12話 巨乳:〇 ヒロイン:×
「俺、復活!」
元通りになった骨ボディ。
準備運動もかねて石の剣を振り回してみる。
うむ、いい調子だ。
ゴーレムに吹っ飛ばされた体が復活するまで丸2日かかった。
その2日間おとなしく待てなかった俺たちは、次なる部屋でミミックと出会った。
フュージョンミミックという風変わりなモンスターに出会った俺たち。
やつがいた部屋で宝箱を4つ開け、装備はちょっぴり充実した。
ちなみにフュージョンミミックは、アイテムを合成するという風変わりな生態をもっていた。
なので倒さずに生かしておいた俺である。
さて次の部屋はというと……?
レバーを上げると壁の一部も上がっていく。
おなじみの仕掛けだ。
その先には次なるアイテムとモンスターが待っているはずだ。
ある1点において新たな部屋は様子が違う。
レバーの数だ。
今までは、その部屋から進む用と戻る用の2つレバーがあった。
今度の部屋にはレバーが3つある。
進む用2つと戻る用1つだ。
つまり分岐点になる部屋ということ。
「いよいよダンジョンじみてきやがったな」
それはそれとして。
部屋の中央にはモンスターと思しき姿が見える。
フォルムは大体人間だが大きさが規格外だ。
2メートルはゆうにあり、力士に近い骨太な体格をしている。
全身が毛に覆われていてゴリラのようだ。
こちらに背を向けて座り込み、何やら作業している。
「お取込み中ってことなら通してくれ……なさそうだな」
「みたいね」
ゆっくりとこちらを向くモンスター。
肌は土気色で、ひび割れた地面のようにごつごつしている。
首、腕、腹、あらゆる部位が太く大きい。
「あら、マスターお待ちかねの巨乳ヒロインじゃない?」
「やかましいわ臓物マスコットが」
禿頭に大きな鼻、下品なまでに開いた口。
垂れ下がった瞼と奥に光る獰猛な瞳。
肌色を変えてマッシブにしたゴブリン、といった趣だ。
加えて、巨大な手に見合うだけの棍棒を携えている。
もとは木だったんだろうけど色々吸って年季が入っている。
さっきまでそれの手入れをしていたのかな?
「いかにも凶悪パワー系って感じでいいねぇ、硬派だわあ」
「喜んでる場合じゃないでしょマスター! あいつこっち来るよ!」
雄たけびをあげ、モンスターはのしのしと寄ってくる。
その顔は心なしか嬉しそうだ。
冷静に鑑定する。
<<Lv33 種族:妖精 種別:トロール>>
トロールだったか。
ああいう、人間を限界まで醜悪にしたようなモンスターて多いから判別できなかったよ。
キュートなモチーフとしてのトロールは有名だ。
谷に住んでる白いカバみたいなやつとか。
バス停で雨傘さしてるやつとか。
でもゲームとかじゃ一転して粗暴で凶悪だ。
腕力に加えて異常な再生能力を持つことが多い。
あと頭が悪い。
「ドクンちゃん、彼は俺たちを歓迎してるみたいだよ。お友達になれるかも」
「あれは”オデ、ゴチソウ、ミツケタ”の顔でしょ!」
そうかなぁ、純朴な笑顔に見えるけど。
……あ、いま舌なめずりした。
そしてよく見るとトロールはドクンチャンをロックオンしている。
俺たち3人のなかで唯一の肉だからか、納得。
確かにご飯見つけた顔してるわ。
しかし、そろそろ友好的なモンスターと会いたいなぁ……モン娘とかさぁ。
ラミアとかハーピィとかスキュラとかいるじゃん?
そういうの頂戴よ。
「はい隊列かえてー」
「ねぇ何でやる気ないの、アタシ狙われてるのよ!?」
打ち合わせ通り隊列変更の指示を出す。
俺、ドクンちゃん、ゴブスケは散開する。
トロールを囲み、3方向から攻撃を加えるためだ。
「やだーこっち来るー!」
案の定トロールはドクンちゃん一直線だ。
でかい背中が隙だらけだぜ。
「”シャドースピア”」
挨拶代わりに打ち込んでみる。
闇色の槍はトロールの無防備な背中を突き刺した。
鞭打つような音がして巨体が大きく揺れる。
「グ」
呻いて俺をにらむトロール。
おっ? こっちに来るか?
……と思いきや、
「なんでアタシのほうに来るのよー!」
再びドクンちゃんを追い始めた。
どうやらシャドースピアじゃ効きが薄いらしい。
よろしいならば絡め手だ。
「ゴブスケ、やれ!」
持たせていた小瓶を投擲するゴブスケ。
中身は手に入れたばかりの『フレイムスパイダーのポーション』だ。
使うと回復効果を得られるが、毒にもなるという困ったアイテムである。
扱いに困ったのだろう、大量に収納されていた。
命中した小瓶が小気味のいい音を立てて割れる。
トロールの背中から白煙が上がった。
肉の焦げるような異臭が鼻をつく。
「グ、グオオオオオオ!」
悲鳴からして効果は覿面だ。
溶けたような傷から見て、あれはかなりの毒だぞ。
ゲームで言えば「街の教会まで歩いて解毒薬を浮かせよう」なんて悠長なプレイは許されない。
即解毒しないと死ぬレベルの毒だ。
少なくとも人間なら。
シャドースピアのときと打って変わって、トロールの顔は憎しみに満ちていた。
ドクンちゃんからこちらに向き直っている。
「へいへいへい、愛剣の錆にしてやるぜ」
獲得したばかりの『剣術Lv1』を使うときが来たようだ。
他にも新スキルが目白押しだぜ!
石の剣を抜き放った俺は、颯爽と躍り出た。
そして流麗、とはいえない動きで斬りつける。
よしよし、でかいだけあって当てやすいぞ。
「当たりはする……けどっ!」
こん棒をかわし、華麗に腕を斬りつける俺。
獲得したばかりの『剣術Lv1』は思った以上に仕事をしている。
なんていうか、中学の剣道部のやつらくらいには体が動くのだ。
――が、
「また回復されちゃってるよ!」
「キリがねぇ」
トロールに与えた切り傷は10秒くらいで塞がってしまう。
血も流れているし痛がっているのでダメージは入っているのだろう。
けれど異常な回復能力ですぐに帳消しにされてしまうのだ。
俺が持っている『自然回復Lv2』を大幅に上回る回復速度だ。
これじゃいつまで経っても倒せないぞ!?
***
王都を一台の馬車が発つ。
乗り込むのは人目を忍ぶように外套を着こんだ青年だ。
「まさかゴーレムまで負けるなんて」
しかも特別製だぞ、と唇を噛む。
透き通る声の持ち主は勇者だ。
都において彼を知らぬ者はいない。
しかし今、彼は誰にも知られぬよう都を後にしていた。
「この辺りにはもう、使えそうなモンスターがいない。探さなくては……何としても」
忌々しげな視線の先には、アイテムボックスの収納リストがある。
その中には転生者の名前があった。
<<Lv19 フジミ=タツアキ 種族:アンデッド 種別:ワイト>>
Lv41ものストーンゴーレム――事実上のシルバーゴーレムを破ったワイト。
平凡な雑魚モンスターが遺跡の守護者をくだすなど、大番狂わせにもほどがある。
人間の知性を得たワイトが、こうも厄介になるとは誰が知っていただろう。
アイテムボックスの所有者が勇者である以上、フジミ=タツアキを永遠に取り出さなければいい。
そうすれば奴の存在が明るみに出ることはない。
しかし「勇者であることを求められる」勇者にとって、
アイテムボックスに残り続ける不吉な名前は呪縛でしかない。
なんとしても消さなくてはならない。
自分が勇者であるために。
……
魔王を倒し生ける伝説となった青年。
彼は魔王討伐後もモンスター駆除に尽力し、ついには人知れず王都を飛び出した。
後日そのことが明らかになると、人々は惜しむ一方で絶賛した。
謙虚で実直な姿勢こそ、真の勇者なのだと。
***