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154話 覚悟と始動

 どんちゃん騒ぎから一夜明けた。

 村長の家(って言っても太めの枝と葉で作られた質素なテントだ)に俺は関係者を集めた。

 出席者は俺、ドクンちゃん、ホルン、アイリーン、ギリム(とグレムリンのバブル)、リゼルヴァ、村長だ。

 この先の展開に備え、計画の共有をするのだ。

 円状に座った顔ぶれが足りていることを確かめると、俺は大きく頷いた。

 まずは現在の最大の懸念からだ。


「はじめにドクンちゃんから説明お願いします」


「はーい」


 ぴょこんと肩に乗ったドクンちゃんが、計画の前提事項を伝える。


「まず悪いニュースね。アタシの記憶が完全に戻った代わりに、アタシの狂った本体に付け狙われるハメになりました。本体はアイテムボックスのどこかにいて、でもどこにでも手を伸ばせる。今はアタシの分身――激カワ人型のアレが本体を妨害してくれてるけど、いずれ見つかるわ」


 ファミレス空間でミステリアスに登場し、そして俺たちを逃がしてくれたファミレス店員もとい人型ドクンちゃん。

 原理は分からないが、俺らを捕まえようとするドクンちゃん本体から助けてくれているらしい。

 ちなみにドクンちゃんは、現在三つに分裂している。

 状況としては少々ややこしい。

 まずひとつは、いわゆる“本体”だ。

 魔族としての破壊衝動と、自らを封印した際の嘆きが混在した存在で、黒い霧のような不定形の姿をしているらしい。圧倒的な力を持っているが、理性には欠けていて、いわば暴走する本能そのものだ。


 次に、“新ドクンちゃん”。

 これは初代リッチとして活動していた頃の姿で、理性と戦闘力を兼ね備えた人型のドクンちゃんだ。

 人格としては、今の使い魔ドクンちゃんと同一らしいが、能力はまったくの別物だと思っていい。

 補足すると可愛い。


 そして、俺の肩に乗っているのが、いつもの“使い魔ドクンちゃん”。

 かつて一度は人型になったが、再び分離して今の姿に戻った。

 最弱だが、そのぶん本体から感知されにくくなっている。


「さらに悪いことに、空中都市が目的地だろうことはアタシ本体に勘づかれてると思う。あそこにいるのはレイス時代の友達だから、本体が知っているのも当然よね」


 つまりこちらの居場所が本体に探知されなくとも、空中都市に罠が張られている可能性が高いと。

 皆の顔に不安が広がった。

 でも、とドクンちゃんが続ける。


「空中都市にいるのはアタシの次に魔術に詳しい子なの。会えたらきっと、脱出に近づくと思うの」


 ピンチの先にチャンスがあるってことだ。

 ドクンちゃんが口を閉じ、そのまま俺の肩に腰を下ろした。

 ここからは俺が話す番だ。


「俺たちを狙うのは勇者だけじゃなくなった。だからこれから、俺は入念に準備したいと考えてる。具体的にはボディの探求だ。そのためにギリムとアイテムボックスを巡るつもりだ」


 巡ると言っても遠くまで行くつもりはない。

 ギリムがマッピングした範囲から隣接する未探索領域を歩きつつ、鎧の形状や素材を試すのだ。 

 かつ並行して脱出のための策を練る。

 新ドクンちゃんが、"俺なら思いつけるから頑張れ”みたいなことを言っていた。

 自信はないけれども、言われたからには考えてみようではないか。


「マスターとアタシとギリムちゃんのパーティーって久しぶりじゃなーい?」


「いやドクンちゃんもお留守番だからね」


「エッッッ!?」


 白目を剥くドクンちゃんには悪いが、存分に戦うためには極力独りになりたいと考えてのことだ。

 先日の属性剣も、あわやドクンちゃんを冷凍するところだったし。

 色々なスキルを試す中で、何が起こるかわからないのである。


「エッッッ!?」


「天丼しても連れてかないからな。あとドクンちゃんには仕事を頼みたいし」


 頬をふくらませるドクンちゃんだが、この話は昨日伝えてあるのだ。

 つまり今の一連の流れは茶番である。


「という事は、私たちは自由時間ということでよいのでしょうか」


 アイリーンにはリゼルヴァの変身練習指南という大役があるけどね。


「では存分に羽を伸ばすとしよう」


「ダメです。そんな怠け者のためにイベントを用意しました」


 ホルンが腑抜けたことを言い出したが、そうはいかない。

 こいつ昨晩のみならず連日お楽しみしまくる気でいやがるな。

 冒険が一段落ついて幕間に行われるイベントといえばそう――


「闘技大会ねマスター?」


「うーん惜しい」


 ドクンちゃんの前世理解度の深さには舌を巻く。

 半分正解みたいなもんだけど。

 俺は尻に敷いていた板を取り出すと、勢いよく掲げて見せた。

 正解はそこに書かれている。


「”知恵と勇気だ! 第1回 パペットバトルリーグ”……??」


 全員がきれいにハモってくれて嬉しい。

 一様に”?”を浮かべているのが見て取れた。


「パペットってのは、ゴーレムとスケルトンのことな」


 被造物的なグループとして俺が勝手にあてた俗称である。

 ドクンちゃんとギリムは、もう何となく理解した顔をしていた。

 

「ルールは簡単。各自で1体ずつ戦闘用ゴーレムかスケルトンを作ってもらう。技術顧問としてドクンちゃんを任命するので分からないことは何でも聞いてね。以降の運営はドクンちゃんよろしく」


「仕事の振り方雑ぅー、だけどいいよー」


 さすが仕事のできる使い魔である。

 一同の顔を見るに困惑半分、興味半分といったところか。


「もちろん、ただのお遊びじゃない。来るべきときに備えての戦力増強の一環だ。あと俺のボディの参考にもする」


 空中都市、ドクンちゃん本体、脱出すれば勇者。

 山はあと3つあるのだ。

 手札をできるだけ増やしておきたい。 

 

「ゴーレムに関してはギリム殿のほうが適任ではないのか」


 挙手したリゼルヴァが予想通りの質問をしてきた。


「記憶を取り戻した元リッチなドクンちゃんがゴーレムの面倒も見れるから大丈夫。とはいえ助言メインで高度な魔術は使えないけどね」


「魔術の心得がなくても作れますの? 昨日も同じようなことを聞きましたけれども」


 次に質問してきたのはアイリーンだ。

 俺も真っ先に浮かんだ疑問だが、これも解決策がある。


「スケルトンの作成には低レベルの死霊術がいるけど、これはアタシが代わりにかけてあげる。みんなは素材や組み方、武装を準備してね。ゴーレムはギリムちゃんの道具を借りれば大丈夫。こっちはスキルはいらないぶん、魔術回路とかの勉強がいるから教えるね」


「まさにドクンちゃん先生ですわ……!」


 あとギリムは教えるのが下手、というか嫌いらしい。

 昨晩に本人からさりげなく確認している。

 それにギリムは俺のボディ検証についてもらわないと困るのだ。


「ハッ、魔族が作るゴーレムとな? 案山子のほうがまだ役に立つのではないか?」


 おっと、ギリムが嚙みついた。

 自分の専門領域に入ってこられてイラついているのかも。

 しまった、その辺のフォローは考えていなかった……。


「たしかにぃ? アンデッドと違っておバカなゴーレムじゃ案山子くらいの仕事がちょうどいいよね」


「なんじゃと!?」


「なんじゃととは何よー!?」


 バチバチに火花を散らすドワーフと元リッチ。

 宥めようにも上手い言葉が出てこない。

 こういう咄嗟の場面でコミュニケーション力って出るよね。


「お二方、何をそんな愚かな言い合いをしておられるのか」


「!?」


 突如口を開いた村長が注目を集めた。

 まさかの村長参戦?

 これ以上ややこしくしないでくれ。

 ギリムとドクン、からの皆を見渡して村長は言い放った。


「どちらが優れているかなど、簡単に決められるではありませぬか。パペットバトルーー通称パペトルで!」


(村長めっちゃヤル気だったわ)


 はじめて知る通称だ。

 おかしいな、俺が考えた大会名なんだけども。

 そんなわけで、特別にドクンちゃんも1体作成OKとし、ギリムは作りおいていた『とっておき』でもってエキシビジョンマッチを設ける運びとなったのであった。

 ただ、エキシビジョンは俺とギリムが帰ってきてからになるから、大会から日が開いてしまうかもしれない。


「あっ……マスター、大事なことを忘れてるんじゃない?」


「大事なこと?」


 なにやら思い出した風なドクンちゃん。

 しかしピンとこない俺にアイリーンが突っ込んできた。


「優勝賞品のことでは?」


「あっ」


 大会の形をとるからには報酬が要る。

 当たり前のことなのに普通に忘れていたアホである。

 あげられるものか、なにかあったかしら。


「じゃあ俺のサイン入り女神像(毒)で――」


「マスターがなんでもお願いきく券で決まりね」


 食い気味にとんでもない提案が飛び出した。

 さてはドクンちゃん、それ言うために賞品を思い出した素振りしたな……!?

 とはいえ、そんな権利を欲しがるメンバーじゃなかろう。


「なんでも、にはフジミがこれまでの悪行について詫びながら空中で爆発四散することも含まれるのか?」


「それ私も気になりますわ」


 認められるわけないだろ、常識的に考えろ。

 邪悪なる聖属性二人が食いつきやがった。

 人の心とかないんか。

 猛然と抗議する。


「うーん……面白そうだからオッケーでーす!」


 ドクンちゃんの無慈悲な悪ノリが俺の常識を押し流した。

 こうなったらもう止められない。


「なんでも、か。フフ」


 リゼルヴァはブツブツニヤニヤしているし、族長は指折りしながら首を捻っている。

 もはや脱出不可能。 賞品を忘れた己の甘さを後悔するしかないのだ。


「……ところでフジミ自身が催しに参加しないとは、らしくないな。なにか別の目論見があるのか?」


 む、予想外にホルンが鋭い。

 たしかに俺だってパペトルファイトしたい。

 だがそれ以上に重要なミッションがあるのだ……。


「アイテムボックスというのは何もしないには長すぎ、しかし何かをするには短すぎる。俺の検証で長々待たせるのも忍びないと思ってな」


 誰かの格言をパクりつつ言い訳を試みた。

 どうせ分からんだろ。


「あら魔族にしては知的なことを言いますのね」


 ほらアイリーンが釣れたぞ。


「たぶん誰かの受け売りだよー」


 間髪いれずにお決まりのドクンちゃん暴露である。

 

 さて、脇道にそれつつも話はまとまった。

 俺とギリム(とバブル)は村を出てデュラハンの検証へ。

 残りメンバーはゴーレムとスケルトンの作成、競争。

 ドクンちゃんはそれの運営と各自のサポート。

 平行してリゼルヴァとアイリーンは変身の練習に励むこととなった。


 ドクンちゃんが記憶を取り戻し、導かれるように向かう先には、これまでにない確かな目的と希望があった。

 だが同時に、より大きな危険に追われる焦りも感じていた。


***


 むせかえるような血の匂いは、アイテムボックスの中には届かない。

 時を同じくして勇者は、また一つの勝利を刻んでいた。


 魔王討伐に尽力し、ついにその大業を成し遂げた神聖王国。

 対して、隣接する連合国は魔族との戦いに積極的に関わることはなかった。

 なぜか。

 魔王と戦う以前に、内なる敵を警戒しなければならなかったからだ。


 単一民族国家である王国とは異なり、連合国は様々な種族が入り混じる多民族国家である。

 だが『国家』と呼ばれるようになったのはごく最近のことであり、その中身は、ただ力づくの綱引きにすぎない。

 多種族が互いに領土を押し引きし、かろうじて維持される形ばかりの連携――それが連合国の実情だった。

 

 王国から巨人族の領域を抜け、連合国に入る国境地帯は、オーガー族の支配域にあたる。

 巨人族と血を分けた彼らは、連合国内でもとりわけ苛烈なことで知られていた。


「数は多いが、ヘカトンケイルほどではなかったな」


 返り血を浴びたまま、水魔法でざぶりと顔を洗い、勇者は歩を進める。

 群れる悪鬼のごときオーガーの戦士たちも、魔王を屠った男の前では蹂躙されるしかなかった。

 抵抗は尽く打ち砕かれ、残党もすでに退いた。

 奥の手として控えていたネームド・ヒュドラも、謎めいたスキルによって一蹴された。


 黒竜の咆哮が夜を裂き、たった一人と一頭が圧勝した事実を知らしめる。

 血と灰に染まった広場の中央、勇者は立っていた。

 足元には砕けた戦斧。

 それを振るっていたはずの男――オーガーの酋長が、今は膝をついている。


 「殺すなら……さっさとやれ」


 呻くように吐き出された声に、勇者は薄く笑った。


 「死に方を選べる思うなよ、豚が」


 そして無言のまま、手にした回復薬を酋長にぶちまける。

 その残酷なまでの無関心に、周囲のオーガーたちは息を呑んだ。

 自分たちの長を倒しながら、敵とすら見ていない――その侮蔑が、静かに空気を支配していた。


 力を重んじるオーガーたちは、強き者に敬意を示す。

 だが彼らなりの尊厳は、かつて“英雄”と称えられた人間によって踏みにじられた。


 酋長は血と息を吐き出しながらも、ふらつく足で立ち上がり、勇者と向き合った。

 敗者は勝者に従うしかない――それが、この地の掟だった。


 「……お前の狙いは、連合国を滅ぼすことか。ついに王国が侵攻を始めたということだな」


 「違う」


 勇者はきっぱりと返す。


 「俺は俺のために動く。ここには手段を探しにきた。“俺の”理想を現実にするためのな」


 酋長は鼻を鳴らした。

 勇者だの聖人だのと讃えられた存在とは思えぬ言動――その精神性は、むしろモンスターに近い。


 「ならば、評議会の席を狙うことだ。あれが、この地で物事を決める」


 勇者の目がわずかに細められた。

 その表情が何を意味するかを察し、酋長は乾いた笑いを漏らす。


 「知らんのか。この地に“王”はいない。部族も氏族も、長がそれぞれに縄張りを持ち、揉めごとは評議会で裁く。

 異邦の者が何かを成すには――まずそこに席を得ねばならん」


 「……くだらん」


 勇者は即座に吐き捨てた。


 「誰が強いかで決めればいい。俺が上、他が下。それを“評議会”とやらに知らしめてやる」


 酋長はその言葉に表情を変えない。

 ただ、目の奥に静かな嘲りが宿った。


 「強いだけの獣なら、この地には腐るほどいる。だが“国”を動かすには、それだけじゃ足りん。

 お前がただの獣か、それ以上か――示してみせろ」


 勇者はしばし焚き火を見つめたのち、振り返った。

 黒竜が無言のまま翼を揺らしている。


 「強いだけで動かせないのなら、そいつは“弱者”ってことだ。……俺は違う。まずはお前らが、俺に使われろ。俺がすべてを踏み越えていくためにな」


 ――連合国の混沌に、またひとつの波紋が広がり始めた。

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