71話 襲い来るものと見下ろすもの
リゼルヴァの悩み、それは独自の進化ツリーだった。
普通のリザードマンにとって最終形態手前のドラゴンへ、なんと一度の進化で到達できるのだ。
それもレベルの条件なしで!
……が、美味い話には裏があり『竜の血』とやらが必須らしい。
いきなりドラゴンへ行ける、といえば聞こえは良いがデメリットもある。
他の村人ならワイバーンへステップアップできる中、ずっとリザードマンで過ごさなくてはならないということ。
もっと言えば竜の血が手に入らなければ一生リザードマンというわけだ。
ちなみにリザードマンの血じゃダメだったそうだ。
「稀だがワイバーンへ進化する者はいた。しかしリザードマンからドラゴンになった話など族長でも聞いたことがないらしい」
「……つまり君は伸びしろに悩んでいるわけだ」
俺の教え方がいいのか、最近村人の成長は目を見張るものがある。
順調に戦闘経験を積めばワイバーンへ至るものも出てくるかもしれない。
村全体が強化――成長していく中で、リゼルヴァは取り残されている気持ちらしい。
むしろけん引する立場なんだから気にしなくていいのに。
「とはいえ竜の血か……俺もあきらめた思い出があるよ」
「そうなのか!?」
かつてワイトに進化するとき、ドラゴンゾンビへ分岐するツリーを選択してみた。
そこで提示された条件が竜の血だったのだ。
俺はあきらめた、秒で。
だってドラゴンに会ったこともないし勝てるとも思えないし。
「じゃあドラゴン探し手伝ってやるよ!……倒すかどうかは別として」
「そういってもらえると助かるぞ! 礼はなんでもしよう!」
「なんでもって言ったな? フフ楽しみ」
某昔話アニメのオープニングのように竜の背に乗せてもらおう。
そしてこの世界を一望するのだ……うーん気持ちよさそう。
そして太古の森に隠されたエルフの里やら、雲海に浮かぶ空中都市やらを旅して――
「マスター! 大変大変よ!」
想像の翼は使い魔の声で消し飛ばされた。
ホルンにへばりついたドクンちゃんが両手を振っている。
「敵襲よ!」
その言葉に俺とリゼルヴァは顔を見合わせ、走り出した。
***
魔族。
神代に異世界から現れた謎の侵攻者。
彼らの主神がこの世界を去った後も、『魔王』を称す強大な個体をリーダーとして度々侵攻を繰り返した。
そのたびに『勇者』と呼ばれるものが人間族に現れては、魔王を打倒してきた。
現在の魔王はすでに滅ぼされている。
それは世界にとって束の間の平穏であり、魔族にとって新たなる魔王の選定期間でもある。
勇者と接触を図ったオセという魔族もまた、王の座を狙う一人。
実力至上主義の彼らにとって『魔王を倒す力』がどれほど魅力的か語る必要もあるまい。
人間の文化を模した庭園で、オセはひとり茶を楽しんでいた。
眼前のウィンドウには『種族:魔族 種別:レッサードラゴン』という文言から始まり、詳細なステータスが表示されている。
オセはドラゴンの卵を預け、育てるよう勇者と取引した。
雑魚から地道に進化したモンスターが一番強い、得てしてそういうものだと言い含めて。
適当な説得に耳を傾けるほど、勇者は件の転生者に苦戦していたらしい。
モンスター討伐に同行させては幼竜に経験を積ませているようだ。
「ふむ、順調に育てているようですね。意外と律義な男だ」
一通りドラゴンのウィンドウを眺めるとそれを消し、今度はテーブルの上の水晶玉を見つめる。
透明な石の中には、見下ろされた森が広がっていた。
木々の間を縫うように、大小さまざまなモンスターが進軍している。
数で言えば50くらいか。
「たかがリザードマンの村にたいして、ずいぶん過剰に投入するものだ……転生者の実力が未知数とはいえ」
おそらくドラウグルの転生者はリザードマンに時間を稼がせて逃げおおせる。
残されるのは死体ばかり……となると奴の目的は戦力増強か。
そうして版図を広げ、アイテムボックス内の状況を把握していく算段だろう。
「まるで優雅ではない」
ため息とともに茶を一口。
王が倒され残党が逃げ隠れる中で、勇者が魔族に接触し、そのアイテムボックスの中では転生者と魔族が戦いを始めた。
珍妙な事態という他ないが、くだらない暇つぶしもオセは嫌いではない。
「哀れな同志よ……アイテムボックスに封印され、いたずらに藻掻くだけとは」
かつては次期魔王の座を争う相手を、オセは文字通り高見から見物していた。
***




