表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

151/158

150話 霜の収穫

 ヒュドラ。

 巨大な蛇の怪物で、胴から分かれた無数の頭をもつ。

 日本で言えばヤマタのオロチが相当する。

 俺が覚えている限りじゃ、切り落とした首が胴から生えてくるって設定だった。

 しかし、『切り落とされた首の方から胴が生えてくる』なんて解釈は初耳だ。

 つまり首を落とした分だけミニヒュドラが増えることになる。

 

(ミニって言ってもパニック映画の巨大アナコンダサイズだけどな)


 鎧の軋む音が響く。

 デュラハンの体にはつぶされる内臓こそ無いものの、蛇の強靭な顎に挟まれ、身じろぎ一つできない。

 肉体強化込みで振りほどけないとは、すさまじい力だ。

 このままでは、ヒュドラの群れに袋叩きにされるのは必至。


「ドクンちゃんどうにかして」


 こんなときこそ彼女の出番である。

 主人の的確な指示に、忠実にして獰猛な使い魔が躍り出た。


 ……。

 ……早く躍り出て?


「えぇ……毒吐かれたらアタシ死んじゃうよ?」


「サッっと行ってグサッてやるだけだから大丈夫! お願い!」


「へぇい」

 

 たらたらと腰をあげたドクンちゃんが鎧から飛び出した。

 そこからの仕事は迅速だ。

 俺に噛みついている大蛇の顔に乗り移り、目玉を思いっきり殴りつけた。


「属性拳!」


「ギャッ」

 

 悶絶する蛇の隙をついて、俺は顎から解放された。

 ドクンちゃんを急いで鎧の中に収納しておく。 


「ナイス、ドクンちゃん」


「これがデュラハンの力よ!」


 属性拳といい、ちゃっかりボケてくるあたり余裕があるな。

 

 地面に降りるや否や、噛みついていた一匹を斬り伏せる。

 胴を断つのではなく、頭蓋を割るように一撃で。

 大蛇は少し痙攣してから動きを止めた。

 生命反応が消えたことも確認する。

 ふむ、頭を砕けば再生を封じられるのかもしれない。

 

(いったん仕切り直しだが、どうしたもんか)


 子ヒュドラたちは円陣を組むように俺を囲む。

 かつ親ヒュドラはのしかかる機会を伺っていた。


 勝てない相手じゃないだろう。

 しかし殲滅するのは難しい。

 例えば子ヒュドラが一斉に散開し、ホルンたちを追いかけようものなら面倒だ。

 例えばあらかた倒したものの、逃げ出されて増殖したら将来的に超困る。

 なんせ沼エリアは空中都市とリザードマン村の道中だ。

 どっちの部屋に侵入してきても探索に支障をきたす。

 

「HP気をつけてね」


 そうだった、それもあった。

 ブラッドパクトを解除すれば済む話だけど、リキャスト時間は未検証だから、すぐにかけなおせる保証はない。


 こんなとき広範囲を攻撃できる魔法があれば……。


「マスター、逆に考えるのよ」


「逆?」


「そう、”逆”よ」


 ドクンちゃんがドヤ顔で笑った気配がしたけど、まったくピンと来ていないマスターでごめんね。

 なにを正としての逆?

 残念な空気を察してか、ドクンちゃんが解説モードに入る。


「さっきの属性剣。あれは魔術で言う触媒作成の儀式とよく似てるの。つまり術者が内在する魔力を、適性を持つ物質と疑似的な魔力共鳴状態へと移行させることにより、術式経路の局所的拡張を実現し、さらに双方向的な魔力・属性増幅を付与する暫定的な魔術付与を仮想的に」


「かいつまんで、かいつまんで!」


 早口オタクモードへ入ったアドバイザーを引き戻す。

 蛇たちの波状攻撃を捌くのは難しくないけど、斬り方を気にする余裕まではない。

 とっさに斬り飛ばした首が向こうでもそもそ動き始めているのだ。


「つまりぃ、属性剣を死ぬほど重ねがけしたら? ってことー」


「重ねがけ? その発想はなかった」


 何が逆か分からないけれども。

 てっきりスキルや魔法は1回かけたら十分で、時間延長のために2回目をかけることがあるかもなとしか考えていなかった。

 強化魔法の類は少し覚えていたが、今まで戦闘前しか唱える時間がなかった。

 なぜなら戦闘中に魔法をかけなおす時間をくれるような優しい敵(あるいは俺に余裕があること)はなかったからだ。

 なので重ねがけの発想は完全に抜けていたわけである。


 手元のアイスブランドを見つめた。

 今までは単なる「氷属性の剣」として使ってきたが、他に使い道があるということか。


 属性剣。


 俺は深く呼吸をし、意識を集中させる。

 足を止め、周りを威圧するようにアイスブランドを掲げた。

 体中の冷気をイメージしながら、さらに氷の力を上乗せしていく――


 (形じゃなく性質を……変化させるイメージ)


 属性剣。


 これは武器じゃない。

 フロストバイトに形を与え、冷気を司る分身にする。


 そう、ドラウグルを召喚するように。


 ――ギシッ


 氷塊が軋み、しかし崩れることはない。

 見えない手で握り込まれるかのように、悲鳴をあげて圧縮される。 


(!)


 ヘビが二匹、脚と胴に噛みついた。

 構わない。

 意識が削がれることのほうが問題だ。 


 収束する冷気。

 さらにアイスブランドは変貌する。

 その姿は翅あるいは葉に似ていた。

 柄を茎すれば、刃は葉脈のようだ。

 いくつも細く分かれて伸びる刃を、薄い身が繋いでいく。


 属性剣。


<<スキル使用上限に到達>>


 それは武器ではない。

 しかし刈り取るための道具だ。


「ギ」


 限界まで属性剣をつぎ込まれたアイスブランドは、次なる形を手に入れた。

 伴って濃密な冷気が俺の体を伝い流れていく。

 足元の泥が音を立てて凍り、軋む。


 噛みついていた蛇たちが、たまらず離れようとするが、叶わない。

 牙を突き立てたまま、すでに絶命している。


「アイスブランド・サイスってとこだな」


 完成したのは大鎌。

 死神を思わせる得物だ。

 首無し騎士らしいともいえる。

 しかし本来の鎌は、首を切る道具じゃない。

 薄く繊細なアイスブランド・サイスは、肉を断つような野蛮な使い方はできない。


「ギ!」


 ヒュドラたちがみじろぐ。

 ヘビは恒温動物で寒さに弱いと聞く。

 ヒュドラも温度に敏感ならば、予兆を感じたのかもしれない。


 鎌とは、収穫するための道具だ。

 一切の感情なく、無数の穂をひたすら効率的に。


 冷気が充ち満ちている。

 殺傷能力を捨てた、アイスブランドは冷気を増幅する純粋な触媒と化した。

 これまで培ってきた氷属性の力が、ひとつの完成形に至ったと直感する。

 振りかぶると、周囲の温度がさらに低下した。


「”フロストリーパー”!」


 一閃。

 刃は何者も切り裂かない。

 ただし、冷気は全てを刈り取っていく。


「ギギィィ……!」


 子ヒュドラたちが震え、のたうち始める。

 親ヒュドラは露骨に距離を取っていた。

 鎌は何も斬ってはいない。

 しかし、周囲の大気が急激に冷え込み、沼の泥が瞬時に凍結した。


 「……よし」


 俺の足元から放射状に広がった冷気が、沼地を白く染めていた。

 その冷気に触れた子ヒュドラたちの体表は、次々と霜に覆われていく。

 もがき、暴れるが、もはや遅い。

 凍りついた泥に縫いつけられたように、動きを封じられている。


 「ギ、ギギ……!」


 俺は感触を確かめるように、さらに鎌を軽く回した。

 その動作だけで、冷気が周囲に広がっていく。


 フロストリーパー……霜の収穫。

 つい必殺技ぽく叫んでみたけど、属性剣の応用技であってスキルじゃない。


 思い描いた通りの形態変化に今さらながら驚く。

 言われるがまま属性剣を重ねがけしてみたけど、こんなに上手くいくとは。


 「形勢逆転だな」


 子ヒュドラはすべて戦闘不能。

 親ヒュドラは距離こそとっているが、しかし戦意を失った風には見えない。

 俺は鎌を構えた。


 ヒュドラが雄叫びを上げ、猛然と飛びかかってくる。

 大きさで言えば、人間対重機のようなもんだ。

 依然として圧倒的体格差は健在であり、俺を圧し潰せると踏んでいるのだろう。


 鎌を軽く横に払えば、氷の波が幕のように広がる。

 瞬間、ヒュドラの動きが鈍る。

 効果は覿面だ。


 俺は素早く懐に入り、凍った表皮に切っ先を突き立てる。

 鎌形態では切断は無理だ。

 刃を刺したままで走りだす。

 線になる傷は浅く、致命傷には程遠い。


「こういう殺されかたは想定外か?」


 攻撃を避けながら、点と線を刻み続ける。

 俺を捉えようとする動きが、やがて精彩を欠く。


 たしかにサイスの物理攻撃力は劣悪だ。

 しかし冷気は違う。

 刺さった切っ先から伝わる冷気は、皮の内側から温かい筋肉を壊し、血液を止め、骨を蝕む。

 血の通ったモンスターにとって、確実に命を奪う凶器だ。 


 ゲルタブリンドの膨大な生命反応が加速度的にしぼんでいく。

 不死のネームドとして名をはせたヒュドラも、ただの氷と成り果てた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ