152話 知らない、マッチョだ
大声、落下、衝撃、泥爆発。
「ひっ」
焚火とヒュドラ肉が吹き飛ぶ。
俺とドクンちゃんがすくみあがる。
一拍置いて、細かい泥が小雨のように降ってきた。
声の主は遥か上空からやってきて、そして激突もとい着地した。
あまりの接近速度に心の準備ができていなかった。
そして言わずもがな、体の準備に至ってはノーガードである。
体が電源オフな俺は為されるがまま状態なのだ。
「跳ぶことに比べると着地は難しいな……」
泥雨の向こう、破天荒な襲撃者に目を凝らす。
ぶつくさ呟く大男だ。
太い胴に頭と腕が生えているのが見える。
なぜか脚は、ない。
「ねぇマスターあれって、本物のイシツブt」
「やめなさい」
再三にはなるけれども、俺の前世の記憶を覗いているドクンちゃんは、たまに危ない言動をするのである。
正体不明の人物だが、脚が生えていないわけじゃない。
どうやら胸半ばまで着地の勢いで埋まっているようだ。
逆犬神家とでも言おうか。
とにかく、沼地にずっぽりメリ込んだマッチョが空から降ってきたわけだ。
聖女のときといい、降ってくるのが流行りなのか?
筋骨隆々としたシルエットは、スコーピアン兄弟のマッチョな方そっくりだ。
長布を巻きつけた質素な服装はローマ人を思い起こさせる。
筋肉と同じくらい目を引くのは二つの毛だ。
長髪にして長ひげを蓄えており、どちらも深い赤色をしている。
なんだなんだこのメリケン版関羽は。
「よっ、と!」
ようやく地面を脱した赤マッチョが俺たちを見下ろした。
……デカい。
身長2メートルはある。
ついでに泥まみれの脚もバッキバキにたくましい。
「無事で何よりだフジミ。ホルン殿から聞いて急行したが、どうやら杞憂だったようだな」
「お、おぉ何とかね」
ホルンと知り合いということは、俺とも知り合いなんだろう。
ドクンちゃんが無言で視線を送ってくる。
言いたいことは念話しなくても分かる。
俺は震えるように首を横に振った。
こんな人知りませんもん。
逆にドクンちゃんを見つめ返すと、やはり首を横に振られた。
順調にヒュドラを倒したと思いきや、不審な赤マッチョに声をかけられる事案が発生ときた。
しかし思い当たる。
この世界には鑑定なるスキルがあり、相手の簡単なプロフィールが瞬時に分かるのだ。
藁にもすがる思いでスキルを実行する。
頼むぞ鑑定……!
<<Lv112 炎竜リゼルヴァ 種族:ドラゴン 種別:レッドドラゴン>>
「えっ、リゼルヴァ!?」
「どゆこと!?」
まさかの懐かしい名前である、
なにかの間違いじゃなかろうか。
リゼルヴァとはドラゴンになった元リザードマンで、不本意ながら俺の奥さんということになっている。
……不本意ながら。
俺たちの動揺とは反対にリゼルヴァおじさんは少し照れて笑った。
「驚くのも無理はない。化身の術がようやくモノになってきてな」
「はぁ、化身……」
あれか、マスコット的モンスターだったり、それこそドラゴンが人間に変身する魔術。
前世的知識で知ってるっちゃ知ってるけども……。
俺は慎重に言葉を探した。
多様性だなんだとうるさい前世だった。
安易にセクシャルな発言をすると、厄介なことに――
「えっ、リゼルヴァちゃんてオトコだったの?」
「おいドクンちゃんや」
使い魔が最短で核心を突いたのでもうフォローできません。
炎上するかも。
レッドドラゴンだけに。
「いや、私はオンナだが。このくだり前にもやらなかったか?」
リゼルヴァの回答に食い気味に乗っかる俺。
「だよな! もうドクンちゃんたらヤダァーうふふふ!」
あぶねぇ。
ドクンちゃんをスケープゴートにして炎上を回避できそうだ。
しかしリゼルヴァの性別を再確認したらしたで、新たな疑問が生まれる。
またも俺より早くドクンちゃんが口を開いていた。
「なんで筋肉がムキムキなの?」
「自らの体を芸術品として高めた証だが?」
「なんで声がぶっ太いの?」
「安心感があるからだが?」
「なんでおヒゲがモサモサなの?」
「健康美の象徴だが?」
まるで赤ずきんと狼のやりとりだ。
リゼルヴァの返答は一応説得力がある。
ただ、人間の文化ではない気がする。
勇者のツレと聖女くらいしか人間の女性を見ていないけど、こんなインパクト重視なビジュアルはしていなかった。
メスのドラゴンが人間体になってガチムチアニキになることある?
一体どういう経緯?
俺たちの反応を見て、今度はリゼルヴァおじさんが首を傾げた。
「……おかしい、この完成度なら男は皆悩殺とギリムに聞いていたのだが。もしやフジミ、お前はオンナだったか?」
「オトコで合ってるよ。てか、いまギリムって言った?」
嫌な予感がした。
「そうだ。化身の術を練習しようにも手本がいなかったからな。人間族に一番似ているドワーフに教えてもらったのだ」
たしかにリザードマンよりドワーフのほうが人間に近い。
その判断は正しい。
「……教えてもらったっていうのは『人間のオンナはガチムチヒゲワッサーのバリトンボイス』ってことを?」
「よくわかったな! でも仕上がりがイマイチだったか?」
「ううん、リゼルヴァちゃんはなにも悪くないよ……」
すまなさそうに自分の体を確認するリゼルヴァ。
犯人はギリムだ、アイツが全部悪い。
ドワーフ基準の美女像をてんこ盛りした結果が悲しきムキムキモンスターを生み出したのだ。
人間の女が標準的にどんな姿形か。
俺たちは全てをリゼルヴァに話した。
リゼルヴァは激怒した……ギリムに。