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49話 みせかけの陽光と謎の爆炎

 ***


 心安らぐ、と形容できる場所だった。

 うららかな日差し。

 手入れされた生垣と芝。

 色とりどりの花々に、噴水のせせらぎ。

 それに囲まれたテーブルと三脚の椅子。


 テーブルには三つのティーカップと、茶菓子が用意されている。

 そこにかける人物もまた三人。


 紳士は茶を勧めるが、二人の若者が口をつける気配はない。

 それどころか敵意を露わにして睨みつける始末だ。


「私はオセ、今はあなたに滅ぼされかけた魔族をどうにかまとめている者です」

 

 笑顔で名乗る老紳士。

 白いひげをたくわえ、上質な身なりに身を包んている。

 差し出す手は、もちろん握り返されることはない。

 オセと名乗る紳士は困ったように笑いながら茶をたしなんだ。


「せっかく人間風の茶会を用意しましたのに、そのように殺意をぶつけられては台無しです」


「こちらの用事は『とびきり強いモンスターをよこせ』以上だ」

 

 対して侮蔑のこもった目で応じるのは美青年――勇者だ。

 腰には聖剣を提げ、いつでもオセを斬り捨てられる心づもりでいる。


「私を殺せばそれまでです、本気で隠れた魔族を探して回るのは勇者といえど骨が折れますよ」


「……」


 勇者は答えない。

 実際のところ、この空間へは紳士が許さない限り何人も立ち入れないのだ。

 オセはそれを口にこそしてなかったが、勇者には十分伝わっていた。


 魔族だけがもつ、非常に秘匿性の高い結界魔法のせいだ。

 これを看破するのは勇者といえど至難の業である。


「こちらの条件はひとつ、あなた方について教えてほしいのです」


「……っ!」


 勇者の隣、小さな少女が身をこわばらせた。

 美しい金髪にあどけなさの残る顔だち。

 か細い手が最高位の司祭だけがもつ杖を握りしめている。

 聖女と呼ばれる人間の少女、アイリーンだ。

 勇者を追ってともに魔族の庭園に招かれたのである。


「いけません、魔族と取引など」


 鈴のような、しかし強い意志を感じさせる声だ。


「お嬢さん、何も私は機密を聞き出そうとしているのではありませんよ、ただお話をしたいだけなのです……他愛のないお喋りを」


 緊張を解きほぐすようなほほ笑み。

 表情、声、ふるまい……すべてが柔和な紳士。

 しかしその裏に温かさなど微塵も存在しないことは、勇者も聖女もよく知っていた。

 仮面のように形骸的な笑みにすぎないのだ。


「俺の精神耐性はマスターだ、洗脳呪縛の類は一切効かない」


 加えて防護の魔導具も複数身に着けている。

 敵の術中にはまるなど、万に一つもありえない。

 警戒を怠らない勇者は、オセの言う『おしゃべり』に興じることとなる。


「今日は最初ですから、まずは私からお話ししましょう」


「今日で最後の間違いだろ」


「これは手厳しい」


 笑い声とともに、寒々しい茶会は更けていった。


 ***


 ドラウグルへ進化した俺の初依頼は『巨大な謎のモンスター』の調査。

 そいつを発見したリザードマンに先導され、俺たちは森を進むのだった。


 村から歩くこと半日。

 いまだ俺たちは謎のモンスターと遭遇はおろか、手がかりすら掴めずにいた。


「なんもいねーよー」


「シュグルクンケケコ」


「たしかにこのあたりで巨大な双頭のモンスターを見たんだこのハゲ、だそうだ」


「ざんねん、毛は生えてますーハゲじゃないですうー」


 リゼルヴァの悪意ある翻訳を一蹴してやる。

 ドラウグルに進化したことで頭髪も獲得したのだよ、俺は。


 今回のパーティーは俺、ドクンちゃん、ホルン、ホブスケ、トリスケ、リゼルヴァ、リザードマンだ。

 ミノタウロスにやられたホブスケは結局損傷が激しかったので、別の素体を使った。

 ネームドの死体じゃなくなったけど、素のレベルがかなり上がったおかげで今までとそん色ない動きをする。

 もう一体スケルトンを連れて歩けるんだけど、村の警備にオニスケを一体置いてきたのだ。

 

 索敵のためトリスケを上空に飛ばす。

 その背にはドクンちゃんが騎乗する。


「マスターなにもいなさそうだよー」


「いいなぁ、俺も乗りてぇなぁ……」


 空を見上げてつぶやく。

 俺の体重じゃトリスケには重すぎてて飛べないのだ。

 ドクロだけになったら乗れるだろうか、いける気がする。


「マスター聞いてるー?」

 

 上空から呼びかけてくるが、しばらく見張っていてもらうとしよう。

 本当に巨大なモンスターなら飛び回るトリスケに食いついてくるかもしれない。


「で、どんなモンスターだっけ?」


 全容を今一度きいておく。

 リゼルヴァが訳してくれた。


「色は茶色。高さは10長老分、幅も同じくらいで二つの長い首を持つ。ひとつは火を、ひとつは稲妻を吐く。そして長老よりおぞましい声で鳴く……だそうだ、ややハゲ」


「単位がローカルすぎるし俺はややハゲじゃないやい」


 と軽口を叩きつつも考えてみるが、俺のモンスター辞典に該当する例はない。

 考えらえるのはドラゴンの亜種とか?

 でも翼がないらしいんだよなあ。

 

「だいたい火と雷を吐くなんて盛りすぎなモンスタなんて――」


「む」

 

 静かに歩いていたホルンが不意に空を見上げた。

 耳をぴくぴくさせて何かを聞き取っていたようだ。


「来たようだ」


「えぇ?」


 何が、という疑問の答えはすぐに帰ってきた。

 ホルンの視線の先、空には火の球が尾をひいて走っていた。

 その先にはトリスケとドクンちゃんが。


「マスター、なんかこっちに飛――」


 接触する火球とトリスケ。

 そして爆発。

 

「トリスケーーーーーー! あとドクンちゃーーーん!」


<<スケルトンコカトリス:HP7%>>


 コカトリスの骨が降り注ぐ。

 炎に包まれたそれらは悲しいまでに幻想的だった。

 まるで昼に打ちあがった花火……。


「グエッ」


 べちゃりとドクンちゃんが落ちてきた。

 どうやら生きているようだ。


「無事で何より、マイ使い魔」


「なんでアタシよりトリスケの心配したのよマイマスター……」


「おい面白コンビ、そろそろ構えろ」


 リゼルヴァがハルバードを構え、ホルンがいななく。


 木々の間を縫って現れたのは巨大なモンスター……モンスター?

 体表は茶色や緑に覆われている。 

 立ち並ぶ木より長い首、俺たちを見下ろす二つの頭。

 爬虫類のように長細く、大きな口をもつフォルムはドラゴンに似ている。

 しかし目にあたる部位は見えない。

 よほど小さな瞳なのか、それとも別の位置についているのか。


「ようやく出やがったな、こいつは……なんだこいつ」

 

 ひとつの口は炎を、ひとつは光をたたえていた。

 炎と雷を操るというのは確かなようだ。


 特徴的なフォルム、攻撃手段もつにも関わらず、俺のデータベースにヒットしない。

 こういうときは鑑定に限るぜ。


<<草>>


「久しぶりにどういうことだよ!」


 つっこみと同時、火球が爆ぜた。

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