127話 主なき合流
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次元から次元へ渡り、資源を食い尽くしては次の次元へ渡る者――魔族。
彼らは王、または親などと呼ばれる最上位個体を筆頭に役割を遂行する、昆虫のような社会構造を持っていた。
個とは全を等分した写し身にすぎず、全とは個の集合体にすぎない。
故に意思、個性、名前などは要らなかった。
この世界に侵攻するまでは。
「我が、こンなトころで!」
禍々しい一条の光線、ゲイズの奥義が古城を薙ぎ払う。
威厳を称えた石壁が、棟が、土くれのように掻き崩されていく。
地上に降り注いだ瓦礫が不運なモンスターたちを押しつぶす。
19もの魔法、邪眼の効力が織り込まれた奥義は、かつて無数の神々を下僕ごと消し去った。
その恐るべき威力こそゲイズの一族の誇りであり、また魔族にとって進撃の合図であった。
古き時代、広範囲殲滅型魔族の一系統が自らを”邪眼の一族”として確立した。
際立った攻撃性によって個性を得た彼らにとって、力とは即ち存在意義である。
『最も多くを殺す者』として、ゲイズは魔王に尽くし、先住種族を皆殺しにしてきた。
しかし最後は勇者に敗れ、アイテムボックスに封じられた。
そして今に至るまで、一族を率いる身でありながら、斃されることもなくただ飼い殺しにされている。
まるで収集物。
ゲイズにとって屈辱という言葉では生ぬるい拷問だ。
「ゴミカス風情がァァァ!!」
そしてついに決壊する。
アイテムボックスの中で目覚めてから、幾度となく湧き上がっては抑えてきた怒りが。
格下相手の一撃により落とされた触腕が痛む。
屈辱が全身を痙攣させる。
アンデッドなどという使役されるだけの人形が、主人を裏切り神に与したせいで魔族は敗戦に追い込まれた。
まだ痛む。
蹴り上げられた主眼が醜く歪んたままだ。
下劣な人間にはめられた次は、愚蒙なアンデッドが計画の邪魔をする。
努めて冷静に配下を増やし、周囲を把握した。
有意義なアイテムを収集し、脱出後に備えた。
同時に、脅威になるアイテムの大部分を排除した。
奇妙なレイスを収集し、解析も進んでいる。
着々と出口に近づいている。
「消え去レェェェェェ!!!」
なのに、だ。
いつのときも能のない馬鹿が大いなる使命を台無しにする。
矜持を背負う者の足を引っ張る。
くだらない茶番に付き合うのも限界だ。
レイスさえ残せば脱出に足りる。
一帯を整地してから仕切り直せばよい。
ドラウグルの仲間を消し去ってから考えようではないか。
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……
…………
………………
”デーモンサイン”がようやく過ぎ去った。
巨大な眼球へ破壊の光が収束し、やがてぷっつりと途絶えた。
跡に残るは爪痕のみ。
静謐さをたたえた玉座は瓦礫にまみれ、天井が切り取られて空に代わっていた。
「ゴホッ、ケホ」
ドクンちゃんの咳が小さく響く。
もうもうと煙が舞う中ドラウグルの姿はない。
”デーモンサイン”にサインに飲まれ、塵となった最期の姿をドクンちゃんは思い出していた。
残された使い魔はしかし、悲しみに暮れる前に状況を把握する。
”デーモンサイン”を放ち終えたゲイズを中心として、背後にドクンちゃんがいる。
正面にはマン爺――マンティコアがいたはずだ。
ドラウグルに巻き込まれる形で”デーモンサイン”の直撃を受けていたが、果たして生き延びているだろうか。
「……ヴ」
唸り声が一つ、ちょうどその辺りから漏れた。
わずかに晴れてきた煙の中にはマンティコアが辛うじて立っていた。
獅子の体は大部分が焼けこげ、ひどい箇所では肉が溶かされ骨が露出している。
翼に至ってはほとんど原型ととどめておらず、根本近くまで消失してしまっていた。
そして老人の頭部は半分が焼けただれ、片目は完全に白濁として機能を失っているようである。
残る片目だけは懸命にゲイズを捉えている。
高度な呪文を紡いでいた口も、今では荒い息を吐くので精一杯。
生きているのがやっと、とでもいう有様だ。
「我が奥義を受け、生きテいるだけでも称賛に値スる」
高度な”生命探知”と”魔力探知”スキルにより、マンティコアが再起不能であるとゲイズは評価する。
しかしいくら魔術に長けるマンティコアといえ、”デーモンサイン”の直撃に耐えうるとは想定外だったようだ。
その答えは傷ついたマンティコアのすぐ背後にあった。
「今度は、わ、私が守る番ですわヨェム様」
膝立ちで防護魔法の構えをとった聖女がいた。
”デーモンサイン”が放たれる直前に合流し、咄嗟に自らとマンティコアを守ったのである。
もっとも、守ったというには一足遅く、マンティコアは致命傷を負ってしまっている。
それでも死の運命からわずかでも遠ざけたのは違いない。
「遅いわよ聖女! マスター死んじゃったじゃない!」
「えっ!? じゃあこれからどう――あ」
狼狽する聖女の体が硬直した。
ゲイズの何らかの視線にあてられたのだ。
聖女は聖属性の護りにより”即死”にこそ抵抗したものの、”麻痺”・”睡眠”・”魅了”・”暗闇”を叩き込まれ、すぐさま昏倒した。
頭から倒れこむ聖女の体を、焼けただれた尻尾が支え、そっと横たわらせる。
「いつのまにか成長しておったんじゃな……強く、なったのぅ」
獣性に取り込まれたマン爺が理性を取り戻したようだ。
しかし魔獣の肉体は限界を超えている。
ドクンちゃんを戦力に数えたとて、戦うも逃げるも絶望的に変わりない。
そしてゲイズの怒りも未だ収まっていない。
ゲイズの頭上、詠唱とともに現れるのは、人間一人が手を広げたほどの大きさもある黒い球体。
漂う煙が吸い込まれる様は、まるで冥界への入口を思わせた。
ドクンちゃんはその魔法を見たことがある。
リザードマン村包囲戦でゼノンが見せた強力無比な破壊魔法。
リゼルヴァがドラゴンにならなければ全滅していた呪文だ。
しかも今度の黒球の数は三つ。
「一つですらヤバかったのに、どうしよ!? ねぇマスターどうしよう!?」
使い魔の叫びに答えは返らない。
代わりに、詠唱を終えたゲイズが宣告を下した。
「潰レろ、”イービルバースト”」
三つの死がマン爺と聖女めがけて放たれる。
本来なら回避行動もとれたであろうが、今の二人には叶わない。
ドクンちゃんがゲイズへ背後から魔法を飛ばすが、まるで効き目がない。
「滅魔!」
マン爺がなけなしの気力を振り絞り、呪文を唱える。
対象呪文の効力を削ぐ魔法だが、この状況下でどれだけの効果が見込めるものか。
魔獣と人間の抹殺を確信したゲイズが次の思考に移ろうとしたそのとき。
マン爺の背後、いまだ吹き込む煙の中から蹄の音が鳴り響いた。
「”ホーリーレイ”」
「ナに!?」
雨雲を割るがごとく飛んできた数十もの光の矢が、次々と黒球へ吸い込まれていく。
なおも前進する黒球であったが、激しく明滅しながら進路を変え、いずれも壁床へ逸れ爆発した。
二人を救った聖魔法の使い手こそ――
「その声はホルンちゃん!」
「待たせたな! っと危ない。煙から出るのはマズいのだったな」
高らかな嘶き。
煙の中から颯爽と登場こそしないものの、聖獣ユニコーンのホルンである。