40話 そして初心を思い出す俺
遺跡ダンジョンを逆走した俺たちは、いきなりボス部屋に出てしまう。
そこでアイテムとミノタウロスを確認した。
アイテムだけ頂戴して華麗にトンズラこくはずが、手負いのリザードマンが迷い込んでしまった。
彼を逃がすためにはミノタウロスに立ち向かうしかない。
ミノタウロスの注意をひいたところで先手を打ちにいく。
「”ブラインド”!」
からめ手の闇魔法『ブラインド』。
一秒間だけ対象の視界を封じる妨害技だ。
MPを確認すると一回しか唱えていないのに二回分消費されている。
「指輪の効果か」
俺の指にはまっているのは、オーガの腹から出てきた『双唱の指輪』。
一度の詠唱で二回分魔法が発動されるという、なんとなく強そうな効果だが……。
ミノタウロスがのけぞるような反応をした。
無事ブラインドがかかったみたいだ。
「大丈夫か?」
「シュー……」
俺の背後を通り、リゼルヴァが迷いリザードマンのもとへ駆けつける。
さっさと救助されてほしいところだが、どうやら傷を負ってるようで足取りがおぼつかない。
リゼルヴァに支えられ怪我人はえっちらおっちら出口へ向かい始めた。
二人に背を向けるようミノタウロスを誘導しなければならない。
ブラインドの持続時間は短く、効果的に運用することは難しかった。
――ワイトの頃なら。
モンスターとして進化した今、一秒間にとれる選択肢は格段に広がっている。
マミーの機動力は尋常じゃない。
「ほっ!」
足の包帯をバネのようにしならせ、跳躍力をブースト。
腕の包帯を触手のように伸ばし、ミノタウロスの角をつかむ。
まるで某蜘蛛男を彷彿とさせる軽やかさ。
瞬時に頭へとりつくなど朝飯前。
「ブオッ!?」
「ハロー」
きっかり一秒、ブラインドの効果が切れた。
視界が戻ったらマミーが至近距離でこんにちは。
案の定びっくりするミノタウロス。
しかし一秒で”ブラインド”が切れたか……。
双唱の指輪で二重がけされたところで、効果は倍に持続しないらしい。
たぶん二つの”ブラインド”が独立して処理されたのだろう。
こんな風に魔法によって二回発動したところで無意味だったりするわけだ。
幸いMPは豊富にあるから多少無駄うちしても困らないけどさ。
俺を振り払うべく、狂牛は頭を振り回す。
背中の包帯を駆使してアイスブランドで斬りつけてみたが、手ごたえがほとんどない。
ちゃんと腕で構えて力を乗せないとダメージは入らなさそうだ。
「今のうちに連れ出せ!」
「助かる!」
リザードマン二人に向かわないよう必死にしがみつくが、そろそろしんどい。
苛立ったミノタウロスが壁に向かって突進を始めた。
このままだと押しつぶされる、離脱せねば。
「グモォォォォォォ!」
「ときめきポイズン!」
頭を蹴って離脱がてら、ドクンちゃんが置き土産とばかりに毒を吐きつける。
毒の痛みで制御を失い、肩から壁に激突したミノタウロス。
部屋全体に轟音と振動が走る。
パラパラと天井から岩の破片が降ってきた。
あの図体で自ら壁にぶち当たれば死にそうなもんだけど、残念ながらピンピンしている。
ここで敵の死角からホブスケが参戦。
オーガからもらった大斧をミノタウロスのすねに打ち込む。
骨ごと砕く勢いの一撃だ、あれは痛いぞ。
このまま足を封じて持久戦に持ち込みたい。
「ナイスよホブスケ!」
……が。
「グオオオオ!」
怒り心頭のミノタウロス。
しっかり立ったまま、足元のスケルトンを見据えた。
骨を断たれるどころかバランスさえ崩していない。
そして巨木のような腕で薙ぎ払う。
「あーらら」
「ホブスケー!!」
叫ぶドクンちゃん。
吹き飛ばされ転がったホブスケ。
哀れ、甲冑ごとバラバラになって散らばった。
まだHPは残っているようだが復活にはかなり時間を要するだろう。
さすがのホブスケもミノタウロスには敵わないか……素体はホブゴブリンだからな。
「あれで浅いのかよ……」
オーガ印の斧のフルスイングだぞ?
レベル差があるとはいえ、ここまで効かないのか?
斧の命中箇所を観察する。
……そうか、原因は剛毛だ。
針金のような毛皮が鎧のように全身を覆っている。
筋肉を切断しようとしたホブスケの一撃を軽減したんだろう。
毛が密集することでクッションのような効果があるのかも。
「こいつは難敵だな」
皮膚に傷がつかなければ、俺のマヒ毒も通用しない。
つまりマヒさせて一斉攻撃で落とす必勝パターンが使えない。
ほかの勝ち筋を考える。
死のアイスブランドを振らせるとか?
……手のサイズが全然合ってないけど拾ってくれるだろうか。
どうすればいい……。
「マスター!」
ドクンちゃんの警告で我に返った。
ミノタウロスが振りかぶる動作をとっている。
その手には斧が握られているが、間合いからして俺には届かないだろう。
となると――投げる気か!
俺が標的ならいい、避けられるから。
けどリゼルヴァたちはマズい!
「”ブラインド”!」
「グオオ!?」
本日二回めの目くらまし。
間一髪でかかったようだ。
わずかに投げの姿勢が崩れた。
そのまま強引に放たれた斧が空を舞う。
「リゼルヴァちゃん、そっち行ったよ!」
大ぶりな動作で投擲された斧は、回転しながらリゼルヴァたちへ迫る。
リザードマンふたりは出口への通路に倒れるように滑り込む。
直後、衝撃音とともに斧は壁に突き刺さった。
”ブラインド”のおかげで軌道が二人から逸れたみたいだ。
しかし予想外の事態が起こる。
唐突に出口の扉が閉まったのだ。
誰も操作していないのに。
「おい、なんで扉閉まった?」
「レバー壊れてるよ!」
ドクンちゃんの言う通り、壁に設けられた開閉レバーは完全に壊されていた。
リゼルヴァから逸れた斧が運悪く当たったのだ。
その衝撃がレバーを最後に作動させたのだろう。
しかし、二度と扉を開けることができなくなった。
もと来た道が辿れない、つまり退路を断たれたということ。
「あいつの図体なら扉の向こうまでは追ってこれないと思ったのに」
逃げる作戦も台無しか。
「これじゃあ出られないよ! リゼルヴァちゃんも助けに来れないし!」
「落ち着け、俺に考えがある」
「どうするの……?」
素手になったミノタウロスとにらみ合う。
投げた斧拾いにいってくれないかなー、そうすれば時間を稼げるのに。
などと思いつつドクンちゃんをそっと胴体に収納する。
俺の願いは叶わなかった。
おもむろにミノタウロスが手を伸ばしたのは、ホブスケが持参した大斧だ。
オーガからホブスケへ、そしてミノタウロスへ託された怨念の籠ったバトン。
このままでは怨念の丈をぶつけられてしまう。
「そっち使うのかよ」
ならば計画を即座に実行。
180度、踵を転回。
全神経を足に集中。
「逃げるんだよおおおおお!!」
「えええええええええええ!?」
目指すのはもう一つの扉。
はぐれリザードマンが入ってきた――いわば、正規ルートの扉だ。
その先はダンジョンの入り口に繋がっているはず。
ゴリゴリの武闘派相手に正面戦闘なんてやってられるか。
俺はなんとしても生き残ってやるんだからな!
そして異世界生活を満喫するのだ!




