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147話 震える泥

 デュラハンのスキルについてあれこれ考えているうち、ようやく沼地エリアの折り返しに差し掛かった。

 ギリムが攻略済みって話だったから、戦いはないものと踏んでいたが……


「不穏だ」


 アンテナのように一本角掲げるホルン。

 こいつの索敵範囲はまさにレーダー並みであり、大いに信頼できる。

 間もなく、俺も異変を察知した。

 空気の流れが徐々に変わっているようだった。 


「おっと、アレはまさか」


「久しぶりに最悪ね」


 口ぶりと逆にドクンちゃんにも緊張が走る。


「なんですの?」


「さあ?」


 ギリムとアイリーンは初見の反応だ。

 一度は見ているはずだけど、覚えていないか。


 曇天の中空、一点がゆがんで穴を形作った。

 ここアイテムボックスと外の世界を隔てる、たった一つの接点だ。


 すなわち、アイテムボックスの所有者――勇者が何かを今から収納しようとしているということ。

 ――感覚を加速させる。


「ってマスター!?」


 考えるより先に跳んでいた。

 数メートルを難なく上昇した俺は、広がる途中の出入口へとアイスブランドを突きこむ。

 外にいるであろう勇者へ、一撃を浴びせてやる。

 たまには俺から挨拶しても面白いだろう。


「あら」


 しかし切っ先は別空間に達することなく、不可視の何かに押し戻された。

 すさまじい勢いの水流を相手にしたときのように、圧倒的な力の差だ。 


(今のは勇者やモンスターじゃない、何か”そういう現象”のような)


 うまく言えないけど、アイテムボックスの内側にいる限り外へ干渉することは起こりえないのだ、という概念じみた力だ。

 着地した俺は穴を注意深く見上げる。

 何が降ってくるのであれ、このフィールドは俺たちには不利だ。

 ホルンと俺の集中砲火で短期決戦に持ち込みたいところだが……。


「……ねぇデカくない?」


「だな」


 いつもならそろそろモンスターがやってくる頃合いだ。

 しかし今回は未だにトンネルが広がりきらない。

 そろそろ小さな公園一つ分くらいの面積になりそうだ。


「収納するのにてこずってるとか?」


「すばしっこいモンスターなのかしら」


 警戒を怠らずに観察する。

 向こうの風景が今までになく鮮明に見えた。

 荒れた村のような場所に、多くの人影と死体。

 肌色こそ違うが、あの筋骨隆々としたシルエットは――


「オーガーがあんな大量に?」


 かつて戦ったことがある大型の鬼。

 一体でも骨が折れたモンスターが、20匹は見えたぞ。


「ただのオーガーじゃありませわ。連合国の印を掲げています」


 連合とは?

 アイリーンのせっかくの補足はぜんぜん伝わらなかった。

 そして旋回した風景に勇者が映った。


 相変わらずの美男子ぷりだが、だいぶお疲れのように感じた。

 鋭い目が俺とアイリーンを交互に捉え、一瞬だけ驚いたように見開かれた。

 そして冷たく言い放つ。


「アイリーン生きていたか。もう、どうでもいいが」


「ゆ、勇者様、そんな……っ!」


 急な展開だったのか、アイリーンは上手く言葉を発せずにいた。

 経緯からして彼女の複雑な心境は察するに余りあり、とっさに喋れないのも無理はない。

 対してドクンちゃんと俺は慣れたもんである。


「まだアタシたちを消せないのぉー? いい加減ひまなんだけどー!?」


「おい勇者ぁ、ご自慢のドラゴンと戦わせろよ。まとめてぶっ潰してやるからよぉ!」


 勇者に頼んだところで出られないことは分かったので、全力で煽ることにする。。

 俺が黒いドラゴンのことを知っているとは思わなかったのだろう、勇者の顔色が変わった。


「なぜそれを……!」


 露骨に不機嫌な表情に少しだけ鬱憤が晴れた。

 言い回しこそアホを装ったけれど、勇者にはしかるべき報いを与えなくてはならない。


「悪い行いってのは自分に返ってくるもんなんだよ、首洗って待ってるんだな!」


 俺一人で冒険していたころと違って、今は色々関わりすぎた。

 ここにいる奴らだけでも、勇者がアイテムボックスから出さなければ永遠に封印されていた身――ほぼ殺されていたようなものだ。

 アイツの顔を代わりにブン殴ってやる役が必要だ。

 ……至極当然のことを言っているのに、他のメンバーが複雑な顔で俺を見ているのは何なの。


「魔族がモラルを説いていますわ……」


「滑稽を通り越して、もはや皮肉として成立しているのは流石だな」


「ワシは何を見せられておるんじゃ」


 言い過ぎ。

 もちろん勇者から謝罪などあるはずもない。

 ただ脅威のみが届けられた。


 20メートルはあろう規格外の大蛇が……10、いや20匹か?

 違う、あれは――


<<Lv.89 ゲルタブリンド 種族:ドラゴン 種別:ヒュドラ>>


 空間を繋ぐ穴が閉じる。

 巨体が降り立ち、地面を揺らす。

 長い舌、こすれ合う鱗が幾重にも形容しがたい音を響かせる。


 前世では神話に記され、星座に数えられるほどのモンスター。

 ひとつの胴に無数の頭をもつ大蛇――ヒュドラ。

 この世界ではドラゴンの一種らしい。

 かつてヒュドラプラントという、植物モンスターと戦ったことがあった。

 頭部をいくつも持つ外見と、強力な再生能力からあやかったであろうネーミングのモンスターだったが、目の前にいるの正しくそのオリジナルだ。

 ヒュドラは色んなゲームでも見たけど、強さにバラつきがあることが多い。

 ただ共通する特徴は、桁外れにタフであること。


「いやームカデじゃなくて助かったわ。蛇ちゃんは苦手じゃないんでね」


 数十の瞳に見下ろされるのは、ゲイズのときとは違うプレッシャーがある。

 同時に、空洞のはずの胸が躍り出す。

 神話の化け物相手に、デュラハンの力を試したくてたまらない。

 

 ”俺が上であることを証明したい”


「マスター、冷静にね。相手はゲルタブリンドとかいうネームドよ、油断しないで」


 ドクンちゃんの一言で我に返った。

 デュラハンになってますます闘争本能が高められている気がする。

 危ない危ない。


「ゲルタブリンドじゃと!? ユニコーン、お主解毒と回復は得意よな!? 逃げるぞ!」


「我の勘も撤退を告げている、殿はまかせたぞフジミ」


 ギリムがヒステリックに叫んだ。

 俺とドクンちゃんを残して、ホルンたちと逃げる気満々の体勢だ。

 ホルンもすんなり同調しやがった。

 

 待てや。

 口ぶりからヒュドラが毒を使うのであろうことを察したけど、ホルンがいるなら恐るるに足りないだろ?


「おいおい、いくら超再生能力があろうが俺とホルンが揃えば無敵だろー!?」


「バカもーん!」


 迅速に遠ざかっていくギリムから伝統的な罵声が浴びせられた。

 続いて、信じがたい追加情報も。


「そいつは”不死”じゃ!!」


「……なんだと?」


 そして俺の視界は毒ブレスに塗りつぶされた。

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