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123話 九つの眼の主

緊張した経験というのは誰しもがあるだろう。

 発表会、クラス対抗リレー、受験、面接、プレゼン、やらかし……そしてボス戦。


 ゲームではなく、実際に命をかけた強敵との殺し合い。

 生死がかかるとなれば、今まで味わった緊張感とはレベルが違う。


『失敗したくない怖い逃げ出したい帰って寝たい』


 ネガティブな考えでいっぱいになる。

 でも、ぐちゃぐちゃな嘆きの中にあって、か細く燃える灯火がいつも背中を押してきた。


『畜生どうにでもなれ、やってやる!』


 もはや自暴自棄や破滅願望に似た炎で、不安を燃やしてどうにか突っ走ってきた。

 それは転生した今でも変わらない。


 時は来た。

 俺は玉座の扉を前にして、深く息を吸い、ゆっくり吐きだす……っぽい動きをする。

 呼吸なぞアンデッドにとって不要な行為だけど、不思議と落ち着くものだ。

 俺にならったドクンちゃんも同じく呼吸を整えていた。


 古城エリアの主、目玉の魔族ゲイズ。

 リザードマンたちが住む森林エリアで、奴の配下――魔族化されたモンスターと戦ってきた。

 瀕死に陥った魔族化モンスターは、体内から目玉のような寄生体を露わにしてパワーアップする習性をもっていた。

 タフさもさることながら、真の脅威は目玉部分がもつ”魔法の打ち消し”だ。

 当然、目玉部分の持ち主であるゲイズも同じ力を備えているだろう。

 しかも複数の目玉をもつゲイズは目玉の数だけ異能を持つという。

 幸い、博識なマンティコアが大部分の生態を教えてくれた。

 さらにドクンちゃん(が奪ったモンスターども)の記憶で肉付けして、どうにか策を練り上げた。


「目玉の魔族がどれだけ恐ろしい相手か。知らないから軽々しく挑めるのでしょうね」


 突入前、聖女は露骨に尻込みしていた。

 逃げたい気持ちは痛いほど分かる。

 しかし死線を潜り続けなければ、この異常な旅を終えることはできない。

 進み続けること――俺が戦いの中で学んだ一つの結論だった。


「かもな。とはいえ、ヤるしかないならヤるしかないっしょ。さっさと持ち場へ行かんかい、シッシッ」


 聖女を手で追っ払った。

 今回の作戦は俺とドクンちゃんが矢面に立ち、彼女らはゲイズの視線には晒されない予定だ。

 体を張るリーダーシップに感謝してほしいものである。


「……フン」


 ホルンが不機嫌そうに鼻を鳴らして聖女に続いた。

 がんばれよとか言わんかい。

 生死を賭した作戦の前に言葉もかけないとは……


「ホルンらしいよな」


「なに言ってんの? 拗ねてるのよ」


「えぇっ、どゆこと?」


 ドクンちゃんにため息をつかれてしまった。

 たしかにアイツの聖魔法は頼りになる……故に真っ先に排除される可能性が高い。

 だから最前線から外したんだけど気に喰わなかったのかしら。


 ……まあ、いいや面倒くせぇ。

 いよいよ勝負に出るとき。

 突入するのは俺、ドクンちゃん、スケルトンオーガ2体の4人のみ。

 マン爺は室外からの支援。

 ホルン、聖女、フーちゃんは別働隊。


 ……かつてない強敵にも関わらず、なぜ全員で挑まないのか。

 その理由はすぐに分かるだろう。


 俺の肩に乗るドクンちゃんから震えが伝わってくる。

 あらゆる話を統合して検討したところ、どう考えてもドラウグルが敵う相手じゃない。

 犬死と言われてもおかしくない。


(それだけの実力差があるからこそ、勝機がある) 


 こちとら格上とは戦い慣れてんだよ!

 ひと息に両開きの扉を開け放つ。

 寒々しい玉座に佇む、ひと際濃い影。

 漆黒の球体と目が合っ――


<<dispel>>

<<disintegration>>


 『統率者』スキルが配下の異常を知らせる。

 両脇に控えるスケルトンオークのうち一体が糸が切れたように崩れ、散らばった。

 もう一体はひび割れたような音を立て、一拍遅れて砂となった。


 ”解呪”と”分解”の魔法だろう。

 ”解呪”により”クリエイトスケルトン”と解かれたスケルトンはただの骨に戻され、”分解”によりあらゆる物質は砂と化す。


(こえぇぇぇぇぇ! これこそ、もはやチートだろ!)


 さすがにモンスター格差ありすぎだろ。

 もっと恐ろしいのは、これら強力な魔法は”見る”だけで発動するということ。

 限られたモンスターのみがもつ『邪視』と呼ばれるスキル。

 そして強力無比なスキルを持ちながら、高度な魔法も操るという。


 火薬庫または戦車とでも言おうか。

 ゲイズ一族は魔族の中でも攻撃性が一つ抜けている、というマン爺の評を思い出す。

 そんな内心をおくびにも出さないよう努めつつ、俺は片手とともに名乗りを上げた。


「俺の名前はフジミ=タツアキ。見ての通り、しがないアンデッドさ」


 アンデッドがアンデッドを自称するという軽妙なギャグは……残念ながらスベったようだ。

 もとより笑いがとれる相手と思っちゃいないさ。


「……」


 無言で俺を見つめるゲイズ。

 明らかに目線を浴びているが、邪視により攻撃されてはいない。

 邪視のON・OFFは制御可能らしい。

 さすがに目につくもの全てを片っ端からぶち壊すようじゃ本人も困るわな。


(いつ消されるかは完全に相手次第。目に入った時点で命を握られるとは)


 ”分解”の視線を受ければ、たちまち消されてしまう。

 銃口を突きつけられているに等しい状況で、覚悟を決めて歩を進める。

 ドクンちゃんも俺の体内に隠れることなく、堂々と相手をにらみつけていた。


(マスターしっかり!)


(おう)


 前世合わせても、今ほど励ましが沁みる場面はない。

 あらかじめ用意していた言葉を噛まないよう慎重に、しかし臆していないかのように投げつけていく。


「まあ、お互いの身の上話はどうでもいいとして。せっかく話ができる者同士、ここから脱出するために有意義な情報交換がしたい」


 部屋の広さは縦横50メートルほどか。

 奥が段差により数段底上げされ、こちらを見下ろすように玉座が設けられている。

 こてこてのRPGで14歳を迎えた主人公が呼び出される、あの玉座の間に似ていた。

 さらに言えば転生直後に勇者と魔王が戦っていたのもこんな感じの部屋だったかもしれない。


「……」


 敵は応えない。

 玉座の前に浮く丸い大玉こそ、ゲイズ。

 その風貌は前世のゲームで見た通りユニークかつ威圧的。

 大の大人が手を広げたくらいの黒い球体に、巨大な一つ目と口が備わっている。

 そこから8本の触手が放射状に伸びていた。

 各々の触手は大蛇のような太さと動きをしつつ、先端部分にはこれまた一つの目玉。

 つまり一つの巨大な目玉から、触手を介して八つの小さな目玉が生えていた。

 脚に相当する器官はない。

 代わりに、どういうわけだか床すれすれに浮遊しているようだ。


(じっくり観察したいところだけど……)


 鑑定スキルは自重している。

 もし鑑定されたことをトリガーにした攻撃魔法が仕込まれていたら危険だからだ。

 と、ゲイズの操る目玉のうち七つが瞬きした。


<<blind>>


<<paralysis>>

――<<resist>>


<<charm>>

――<<resist>>


<<curse>>

――<<resist>>


<<sleep>>

――<<resist>>


<<fear>>

――<<resist>>


<<curse>>

――<<resist>>


「……!」


 おびただしい量の警告表示に肝が冷える。

 が、生きている事実に安堵する。


(セーフ!)


 一撃必殺の”分解”を撃たれずに済んだ!

 スケルトンに撃った直後だから、”分解”を連続して使えなかっただけという可能性もある。

 しかし俺を排除したいのならば邪視に頼らず、普通に魔法で攻撃すればいい。

 致命傷にならない邪視だけを使ってきたということは、俺を殺す意思はないということだ……今のところは。


 最初の関門は突破した。

 言うまでもないけど、俺が分解されたら全てがご破算になってしまうからな。

 

(主眼が解呪、副眼が分解、即死、麻痺、魅了、眠り、石化、恐怖、暗闇か)


 マン爺の話と先ほどの表示を照合する。

 ゲイズ一族は個体によって操る邪視の数、すなわち目玉の数が変わる。

 当然、目玉が多いほど強い個体といえる。

 主眼は解呪を司り、複眼が増えるたびに一つの力が加わっていくという。

 無効化された二つの""curse""は即死と石化だろう。


 二回攻撃されて分かったことだが、邪視の発動には瞬きを要する可能性が高い。

 主眼が”解呪”を担い、八つの副眼のうち一つが”分解”を担う。

 そして今、瞬きした七つの副眼に”分解”は含まれていなかった。

 ということで必然的に”分解”用の副眼を割り出すことができたわけだ。

 うれしい誤算にちょっと余裕が生まれた


(あの目を潰せば大きく勝利に近づける、がどうしたもんか)


 できれば”即死”の目も片づけたいところ。

 複数の状態異常を連射したゲイズは、しかしほとんど抵抗した俺に驚いていた。

 その微妙な表情の変化を俺は見逃さない。


「驚いたか? 伊達に生き残ってないんでね」


 なんともない風に言ってのける俺だが、緊張で今にも声が上ずりそうだ。

 さすがにアンデッドというだけあって状態異常のほとんどは無効化できる。

 死者ゆえに死なず、眠らず、呪われず、精神を持たず、毒に侵されない。

 冷静に考えれば分かりそうなもんだけど、そもそもアンデッドが魔族に戦いを挑むことがイレギュラーなのだ。


 かつてのアンデッドの長だか王だかのレイスがドラゴンに寝返って、そのせいで魔族は衰弱したという。

 そのおかげでアンデッドたちはこの世界に居場所を一応は見つけられているそうだ。

 でも今でも魔族はアンデッドを創造して使役するし、野良アンデッドとしても魔族にケンカを売りに行く理由がない。

 つまりゲイズに攻撃されているアンデッド=俺は非常に珍しい変わり者ってことになる。

 ……スコーピアン弟にもそんなこと言われたな、そういえば。


「さあ、俺は逃げも隠れもしないぜ」


 両手を広げて無防備をアピールする。

 ゲイズの目に俺はどう映るだろう?

 

 狂った自信家か、あるいは白痴か。

 どちらでもいい。

 真面目な正攻法では勝ち目がない。


(絶対に越えてみせるさ……!)


 ここで負けたら、ゲイズを封じた勇者に負けた気持ちになる。

 それだけは気に喰わん。


 少しばかりの怒りの感情でもって、俺は自身を奮い立たせた。

 ここからが前哨戦だ。

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