルに、まだ満足していない様子だ。
それを心配そうに見つめる人間の女。
「勇者様、あまりそのモンスターに入れ込むのは危険では……」
謎の三人組は当初はモンスターの討伐を目的とする冒険者に思われた。
しかしどれだけのモンスターを狩ろうと、彼らが帰ることはない。
それどころかさらに奥へ……巨人の住処へと踏み込もうとしていた。
「……ガァアァッァァア!」
植物モンスターの顔面を一心に噛みちぎるドラゴン。
天を仰ぎ肉を飲み込みながら汚らしく吠えた。
牙の間から零れ落ちるよだれが、まだまだ満たされぬ食欲を示していた。
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