表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

159/159

158話 落とし物

 おなじみになった石壁の一室。

 薄暗い空間に、俺とギリムの緊張した息遣いだけが響いていた。

 かれこれ1週間くらいか。

 幾度もの開発と調整を経て、ついにデュラハンボディのプロトタイプが完成したのだ。

 要望のギミックはほとんど実装できた。

 あとは効率化、安定性を高めたい。


「完成度8割といったところか。長時間稼働が問題じゃな」


「負荷かけるよう、激しく動いたほうがいいんだよな?」


 俺はゆっくりと新しい体を確かめる。

 素材こそ安価な木製と汎用金属だ。

 しかし内部にはギリムの技術の粋が詰め込まれている。

 魔術的磁気ユニットによって浮く頭部はすっかり安定し、両手が自由になった。

 加えて全身の随所にサブウェポンが満載。

 よって今回はアイスブランドはお留守番とし、素手で挑む。


「次の部屋には強力なオークが10体おる。存分に暴れてこい」


「任せろ」


 ギリムに短く応え、俺は隣室への扉を開け放った。

 そこには、焚き火を囲む10体の巨体が蠢いていた。

 ヒルトロールよりは弱いが、多対一のテスト相手にはちょうどいい。

 食事中のところ申し訳ないが、俺の都合で死んでもらう。

 こちらの姿を認めたオークたちが、一斉に敵意のこもった唸り声をあげる。

 しかし、俺は動じない。

 武器すら構えず、悠然と奴らの群れへと歩を進めていった。


「フジミのやつ、何を考えとるんじゃ……」


 遠巻きに見守るギリムの呟きを、地獄耳が拾い上げる。

 デュラハンになってからというもの、あらゆる身体機能が向上しているのだ。

 五感の鋭さもさることながら、反応速度が特に成長している。

 獣性解放時は俺も相手もスローになる感覚に近かったが、最近じゃ俺の動きが獣性に追いついてきた。

 相手によっては、俺だけが時間を加速する異能力じみたことになる。


 さて、あまりの俺の無防備ぶりに、オークたちも狼狽えているようだ

 ほどなくそれも消え、殺意に塗り替わったところで俺は歩みを止めた。

 そして群れの中心で静かに目を閉じる。

 『生命探知』も『魔力探知』も使わない。

 純粋にボディの力を測るために。


「グオオオオッ!」


 弾けたように暴力が降り注ぐ。

 背後からの一撃。風を切る音だけで、棍棒の軌道を正確に捉える。

 半歩身をずらす。

 剛腕が空しく俺の脇を通り過ぎていった。

 続けざまに左右から迫る二体の槌と斧。

 俺は振り返ることなく、背中の補助アームを展開させた。

 アーム先端は二本の指からなり、さながらハサミが反転したような機能を持つ。

 つまり指を閉じれば両刃のナイフとなり、開けばペンチのように掴めるのだ。

 

 二本の補助アームが蛇のように伸び、それぞれの攻撃を寸前で受け止めた。

 細く見えようが結構なパワーがあるのである。


「なっ!?」


 ギリムの驚愕の声が響く。

 俺は補助アームでオークを力任せに引き寄せ、遠心力を乗せた蹴りを顎に叩き込んだ。

 同時、背面のオークへ補助アームによる連続突きを繰り出し、頭をえぐり飛ばした。


(テストになってるのかね)


 オークはノロマすぎてサンドバッグにしなからない。


 拡張した肩関節が両腕の攻撃範囲を劇的に拡げる。

 手首から放つ金属弾の威力は低いが、敵の虚を突き態勢を崩す。

 両膝の補助アームが敵の武器を拾い上げて攻撃密度を高めていく。

 肘に仕込んだ魔術がさく裂し、魔術式パイルバンカーが破壊的な即死を射出する。

 斬り、刻み、潰し、バラしていく。

 もはや戦闘ではなく、精密機械による解体作業だった。


「設計上は可能な動きとはいえ、本当に制御できるとは……信じられん」


 息を呑むギリム。

 驚いているところすまないが、まだまだボディの反応速度を上げて欲しいかも。 


 残るは一体。俺はゆっくりと最後のオークに向き直った。

 だが、その時だ。


「むっ。ギリム、ちょっとマズいかも」


 体の動きが不意に鈍化する。

 補助アームの反応が遅れ、統制が乱れた。

 ギリムがいう所の稼働限界だろう。

 変形機構への複雑な命令と、俺自身の超高速な思考に、ボディに組み込まれた魔術回路の処理が追い付かないとかなんとか。

 あと木製部分から漂う香ばしい匂いからして発熱もありそうだ。

 全身がいきなり文鎮と化し、俺は膝をついた。


「グォォッ!」


 好機と見たオークが、渾身の力で殴りかかってくる。

 俺は軋む体を無理やり動かし、その一撃を片手で受け止めた。

 そして、カウンターで刃と化した手刀を突き立てる。

 心臓を破られた敵が崩れ落ち、俺は大きく息をついた。

 そろそろと寄ってきたギリムがヒゲを撫でた。


「想定より稼働時間が短いのぅ」


「まともに動いてるうちは良かったけど、このオーバーヒートが命取りになるな。あとぉ……もうちょい、反応速度あげて?」


「おヌシのぅ……」


 俺の可愛いおねだりにギリムが眉間を抑えた。

 思考の末、絞り出すように答える。


「ボディの設計は完璧じゃ。が、おヌシの反応速度に回路も素材も追いついておらん。魔術回路はまぁ、ちょうど村に熟練者がおるから改良できるじゃろう」


 認めたくないが、と複雑そうな顔で加えた。

 ゴーレム専門家のギリムとしても、初代リッチであるドクンちゃんの知識には一目おいているようだ。

 ギリムは続ける。


「じゃがボディの性能を完全に引き出すには、非常に魔力伝導率の高い特別な素材が必要不可欠じゃ……無論、そんな希少なもんは持っとらん」


 だよなぁ。

 と、おもむろにバブル君が粘液まみれの金属塊を差し出してくれた。


「メボ」


「っ! これは!?」


 汚れちゃいるが見事な輝きだ。

 素人の俺でもわかるぞ、これはタダモンじゃねえ。

 

「おい、ギリムまさか!?」


「普通にタダモンの金属じゃな」


 だよなぁ。

 落胆した俺の肩をべちゃべちゃ叩いてくれるバブル君。

 気持ちは嬉しいけど、その手で触らないで?


 魔力関係の希少な素材、か。

 もしかしたら、と思い出すことがある。


「ゲイズの宝物庫なら何かあるかも。時間がなくて全然漁れてなかったし、もう一回見たいと思ってたんだよな。とりあえずドクンちゃんの知恵を借りに戻るか」


 魔術回路の改良、希少素材、それに古城エリアの戻り方。

 ボディ完成への答えを求めて、俺とギリムの検証は一旦の終わりを迎えた。


***


 ここ数日のリザードマンの村は、熱気に包まれていた。

 広場の中央では、組み途中の舞台を前に村人たちがああでもないこうでもないと議論を交わしている。

 彼らが挑むのは、来るべきパペットバトルリーグのための闘技場の準備だった。

 

 そんな喧騒の中心から少し離れた場所で、ひときわ優雅な時間が流れていた。

 純白の毛並みを持つ聖獣ユニコーンが、数人のリザードマンの女性たちに囲まれ、甲斐甲斐しく世話を受けている。

 磨き上げられた蹄、丁寧に梳かされるたてがみ。

 その姿は、まるで王侯貴族のようだった。

 ……あるいは趣味の悪い成金か。


「うむ、肩の装甲はその角度でいい。上への迎撃は考えなくてよいだろう」


「ヘイ」


 その隣では、一人の若いリザードマンが、熱心に木板へ何かを描きつけていた。

 まだ少年と言っていいほどの小柄な体格だが、その目つきは真剣そのものだ。


「ココ、トゲトゲ?」


 少年がたどたどしい共通語で尋ねながら、木板をホルンに見せる。

 そこに描かれていたのは、鋭い爪や角を備えた、いかにも攻撃的なゴーレムの設計図だ。


「悪くないが、品性に欠ける。ユニコーンの美しさは勇ましさであり、敵にとっては威圧感になる。この部分の曲線をもっと優美に……」


「ヘイ」


 ホルンの指摘にそって少年は図面を更新し続ける。

 二人の関係性はまるで、気難しい芸術家と若き助手のようだ。

 しかし彼の瞳の奥、時折鋭い光が宿ることに気づく者はいない。


 少し離れた場所ではアイリーンが思案顔でパーツをいじっている。

 彼女もまた、自身のゴーレム設計に行き詰まっていた。


「えっ、めっちゃ良くできてるじゃん! なに悩んでるのぅ?」


 アイリーンの設計図を覗き込んだドクンちゃんが感嘆の声を上げた。


「あっ、ドクン先生。思った形にはなってきたのですが、どうにも動きが遅くて……やっぱり回路に無駄があるんでしょうか?」


「回路は……うん、よく練られてる。コレ以上は熟練者の域だから難しいと思うよ。となると魔力伝導率の高い素材を繋ぎに使えれば手っ取り早いんだけど」


 ギリムからイベント参加者様に用意された資源は潤沢にある。

 しかし魔力伝導率の高い素材は希少なせいか、一つもない。


(でもギリムちゃんのゴーレムに使ってないってことはないと思うのよねー)

 

 複雑高度なゴーレムを円滑に動かすには、質の良い素材が不可欠だ。

 ギリムが持っていないはずがないだろう。

 

 もしや出し惜しみしているのだろうか、とドクンちゃんは勘ぐる。

 隠すとすればギリム専用の亜空鍛冶場スペースに違いない。

 となればこっそり忍び込んで拝借するのは難しいだろう、とも。

 

「うーん、残念だけど手元の素材でどうにか――あら?」


 辺りを見渡したドクンちゃんの目に留まるものがある。

 ホルンの助手、その足元に転がる鈍色の石だ。


「むむっ、なにやら特別な力の予感……ねぇ、それなに?」


 大魔術師であったドクンちゃんだが、死霊術以外の専門性の高い触媒には詳しくなかった。

 しかし謎の石が秘める魔力に気がつくのは、経験からくる直感だろう。

 ドクンちゃんの問いに、リザードマンの少年がたどたどしく答えた。


「ハコのヒト、ゲェー」


「フュージョンミミックのことでしょうか」


 アイリーンが首を捻る。

 フュージョンミミックの習性として、雑多なアイテムを捕食しては合成物を排泄する。

 木彫りの女神像に毒属性を付与する冒涜的な行いも、これによるものだ。


「汚いから後で捨てておけと言ったのだが、使えるのか?」


 興味なさそうに言うホルン含め、皆で謎の塊を観察する。

 光沢からして金属が含まれているのかもしれない。

 しかし、それだけに見える。


「なんだかよく分からないものですわね」


 ドクンちゃんが困惑を断ち切る。


「じゃあ皆で分けちゃおうよ。魔力を帯びてるみたいだし素材に使えるかも。皆がパワーアップしたほうが盛り上がるでしょ?」


「ふむ、ドクン殿に任せよう」


 魔力伝導率の高そうな謎の素材は、こうして山分けされたのであった。

 その真価を誰にも知られぬまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ