148話 騎士の実力
<<poison>>
――<<resist>>
<<poison>>
――<<resist>>
<<poison>>
――<<resist>>
<<poison>>
――<<resist>>
<<poison>>
――<<resist>>
「ええい、うっとうしい!」
状態異常の警告に加えて、毒煙のせいで前がさっぱり見えない。
ネームドヒュドラのブレスが、あっという間に一帯を覆いつくしたのだ。
滞留する毒は執拗に状態異常を蓄積させるうえ、目つぶしも兼ねている厄介な技だ。
哀れな獲物は体力を削られながら、逃げることも戦うこともできなくなるだろう。
……ただ、相手が悪かったな。
俺には特大の生命反応がくっきり見えているし、鉄製の体に毒なんぞ意味をなさない。
「マスターの中、あったかあい」
「そりゃよかった」
胴体に収納しているドクンちゃんも無事なようで、なにより。
猛烈に遠ざかっていく生命反応の塊はホルンたちだな。
不利な足場での乱戦を避け、毒に強い俺が殿を務める。
なるほど、パーフェクトな作戦だ。
殿に事後承諾だったという点に目を瞑ればな。
「不死のヒュドラか。強さ比べといこうや」
この世界の不死はあてにならないものだ。
俺だって不死持ちだけど、頭を壊されれば死ぬ。
ヒュドラに至っては生命反応すら持っているのだ。
(殺って殺れないことはあるまい……)
構える。
右手に剣を、左手には首を。
長剣アイスブランドは今じゃ驚くほど軽い。
土産物の木刀かと錯覚するほどだ。
無論、剣が薄くなったわけじゃない。
俺の腕力が化け物レベルに増大したのだ。
ネームドのドラゴン相手に武者震いが止まらない。
こいつを斬り伏せたら、どれだけ気持ちよくなれるだろう。
「マスター右!」
速い、がヌルい。
噛みついてきた首を、翻るようにして避ける。
すれ違いざま、剣先を突き刺し切り払う。
ずず、と肉を裂く手ごたえが心地よい。
再び構えをとって対峙する。
ヒュドラが身じろいだ、ように見える。
傷を負った首をひっこめ、無数の舌を出し入れしながら少しだけ俺から距離をとった。
「毒も効かないし、初撃を避けられるのも想定外だったか?」
アイスブランドは冷気をまとい、再生能力を阻む。
これまで何度も助けられた特性だ。
しかしヒュドラは上を行くようだ。
紫の体液が滴り、さっきつけた傷を修復していく。
泥に落ちた体液はいかにも体に悪そうな湯気を立てていた。
彼我の体格差からして、俺がバッチリ決めた一撃でも向こうにとっちゃ軽傷にすぎないのだろう。
「つくづく生身じゃなくて助かったぜ」
ドラゴンのわりに飛ばないし、火も吐かない。
しかし丸太のような体は鱗に覆われ、不規則な動きは一点に攻撃を集中させづらい。
生半可な攻撃はすぐに治されて、毒溜まりが広がっていく。
さらに毒煙幕のおまけつき。
だだっ広い沼地には、頼みの綱の搦め手なんぞない。
ならば正攻法で押し通るまで。
「”属性剣”」
活力が剣に吸われるような感覚だ。
アイスブランドが姿を変えていく。
幾重にも氷が刃を覆い、異様なシルエットへ変貌する。
(マン爺のときより、もっと長く、強く)
まだ伸ばせる。
俺の意思に応えるように、あがく様に剣が鳴き、やがて静まった。
まるで氷河そのものを削り出したかのような、荒々しく冷たい塊だ。
冗談みたいなサイズである。
刃渡りは優に2メートルを超え、かつてのリーチをはるかに凌駕している。
そして、その尋常ならざる重みすら今の俺には”ちょうどいい”。
ドラウグルでは満足には動けなかっただろうな。
「マスターなんでそれ片手で持てるの……こわ……それに寒っ……」
「実を言うと俺もちょっとひいてる」
胴体から外を覗いたドクンちゃんが、すぐにひっこんだ。
寒いのは我慢してもらうしかない。
うかつに外に出ると毒浴びちゃうからね。
「これだけデカけりゃ、テメェを捌くのには申し分ねぇな」
瞬間。
5つの首が俺めがけて殺到し、そのすべてを斬り飛ばした。
「ギギギギィィイイィィィッ!!」
「おっと」
毒液を被らないよう立ち回る。
ドクンちゃんが浴びたら困るからな。
「マスターやるう!」
だろ?
獣性の馴染みもいい。
いわゆる“置く”感覚で思考を切り替えるのも慣れてきた。
攻撃の予兆に合わせて感覚を加速させ、長大なリーチと腕力で反撃したのち、再度感覚を戻す。
一連の判断力は戦いの中で培われたものだけど、そのための動体視力がデュラハンになって大きく強化されたことに気づいた。
「ギャアアア!」
そして達人級の剣術スキルが、更なる攻撃を可能にする。
ヒュドラの激昂、からの連撃。
牙、牙、牙、薙ぎ払い、押しつぶし。
すべてを捌き、反撃を挟んでいく。
まみれた毒液を凍り付かせ、アイスブランドがより禍々しく輝く。
「ガアアッ!」
これは俺の鳴き声だ。
ヒュドラの頭がさらにひとつ、大気を裂くような音を立てて宙を舞う。
切断面から噴き出した凍りついた毒液が、そのまま霜柱のように地に突き立った。
……実戦形式の検証、楽しすぎるな。