62話 クイーン
現れたグレムリンロードとクイーン。
必殺マヒドリルで雄を倒すと雌がおかんむりの様子だ。
「グメェェェェェ!!」
怒号と地響きを轟かせながら突っ込んでくるグレムリンクイーン。
前回の口からは鋭い歯と長い舌が惜しげもなくさらされ、ただでさえ飛び出てていた目玉をむいたことで正に鬼のような形相だ。
……鬼のような、と言ったがオーガよりも確実に恐ろしい、間違いない。
「フジミそっちに行ったぞ!」
「見えてるよー」
長い指にはハルバードが握られている。
鑑定した感じだとリゼルヴァの『退魔のハルバード』のコピー品だ。
どうやらクイーンはアイテムを複製する能力を持っているらしい。
グレムリンロードが使ってきた模造アイスブランドも氷のエンチャント帯びていたからな。
ただ、オリジナルのアイスブランドは使用者を確率で呪死させる強烈なデメリットもついていたはずだ。
ロードが死ななかったのは模造品だからなのか。
それとも呪に高い耐性を持っていたからなのかは分からない。
もし模造ハルバードが退魔のエンチャントを備えているなら、アンデッドの俺には危険な代物だ。
慎重に対処していきたいところだが……。
「ググエッ!」
「なっ!?」
てっきり力任せに武器を振ってくると思っていた。
意表をついて飛ばしてきたのはボーリング玉のような黒い塊――『竜の黒卵?』だ。
グレムリンが投げつけてきたのはコレだったらしい。
クイーンは走りながらこれを吐きかけてきやがった。
発射したといってもいい。
とっさに盾で受けたものの、けっこうな衝撃に体制を崩された。
そこにクイーンが迫る。
「”アイスエッジ”!」
ドクンちゃんが咄嗟のフォローを飛ばしてくれた。
後方から氷柱がクイーンの胸に突き立つ。
が、クイーンの勢いは削げない。
「ゲアアア!」
猛烈な勢いだ。
今度こそハルバードが振りかぶられる。
しかし盾は間に合わない。
「チッ!」
リーチを活かしたなぎ払いが来る。
アイスブランドをせめてもの盾代わりに構えた。
直後、強烈な衝撃に吹き飛ばされる。
「マスター!」
「フジミ!」
二人の悲鳴と同時、視界が一瞬だけ白く染まる……たぶん聖属性の光だ。
……ところでホルンの悲鳴は聞こえなかったようだが?
色が戻ったとき、俺は地面に転がっていた。
体力は半分くらい削られている。
退魔のハルバードを受けておきながら意外と軽く済んだものだ。
代わりに氷の防御魔法――『アイシクルスケイル』は完全に剥がれてしまっていた。
たぶん鎧のおかげでもあるのだろう。
「マジで丈夫だな、ドラウグルは」
マミーだったら昇天してたかも……消滅か?
急いで立ち上がり状況確認。
リゼルヴァとドクンちゃん(を乗せたホルン)がクイーンを引きつけてくれていた。
俺の体はというと動く分には問題ない。
が、アイスブランドが見当たらない。
というか右手が肩からどこかへ飛んでいったようだ。
「あんなところに」
軽く見渡してみると随分遠くに転がっていた。
しかし悠長に取りに行く時間はなさそうだ。
「くっ!?」
「ギギア!!」
リゼルヴァが圧されているのだ。
村一番の強者にして技巧派のリゼルヴァだが、クイーンの膂力は尋常じゃない。
まるで木の枝で打ち据えるかのようにリゼルヴァを攻め立てている。
しかも両手で構えるべきハルバードを左手だけでぶんぶん振り回しているのだ。
「……左手だけ? そうか、”スーサイド”か」
よく見るとクイーンの右手は一部の骨が露出してしまっている。
折れた骨が突き出ているのだ。
ロードとの戦闘前、俺が自身にかけていた闇魔法『スーサイド』。
受けたダメージの一部を相手に返す呪文だ。
俺の右手がもげるほどのダメージをクイーンも負ったらしく、その影響でハルバードを片手で使うハメになったのだろう。
「ぐあっ!」
受け流し損ねたリゼルヴァが吹き飛ばされた。
ハルバードの柄で直撃を避けていたから致命傷ではないだろう。
しかしアイツには荷が重いようだ。
早いところ加勢してやらねば。
あの魔法でちゃちゃっと――
「フジミ、お前はいつも己だけで勝とうとするな?」
倒れたリゼルヴァがすぐに起き上がった。
苦しそうな表情とは裏腹に声は冷静そのもの。
そして俺に向かって掌を突き出した。
どうやら手を出すなと言っているようだ。
「ミノタウロスのときも、ゴーレムのときも。誰よりも前線に出て危険を受け持ち、そのまま平然と勝利までもっていく……そうだな?」
もしかして怒ってます? なんで?
「え? まぁそうかもしれんけど……そんなこと言ってる場合か?」
振り下ろされたクイーンの刃が石畳を砕いた。
防御をしくじれば無事じゃ済まない。
十全な状態で相手をしなければ危険だ。
それでもリゼルヴァは逃げない。
クイーンを見据えながら言葉を続ける。
「私にもリザードマンの、ドラゴンの末裔としての矜持がある……アンデッドに庇われてばかりでは名が廃るというもの!」
初対面の素手試合から始まってリゼルヴァは俺に負け越している。
俺は無自覚だったんだけど、どうやら痛くプライドを傷つけていたようだ。
リゼルヴァをあてにしないスタンスも気に食わなかったか。
そういえば前世も似たようなことで後輩から怒られたな。
もっと信用して仕事を振ってください的な。
なんかごめんよ。
「”ブライ――」
「手出し無用!」
「えぇー……」
ドクンちゃんの援護も断るリゼルヴァ。
そういえば族長言ってたな、「あいつは賢いけど頑固」って。
武人気質というか、負けず嫌いというか。
「オオオオオオ!」
リゼルヴァの闘志が怒りと共に膨れ上がる。
喝と同時、相手の斬撃を反らす。
続いて流れるように回転しハルバードを斬り上げた。
クイーンの血は……舞わない。
俺にはてっきりリゼルヴァのカウンターが外れたように見えた。
しかし、そうじゃない。
「ギッ!?」
ぼとり、クイーンの手から肉片が零れる――落とされた四本の指だ。
続いて硬く、高い音が響く。
支えを失ったハルバードがクイーンの手から離れたのだ。
いなしたカウンターで指を切り落とすとは、なんという技量。
『剣術Lv1』の俺では到底不可能な絶技である。
リゼルヴァの反撃は止まらない。
「”フレイムトラップ!”」
続いて火魔法を発動。
初めて見る呪文だ。
面積にして片足一つぶんほど、クイーン付近の地面が燃え始めた。
今は燃えているだけで何も起こらない、が魔法の名前から察するにあれは……。
「ゲ、ゲ……」
両腕を封じられたクイーンがえづいた。
何かを吐くつもりだろう。
対してリゼルヴァは尻尾をバネに高く跳んでいる。
すでにクイーンの眼前に迫っていた。
あの動き、俺の包帯から取り入れてない?
「一族の宝を、卑しめるな!」
怒声、そして空中からの踵落としが炸裂する。
クイーンが吐き出そうとした竜の黒卵は、強烈に押し戻される。
たまらずたたらを踏むと、そこには赤熱する地面が。
『フレイムトラップ』。
踏まれることがトリガーなのだろう。
それまで静かに燃えていた地面は、クイーンの片足を飲み込むかのように激しく明滅し――爆発した。
派手に弾ける音、飛び散る肉片と石。
クイーンの悲鳴。
片足の骨がむき出しになり、膝をついた巨体。
眼前にはハルバードを腰だめに構えたリザードマンがいる。
勝敗は決した。
「ハァッ!」
一閃。
クイーンの首は高く宙を舞い無様に転がった。
血しぶきが雨のように降り注ぐ中、リゼルヴァはこちらに向き直る。
赤い鱗が血に塗れ一層深みを増していた。
その様にまさに炎の竜……。
「少しは仲間を信用しろ! ハゲ!」
「お、おぉ」
迫力に圧された俺から、「ハゲちゃうわ」という言葉は出てこなかった。
「まだ終わりではないぞ」
ホルンが告げる通り、最後の仕事が残っている。
魔族化だ。




