13話 ダメージレース
宝箱からアイテムの数々を入手した俺たち。
部屋にいたフュージョンミミックを利用して、ちゃっかり石の剣もゲットした。
次の部屋に待ち構えていたのは粗暴なトロール。
ノロマな脳筋だけど、斬っても斬っても再生しやがる。
どう攻略したものか……。
「ときめきポイズン! オゲェェェェェ!」
毒液がほとばしる。
濡れた部位が爛れていく。
苦痛に呻くトロール。
その様子を見るに効いてはいるようだ。
しかし徐々に爛れは治っていく……。
「んー?」
俺はこん棒の薙ぎ払いをバックステップでよける。
トロールの攻撃は大振りで単調だ、つまり避けやすい。
『剣術Lv1』の効果だろうか。
体の動かし方が上手くなったことで、回避力も鍛えられたようだ。
で、トロールの攻撃に慣れるうちに観察する余裕ができた。
そして気づいたことがある。
剣のダメージと毒液のダメージ。
いずれも回復されてしまうことにかわりないが、トロールの回復速度が異なるのだ。
毒液による爛れのほうが回復速度が明らかに遅い。
人間の場合でも、ひどい火傷は治癒に時間がかかると聞く。
「トロールでも、すべての傷が早く塞がるわけじゃないのか? ドクンちゃん、斬ったところを毒液で狙え!」
「ガッテン承知の助!」
言葉のセンスが古すぎるだろ。
それはさておきトロールの足を斬りつける。
続いてドクンちゃんが毒液を吹きつけた。
「ナイス!」
「グォオオ!」
苦痛にあえぐリアクションはひと際大きい。
傷口に毒を塗ったのだから、そりゃ痛いだろう。
「やっぱり治りが遅いぞ」
けれどダメージレースじゃまだ不利だ。
ドクンちゃんの毒液はあくまで痛がらせることがメイン。
ゴブスケは専らアイテムもち係。前線にだせば一発でバラバラにされるだろう。
つまり有効打を持ちうるのは俺だけ。
ちまちま斬っていては、万が一攻撃を受けた隙に一気に回復されてしまうかもしれない。
ちなみにホブゴブリン戦でドクンちゃんが見せた必殺技だが、
「普通に噛みつぶされるから嫌だ」ということで断られてしまった。
「よし、ガン攻めでいこう。ペース上げるぞ」
「平気なのマスター?」
「俺に考えがある」
簡潔に指示を伝える。
その内容にドクンちゃんも驚きを隠さない。
リスクがあるからな。
「えぇ!? いくら耐性があるからって……」
「大丈夫だ、問題ない」
まず狙うのは片足。
ドクンちゃんが毒液をかけ、俺が斬る。
ゴブスケの毒液はでもトロールの回復を阻害できるだろうが温存する。
もし俺の攻撃に間が空いて回復されそうになったら、また毒液。
俺がとにかく攻撃しまくることで回復する隙を与えない。
しかし執拗に攻めれば被弾する可能性も上がる。
この被弾をフォローするのが作戦のキモだ。
「よっ! ――ぐえ」
やっちまった、こん棒の横凪ぎをかわし損ねた。
HPがごっそり減る。
すぐにHPがじわじわ回復し始める。
『自然回復Lv2』の効果だが、トロールに比べれば回復速度は微々たるものだ。
しかし回復手段は他にもある。
「お返しだ!」
めげずに斬りつける。
すると俺のHPがちょろっと回復する。
ワイトに進化したとき獲得した『生命吸収Lv1』の効果だ。
与えたダメージに応じてHPを回復できるから、攻め続けるのに都合がいい。
軽いダメージなら『自然回復Lv2』と『生命吸収Lv1』でカバーできるのだ。
「いい感じよマスター!」
片足を集中攻撃され、トロールの動きが鈍くなってきた。
こうなればもう片足も狙いやすくなる。
行けるぞ、という慢心が油断を招いた。
危機を悟ったトロールが、素早いジャブを繰り出してきたのだ。
トロールにとっての牽制でもホネボディには恐るべき威力。
初見の攻撃をかわし損ねた俺のHPはごっそり減った。
自然回復と生命吸収じゃあ不安が残るHP残量。
上半身も崩れかけてピンチに陥る。
――が、これも想定済みだ。
「ゴブスケ、カモン!」
声に出す必要はないけど、盛り上がるからあえて出す。
指示をうけたゴブスケは素早くフレイムスパイダーの毒ポーションを投げつけた。
俺に向かって。
ひんやりとした液体を受け、HPが完全回復する。
そしてHPバーが紫に染まり、「Poison」(60)のアラートが表示された。
「フレイムスパイダーのポーション」は回復効果と毒効果が同居している。
よって毒薬としても回復薬としても使いづらい。
そこで俺は運用方法を考えた。
(60)の数字が59……58……とカウントダウンされていく。
同じくしてHPも減っていく。
どうやら60秒に渡って毒状態が続くようだ。
「毒ってこういう感じなのか……ちょっと気分悪いけど全然いける」
トロールのリアクションを見るに、人間なら命に関わりそうな劇毒だ。
しかし『毒耐性Lv5』を持つ俺にとっては、あまり問題じゃない。
「60秒程度ならHP半分は残るな」
それにワイトの体なら頭が残る限り死ぬことはないと思われる。
毒でじわじわ減る分は自然回復Lv2』と『生命吸収Lv1』の効果で相殺する。
つまり「フレイムスパイダーのポーション」の回復効果だけを受けられるのだ。
この回復速度、トロールを上回りますぜ。
ガン攻め体勢を可能にする、2パターンの回復手段。
「名付けて、ガンガンいのちだいじに作戦! オラオラオラァ!!」
「ときめきポイズン!!」
ガン攻めに次ぐガン攻め。
ここで中途半端に守ってしまうとポーションの無駄遣いになってしまうからな。
その甲斐あって両足をボロボロにできた。
辛うじて膝立ちのトロール。
「今です!」
軍師ばりに合図する俺。
「御意!」
ドクンちゃんがトロールの顔面へ毒液を飛ばす。
もろに浴びたトロールは両手で顔を覆って苦しむ。
これにより奴のバランスが更に崩れた。
「追撃いくわよ!」
走りよったドクンちゃんが触手を伸ばし、傷んだ足を突き刺す!
執拗に突き刺す!
「グオオゴオオオオオ!!!!」
二重の痛みにたまらず倒れるトロール。
太いうなじが晒される。
好機だ。
背中をかけ上がり、首筋へ走る俺。
トロールが立っている状態じゃ狙えない部位だ。
うなじへありったけの力で剣を振り下ろす。
もちろん一度じゃ致命傷に至らない。
トロールが俺を振り落とさないよう、ドクンちゃんが適宜トロールへちょっかいを出す。
そして俺は首筋へ集中攻撃。
木をきり倒すように、全力で、ただ全力で叩き込む。
これをひたすら繰り返す。
マウントポジションさえとれれば勝ったも同然だ。
斬撃、毒液、斬撃、毒液、斬撃、毒液…………!
猛攻に次ぐ猛攻を受け、ついにトロールの首は地に落ちた。
断面から血が噴き出し、祝福するように降り注ぐ。
「トロール討ち取ったり!!!!」
「うおあああああああああ!」
血まみれで勝ちどきをあげる俺とドクンちゃん。
静かに拍手するゴブスケ2号。
長かった。
攻撃をかわしやすい分、ゴーレムのほうがまだ楽だったな。
こいつはとにかくタフすぎた。
攻め続けてなきゃいけないっていうプレッシャーも半端ないな。
二度と戦いたくない。
「じゃあこいつスケルトンにしたろ」
「あら素敵なアイデアね」
勝利の報酬は新たな手下だ。
『クリエイトスケルトン』を使えば生物の死体から、スケルトンを手下として作れるのだ。
たしかゴブスケを二体同時に作ろうとしたときは失敗したよな。
<<今のスキルレベルじゃ一体までしか使役できない>>みたいな表示で。
「さよならゴブスケ」
ゴブスケに向かって『クリエイトスケルトン』を解除する。
すると音をたてて崩れ、骨の山と化した。
そしてトロールの死体へ『クリエイトスケルトン』を詠唱。
これで強力スケルトンが手に入るぞフフフ……。
あ、肉がついてるけどいけるかな?
<<失敗:対象が不適切です>>
「ん、なんで?」
死霊術のスキルレベルが足りなかった?
頭を切り離したのがダメだったのかな?
<<対象は生物の死体に限ります>>
「いや生物の死体じゃん」
「ねぇマスター……」
バグった?
首を捻る俺をツンツンつつく者がいる。
見下ろすと、ドクンちゃんは怯えながら一点を指差していた。
なにを今さらビビってるの?
「ねぇマスター、あれ……」
「なによもう……えっ」
俺たちが見たものとは。
――未だに蠢くトロールの生首だった。
血走り憎しみに満ちた眼、大きく開かれた口。
長く伸ばした舌を手のように使い、それは床を張っていた。
殺したはずの生首は明らかに胴を目指して進んでいる。
もし胴にたどり着いたら、どうなるか。
「マスター! こいつ死体じゃないよ!!!」
「ぎゃあああああああ!!!」
こうして俺たちは、トロールの首を完膚なきまでに叩き続けることになったのだ。
まさにトラウマ――やつは俺たちの心に消えない傷を残したのである。