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120話 ときに優柔不断

 転生し、殺され、しまわれ、モンスターになった。

 アイテムボックスで目を覚ました一匹のダストゾンビ――俺から偶然生まれたのが、フレッシュミミックのドクンちゃんだ。

 その正体はアイテムボックスを漂う無数のレイスの一匹だという。

 

 彼女ら、あるいは彼らレイスは、収納されたモンスターに憑依しては外の記憶を覗き見ることだけを使命としていた。

 何を目的とした習性なのか、なぜ魔法オタクなのか、なぜ時間が止まっているはずのアイテムボックスで活動できていたのか、

 そして『散り散りになったレイスはもとは一つの存在だった』とはどういう意味なのか。

 

 ”その正体は”とか言っておきながら、結局のところドクンちゃんの来歴は謎に包まれたままなのだ。

 確かなのは、憑依されたモンスターを倒すことでレイスは解き放たれ、ドクンちゃんはその分身(レイス)を吸収し、記憶を獲得できるということ。

 そして分身を取り込むということは、もとの一つの存在に近づいていくということだ。

 体をバラして洗いながら、俺はこれまでのことを思い出す。


「……っていうところまでは嘘じゃないよね、さすがに」


「うん」


 古城ダンジョンの一室、水汲み場の部屋にて。

 

 俺は水風呂に浸かりつつ、ドクンちゃんへの質問を始めた。

 冷水に浮かぶフーちゃんに乗せられたドクンちゃんに逃げ場はない。

 ちなみに聖女とホルンは部屋の入り口を見張っている。


 最初こそ渋っていたドクンちゃんだったが、「怒らないから」と何度も念押ししてようやく口を割る気になったようだ。

 ちなみに怒るかどうかは個人の感じ方や時と場合によって変わるものであり必ずしも怒らないことを確約するものではないことをご承知おきください、と心の中で付け加えてあるので俺は悪くない。

 

「分身から取れた記憶っていうのも、だいたいはモンスターの食っちゃ寝ルーチンで最後にアイテムボックスに収納されて終わりって内容だろ? 黙っているほどのことだった?」


 いつのころからか、分身を吸収しゲットした記憶についてドクンちゃんは俺に報告しなくなった。

 たまに聞いても「いつもどおりだよ」と素っ気ない返事が返ってくるだけだったし、俺も聞くのやめていた。

 モンスターの行動ルーチンはどれも似たり寄ったりで新鮮味がなかったからだ。

 勇者の武勇伝を聞かされている最悪な気分になるから、という理由もある。


「記憶が変わり映えしないのも本当よ。でも……嫌な気分なるものも少なくなかったから」


 ドクンちゃんが言葉を濁した。

 たしかに、敵を打倒し勝利の余韻に浸かっている俺に、胸糞悪くなるような外の話をするなど空気読めないにもほどがあるというもの。

 脱出を目指す俺のモチベーションを奪いたくなかった、ともとれる。

 黙っていたのはドクンちゃんなりの気遣いだったと思えば筋は通るな。


「気を遣ってくれてたんならありがとな。 ただ……勘だけど肝心なこと伏せてるよね」


「ソンナコトナイケド」


 ドクンちゃんは気まずそうに顔を反らす。

 が、浮いているフーちゃんをろくろのように回転させれば、乗っかっているドクンちゃんは再び俺と対面することになった。


「なあ、俺たちはこれからも一蓮托生だろ。 重たくなるまえに抱えてるもんは消化しちゃおうぜ」


 ドクンちゃんの頭(と表わすのが適切かはさておき)をもぎゅもぎゅ揉みほぐし、諭す。

 意味不明で不条理な死線をいくつも越えてきた仲だ。

 隠し事はあっても敵意がないことだけは察ししていたし、信じている。

 でも、何から何までつまびらかに報告せよ、などという履き違えた信頼関係は大嫌いだ。


「ドクンちゃんが抱えている問題は、ため込むほど負担が大きくなって、気づいたときには取返しがつかなくなる類のものなんじゃないかと思うんだよ、勘だけど。深く考えないで話しとけよ。もし考えるのが必要なら、俺も考えてやるし」


 もみほぐされるドクンちゃんの目に、大粒の涙がたまっていく。


「だって……だっでぇ! う、うわ、うヴァアアアアアァァァんオロロロロ!」


「急に泣くのはまだしも吐くなよ」


 こらえきれず号泣するドクンちゃん。

 体中の穴という穴から得体の知れない液体をとめどなく垂れ流し始めた。

 頭から液体を浴びたフーちゃんが小刻みに震えている。

 ……溶けてないよな?


 文脈的には涙なんだけろうけど、俺が知っている涙は緑がかっていないんだよなあ。

 遠くから心配そうに見やるホルンと聖女を制す。

 げちゃげちゃになったドクンちゃんが落ち着くまで、俺はのんびり水に浸かっていた。


 ……

 …………

 ………………


 結論から言えば、ドクンちゃんが取り戻していたのは記憶じゃなかった。


「つまり自分の正体を知りたくない、と?」


「……元も子もない言い方すれば、そう」


 俺の要約に頷くドクンちゃん。

 水がショッキンググリーンに染まったころ、ようやくドクンちゃんは心の内を語りだした。

 と言っても言語化がおぼつかず、多分に俺の補助が入ったんだけど。


「だってモンスターが知らないような記憶が入ってくるし、急に悲しくなったり腹が立ったりするんだもん。アタシ絶対ヤバイんだよ、常軌を逸してるよ完全に!」


「手足の生えた心臓がいまさら”常軌を逸している”と来たもんだ」


 軽口はさておき、記憶=レイスを吸い続けるうちにドクンちゃんの中でよろしくない変化が起こっていたとのことだ。

 当初思い描いていた”吸収すればするほど忘れていた記憶を思い出してスッキリ!”みたいな単純な話じゃなく、記憶より先に”感情”が蘇ってきた。


 そのほとんどは負の感情であって、ドクンちゃんのメンタルに影を落としていた……と。

 一方でやたら詳しい地形なんかの便利な情報も入ってきたわけだが、ドクンちゃんは恩恵だけを俺に与えてくれていたわけだ。


「進むのやめようなんて言えないんじゃん。 それに冒険してるときは楽しくて、嫌な気持ちも湧いてこないし」


「……ごめんな、気づかなくて」


 脱出目指して邁進する俺に相談できなかったのも無理はない。

 知らずとはいえ申し訳ないことをした。


「そういえば進むのを嫌がっていたことがあったような」


 いつのことだったかな、思い出せない。

 けれどそんな気苦労を知らずにグイグイ進んできたことに罪悪感を覚えた。

 

「……たぶんゲイズはね、ものすごい数の分身を集めてるの。気配を感じるのよ」


 大量の分身を一度に吸収したらどうなってしまうのか。

 失くしていた記憶、感情を思い出すことは元の自分に戻っていくということ。

 けれど今の立場から見れば、今と違う人格になってしまうということだ。

 俺はその恐ろしさを想像することしかできない。 


「アタシの”元”は、きっとアタシたちが思ってるより危ないヤツなんだよ……」


「勇者が封印するくらいだからなあ」


 ゲイズやゼノン、あるいは上をいくモンスターが正体でもおかしくない。

 前向きにとらえれば、心強い仲間を得られる可能性はある。

 しかし負の感情ばかりが蘇ってきたことからして、攻撃的な性格なんじゃないかと思う。

 

「だから……怖いよ」


 シュンとするドクンちゃん。

 記憶を取り戻せば――人格が変われば、これまでの関係が壊れてしまうかもしれない。

 俺とお前なら絶対大丈夫、何があってもズッ友だぜ!と言い切ることは簡単だ。

 何も背負っていない俺の立場からすれば。

 

 なら、結論は出た。


「じゃあ保留にしようぜ」


「えっ?」


 きょとんとして見上げるドクンちゃん。

 いまいち伝わっていないのか。


「だからゲイズは倒すとして、貯めてたレイスを横取りするかは後で考えればいいじゃんってこと」


「マスターはそれでいいの? 脱出のヒントになるかもしれないのに?」


 目を丸くする心臓。

 そんなに驚かれると心外だぞ。


「なる”かも”な。 ドクンちゃんの記憶だけがアテってわけじゃないし、時間ならいくらでもあるんだしさ……なんせアンデッドですから」


 おどけて笑ってみせた。

 元ベテラン魔術師のマン爺の知見が大きな助けになるだろうと踏んでいる。

 しかも外には勇者が待ち構えているわけで、入念にレベルを上げてから脱出するのもアリだ。

 まあ、敵を倒すことで記憶を吸収してしまうのは変わらないから、いずれ向き合わなくちゃいけない問題ではある。

 それまでに決意を固めるなり策を練るなりせねばなるまい。 


「それに……」


「それにぃ?」


 この旅を続けるのも悪くない。

 言いかけて……頭によぎった考えを振り払った。

 脱出のため、殺してきた相手に対してあまりに無礼だ。

 立場や目的は違えど、あいつらも脱出したかったに違いなく、その願いを断ち切ってきたのだから。


「……うん」


 俺の考えていることが分かったのかもしれない。

 少し沈黙したドクンちゃんは、やがて自らを納得させるように大きく頷いた。


「さて、じゃあ上がりますか。そろそろ客人も来るころみたいだし」


「客人?」


 粗暴な足音をとらえたのは俺だけじゃない。


「フジミ、オーガーだ!」


 ホルンの警告と同時に、色々さっぱりした俺は剣を手に取った。

 オーガーの肉を喰うのは久しぶりだぜ。

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