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119話 洗い出し

 謎多きデュラハンは刃を向けるとともに、ようやく真意を告げた。


 人間の理性で、強靭なモンスターの体を完全掌握し、さらなる強さへ至ること。


 俺はそのための観察対象として、”実験”に付き合わされてきたのだ。


 そしてドクンちゃんがさらわれかけたところで間一髪の俺登場。


 辛くもゼノンを退けることに成功した。


 古城に入って早々分断され、ようやく合流が叶った俺たち。


 しかし再開の喜びは下水道で染みついた悪臭によって阻まれてしまう。


 俺のあまりの匂いに意識を失うホルン。


 感謝の言葉を述べながらも鼻栓をとらない女二人。


 誠に遺憾ながら、久しぶりの風呂に入る羽目になってしまった。




「着きましたわ」




「さすがに温泉とはいかねぇか」




 案内された一室に着くと、俺はホルンの後ろ足を手放した。


 失神中ゆえ、引きずられるがままのホルンは痛ましいほどに汚れてしまっている。


 ついでにこいつも洗ってやろう、せめてもの罪滅ぼしに。




「にしても、よく見つけたね」




 ドクンちゃんが聖女をほめている。


 対して聖女は慎ましく謙遜を返す。




「チームワークの賜物ですわ」




「そーね」




 すっかり打ち解けちゃって。


 驚くべきことに、俺抜きのパーティーは思った以上に探索をこなしていた。


 ちょうど体を洗うのにおあつらえ向きの水場まで見つけていたのだ。


 広い部屋の一画が掘り下げられ、水がこんこんと湧き出ていた。


 周囲にはゴブリンやらオークやらの撲殺体が転がっている。


 聖女たちによって”掃除”された後、ということか。


 生物系モンスターの休憩場所なのかもしれない。


 ここで汚れと匂いを落とせとのことだ。




 風呂、か。


 ギリム製の鎧を外しながら、一応確かめておく。




「お約束的には聖女あたりが先にひとっ風呂浴びてて、何らかの不可抗力で俺が覗いちゃうエッチな流れだけど……どうする、やる?」




「逆に”やる”って答える人間いますの?」




 虫けらを見るような目じゃん。


 風呂回はないそうです。




「真面目な話、俺が汚しまくる前に君らで入っておいたほうがいいと思うけど」




「”水浄化ピュリファイド・ウォーター”が使えますのでご心配なく」




「あの原理がイマイチ分からない謎呪文を!? そういうことなら先に頂こうかね」




 聖女の貧相な魔力でも使えるらしい”水浄化”の魔法。


 名前からして汚水を綺麗な水へ変える効果に違いない。


 どこからが毒でどこからが綺麗な水なのか。


 だれがその線引きをしたのか。


 水道水をガブ飲みしていた俺は異端だったのか。


 色々気になる魔法だし、実演してくれるなら是非に見たい。




 そんなわけで俺は水に浸かっていた。


 両足で立って腹まで浸かるくらいの水位だ。


 どこからこの水は来るのだろう……つくづく不思議なことだらけだ。


 さて……その辺で手に入れたボロ布で、骨の体を擦りながら考える。




 改めて思うが、俺抜きのパーティーにしては探索の進捗が著しい。


 難易度の高そうなルートは避け、無理のない範囲でしか戦わなかったとか。


 前衛を任せられるようになった聖女のおかげだと、ドクンちゃんとホルンは言っていたが……。




 (ドクンちゃんのマッピングあってこそだろ)




 脳内完全マッピング……でたらめなネタバレ能力だ。


 砂漠エリアでのスコーピアン戦。


 おそらく古城に出入りしていた個体を倒し、それに憑依していたレイス体を回収することでドクンちゃんは城内の情報を手に入れたんだろう。


 地理と敵配置さえ分かっていれば、安全に探索できるに決まっている。


 たしかに聖女の成長も予想外だったしホルンの復活もあるだろう。


 しかし情報という資源よりは貢献に劣る。


 去り際のゼノンの言葉、ドクンちゃんの反応、そして薄々覚えていた違和感。 




 ゼノンの言葉に賛同するわけじゃない。


 強敵に挑むにあたって手札の確認は何より重要だ。


 手札というのはもちろん、あらゆる”情報”も含まれる。




「メ」




「あぁ、ごめん忘れてた。 ……マン爺どこ行ったんだろうな」




 同じく水風呂中のフーちゃんも掃除してやる。


 聖女と合流後、急いでファンガス部屋前まで駆けつけた俺が見たのは昏倒するフーちゃんだけだった。


 どす黒い血だけを残してマン爺はいずこかへ消えてしまったのである。


 聖女の魔法のおかげフーちゃんは元気になった。


 もっと早く戻れればマン爺も治療できたのだが……嫌な推測が頭をよぎる。




「ちょっと棚卸しするか」




 アンデッドは呼吸しない。


 だから水中では人間より有利だ。 


 フーちゃんを抱いて俺は水底へ沈んでいく。


 頭のなかまで水と静けさが満ち、気持ちを落ち着かせた。




 次なる進化のこと。


 デュラハンにしろヴァンパイアにしろ、魔族への進化は魔族本人を”説得”して認められる必要がある。


 今のところヴァンパイアには出会えていない。


 となればデュラハンーーゼノンに認められるしかない。


 約束を信じるならばゲイズを倒せばいい。


 描かれたステップは明確だ、が。




(十中八九、ゲイズに負けると踏んでいた)




 ゼノンが観察を中断し、俺を使い捨てることを決意する程度にはゲイズは強いということ。


 暗に、逃げ道を探せと言っているのかもしれない。


 しかし領分を荒らされているにも関わらず、ゲイズは積極的に俺たちを殺しにこない。


 きっと古城の主たる、自分のところに来る意外に道がないと分かっているんだろう。


 そして多少は話をしたいと思っているはずだ。


 友好関係が結べるとは思えないけど。


 入念な準備が必要だ。




 マン爺のこと。


 ファンガスに侵された以上、治療を受けなければ症状は進むだけ。


 となればファンガスをまき散らす操り人形と化している可能性がある。


 つまり”操られたマン爺”と”ファンガスの流出”というダブル危険要素が増えたわけだ。


 ゲイズに挑むのが怖いからと、のんびり古城エリアに留まっているプランは無しになった。


 やはり進むしかない。




 そして最後は、何より気になっていたのに見ないふりをしてきたアレについて。




「ガボゴボゴボッ」




 (うおっ)




 そのとき、腕のなかでフーちゃんが暴れ始めた。


 呼吸したいのかもしれない。


 カニっぽいハサミを使うから、てっきり水中もイケるかのかと思ったけど得意というほどじゃないらしい。


 それでも人間の潜水時間を大幅に上回ることに違いはない。


 内心謝りつつ、底を蹴って浮上。




「ぶあっ」




「ギャアッ!」




 俺とフーちゃんが水中から顔を出すと同時、悲鳴を上げてひっくり返った者がいる。


 縁から水中を覗き込んでいたら、いきなり飛び出してきたもんでびっくりした――そんなところだろう。




「ドクンちゃん何してんの?」




「い、いや別に!」




 沈んでいた主人を心配していたくせに、何故かよそよそしい返事である。


 慌てて逃げようとする心臓をひっ捕まえる。




「放せ、放せぇっ!」




「まあまあ。一回、腹割って話そうや」




 嫌がるドクンちゃんを、ぷかぷか浮かぶフーちゃんに乗せてしまう。


 さながら漂流するイカダの主のよう。


 居心地悪そうに視線を泳がせるドクンちゃんへ、俺は単刀直入に切り込んだ。


 ずっと引っかかっていた、けれども避けていた疑問を。




「記憶、戻ってんじゃないの?」

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