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15話 仄暗い水の底から


 トロールの部屋で鎧一式を手に入れた俺。

 喜んだのもつかの間、それはあまりに重すぎた。

 しかたがないので兜だけかぶり、壊れた胴は捨て置いた。

 残りはスケルトンウォーリアのホブスケに着せることに。


 新スキルに新スケルトンが加わって4人パーティーになった俺たち。

 次なる部屋は砂漠か湿地か。


 迷う俺だが、決断は予想だにしないものに急かされた。


「きゃあああああ!」


 女の悲鳴だ。

 声は湿地の部屋から聞こえてきた。

 ゴブスケにレバーを下ろさせ、飛び込んだ先。


 床は草と泥に覆われていた。

 所々に水面が見え、小さな池だか水たまりが点在しているようだ。

 あるはずの天井はなく空が見える。

 雲しかない曇天だ。

 けれど今までのどの部屋よりも明るい。

 

 そして部屋の中央に大きな池がある。

 直径にして10メートルくらいか。

 ちょうど真ん中あたりで人が溺れていた。


「きゃあああああ!」


「だ、大丈夫か!」


 もう一度悲鳴。

 白い腕が水面を叩いている。

 茶髪の頭は今にも沈んでしまいそうだ。


 俺は岸までたどり着き、何か掴まれるものがないか探す。

 棒や板……ないな。

 皮ひもは長さ的に届かないか。


 飛び込むしかないか?

 異世界にきて久しぶりに見る女性がピンチとは。

 なんとしても助けねば、そう思った。


 思ったんだけど……。


「きゃあああああ!」


 また悲鳴。

 気のせいかな、声のトーンといい尺といい、そっくり同じ風に繰り返してるような。

 あとバチャバチャやってるけど、逆に言えば沈みそうな状態を維持できているわけで。

 溺れかけてるわりに元気じゃない……?


 踏みとどまった俺に、肩に乗るドクンちゃんが同調する。


「ていうか、わざわざ池の真ん中まで行って溺れたのかしら」


「あー……それもそうだよな」


 まあ真ん中まで泳いだけど足がつった可能性はあるかな?

 それにしてもいつからああやってたんだろう。

 俺らが最初に一瞬だけのぞいた時は静かだったし。


「空気を読まずに申し訳ないんだけど、これ罠だと思います」


「アタシも禿げ上がるほど同意」


「語彙が古いのよ。ドクンちゃん、そんな記憶まで読んでんの」


 かつて俺に憑依していたドクンちゃんは、俺の記憶をのぞいたそうだ。

 そのせいで元の世界のしょーもない知識も知っているのだが今は置いといて。


 いまにも溺れそう女性、それを助けに飛び込む冒険者。

 こんな状況にピッタリなモンスターに、俺は心当たりがあった。

 ずばり、ラミアかスキュラだ。

 どちらも上半身は人間の女性で下半身が蛇のモンスターである。

 微妙に異なるのは下半身の形状だ。


 両者に2本の足はない、代わりに蛇が生えているのだ。

 ラミアは蛇の頭をそのまま人間の上半身にすげかえたシルエット。

 人魚の蛇版といった趣だ。


 いっぽうでスキュラは、タコの頭を人間の上半身をにすげかえたシルエットに近い。

 タコの足一本一本が蛇の頭をしているのだ。

 ていうかタコ足の場合もある。

 ルーツは犬が生えてたとか聞くけど。


 どちらにせよ水棲で、上半身が人のモンスターだ。

 ちょうちんアンコウよろしく、お姉さん部分を餌にして人間を捕食するのだろう。

 今の状況のように。


「が、待望のモン娘であることに変わりはない……!」


 モン娘――モンスター娘。

 このロマンを今さら語る必要はあるまい。


「まーたそんなこと言ってるよ、ヤダヤダ男って」


 俺はこのときを待っていた。

 理想の異世界ライフにおいて、いろんな種族と触れ合うのは必須事項。

 もちろん女の子なら尚よし。


「きゃあああああ!」


 モンスターひしめくアイテムボックスに閉じ込められてから、いつかチャンスが巡ってくると睨んでいた。

 その予想は正しかった。


「きゃあああああ!」


 ゴブリン、ゴーレム、ミミック、トロール、スケルトン……。

 たしかに楽しかった。

 でも俺が本当に求めていたのは違うんだ。


「きゃあああああ!」


 そう、人はひとりでは生きられない。

 男はモン娘なしで――


「マスター!?」


「ガボゴボッ!?」


 突如として俺の視界が一転した。

 水面の女から空へ、そしていま水中へ。


 どうやら何者かに足首を掴まれ、仰向けに引き倒された。

 さらに池へ引きずり込まれたみたいだ。


 水中で状況を確認する。

 動揺はしたが、おぼれる心配はない。

 なんてったってアンデッドだからな。


 左足首に縄のようなものが巻きついていた。

 一匹の蛇だ。

 池の中央から伸びたそれが、俺を手繰りよせていた。

 俺があまりにも飛び込まないので向こうが、痺れを切らしたんだろう。


 蛇の根元は溺れる女性に繋がっている。

 いや、正確には女性の下半身――蛇の集合体にだ。


<<Lv30 種族:魔獣 種別:スキュラ>>


(スキュラか)


 本体に近づくにつれ全容が見えてきた。

 8匹くらいか、女性から蛇が生えている。

 複数の蛇がうじゃうじゃしているのはスキュラで間違いない。

 いずれの蛇も俺に向かって口をひらき、攻撃する気満々だ。


(俺は敵じゃないよー)


 両手を挙げてアピールしてみる。

 今までのモンスターはどれも敵対的だった。

 会話するだけの知能がないからだ。

 しかし人間の脳を持つモン娘なら意思疎通が可能なはずだ。


 あわよくば仲間に加わってくれるかもしれない。

 

「ゴボオゴボボボボボ(友達になろうぜ)」


 どういう発声器官か謎だがうまく喋れない。

 それでも笑顔で手を振る俺だが、果たして意思は通じているのだろうか。


 ミシリ。

 

 次々と蛇が絡みついてくる。

 熱烈な抱擁、と思いたいところだけど力強くない?

 

(わぉ、本体が来た。やっぱ美人だぜ)

 

 もがいていた女性が水中に潜ってきた。

 やはり溺れていたのは演技だったんだな。

 海藻のように茶髪を揺らしながら、俺の顔を覗き込んでくる。

 骨のように白い肌、青い唇、虚ろな目。

 開きっぱなしの口。


「ガボー……ゴ(ハロー……って)」


 弛緩したようにぶらぶら揺れる女性の体。

 美しい顔には何の表情もなかった。

 何の、知性も。

 

 俺は悟った。

 これは、ただ餌をおびき寄せるだけの誘蛾灯。

 まったくの作り物、マネキン、ルアーだ。


 人間部分は本体じゃない。

 スキュラに人並みの知性はなかったのだ。


(それに引きかえコイツらの嬉しそうなこと)


 巻きついた蛇の何匹かは、舌をチロチロ出し入れしていた。

 まるで舌なめずりしているかのようだ。

 全身骸骨のどこに食べる楽しみがあるんだか。


(そういうことなら仕方ない)


 みせかけの美しさに興味はない。

 残念だけど戦って倒すだけだ。


(来い!)


 ――直後、忠実な下僕が水面を割って入った。

 鎧を着こんだスケルトンウォーリア――ホブスケだ。

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