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121話 焼肉と謀略と

 アンデッドの水浴びという誰も得しないと思われたイベントを通して、俺はドクンちゃんの胸の内を知ることができた。

 ドクンちゃんにはまだ隠された何かがあるのだろうが、本人にも知りえない以上どうしようもない。

 いよいよ挑むのはボス戦。

 古城の主、無数の目玉をもつ強敵ゲイズだ。


 ……その前に。


 アンデッドの貴重な水浴びシーンを覗きに来たオーガどもを返り討ちにし、俺たちは焼肉に舌鼓を打っていた。

 オーガは初見じゃないし、おまけに格段に強くなった俺にとっては赤子の手をプニるが如く相手だった。

 しかし食の喜びは何度目でああろうと色褪せないもの。


「生前のように荒々しい弾力と、力強いスジのワイルドな食感だぜ!」


(オトコ)の肉ってかんじー」


 俺とドクンちゃんの顎はプレス機のような圧でもってオーガ肉を咀嚼していく。

 己が筋肉のみを武器であり防具とする人型のモンスター、オーガ。

 名前が似ているオークと違って、肉質は真逆といっていいほどに硬い。

 ヤワな人間じゃ顎か歯のどちらかがイカれるに違いない。


「喜々として同族を喰らうなんて、まさにモンスター……下劣極まりないですわね」


「その通りだ」


 一歩引いた聖女が茶をすすっている。

 オーガが携えていた薬草を雑に煮出したものだが、それこそ苦いだけの草汁だろうが。

 それでも味があるだけマシらしい。

 ホルンは薬草を生で食っている。


「は? オーガは同族(アンデッド)じゃないですけど? 無知なくせに安直に攻撃するの恥ずかしくないんですか?」


「そうやって”モンスター”って枠組みでアタシたちの個性を圧殺する気なんだわ人間は!」


 反論にして正論を受けた聖女とホルンが面倒くさそうに顔を合わせた。

 ケッ、草食同盟が。

 フーちゃんだけが寡黙に骨をかじっていた。

 

 俺とドクンちゃんがオーガを解体・調理している間に聖女とホルンも水浴びを済ませていた。

 その間、特筆すべきハプニングは起きていない。

 ドラウグルとして全力を解き放てば覗きイベントの一つや二つ楽勝なのだが、

 聖女に対してはどうにも”俺のセンサー”が反応しないのである。

 

(だってこの女、勇者のこと好きなんだよなあ……無いわぁ)


 今でも好きかどうかは知らんけども、勇者(アレ)に惚れたという事実にひくというか……。

 つくづく顔が良いってのは得だよな。


 そういえば”浄化”の魔法を見せてもらったんだった。

 俺が汚した水が透明になっていくさまに心底びっくりしたもんだ。

 汚染された水を浄化できるって……聖女を巡って戦争が起きてもおかしくないレベルのトンデモ魔法だった思うんだけど、

聖魔法のなかでは簡単な呪文と聞いて二度びっくり。


 聖女ならできて当然、とドヤっていた聖女だが息切れしていたのを見逃してないぞ。

 めきめき成長した体術と違って、魔法の伸びしろは本当に絶望的らしい。


「で、ドクン先生から有益な情報は聞けましたの」


「いつから先生になったのドクンちゃん」


 聖女が探りを入れてくる。

 別れている間にずいぶん懐かれたらしいドクンちゃん。

 不安を吐露した拍子に大泣きしていたし、聖女は聖女でドクンちゃんのことを心配しているんだろう。


「あまり乙女の心に踏み入るものではないぞ」


「そうだぞアバズレ」


 たしなめるホルンに便乗する俺。

 角の生えた馬のくせに、こういうときは紳士である。


「遅ぇ」


 俺の獣性が危険を察知する。


「――モガッ!? モグモグ」

 

 怒声より先に殴りかかってきたヒステリック聖女。

 拳を払い、カウンターでオーガ肉を口いっぱいに突っ込んだら沈黙した。

 ていうか喰い始めてるし。


「心配ありがとう二人とも。でも、もう大丈夫よ」


 胸を張るドクンちゃん。

 不安の原因は全く解明されていないものの、俺に打ち明けたことで吹っ切れたようだ。

 これで気持ちよく作戦会議が始められるというもの。


「じゃあ――」


「みなまで言わなくていいわ、見てて」 


 地図書いて、と言おうとして遮られた。

 ドクンちゃんは食べ散らかした骨と肉片を手早く組み合わせ、奇妙なオブジェを作り上げる。

 重なり合う肉、骨、たまに毛。

 赤黒いピラミッドのような。

 

 これって……。


「ウンk――」


「そう、古城のミニチュアよ」


「うん! だと思った! それでそれで?」


 冷たい目で俺を見る3人を気にせず、続きを促す俺。

 そうだよね、地図より立体的で分かりやすくてイイと思う!


「あたしたちが今いるのがここら辺で、ゲイズがこの辺で――」


 指し示される位置関係を覚えながら道中を振り返る。

 何か利用できるルート、ギミックはなかったか。

 奇襲を仕掛けられないか、いざという時の脱出経路は……


 肉の塊をつつきながら、俺たちは額を寄せ合った。


 ***


 ”大神殿跡”。

 大陸の奥地にあって、得体のしれぬ神を祀っていた得体の知れぬ民たちの廃墟。

 山々に囲まれ、隔絶された領域でありながら、崩れた建築物や風化した道具から文明レベルの高さがうかがえる。


 数々のアーティファクトが出土することから、多くの冒険者が挑み、そして帰らぬ場所。

 現在は、へカトンケイル――最も残忍にして強大な巨人族が管理と防衛を担っている。

 

「おかしいな。巨人族に決起の気配あり……という話だったはずだが?」


 聖剣を携えた美青年――勇者が対峙する巨人。

 家屋ほどもある身の丈に、青黒い肌、そして背中から四対の腕を生やした異形。

 そのうち一本が半ばから絶たれており、義手のように斧を装着している。

 危険地帯を守り、代償に人間と停戦条約を結ぶへカトンケイルの精鋭である。

 彼ら一族が人間と共闘したのなら、魔王の討伐は半分の歳月で済んだであろうと言われている。

 

 巨人族は人間に対して敵対的だ。

 何かのきっかけで衝突してもおかしくはない。


 勇者が眉をひそめたのは、巨人の背後に立つ人間族に対してだった。

 二人の女性は、どちらも共に魔王を討伐した仲間。

 危険な巨人族を鎮圧するため、大神殿跡奥地まで協力してきたのだ。

 にも関わらず、巨人族と同じ立ち位置から勇者に刃を向けている。


「悪いけど勇者様はここでお疲れ様ってことで。 私たちも上には逆らえないからさー」


「すまない」


 魔法使いと戦士。

 言葉は違えど、意味することは同じ。

 勇者を見る目には一片の情もない。

 かつての仲間を斬り捨てる冷酷さなしに、S級冒険者にはなれない。


「なるほど。 冒険者ギルドが僕を消したがっているわけか……へカトンケイルにまで尻尾を振って」


 いったい何を貢いだんだか、と勇者は嘲り笑う。

 そして周囲を一瞥し、高レベルの結界魔法が幾重にも張られていることを認識した。


 全ての敵を殺すまで……ひょっとすれば殺したとしても結界から逃れることはできないかもしれない。

 ならば後のことは殺してから考えればいい。

 聖剣の光が増し、呼応するように巨人が構えた。

 斧を装着した義手を振り回し、地滑りのような咆哮をあげる。


「剣聖ゼノンに奪われた我が腕、貴様の血で贖ってもらうぞ!」


「僕の血はそんなに安くない」


 勇者の態度を虚勢と見たか、魔法使いが苦笑する。


「悪いけど、今日は出血大サービスしてもらうよん」


 魔法使いが合図する先、遺跡の影から現れる異形。

 一体が上級魔族に準ずると言われる多腕の巨人たちが、数十の瞳で勇者を見下ろしていた。


***

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