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151話 多頭蛇肉焼

 まだ氷の溶けない地面に、急ごしらえの焚き火が燃えている。

 そこでは何かの肉がぶつ切りにされたうえ、枝に刺されて炙られていた。

 時折、謎肉の表面がぴくりと痙攣する。

 切断からしばらく経った今でも、神経が細かく反射し、筋繊維がひとりでに動くのだ。

 まるで「まだ戦う意志がある」とでも言いたげに。

 そう、ヒュドラの生命力は食材になってもなお健在だった。


「腹の中で復活したりしないだろうな」


 香ばしい匂いもなんだか罠に思えてくる。

 食後しばらくしたら腹の内側からボコボコキシャァ!って飛び出てきたら嫌だよ。

 ……あれ? そのグロシーンやったことあるな俺。


「ていうかデュラハンって食べ物を飲み込めるのかしら」


 ドクンちゃんの素朴な疑問にはっとする。

 今の俺はデュラハンで、首と胴が離れている。

 食事とは首を伝って胴に入るものだ。

 普通に考えれば、咀嚼物は首の断面からこぼれてしまうだろう。

 あるいは不思議パワーによって、胴体へ転送されるのか。

 これもまたデュラハンの検証のひとつといえよう。


「中までしっかり焼いてよね。俺、生ハンバーグ否定派だから」


 肉は焼いたほうが美味いという持論である。

 面倒そうにドクンちゃんが肉をつついた。


「ダストゾンビ上がりのくせに大した衛生観念ね……」


 それにしてもヒュドラを捌くのは一苦労だった。

 表面のウロコはまさしく蛇柄なわけだが、おしゃれさよりも機能性を感じるほどに頑丈なのだ。

 規則的に並ぶウロコはまさに鎖帷子。

 肉質も異様に密で、弾力があり、ドクンちゃんが苦闘の末に切り出してくれたのだった。


 やがて油の弾ける音が変わってきた。

 最初は湿った音だったものが、次第にカリッとした“焼き目”の響きへと変化してきた。

 伴ってあたりに焦げた血と少しの刺激臭が立ちこめてくる。


「はいどーぞ」


「うひょーいただきます!」

 どうにか切り分けたそれをドクンちゃんが俺の口に運んでくれる。

 肝心のお味はというと……


「苦っ。毒かこれ? エグみが舌にまとわりついて最悪じゃ……ちょっと待てよ。エグい刺激の奥からほのかに甘みが滲み出てくる。

 ……脂や! 永きを生きるヒュドラが再生を繰り返す中で、継ぎ足し継ぎ足し蓄えた上質な脂……それが噛むたびに、じわぁって解き放たれていくんや!

 まるで毒と脂のダンスや!」


「後半なに言ってるか分からないけど美味しそう! 硬ッ、マズッ! グエェェ!」


<<フレッシュミミック:POISON (1)>>


 かぶりついたドクンちゃんがのたうち回る。

 統率スキルによってドクンちゃんが軽い毒を喰らったのが分かった。

 どうやら俺にとっては苦めのスパイスでも、毒耐性がなければ激マズ毒らしい。

 激昂して主人の顔をぽかぽか殴る使い魔をなだめる。


「ごめんて。ところで飲み込んだ肉はどうなってる?」


「マスターといえども越えちゃいけないライン考えてよね……えっとね、飲み込んだマズ肉は鎧の中にもないし、首からも出てきてないよ」


 俺の胴を覗き込んだドクンちゃんが返答した。

 デュラハンの首から胴へ食べ物が転送されることはなかった。

 しかし首から零れ落ちてくることもない。

 どこかへ転送されたのだろうか……謎である。

 ともあれなんとなく元気になった気がする。

 気がするだけかもしれないけど。


 さてヒュドラを撃退し、ついでに属性剣の可能性を切り開いた俺とドクンちゃん。

 逃がしたホルンたちを探しにいこうとしたところで、正体不明の凄まじい虚脱感に襲われた。

 人間で言えばマラソンで無茶した後、モンスターで言えば魔法を撃ちまくった時に近い状態。

 心当たりはひとつしかない。

 属性剣の重ねがけだ。


 腰が抜けたような俺は、胡坐をかくのがやっとの有様だ。

 俺の首をドクンちゃんが股座に置いてくれて、エネルギー補給になればとヒュドラ肉パーティーが開かれた次第である。

 この会は休憩タイムかつ、原因究明も兼ねているのだ。


「まさか属性剣にこんな副作用あったなんてな」


 聞いてないよ。

 そういうのはスキル説明に書いておいてよね。

 ……いや、マン爺のときは副作用なんてなかった。


「魔力欠乏症に近い状態だと思う。いうなればエーテル欠乏症と名付けようかしら。アタシも初めて見たけど」


 おっと、初出単語。

 文脈からして魔力=MPに相当する何かだろう。


「エーテル? スキルってのはクールタイムがある代わりに、MPみたいなリソースは要らないもんじゃないの」


 意識すると視界端にHPだのMPだの見える。

 けれどエーテルなんて単語は一度として現れたことがない。


 待てよ?

 エーテル・ナントカカントカ、って聞いたことあるような。


「エーテルは秘匿されたエネルギーなの。まさしくマスターが『スキルはタダで使える』と思い込んでいたように」


「アホにも分かりやすく、かいつまんで説明してドクンちゃん」


「まあ! こざかしいマスターだこと」


 解説が欲しいけど複雑な話やら固有名詞は聞きたくないなんてワガママも、ドクンちゃんなら対応してくれるのである。

 肉の焼き加減を見つつ、たっぷり考えたドクンちゃんが語り出した。


「魔法もスキルも、術者の望む現象を起こす特別な手段だけど、実は根本的には同じモノに働きかけているの。むかーしの人間が神の血、とかエーテルって言っていたエネルギーなんだけど」


「マナとは違くて?」


 まだ痙攣する肉を見つめながら、俺は頭の中で図を描く。

 人は魔術によって魔法を発動させ、そのエネルギーとして体内のマナを使うんだっけ?

 マナ=エーテル?


「いい質問ね。エーテルはマナより原始的、純粋なエネルギーのこと。より世界の核に近い部分を構成する要素でもあるとか。マナがエーテルに働きかける事象を魔法と呼ぶとも言われてるの」


 ややこしくなってきた。


「マナの上位互換がエーテルってことか?」


「違うよ。マスターの前世風に例えるとマナは電気、エーテルは雷ってかんじ。マナはマナで自然を形作るのが主なお仕事」


 そりゃだいぶ違うな。

 マナは扱いやすく調整された分、威力に劣るってことか。

 ていうかマナの制御=魔術ですら俺には難しかったのにその上があるの?

 難易度高すぎないか。


「は? こちとら芸術家タイプなんだが?」


「急に変なキレかたしないでマスター、落ち着いて」


 口に肉を突っ込まれてしまった。

 俺を黙らせたドクンちゃんが解説を続ける。


「なぜ扱いにくいかっていうと、神だけに許された、世界を創るための特別な力だから……と言われてるの」


「またスケールが広がったなぁ」


 続くドクンちゃんの話を要約する。

 神々はエーテルという力を使って世界を創り、そして管理している。

 やがて世界の住人にも、ほんのわずかにエーテルを使うことを許した。

 ただし、安全装置としてマナ――およびマナを介してエーテルを使わせる仕組みを作った。

 マナからエーテルへの変換効率は非常に悪く、そのため、神のように大規模な奇跡や現象を人々が起こすことはできない。

 ほとんどの生き物はマナを経由する形でのみ、ごく小規模なエーテルの利用が許されたのだ。


「例えば俺が限界までエーテルを消費して許容量だか資質だかを伸ばす、みたいなことはできないの?」


「アタシが知る限りムリ。ていうかエーテルの観測自体が難しいから訓練しようがないもの」


 エーテルを知覚できるのは、神に近い存在か、神に仕える者に限られているという。

 マナを扱う魔術の訓練とは違い、エーテルに関わる能力は後天的に伸ばせないようだ。

 もちろん魔術マニアのドクンちゃんも例外じゃない。


「感じることすら許されないか。だから珍しく”らしい”を連発してたんだね」


「そ、魔族じゃぜーんぜん見えなかったの」


 古の魔族であり第一線の元魔術師が肩をすくめた。


『神に近い存在』とは、たとえば竜王や最初のエルフなど、種族のはじまりに関わる特別な個体のこと。

『神に仕える者』とは、高位の聖獣や聖職者のように、神聖な立場にある存在を指す。

 特に聖職者の使う光魔法は、マナだけでなく、少量ながらエーテルそのものを使って発動している――という話だ。


「エーテルを使うと、つまり何がすごいんだっけ?」


 ゲームの設定を読むのは大好きだが、言葉で伝えられると理解が追いつかない。

 Wikiとかにまとめてもらえると助かるんだけどな。


「つまり光魔法は少ないマナで大きな効き目ってことよ」


「……元聖女がやたら凄いバリアを張れたカラクリはそれか」


 マナを介すより、直でエーテルを使えば燃費よく強い魔法が使えると。

 かつてアイリーンが見せた防護魔法は、”魔術的資質がカス”という本人の性質からは信じられないほど強固だった。

 ドクンちゃんはこう考えている。

 光魔法は、神への信仰を代償にして、マナだけでは足りない分をエーテルで補って発動しているのではないか、と。

 そして、ホルンの光魔法も同様に、エーテルによる補助を受けている可能性が高いだろう。


「まぁ、人間が調子に乗りすぎのマナ使いまくりので結局世界が荒れちゃって神を怒らせたみたいだけどね」


「そう考えるとエーテル隠しといたのは正解か」


 魔族との最初の戦いに勝った後、人間が魔術を究めて支配者となった。

 しかしマナを吸い上げまくったせいで、あらゆる生き物から大ひんしゅくを買ったという話は記憶に新しい。

「で、スキルの話に戻すね」


 ドクンちゃんが焼き加減を見ながら、手際よく肉をひっくり返す。

 ぱちぱちと脂がはじける音が小さく、けれど心地よく響いた。


「ここからはアタシの推測。スキルっていうのはね、魔法と違って“誰でも使える”ように設計された仕組みなの。でも正体は隠したかった」


「正体……つまりエーテルを隠す?」


 肉の表面が焦げすぎないように注意しながら、ドクンちゃんが話す。


「本来、エーテルっていうのは神に近い存在だけが扱える、すんごい力なわけ。そこら中でみんなが使ったら世界めちゃくちゃでしょ?」


「そうだな。ならいっそ使わせなければよくない?」


 差し出された肉にかぶりつく。

 刺激的な歯ごたえを堪能しつつ素朴な疑問をぶつけた。

 するとドクンちゃんは目をそらして笑う。


「それはほら、外敵から身を守るために許したんじゃないかなぁ……たぶん」


「あぁ、魔族がやってきたからか!」


 そういう風に繋がるのね。

 魔族の襲来をきっかけにスキルは生まれたと。


「スキルはね、ほんのわずかに、しかもごく限られた形でしかエーテルを使えないの。でもそれで十分だった。だってみんな、“クールタイム”って縛りがあるせいで、まさか見えない燃料が減ってるなんて思わないじゃない?」


 各人が一度に使えるエーテルには限りがあり、時間経過で回復する。

 このへんはマナと同じだ。


「……スキルのクールタイムってのは、実はエーテルの回復待ちだったってわけか」


 正直なところ、で?って気持ちだ。

 別にクールタイムだろうが、エーテル回復待ちだろうが、スキルが時間経過で使えることに変わりないわけだし。


「あえて隠すほどか? って思うんだけど」


「見えるってことはそれだけで興味を引くものよ。世界には悪いやつらがいっぱいいるのよ」


 なるほど、魔族とかね。


「というわけで皆が等しく使えるように。でも神の領域に踏み込まないように力を少しだけ分け与えたんだろうなあ……というのがアタシの読み」


 ドヤ顔でムシャリするドクンちゃん。

 毒は我慢でどうにかしている。

 なるほど面白い話だ。


「なんで魔族がスキル、もといエーテルを使えるんだ? 外の世界からきたのに」


「うーん、その話は重たいからまた今度ね」


 逸らされた。

 まぁ、よかろう。

 時間はいくらでもあるのだ。

 火の上でじゅうじゅうと音を立てるヒュドラ肉を二人で眺める。

 頭の中で整理していくと、どんどん疑問が湧いている。


「じゃあ俺はなんで、あんな派手にスキルを重ねがけして、エーテル切れ起こしたんだ?」


 起こせたというべきか。

 通常ならクールタイム待ちで不発になるはずだ。


「そう! やっと本題に入ったわね」


 ドクンちゃんが、ぱちん、と指を鳴らす。

 あまりにも余談長くない?


「たぶん、マスターが“神の血に近い”何かを持ってるから、スキルが異常な命令を許したのかも」


 『または“神に近い存在”に近づいているから』と加えた。

 属性剣が異常な動作を許すであろうことを、太古の記憶を取り戻したドクンちゃんは予想していたわけだ。

 スキルが“通常なら許されない動作を許す”原因。

 “神の血に近い”者。

 つまりは―― 


「俺が“転生者”だから」


 この世界に来るまでに、俺は転生の女神を介している。

 前世の体はたしか交通事故でグチャったはずだ。

 神の手で五体満足に再構築的なことをされたのだろう。


 転生者、そしてエーテルという膨大な力。

 不条理なまでに都合の良い現象を発現させる者たち。

 連想するワードがある。

 ――チートだ。


 転生者が、神から与えられる型破りに強力なスキル……まさしくエーテルの特徴と合致する。

 それに思い出した。

 エーテルエクスカリバー。

 神より授かりし、エーテルの名を冠す剣。

 その威力はまさに規格外だった。

 俺殺害に使われた凶器だけれども、ひょっとして完全消滅させられなかっただけ幸運だったのかもしれないな……。


 ドクンちゃんがじっと俺を見つめた。


「マスター、あなたは“設計外”の存在なのよ」


「腐っても転生者ってことかー」


 アンデッドだけにな。

 ゾンビの頃に言いたかったなぁと思いつつ、おかわりヒュドラ肉をかじる。


 ヒュドラのステーキは、苦い。


 ……。


「……おー……い」


 ヒュドラのステーキは、苦い。


「マスターなんか聞こえない?」


「いまシメに入ったところだから静かにして」


 ハードボイルドに思案にふけらせてくれ。

 頼むから。

 重要な事実明らかになったし、頭整理したいから。

 最近追いつかないのよ、いろいろと。


「……おーい……!」


 だめだ、明らかに誰かの声が聞こえる。

 だんだんと近づいてくるそれは男のものだ。

 避難したホルンたちが戻ってきたのだろう。


「おーい!」


 声の主の姿は見えない。

 しかし力強い呼びかけは、うるさいほどハッキリ届いている。


「見えないのにこの声量って、やばくないか」


 声だけする幽霊とかじゃあるまいな。


「怖い話みたい、やだ……」


 ドクンちゃんが首にくっついてくる。

 残念だけど今の俺は肉を食うことしかできないよ。

 周囲を警戒する俺たち二人。

 敵ではないと思うが、なんだか不気味――


「おい!!!!!!」


「ひっ」


 地面に衝撃。

 次いで特大大声。


 首と心臓がいっしょに飛び跳ねた。

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