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153話 和やかデュラハン

 無数の目が俺を見つめている。

 そのどれもがキラキラと輝き、熱を帯びている。

 期待というプレッシャーに心地よさを感じながら、しかしペースを崩さずに俺は語った。

 古城、その地下で繰り広げられた激戦の記憶を。


「暗がりから現れた凶悪なモンスターは4匹。トロール、ゴーレム、キメラ……そしてワイバーンだ」


「――!?」


 ようやく属性剣ぶっ放しで消耗したエーテルが戻ってきたようだ。

 身振りを加えつつ、言葉を続ける。


 ワイバーンの名前が上がると、明らかにリザードマンたちに動揺が走った。

 彼らは始祖であるドラゴンを信仰している。

 自分たちリザードマンよりドラゴンに近い存在であるワイバーンを特別視するのは当然だろう。


「血に狂ったモンスターの殺し合い……まさに嵐のようだった。拳、爪、火炎……一撃必殺の連打、その中をかい潜り! 強大なモンスターどもを右へ左へ! 前から後ろへ! バッサバッサと斬って斬って斬り続けた! そして月が3回沈んで3回上ったころ……気づけば俺だけが立っていたのさ」


「セゲー!」


 大ウケである。

 人語勉強中の村人が歓声をあげた。

 たぶん「すげぇ」と言いたかったのだろう。


「だが戦いは終わりじゃなかった! 突如として舞い降りたのは残忍にして最強最悪の魔獣マンティコアだ! そのレベル、なんと86ゥ!」


「ギャスギューググゥッ!?」


 大ウケである。

 今宵の冒険譚は、彼らの中で永久に語り継がれるに違いない自信がある俺だよ。


「ねぇフーちゃん、あの話ホント?」


 得体の知れない飲み物をやりつつ、ドクンちゃんがフュージョンミミックのフーちゃんに尋ねる。

 しかしフーちゃんは得体の知れない肉をかじるのに忙しそうだ。

 そもそも彼は喋れない。

 つまりモンスター地下コロシアム編は俺が語ることが正史なのである。

 尾ひれってのはこうして肥大化させるんだよ。


「少なくとも月は1回も沈んでないでしょうに」


 アイリーンの指摘通りだが、彼らの熱狂はもう止まらんよ……些細な脚色くらいじゃな。

 マッチョ化したリゼルヴァに抱えられ、リザードマン村に運ばれた俺は、先にたどり着いていたホルンたちと合流した。

 そして村長はじめ村のリザードマンたちとも再会の喜びを分かち合ったのだ。

 で、流れるように宴が開かれ、俺の冒険譚を聞かせることになったのである。


 一つ気がかりだったのは、俺がデュラハンに進化していることだった。

 村を発つとき、たしか俺はドラウグル=アンデッドだったが、いまではデュラハン=魔族になってしまった。

 デュラハンといえばゼノンであり、ゼノンといえばかつて村を襲撃した実行犯だ(操られていたとはいえ)。

 なので俺も歓迎されないかと心配だったが、リゼルヴァの口添えとこれまでの貢献もあり、すっかり受け入れてくれた。

 ……いや、レッドドラゴンになったリゼルヴァは一度ゼノン=デュラハンを退けているわけで、それが強力な保険として働いているのかもしれないな。


「死線を乗り越え、よくぞ生きて戻られたフジミ殿。もはや伝説ですな」


「ハハハ、よせやい」


 盛り上がる皆の衆を見て、族長もうれしそうだ。

 さて、俺たちが冒険していたころ、村はというと平和そのものだったらしい。

 ゲイズの侵攻はなくなり、たまに迷い込んできたモンスターもリゼルヴァとギリムのゴーレムが一蹴してしまうとのことだ。

 どこからか拾ってきた魚の養殖なんかも始めていて、食事のバリエーションも増えていた。

 そして、暇を持て余したギリムはグレムリンを連れて探索に出たと。


 ゲイズを倒したところで話は一区切りとした。

 ファミレス編とか説明に困るし、ドクンちゃんの正体はまだ伏せておこうと考えたからだ。

 なんとなく村を見渡して、思い出したことがある。


「俺が置いて行ったスケルトンいなかった? デカいやつ」


 たしかスケルトンオーガーを預けたような。

 クリエイトスケルトンを使わなくなって勘が鈍っているのだろうか。

 気配を全然感じられない。


「それなら少し前に突然崩れたぞ。おヌシが死んだ報せかと騒ぎになったのぅ」


 たしかに縁起でもない演出だ。

 進化に伴ってスキルがついたり外れたりしたのが原因かもしれない。

 ……って。


「ギリム、そんなところにいたのか」


 頭上、木から吊られているドワーフがいた。

 手足を縛られ、自慢のヒゲを幹にくくられている。

 さながら生贄のようだ。

 いうまでもなく、激怒したリゼルヴァによって処されたのである。


「死んだどころかゲルタブリンドまでも退けるとはの。戦いを重ねすぎた末に再生力を超え、不死性を得たという最悪のヒュドラじゃ。さすがに勝ち目がないと踏んでいたが」


 解説口調だが、お仕置きに炙られた尻が丸見えである。

 なんとも悲しい。


「あぁ、まさか切り落とした首が別個体として復活するとは思わなかったぜ」


 ゾンビに転生してからというもの、敵との相性に恵まれる機会は多かった。

 ゲルタブリンドについても、そうだ。

 毒を無効にできたのも、冷気で再生を邪魔できたのもラッキーだった。

 土壇場で広範囲攻撃を編み出せたのは天性のセンスだけれども。


「ん? 切り落とした首が無限に復活する、の間違いじゃろ?」


 吊られたままのギリムが首をひねった。

 首が無限に再生するのは普通のヒュドラでは?

 俺も首をひねる。


「いやいや、切り落とした頭が別の蛇になるんだよ。で、無限増殖したの……えっ、だから不死なんだろ?」


「えっ、知らん……何それ……怖……」


「えっ」


 ギリムの不気味なリアクションに不安を覚える。

 俺が戦ったのはゲルタブリンドに間違いない。

 確かにそう鑑定されていた。

 ギリムが語るところによると、あのヒュドラは長きにわたり水辺周辺を荒らす極悪モンスターとして語り継がれていたらしい。

 その犠牲者は、もはや滅んだ集落の数で数えるレベルであり、種族問わず恐れられる存在だったという。

 討伐隊が組まれたことも何度もあったが、やはり完全に倒しきるのが難しく、半端に撃退したり逃したりすると強力になって復讐に来る執念深さも持ち合わせていた。

 仇討ちに向かった奴らが全員喰われてからは、いつしか“触れるべきではない災害”の扱いになったんだとか。

 で、ギリムが聞く限り、殖える能力は持っていないと言うのだ。


(ネームドだけど同名の別個体? それとも増殖能力を隠していた? いや、新たに獲得した……?)


 真偽は分からない。

 ただ、言いようのない気持ち悪さを感じた。

 今さらだけれども、超再生ヒュドラ食べて大丈夫だったんだろうか。

 亜空間にある俺の胃袋が消化してくれると信じよう。


「そういえばホルンは?」


「年頃の女の子と草むらへ消えていったよー」


 ドクンちゃんが事も無げに答える。


「最悪だ、聞かなきゃよかった……」


 言いようのある気持ち悪さを感じた。

 “年頃の女の子”とはリザードマン女子を指す。

 元哺乳類な俺としては、リザードマンはだいぶ難しい。

 でもホルンはいけるらしい。

 ユニコーンとリザードマン……。


(ドラゴン・カーセッーーよりはマイルドか、いやどうだろう)


 ハードな妄想が頭をよぎる。

 まぁでも、人の性癖をとやかく言うのはよくない。

 犯罪でもあるまいし。


「ねぇフジミ」


「どぅおっ!? ななな何、急に」


 特殊な考えを巡らせているところに不意打ちはやめてほしい。

 頭をのぞかれてしまった気持ちになる。


 現れたアイリーンは、何やら上目遣いで困り顔だ。

 なぜか非アルコール飲料で無防備な酔い方をした挙句に『一緒に抜け出しちゃお?』的なラブコメ展開ではない。

 完全にシラフだ。

 怯えつつ小声で打ち明ける。


「あのリザードマンがずっと睨んでくるのですが、もしかして人間を食べたりします?」


 アイリーンが示した視線の先にはリゼルヴァがいた。

 筋肉ムキムキでもドラゴンでもなく、懐かしのリザードマンの姿だ。

 たしかに興味深そうにアイリーンを観察している。


「人間は食わないと思うよ。さっきも紹介したけど、あれはリザードマン形態に戻ったリゼルヴァだ。他の奴らより赤っぽいだろ? あと、がっしりしてる」


「そんな微妙な違い分かりませんわよ」


 リザードマンはたぶん人間を食べないはずだし、リゼルヴァの視線から害意は感じられない。

 でもアイリーンをめっちゃ見つめているのも確かだ。


(もしかすると、アイリーンと手合わせをしたいのかもしれないな)


 俺がリゼルヴァに初めて会ったときも、そういう流れになったし。

 聖女から戦士にジョブチェンジしたアイリーンの素質に気づいているのかもしれない。


「ヘイ、リゼルヴァ!」


「ちょっと!」


 慌てふためくアイリーンに構わず当事者を呼びつけると、やってきたリゼルヴァへ用件を尋ねた。

 実は、と気まずそうに前置きしてリゼルヴァは理由を話す。


「化身の術の練習に付き合ってほしいのだ。現状の完成度はアレになってしまっただろう?」


 ギリムを見上げるリゼルヴァの目は鋭い。

 ドワーフ的美女の創造主である。


「ワシだって人間の区別よう分からんもん、熱ッッ!」


 さらに尻を炙られるギリム。

 そろそろ炭化しそうだから止めてあげて。


「事情はよく分かりませんが、難しいんじゃないでしょうか。私、練習はおろか、魔法自体使えない身になってしまってますから」


 聖女というのも今は昔。

 アイリーンはそもそも魔力のキャパシティが小さい上に、古城で酷使したせいで魔術は一切使えなくなったのだ。

 使おうとするのも止めろ、とドクタードクンちゃんストップがかかっているほどである。


「アイリーン殿は魔法を使わなくていい。ただ人間族の女から見て、変身の改善点を教えてほしいのだ」


「……あぁ、人間の女はアイリーンしかいないもんな」


 悲しいかな、俺の旅には美女成分が枯渇しているのだ。

 リゼルヴァは人間を見分けるのに慣れていないうえ、女性を見たのも数えるほどだという。

 記憶を頼りに再現することもできない。

 なので消去法でアイリーン如きにも白羽の矢が立ってしまったというわけだな。


「なにか言いたそうな目をしていますわね……。ともかく私にできるのであれば協力しますわ。代わりに格闘の心得を教えてもらっても?」


「恩に着る、アイリーン殿!」


 アイリーンの手を握るリゼルヴァ。

 俺も礼を述べた。

 リゼルヴァが美女化すれば、俺の冒険が一気に華やぐだろう。

 しかもドラゴンでお嫁さん属性までついてくるのだ。

 もはや勝ちである。


「術の練習の前に、基本的なことを教えてもらいたいのだが、人間のオスとメスはどう違うのだろうか。我々と違い、目立つ部位が無いように見えるのだが」


「リザードマンも大概わかんないよ」


 ドクンちゃんの言う通り、異種族間の見分けが大変というのはどこの世界でも同じことだ。

 前世だって民族ごとの顔立ちの違いすら分からなかった俺だ。

 そんなわけで、人間の性別差を定義しろと言われても困る。

 性器は確実に違うとしても、骨格とか筋肉量とか個人差あるぞ。


「髪――頭の毛も個人の好みで切ったり伸ばしたりするしなぁ。あくまで傾向としてはだな……」


 俺の慎重な切り出しを、喋りたがりのドクンちゃんが遮る。


「簡単よ、リゼルヴァちゃん。胸が大きくて髪が長いのがメス、その逆がオス」


(そりゃ暴論だよ、ドクンちゃん)


 状況次第じゃ炎上しかねない発言である。

 俺が止める間もなくリゼルヴァの疑問が飛んだ。


「ではアイリーンはオスなのだな!」


「フフッ……やべっ」


 あまりにも純粋な目で問題発言をブッ放すものだから、思わず笑ってしまった。

 咳払いでごまかしつつ恐るおそるアイリーンを見るに……なんと微笑んでいる。

 よかった、笑って流してくれそうだ。


 ……ミシリ。


 握りしめた元聖女現戦士の拳から、攻撃力が圧縮される音がした。

 全然流されてないわ。

 どうしよう、属性剣の反動から回復途中の体で逃げ切れるか?

 ただならぬアイリーンの気配に、リゼルヴァが慌てる。


「無礼な発言をしてしまったようだ、すまない!」


「いいんですのよ、リゼルヴァさん。このアホコンビがいけないのですから」


 アイリーンがゆらりと立ち上がる。

 口調は穏やかだが、両の拳がミチミチ鳴っている。


「コイツです。この変態デュラハンが全部悪いんですぅ」


「あっ、ドクンちゃんテメェ!」


 売りやがったな。

 そう叫ぶ間もなく、俺はギリムと同じく吊られるのであった。

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