17話 水に流したい俺、トサカにきた勇者
紳士の良心につけこみ、卑劣な罠にかけたスキュラ。
しかし持ち前の機転、スケルトンとのチームワークで難を脱したインテリジェンスワイト俺。
スキュラの血肉で祝杯を挙げると、謎の部屋を探索するのであった。
「また嘘あらすじの匂いがするわ」
「えっ、なっ何の話かなあ?」
キョドりつつ草むらをかき分ける。
メタい発言するの止めてよね。
今までの部屋は全面石造りで、壁に松明があるだけの質素な「ダンジョン風」だった。
しかしトロールから分岐した部屋はかたや砂漠、かたや湿地が広がる異空間。
まるで魔法のように法則がねじ曲がった光景を目の当たりにして、
「そもそもアイテムボックス(空間魔法)の中身だったわ」と実感する俺だった。
湿地部屋を歩いて気がついたのは、ここも壁に囲まれているーー部屋だということだ。
だいたい30メートル四方で透明な壁がある。
天井の高さは確認できていない。
曇り空が広がっているが、無限の高度とは考えにくい。
「ねぇレバー床についてる」
「謎の景観配慮だな」
で、進むためのレバーは床についていた。
レバーを引くと風景の一部が扉一枚分スライドする。
その先に次の部屋があるのだ。
戻るレバーも同様。
さてお待ちかねの宝箱、の前に。
「ねぇいろいろ落ちてるね」
「これとか役に立ちそうだな」
俺たちはゴミ拾いじみたことをしていた。
環境保全のためじゃない。
わりと実用的なアイテムが落ちているのだ。
例えば矢、クロスボウのボルト、砥石、投げナイフ、ビン、革袋など。
蹄鉄や調理器具なんかも見つけた。
そういった諸々をゴブスケに持たせつつ、俺たちはようやく宝箱にたどり着いた。
草むらに隠れた箱を探すのは一苦労だった。
「ではでは、オープン!」
輝かせた視線の先にあったのは、こぶし大のガラス瓶だった。
栓されているが液体は入っていない。
形状は理科室で見た丸底フラスコにそっくり。
なんでフラスコが大事そうにしまわれてるんだ?
あれか、この丸みを出すのは異世界だと匠の技だからか?
……いや、違うな。
「きれー」
瓶の中には光が詰められていた。
青白い、小さなろうそくのような光だ。
瓶を手に取ると冷気が伝わってきた。
「ロマンティックなアイテムきたな、鑑定しよう」
たしかに美しい。
うっとりするドクンちゃんをよそに、鑑定してみる。
<<瓶詰の精霊(使用済み)アイテム 下位精霊1匹を封じている魔法の瓶 レアリティ:アンコモン>>
なるほど、察するに青白い光が精霊なのかな?
冷たいということは氷の精霊かしら。
しゃかしゃか振ってみると、光は抗議するように激しく揺らめいた。
「そんなことしたら可哀そうでしょ!」
「えぇ……ごめん」
怒られちゃった。
しかし実際のところ、俺はこれをどうすればいいんだ?
敵に投げつけるのか、栓を抜くと精霊が味方になってくれるのか。
はたまた夏場に触って涼をとるのか。
「ドクンちゃん、これの使いかた知ってる?」
「さあ?」
とりあえず開けてみるか。
栓をつまんだ、そのとき――
「マスターあれ!」
ドクンちゃんの切迫した声。
小さな手が示す方向をみると、嫌なものが空中に現れていた。
陽炎のように揺らめく虚空。
ゆがんだ景色が、窓のように外界を映し出す。
空間魔法だ。
そして空間魔法で干渉してくる人間は、勇者の他にいない。
またモンスターを収納――送り込んで俺を殺そうとする気だろう。
勇者の顔が見える。
この前みたときよりちょっと痩せた?
俺は先手を打って喋りかけた。
「ちょっと待て、勇者や」
両手を広げて敵意がないことを示す。
……なんかさっきも同じようなことしたな。
勇者はというと不機嫌そうにこちらを睨みつける。
「貴様と交わす言葉はない」
「そう言いなさんなって。俺はね、別に君をどうこうするつもりはないんだ。
確かに俺を消し飛ばしたことと、隠蔽しようとしたのは良くないと思うよ?
君はまだ若い、失敗の一つや二つもあるだろ。
だから一言詫びてくれれば水に流すよ。
ぶっちゃけ君と不毛にもめるより、俺は異世界を満喫したいのよ!
外にはエルフとかダークエルフとかいるんでしょ!?
……ねぇ聞いてる? なにスタンバってるの? それモンスター?」
寛大な提案に耳を貸さず、向こう側でごそごそする勇者。
いま羽みたいなものが見えたような。
「言い残すことはそれだけか」
徐々に空間魔法が閉じていく。
こいつ全然話つうじねぇな!
こうなったら簡潔にこちらの熱意を伝えねば!
「これだけは信じてくれ! 君は、俺の、敵じゃない!!!」
「ぜんぜん敵じゃないよー」
心を込めて叫んだ。
後ろでドクンちゃんとスケルトンズもピースサインで猛アピール。
こんなに愉快なアンデッドがいるかい?
勇者の目が見開かれた。
動揺しているみたいだ。
「……なるほど、貴様の言うことはよくわかった」
ぽつりと呟く勇者。
よかった、これでモンスターを差し向けられることは――
「勇者に対して『相手にもならない』などと、全力でコケにしやがって!!」
「えぇぇ……そうとっちゃう?」
敵じゃない、を『敵にもならない』って解釈しちゃったの?
こいつひねくれすぎだろ。
……ひょっとして俺の言い回しがマズかったか?
「お望み通り、選りすぐりのモンスターを探してきてやる、フジミ=タツアキ」
「誤解だってー! おーい」
勇者の目は今まで以上に敵愾心に燃えていた。
なんてこった、逆に煽っちまうとは……。
溝は深まったまま空間魔法が閉じられてしまう。
そして瞬時に現れた刺客たるモンスター。
大きさだけで言えば馬くらいデカいニワトリだ。
異様なのは首以外の全部。
まず脚が4本もある。
前脚と後ろ脚がニ本ずつ、ライオンの頭をニワトリにすげ替えたようなフォルムだ。
四つの脚は鳥類のそれより遥かに筋肉質で、備えた爪はナイフのよう。
そして竜のように大きく強靭な翼。
最後に目を引くのが尻尾だ。
尻から大蛇が一匹生えているのである。
ニワトリとライオンと蛇が合体したような、異形の怪物。
頭と尾、四つの瞳が俺たちを見据えた。
<<Lv45 種族:魔獣 種別:コカトリス>>
「グギアアアアアアア!!」
殺意の咆哮が耳をつんざいた。