155話 検証と学習
石壁に覆われたダンジョンの一室。
久しぶりの閉塞感もすっかり慣れた。
俺とギリムは村を離れ、デュラハンボディの開発に勤しんでいた。
今回の修業中はドクンちゃんには村を任せてある。
色々無茶をやる想定だから、なるべく戦闘は単独で挑みたかったのだ。
「おぉ! スタイリッシュでいいね」
新しいボディ第1号は概ね快適だ。
ぴょんぴょん跳ねると、視界がしっかり追従する。
これなら前と同じように両手で武器を持てそうだ。
「それこそ調度品によく使われる機構じゃからな」
鉄製ボディから試作用の安価な木製ボディに、俺は姿を変えていた。
進化したポイントが3つある。
一つは頭だ。
これまでデュラハンらしく片手で頭を抱えていたが、今は両手が空いている。
じゃあ頭はというと、本来あるべき場所に浮いているのだ。
難しい原理は分からないが、頭側と胴側にそれぞれ対になる装置をつけて、頭を浮かせつつも胴から離れないようにしているとのことだ。
見た目的には磁力で浮くインテリアの首版、といった趣である。
「浮かすのは名案じゃと思うが、その角は必要だったのか?」
ギリムが指さすのは、兜にそびえる一本角。
断じてホルンリスペクトではない。
角とは男児の憧れ、誉れ、そして《誇り|プライド》なのだ。
古今東西、自分専用甲冑を持つのは男の夢と決まっている。
「必要だとかそういう話じゃねェ……カッコイイだろうが!」
「ワシは止めたからな」
ギリムには熱いセンスが理解できないらしい。
たしかに後付けで接着した飾りにすぎず、機能は一切ない。
しかし飾りを軽んじるなかれ。
見た目のクールさはモチベーションを爆上げし、結果的に手数が増加するのである。
二つ目の進化ポイントは腕だ。
元のボディよりちょっぴり大きくしてリーチを伸ばしてみた。
ついでに指も6本に増やして感覚を試すのだ。
「しかしゴーレムの体をそのままデュラハナイズできるのは大発見だったぜ、手っ取り早くて助かる」
デュラハナイズは、対象物を俺の体として鎧状に再構成するスキルだ。
しかし隠し仕様だったのか、そもそも鎧の形になっているものを対象にすれば、限りなく原型を維持したまま俺の体にできることが判明したのである。
俺よりサイズ感がある程度離れるとダメだったりしたので、細かい条件は調査中だけれども。
ギリムのストックしていたゴーレムをデュラハナイズし、細部を俺用にカスタムする流れで行くことになった。
ゼロから完成形の構想を練るよりも、既存のボディを色々体感したうえで、必要な機能を取捨選択したほうが早いだろう。
「試作型を回路抜きで運動テストできると考えると、ワシ的にも助かるしの」
ゴーレムがどう動くかという、いわゆるプログラミング的な工程が普通は要るらしい。
しかし俺が直接動かすことで、それ抜きでボディの完成度をある程度測れるということだ。
「とはいえ、もうちょい初心者向けのボディはなかったんかね」
3つ目の進化ポイント、それは脚。
今の俺には脚が4本ある。
もちろん腕は2本のままだ。
ざっくり言えばスコーピアンみたいなシルエットだ。
マミー時代に包帯を使って、補助的に支えを増やしたりしたことがあったけれど、脚が増えるのは始めてだ。
この体になった瞬間は歩き方すら分からなかった。
しかし意外にも慣れるもので、完璧とは言えないまでも、一通りの動きはこなせるようになった。
もしかすると赤ん坊のころ、四つん這いしていた経験が活かされているのかもしれない。
「踏ん張り利くし、上半身の駆動域も広がって悪くないな。見た目悪役っぽいのが玉に瑕か?」
「悪役もなにもデュラハンじゃろが」
角と相まって敵の指揮官ぽさがすごい。
いっそ全身赤く塗ってみるか。
ではいよいよ実践だ。
相手は隣の部屋のヒルトロール。
トロールの中でも気性が荒く、機敏なモンスターだという。
何度かトロールと戦ったことがある。
いずれも再生力がすさまじく、凍結を絡めないとすぐに回復されてしまうのだ。
逆に、なんど殴っても治ってくれるならば格好の練習台だ。
ゴーレムの練習相手としてギリムが残していたのも頷ける。
「言うまでもないが頭潰されたら死ぬからの」
「おいおい、こちとら木製とはいえ泣く子も黙るデュラハンだっつの」
模擬戦用の武器で挑むとはいえ、負けることはあるまい。
愛剣と同じサイズの木刀を、6本の指で握り込む。
(うーん、指1本増やしても剣を握る分には変化ないな)
器官を増やしたからといってパワーアップするわけじゃないか。
指増やしてもいまいちかもな。
なにより、マミー時代に包帯を操れたときのような期待というかトキメキを感じない……。
「データだけでも持ち帰るんじゃぞ」
「縁起でもないこと言うな」
扉が開くと索敵開始。
生命探知を使うまでもなく肉眼で確認完了。
力士三人分くらいの巨漢が、紳士一人分サイズの棍棒をもってうろついてやがる。
しかし臆する俺じゃない。
隙だらけの巨体に飛び掛かった。
「グォ!?」
狼狽するトロールに木刀を打ち込んでいく。
ふむ、長い腕の感覚は悪くない。
慣れ次第では使いこなせそうだ。
どこまで伸ばせるか、伸ばせる限度はどれくらいになるだろうか。
「ゴォォッ!」
横なぎは上半身をそらして華麗に回避。
四本足ってだけで、姿勢の安定感がまるで別物だ。
腰の可動域を180度に拡張すれば、上半身だけ振り向いて真後ろに対応するなんて芸当もできるかも。
「軽いな」
次は縦振り。
トロールは恵まれた体格ゆえの力はある、が芯がない。
棍棒の軌道を読んで手を添え、振り払うように逸らした。
素手パリィ、いや『いなし』か?
デュラハンになってからこんな芸当もできるようになった俺だ。
獣性を使うまでもない。
鈍重な反撃を悠々と見切る。
試作ボディになって運動性能は少し下がったかもしれない。
それに腕が伸びた分重心が変わって動かしづらい。
あと首の旋回が思ったより遅れているような。
かと思えば速すぎるような。
「っとと」
あえて大きく跳んで避けてみる。
着地に少し癖があるな。
敵の大ぶりな攻撃は、タイミングを計るのにちょうどいい。
よほどのことがない限り被弾することはない。
……が。
大上段に振りかぶった俺の腕が、何かを掠めた。
硬く、細い何かだ。
これは――
(角に当たった?)
心当たりと同時に視界が揺らぐ。
いや、揺らいでいるどころじゃない。
「おおおお?」
自分を中心に、ぐるぐると水平に回り続ける視界。
インテリアのように浮いている俺の首が、コマのように回転しているのだ。
「ちょちょちょっとギリム、これ止まんないんだけど!?」
「あー、その機能はついてなかったの」
浮遊する首の回転は、俺の意識じゃ止められない。
いったん距離を取ろうと跳んでみる。
が、4本脚に慣れず着地に失敗。
「死にかけのクモみたいじゃが大丈夫かー?」
遠くからギリムが声をかけてくるが返す余裕はなし。
なんとか立ち上がろうとするたびに、回る視界が四本脚の制御を邪魔する。
結果として、頭を回しながらカクカク運動する謎行動しかできない。
とんだお笑いデュラハンである。
しかしトロールにジョークが通じるはずもなく、無情な全力パンチが迫る。
「グホッ」
目まぐるしく変わる風景の中、弧を描いて飛んでいく《角|プライド》が見えた気がした。
***
リザードマン村の一角では、珍しい光景が広がっていた。
村人たちが円になって見守る中、ドクンちゃんとアイリーンが対峙しているのだ。
そして二人の傍らには、それぞれスケルトンとゴーレムが控えている。
フジミ=タツアキが唐突に宣言した催し、その名もパペットバトルリーグ。
参加者が作ったスケルトンまたはゴーレムを戦わせるという、お祭りだ。
これから模擬戦として、ドクンちゃんとアイリーンが一戦交えるのである。
「まずはシンプルにスケルトンとゴーレムの違いを観察してね。行け、ホネオ!」
ドクンちゃんが命じると、一歩スケルトンが歩み出る。
ゴブリンの骨を使った質素なものだ。
「い、行けっゴーレム! ……あれっ?」
続くアイリーンがおずおずと命令するが、ゴーレムが歩み出ることはない。
微動だにしないゴーレムは、土くれの集まりが辛うじて人型をとっている風貌だ。
ギリム製の精巧なゴーレムに比べると、粗悪品にしか見えないだろう。
首を捻るアイリーンへドクンちゃんが補足する。
「ゴーレムは基本的に与えられた命令しか実行できないの。もしくは専用に回路を組まないと逐一命令は聞いてくれないわよ」
スケルトンは死骸から作られるが故に、生前の動作を自動で模倣しつつ命令に従う。
つまりクリエイトスケルトンが成功した時点で、召使いモンスターとして完成した状態だ。
逆にゴーレム作成は非常に手間がかかる。
物理的に体を作成する工程と、魔術的な制御を書き込む工程は独立しており、求められる技能も異なる。
精密な作業をさせるには複雑な機構が、高度な命令に従わせるには綿密な術式が伴うのだ。
というような解説をドクンちゃんがしている間にも、スケルトンがゴーレムに肉薄する。
そして一直線に拳を叩き込んだ。
最低ランクのスケルトンとはいえ、その力は一般的な人間と同等だ。
案の定、ゴーレムの胸に突き刺さるほどの勢いで命中した。
「全然へっちゃらですわ!」
しかし土の体に急所は存在しない。
悠々と攻撃を受け止めたゴーレムは、迎撃命令を実行する。
その動きは一切の遅滞なく的確そのものだ。
「ゴーレムアッパー!」
アイリーンの掛け声と同時、すくい上げる一撃がスケルトンを浮かせた。
『攻撃を受けたらアッパーを繰り出す』。
アイリーンが苦労して書き込んだ命令が見事に発揮された。
たまらず距離をとったスケルトン。
重い一撃を受けたせいか、ぐらついている。
泥と違い、骨の体では一部のダメージが全体の運動性能に波及する。
「いいパンチね、アイリーン。ゴーレムは単純なボディで作ればめっちゃ頑丈にできるのも強みよ」
だけど、とほくそ笑んだドクンちゃんが新たな指示を飛ばす。
するとスケルトンはゴーレムに再び接近した。
ただし背後から。
「アッパーですわ! あっ、遅い。 アッパー、アッパーですわ! んあああああっ!」
「ククク……」
円を描く様にゴーレムの周りから殴るスケルトン。
対してアッパーは空を切り続ける。
スケルトンの身軽さにゴーレムの旋回速度が追いつけないのだ。
同じ動作を愚直に繰り返す標的に、スケルトンは着実にダメージを積み重ねる。
やがて削り取られたゴーレムは自重で崩れてしまった。
素早く駆け付けた族長がジャッジを下す。
「マッドゴーレム機能停止! 勝者、ドクンちゃんッ!」
「そんな……!」
勝敗が響き渡り、模擬戦の勝敗が下された。
がくりと膝をつくアイリーン。
「そう気落ちしないでアイリーン。調整次第でいくらでも強くなる……そうパペトルの可能性は無限大なんだから」
忠実なるしかし似て非なるモンスター、スケルトンとゴーレム。
その強さはスキルレベルだけじゃ決まらない。
両者の特徴を理解したうえで、適したバトルスタイルを見つけ出し、実現する勉強が欠かせない。
この大会はきっと、パーティーメンバーたちがパペットバトルを通して、己を見つめなおす目的なのだろう。
そんな風に思うドクンちゃんであった。
(さすがに買いかぶりすぎかも)
そんな風に思いなおすドクンちゃんであった。