128話 魔獣、聖獣、術中
重傷のマンティコアと昏倒中の聖女、そしてか弱いフレッシュミミックという、あまりに心もとない布陣。
パーティリーダーが消えた今、古城エリアをめぐる形勢は決したかのように思われた。
しかし危機一髪、煙の中から伸びる聖魔法がゲイズを阻んだ。
「待たせたな! っと危ない。煙から出るのはマズいのだったな」
煙の中から凛とした声が響く。
姿を現さないのはゲイズの視線対策であろう。
忌々しそうにゲイズが唸る。
「なぜアンデッドに聖獣が従ウ?」
「従えているのは我だ、履き違えるな」
マン爺と聖女の後方、かつて玉座の扉があった壁は”デーモンサイン”よって切り取られた。
そこから熱い煙が吹き込んでいる。
そして今、ホルンが駆けつけた。
「フジミはどうした?」
「やられちゃった!」
ドクンちゃんの悲痛な返答に、ホルンは一拍置いて告げた。
その声に悲しみは感じられない。
むしろ喜びすら滲んでいるようにも聞こえる。
「ならば存分に撃ち込めるな。女神に仇なす者よ……散滅せよ!」
「女神の使イ走りが舐めた口をキく!」
閃光が走り、漆黒の矢が迎え撃つ。
光と闇がぶつかり合う度、あちこちで小爆発が辺りを揺らす。
すさまじい魔法の応酬の中、マン爺は聖女を”テレキネシス”によってゲイズの後方――ドクンちゃんの方へ放り飛ばした。
そして邪視への耐性を高める防護を自らにかけ、ホルンに助太刀する。
魔族同士のゲイズとマンティコアが敵対し、ユニコーンがマンティコアと手を組むなど前代未聞の様相である。
「”エンシャント・ホーリーレイン”!」
「”マインドリーク”」
ユニコーンの角が火煙の中で瞬き、光柱がゲイズへ降り注ぐ。
同時、マン爺の呪文がゲイズに干渉するが、こちらの効果は目に見えない。
”マインドリーク|《精神漏出》”――はリビングアーマーへ非常に有効だった呪文だ。
精神魔法の中でも上位クラスの呪文で殺傷能力は一切もたない。
その効力は対象の精神を奪うというシンプルなもの。
あらゆる生物は精神力が枯渇するほど前後不覚に陥り、最終的に昏倒する。
また魔力を動力源とする魔法生物へ用いれば活動を停止させるため、事実上の攻撃呪文となる。
「グゥ……”対抗呪文”、”対抗呪文”」
降りかかる聖魔法を打ち消すゲイズ。
神の力――聖魔法はアンデッドおよび魔族最大の弱点だ。
魔法に秀でるゲイズは当然、聖魔法への防御手段を持っている。
矢継ぎ早に繰り出される聖魔法も完璧にいなしていた。
故に手が回らない。
聖獣が放つ高威力の聖魔法は漏れなく、慎重に、打ち消さねばならない。
機動性を犠牲にして殲滅力を得たゲイズの種族的特性が、回避という選択肢を奪っていた。
「”マインドリーク”」
黒い血を吐きながらマンティコアが唱える。
重症を負いながらなぜ戦えるか、同じく魔術を究めるゲイズは理解していた。
魔力変換スキルの一種、己が寿命を魔力へ換えているのだろうと。
たしかに死ぬことが確定した状況であれば、将来的な寿命を縮めるデメリットは無視できよう。
まさに決死の攻撃というわけだ。
”マインドリーク”は着実にゲイズの精神力を削っている。
焦りを覚えたゲイズが”マインドリーク”への防御呪文を唱える。
「”マジックシールド”……!」
あらゆる魔法の威力を減衰させる結界がゲイズを覆う。
これで”マインドリーク”は無力化されるだろう。
しかし――
「”テレキネシス”」
「グォォ!」
人間一人分ほどもある瓦礫が宙を舞い、ゲイズを叩き潰さんとする。
とっさに庇った触腕の一つが折れ、機能を失った。
「”分解”を失った今、邪眼では物理攻撃を防げん。さらなる防護魔法を唱えるか?」
マン爺の血まみれの唇が吊り上がる。
”テレキネシス”は物体を操る魔法だ。
これによって飛ばされた瓦礫は、もはや魔法を帯びていない。
つまり単なる投擲物に対しては、魔法への対抗手段である”マジックシールド”や”解呪”は無意味である。
聖魔法を必ず防がせたうえで、別系統の魔法で攻め立てる二段構え。
膠着状態を続ければ、まずは手負いのマンティコアが力尽きるだろう。
次に膝を折るのはゲイズかユニコーンか。
「ムダな時間稼ギを……っ!」
ドラウグルに手を焼かされ、”デーモンサイン”を放ったこともありゲイズもそれなりに消耗していた。
しかし上級魔族として、ユニコーンごときに後れをとるとは思っていない。
この応酬を続けたところで負けることはあるまい。
いつものゲイズならそう思っていただろう。
しかし――何かが引っかかる。
ドラウグルを消し去ってから、いや相対したときから、不快な仮定がゲイズの頭の隅にあった。
嫌に知恵が働くドラウグル。
無謀な交渉を経て戦いを挑み、ついに”分解”の触腕を破壊し、終いには塵となった。
しかし消えてなお、残されたマンティコアとユニコーンが奇怪な連携を見せている。
聖獣と魔獣が協調するなどありえぬことだ。
上級魔族たる自分が、アンデッドに傷を負わされることもありえぬことだ。
ありえぬことが起こりすぎている。
じわじわ減り行く精神力がゲイズの心をかき乱す。
……これもドラウグルの手の内なのではないか。
「”イービルバースト”!」
「”ホーリーアロー”!」
生半可な闇魔法はユニコーンに撃ち落される。
次の一手のための思考リソースを、ゲイズは初めて別の懸念に割いた。
フジミ=タカユキとかいうネームド・ドラウグル。
大敵ドラゴンの末裔を排除すべく、ゲイズはリザードマンの群れへ部隊を派遣した。
あのドラウグルがそれを阻んだ。
ドラゴンこそこの場にいないが、ドラウグルは助力を得ているに違いない。
対邪眼の一族アイテム『愚者の瞳』についてもドラウグルは知っていた。
グレーターミノタウロス相手に撤退したと言っていたが、実は手中に収めているのではないか。
上級魔族相手に喧嘩を売る者が、グレーターミノタウロスに物怖じするだろうか。
だとすれば今、『愚者の瞳』はどこにある?
「ホルンちゃんガンバレー!」
物陰から檄を飛ばす心臓型のモンスター。
元はレイスだが、今はドラウグルの使い魔だったはず。
なぜ契約者が死亡したのに活動している?
特殊な従魔契約か、あるいは――
「”ホーリーレイン”!」
「”対抗呪文”! ……ッ!?」
煙から撃ち出される聖魔法をゲイズはとっさに迎撃する。
その拍子に、次の疑問が湧く。
ユニコーンを覆い隠す、とめどない黒い煙。
崩れた瓦礫による砂煙ではない。
明らかに部屋外部から流れ込んできている。
何らかの意図をもって流し込まれ続けている。
この煙の源は、何だ?
あのドラウグルは、何だ?
考えるほどに不快な”何故”が己を囲んでいることに、ゲイズは気が付いた。
そしてその”何故”が、すなわち罠であることにも。
「我が謀られたダと? 断じて認めぬ! ”イービルフレア”!」
不安を振り払うかのように、ゲイズは魔法を連射する。
代償として瓦礫がまたひとつ、触腕を奪った。
幾重にも広がる黒い炎が、ユニコーンの方向を薙ぎ払う。
すると煙の向こうから悲鳴が上がり、何かが倒れる音がした。
ユニコーンを仕留めたなどと、ゲイズは楽観視していない。
むしろ嫌な予感が増していた。
「ァ……アァグ」
煙の中から突如として何者かが姿を現した。
それは聖獣でもアンデッドでもない。
そして一匹でもない。
「アァァウアアアアァァ……」
「ゲァ」
「……ギ、ギ」
ゴブリン、グレムリン、オーク、ヒュージラット、オーガ、スコーピアン、ワイバーン。
多数多様なモンスターたちだ。
それらが煙の中から、我さきへとゲイズへなだれ込んでくる。
「こいつらガ何故ここに!?」
いずれもゲイズが服従させたモンスターだ。
玉座に立ち入ることは許していない。
ならば主人に助力すべく駆けつけたか……否。
では謀反か、それも否。
止まない黒煙と、配下の暴走。
すべてはドラウグルの手の内。
ゲイズが鑑定スキルを使用したとき、すでに罠は完成していた。
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ゲイズ自ら封印したはずの極小の極悪モンスター。
なだれ込んできたモンスターのことごとくが、ファンガスに寄生されていたのだ。
寄生されたモンスターはゲイズではなくファンガスに支配される。
本能的に種子をまき散らし、本能的に熱から逃れるだけの繁殖装置と化す。
”デーモンサイン”より早く、古城にはファンガスが放たれ火がかけられていた。
ファンガスは迅速に支配域を広げ、犠牲者は火によってゲイズの元まで追い立てられたのだ。
人間とユニコーンが遅れて現れたのも、ファンガスたちを誘導していたためである。
「クソがあああああああ!」
体中の目玉が破裂しそうな怒りがこみ上げる。
押し寄せる肉の壁を焼き殺しながらゲイズは吠え叫んだ。




