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156話 デュラハンの作り方

 検証2日目。

 石壁に囲まれたダンジョンの一室。

 今日も俺とギリムと、ついでにグレムリンは新ボディ開発にいそしんでいた。


「うおおおっ、なんとかなれぇぇぇ!」


 集中力が尽き、がむしゃらに飛び跳ねる。

 途端、6本の腕、6本の脚がおもちゃのように千切れ飛んだ。

 すれ違いざまにギリムのヒゲ数房をもぎ取っていくマイ腕。


「キキッ!」


 それを器用にキャッチして遊ぶグレムリンのバブル。

 

 かつて俺が討伐したグレムリンの群れの生き残りにして、ギリムのペット。

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 しかしその実態は、超優秀な助手なのである。

 なにが超優秀なのか。

 かつてグレムリンのリーダーたちは、竜の黒卵やら武器やらを複製して俺を苦しめた。

 グレムリンによるコピー品は本物より劣るものの、実用に耐える性能を持っていたのだ。

 もちろんバブルもそのユニークなスキルを備えている。

 そして育ての親はギリムだ。


 ……つまりゴーレムの部品に囲まれて育ったバブルは、ゴーレムの部品を複製しまくるのだ。

 さながら生きた3Dプリンターのように。

 ちょっとフーちゃんとキャラ被っている気もするが、あっちは食べたものを融合させるタイプだから役割は違うか。

 ともかく、検証からのボディ試作というサイクルを高速で回すためのキーマンなのだ。


「キッ、キー!」


 さっそく、へし折れた腕の部品を「ほれよ!」とでも言いたげに差し出してくれた。

 すっげぇ粘液ついてるけど。


「自爆ばかり練習してどうする」


 断じて自爆の練習ではない。

 修行編、もとい新ボディの模索中、腕と足の本数をさらに増やすテストをしていたのだ。

 結果は散々。

 ボディとして構成することに成功はしたものの、制御に難航していた。

 とくに脚が厄介だ。

 使わない腕は予備扱いで動かさずにいれば済む。

 けれど脚は全てを動かさないと移動できないので、戦うどころじゃない。

 ”右足出して左足出すと歩ける”……こんな当たり前なことが、どれだけ有難いか身に染みる日がこようとは。

 結局、やけになって力いっぱい動かしたら自爆した始末である。


「でも頭はいい感じ」 


「中身がスカスカじゃから動かしやすいのかもしれんのぉ!」


 おっ、毒舌は好調だねぇ。

 ブチ切れながら手足を拾い集めるギリムを、なめらかに動く首で眺める。

 いつぞやのように首が回転して止まらないなんてことはない。


 首無し騎士の名前通り、俺の頭と胴は分離している。

 ゼノンのようにスタンダードなデュラハンスタイルでは、片手に頭を抱え、もう片手で武器を操る。

 そう、片手しか使えないのだ。

 とても不便である。


 たしかにデュラハンの腕力をもってすれば大剣も楽々振り回せる。

 それを差し引いても使い勝手が悪すぎる、と俺は思っていた。

 なのでテスト開始当初から、ギリムお手製の浮遊ユニットを頭に組み込んだのだ。

 首無し騎士としてどうなのというご意見はあるかもしれないが、両手が使えるアドバンテージには代えがたい。

 浮遊ユニットは、初回こそ旋回速度が不安定だったり、制御が難しかったが、今では首が繋がっているのと同じように制御できるようになった。

 いや、360度回る分、ちょっぴりパワーアップしているだろう。


「この首の感覚は、今までで一番しっくりくるかも」


「ワシの技術力と、お主の適応力の賜物じゃな。まったく、デュラハンというよりは新型の魔法構築物に近いわい」

 

 ギリムは呆れつつも、どこか楽しそうだ。

 あまりに無茶な注文が、かえって職人魂に火をつけたのかもしれない。

 

 だるま状態のまま、俺は次なるボディを思い描く。

 デュラハナイズの汎用性と、アイディアを形にしてくれるギリムとバブルの存在。

 ほとんどの希望は実現してくれるだろう、たぶん。

 であるがゆえに決めあぐねる。 


(選択肢が明らかな、進化ツリーのときですら決まらなかったのになぁ)


 あらゆる素材、形状から選べるとなると考えがまとまらない。

 

 ……こういうときはゲーム脳に切り替えよう。

 キャラクターのスキルやら装備品やらが狂ったように用意されていたゲームをいくつか思い出す。

 理想のキャラクターを作る時、どんなスタイルを思い描くだろうか。

 スタイルとは戦い方、言い換えればビルドと呼ばれるものとしよう。

 筋肉ムキムキ、いかつい装備で攻撃と防御を両立させる重戦士か。

 スピード命、クリティカルヒットを打ち込んでは華麗に避ける盗賊か。

 補助メイン、と見せかけて自己強化して殴りもいける聖職者か。

 はたまた魔法こそ至上、遠距離からの絨毯爆撃で全てを無に帰す魔術師か。

 むしろ全部やりたい器用貧乏魔法戦士なのか。


 ……そりゃ何でもできるのが一番楽しいよな。

 ギリム所有の黒板のような板に、ラフを描いていく。

 いろいろ積みたいから、とりあえずマッチョで。

 遠近対応だから腕はたくさん要るな。

 脚は動かすの面倒だからいっそ飛ばすか、ブースターやら羽やらで。

 あとは――


「……その大剣と大槌と大弓と杖と鎧を装備した翼つき巨体を高速移動させる動力源はどこから持ってくるんじゃ」


「えっ、デッケェ魔結晶とやらがあればいけるんだろ?」


「そのデッケェ魔結晶を積んだら更に重くなるじゃろうがバカか! 動力効率を考えんか! あとその角も外せ!」


 激論である。

 激論というか俺の無茶が却下され続けているんだけれども。

 ぼくがかんがえたさいきょうのデュラハンのラフに、ことごとくバツがつけられていく。


「既存のゴーレムたちを一通りボディにして、使えそうな機能を拾っていくというマトモな話はどこにいったんじゃ……」


 名匠ギリムが、弱々しく頭を抱えた。

 転生者はこういうときにポンとブレイクスルーを起こしちゃいがちだからね。

 現地人の理解が追いつかなくても仕方ないよね。


「だって機能は全部選んだじゃん」


「『全部を選ぶ』ことを『選ぶ』とは言わんじゃろバカか!」


 殴られた、おかしいね。

 俺、またなんかやっちゃいました……?


「まず一番重視する点を決めるんじゃ。さすれば自ずとすべてが決まる」


「一番重視する《事|スタイル》か……」


 今までの戦いを振り返る。

 純粋な戦闘力で勝てるようになってきたのは、デュラハンになってからだ。

 このままデュラハンとして強くなれば、もっと楽に敵を斬り伏せられるだろうか。


「目下の敵は太古の魔族――ドクンちゃん本体と、あらゆる魔族を倒しまくったであろう勇者だな。となるとデュラハンの手の内は読まれていると踏むべきで……」


「とんでもない仮想敵じゃの、ワシは巻き込んでくれるなよ」


「手遅れかもごめんな」


 俺たちモンスターの成長は遅く、スキル適性が極端だ。

 不得意なスキルを伸ばすのは非効率非現実的と言える。

 逆に得意なスキルはガンガン伸ばせる。

 いわゆるビルド的な考え方に照らせば、長所を伸ばし、短所は立ち回りでカバーすべきだ。

 しかし今回は状況が悪い。

 伸ばすべき長所=手の内は二大ボスにバレてしまっている可能性が高いのだ。

 ついでに先輩デュラハンのゼノンにも。

 だから、単にデュラハンとしての強さを求めるんじゃ生き残れないだろう。

 ゼノンと同じ道をたどるのも癪だし。


「俺のスタイルねぇ」


 もっと昔を振り返る。

 いつもギリギリの戦いだった。

 格上たちとのバトルでは、正攻法はまず通用しない。

 罠、アイテム、他モンスター、仲間との連携など搦め手をフルに使ってどうにか勝ちを拾ってきた。

 出たとこ勝負、毎日がアドリブだった。

 そこで核になったスタイルって何だ?


 耐久性? 機動性? 順応性? 汎用性?


 どれも大事だ。

 けれど、しっくりこない。

 一番大事だったこと。

 『これがあったから勝てた』もの。

 努力、友情、絆……違うな。


「ギリム、俺の戦い方ってどう見える?」


 ふと、隣で腕を組むドワーフに尋ねてみた。

 いつものメンバーと違う視点、技能をもつギリムなら、何かヒントをくれるかもしれない。

 ギリムは少し考え込み、そして答えた。


「定石を持たず、しかし相手の裏をかく。戦いというよりは、混沌に相手をひきずりこむ……罠のような」


 苦々しい顔のわりに褒めてくれるじゃないの。

 まるで策士かのような言い回しだけれど、実際は場当たりの奇策がハマっただけなことが多い。


「罠ねぇ」


「ときに煽ってでも相手の意表を突こうとする大胆な陰湿さもあるのぅ」


 ……あっ。

 ギリムの言葉が、霧の中に光を灯したようだ。

 やがて、湧いてきたように口からこぼれた言葉がある。

 意表をつく……それだ。


「意外性」


 裏をかき驚いた隙に、こっちのペースへ巻き込む。

 そのためには敵の意識外から仕掛けるギミックが欲しい。

 普通のデュラハンだと舐めてかかってきた相手を、初見殺しできるような凶悪なやつだ。

 

 かくして、ようやく俺のビルドは完成形を描き始めた。


「やっぱりさ、男の子は変形合体なんだよな」


「……アホなりの考えがあるんじゃろうな」


 ため息を吐きつつも話を聞いてくれる姿勢だ。

 ラフを書き殴りながら、俺たちは意見を戦わせ始めた。


「いいか? 腕を増やすといっても――」


「なぬ? それでは強度が――」


「そこはアレをこうして――」


「んな無茶な……だが面白い」


 完全にギリムが乗り気になった。

 目を輝かせて設計図を描き始める。

 俺のビルドの方向性が定まったことで、ギリムの中でもゴールが見えたのかもしれない。

 二人の間に、確かな手応えが生まれた瞬間だった。

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