118話 対デュラハン
体が軽い。
前世的な例えをするなら、ゲーム機の性能が2世代分上がったくらいの軽やかさだ。
俺にかけられた強化魔法――バフ、とかブーストとか呼び名は色々あるけど、この世界での正式名称を俺は知らない。
昏倒していたマン爺が一瞬だけ起きて、呪文をかけてくれたのだ。
『さっさと治療手段を探してこい』って意味だろうが、思ってもない役立ち方をしている。
サンキュー、マン爺。
「強化魔法込みとはいえ素晴らしい身のこなしだ、やはり本能をコントロールしつつあるのか」
「おかげさまでな!」
剣と槍とがぶつかり合う。
余裕こきやがって。
お望み通り、本気を見せてやろうじゃないか。
喜ぶゼノンのどてっ腹に魔法をぶち込んでやる。
「”アイスエッジ”!」
よし、初ヒット!
肉弾戦を仕掛けつつの高速詠唱、結構こなせるようになってきたぞ。
ここ最近、オンオフを意識せずとも反射的に獣性が体を動かしていた。
てっきり体の支配権を失って――乗っ取られかけているんじゃないかと不安だったが、ゼノンによればそうでもないらしい。
むしろ獣性を自然に制御できているってことだったようだ。
近頃ドラウグルとしての個性、つまり氷を操る力も増しているし。
体中に巡る冷気を手指、そして剣に纏わせてダメージを上乗せしていく。
「オラァ!」
「いい剣筋になったね、でも――」
「!」
反撃が来る。
尋常じゃなく速い――が、なんとか弾けた。
強化魔法のおかげもあるだろう。
しかし以前の俺じゃ強化魔法があったとしてもゼノンに肉薄できなかったに違いない。
「どれだけ足掻こうが君の”役目”は終わったんだよ」
槍が苦手とする、近い間合いに入れた。
しかし、これをカバーするようにゼノンが足技で迎撃してくる。
「”利用価値が無くなった”の間違いだろ!」
腕で蹴りを受けるたび骨が軋む。
それでも距離を離されるわけにはいかない。
防御しつつも包帯を伸ばす。
殺傷能力はなくとも、これを通じて冷気を注ぐことはできる。
「むっ」
足首に巻きついた包帯がゼノンの蹴りを止めた。
マミー時代はよく使っていたけど、ドラウグルになってから弱体化したギミックが包帯だ。
やたら乾燥していたマミーの頃は体が軽かったから、機動力を補助する包帯は噛みあっていた。
けれどドラウグルになってから幾分『身』が復活したことで、パワーと引き換えに体が重くなってしまった。
さらに体から生える包帯の数自体が減ったこともあって、使い勝手が悪くなったのだ。
が、使えるものは何でも使う。
でなければ勝てない相手だ。
(……いや、勝たなくていい)
片足を包帯で掴まれたことにより、蹴りの姿勢で留められたゼノン。
このまま引きずり倒してやろうと思った刹那、稲妻のような突きが顔面に向かってくる。
あまりにも無茶な態勢からの攻撃に意表を突かれた。
「!?」
一瞬の判断の遅れが命取りになった。
ごっそり持っていかれる体力。
砕け飛ぶ兜。
頭蓋の破片が舞う。
「あーあ」
ドクンちゃんの残念そうな声。
主人を案じているんじゃなく、ダメになったギリムの兜を嘆いているのだ。
「ここまでやれるのか!?」
ゼノンから驚きが漏れる。
正直、自分でも今のは死んだかと思った。
「朝飯前よ」
とりあえず虚勢を張っておく。
殺すと言っておきながら、ゼノンは俺が生き延びるたびに嬉しそうだ。
ドラウグルの体はどれだけ刻まれようと、四肢をもがれようとも停止することはない。
しかし頭を――正確には頭の中の魔石を砕かれると死に至る。
さっき、ゼノンの槍は俺の右眼孔を貫き、頭蓋を抜け、そのまま兜を砕いた。
直撃の瞬間、頭を反らし、核を氷で覆わなければ致命傷になっていただろう。
今、俺の頭は右半分がほぼ抉れている。
しかし氷で穴を埋めるように補強することに成功していた。
とっさの判断と応用。
”俺スゴイ”と自賛したいところだけど、これもドラウグルとしての本能が為せる技だ。
ゼノンにムカつく一方で、実感と理解が追いついてきた。
人を捨てた剣聖が求めた到達点について。
「モンスターの運動能力を最大まで引き出したうえで、人間の思考が手綱をにぎるってことか」
「そうだ! ”人魔一体”、数多の達人が夢想し、しかし為しえなかった極致さ!」
突きの鋭さが一層増し、防ぐのもギリギリだ。
「ぐっ!」
ゼノンが反転した。
宙返りか、いや――
サマーソルトキックと呼ばれる動きだと気づいたとき、すで顎を蹴り上げられていた。
拍子にゼノンを掴む包帯が外れてしまった。
宙返りから着地した途端、相手は刺突の構えをとっている。
「スキル発動――”貫通”」
突きの連続が襲ってくる。
それも防御無視の強力なスキルを乗せて。
今度は油断せずに、獣性の動体視力で――
「素晴らしい! 今、”人間”と”モンスター”を使い分けているんだろう!?」
ゼノンの言う通りだった。
獣性に体を使わせる加減ができている。
回避のときだけ本能で避け、かつ続く流れは自分で組み立てられるように。
さっき頭を抉られた突きも、人間の反射神経じゃ避けきれなかっただろう。
一旦距離を取り、態勢を整える。
遠く、ホルンの声が俺の心情と重なった。
「しかし、倒せるのか……?」
「マスターを信じなさいよ!」
「あのデュラハン、たぶん本気じゃありませんわ」
見守る3人の感想はどれも正しい。
ゼノンはまだ余力を残しているし、倒せはしない。
……だから生き残れる。
それを信じろ。
「これならどうだ? ……ゴアアアァァッ!」
獣性へ完全にスイッチする。
文字通り獣染みた不規則な動きへ変わり、人間相手なら揺さぶりをかけられるに違いない。
しかし手練れの剣士には通じない。
失望を露わにしたゼノンが構えをとった。
槍を引き、狙い撃つようにピタリと静止する。
「理解していなかったのかい? 力と精神の融合こそが要だってことに」
ドラウグルはジグザクに疾走する。
乗っ取られそうな意識の中、俺はタイミングを見計らう。
一瞬でも意識が飛べば、核を貫かれて絶命するだろう。
左右への目まぐるしいステップにもゼノンは動じない。
モンスターであるゼノンにモンスターの動きは通用しない。
かと言って素人剣士な人間の動きじゃ話にならない。
ならば――
「ガアアアアアッ!」
「フッ!」
本能に任せたデタラメな動き、速さで跳びかかる。
対し、短い息と共にゼノンの槍が放たれた。
点のようだった穂先が段々と大きく見える。
真っすぐに頭をぶち抜であろう軌道。
やっぱり見切られていた。
このままだと確実に頭が木っ端みじんになってしまう。
遠く、仲間たちが息をのむ音が聞こえる。
(……やばい、眠い)
同時、本能が理性を奪いにくる。
力の代償――本能の暴走は睡魔のように抗いがたい。
切れそうになる意識を必死で保ちつつ、獣性が見せるスローモーションの映像に目を凝らして食らいつく。
獣性から復帰する時間を踏まえ……死ぬ直前、ギリギリのタイミングで――
覚醒。
「ガァッ」
時間の流れが戻った。
鋭い一撃が間もなく俺を襲う。
顔面に衝撃、砕け散る破片、回転する視界。
しっちゃかめっちゃかに回る風景の中、ゼノンやドクンちゃんたちが現れては消える。
一瞬、こっちを見上げるゼノンの首と目が合った。
相変わらず表情は読めないが、少しは驚いていることだろう。
なんせ命がけの付け焼刃だ。
似たようなことは一度やったことはある。
グレムリンクィーン戦での捨て身の一撃。
粉々になった体で辛勝したラッキーストライク……あのときは無我夢中だったけど、今度はほんのちょっぴり自信がある。
ゼノンの意識が俺の頭に向いている一瞬こそが勝機。
視覚を思考から切り離す。
感覚だけで手を伸ばす。
「”フロストバイト”」
触れる鎧の感触。
瞬間、ドラウグルのユニークスキルにして切り札を発動。
俺の体を満たしていた冷気全てが、獲物を食い荒らすべく殺到する。
「バ、カな」
膝をつくデュラハンが一瞬見えた。
俺の視界はまだ回転しているけど、じきに止まる。
右腕を伸ばし、俺の体は落ちてきた俺の首を受け止めた。
自らの首を抱える、首なしのドラウグル。
片手に頭を掲げる姿は、奇しくもデュラハンのようだと気づく。
「まさか、自ら首を外すとは」
さすがのゼノンも直ぐには立ち上がれまい。
うなだれたまま俺を睨みつけるだけだ。
「計算通りっへね」
虚勢を張ったはいいけど下顎がないせいで発音が悪い。
おまけに体もだいぶガタが来ていて、ほとんど動かない。
「マスターやるぅー!」
「大丈夫か!?」
「頭抉れて大丈夫なわけ……って、ついていけませんわ……」
無事を喜ぶ三人がこちらに駆け寄り、そしてゼノンを阻むように立ちふさがった。
俺の体が動かないのを察せられてしまったらしい。
ドクンちゃんの歓声に片手をあげて応えるが、内心冷や汗かきまくりである。
たしかに核である魔結晶に直撃は避けたものの、余波のダメージでHPはミリ残りだ。
グレムリンクィーン戦で見た、自分で尻尾を切り離してダメージを抑えたリゼルヴァから得た発想。
顔を反らしてゼノンの突きを受ける直前、首を切り離して衝撃を逃がす。
なおかつ胴体は胴体で操作しフロストバイトを叩き込む。
獣性による突きの見切り、首を外すタイミング、離れた胴を操作する直感、すべてがぶっつけ命懸けの付け焼刃だった。
「これ以上やるとタダじゃすまないぜ、ゼノン」
「タダですまないのは君だろう」
膝をつくゼノンだが未だ闘志は衰えないように見える。
そう、フロストバイトではデュラハンを倒せるとは思っていなかった。
「ほら全然元気ですわ!?」
聖女は狼狽えているが、これでいい。
今回に限っては、フロストバイトは燃やすのだ。
デュラハンの本能――闘争心を。
「いや、お前だゼノン。獣性の抑えが効かなくなってきただろ。今まで戦いに加わらなかった、もしくは手加減しまくってたのは獣性を刺激したくなかったからだよな」
「……」
兜の奥、デュラハンの瞳が激しく揺れている。
ぎらつく赤い光が何を示しているのか……同じく元人間であり、現アンデッドの俺にだけは分かっていた。
ドクンちゃんがゼノンから情報を引き出してくれたおかげで、勝機を見出すことができた。
ゼノンが俺と同行し、しかし滅多に戦わなかった理由。
『モンスターとしての力を使えば使うほど、人間性が失われていく』。
「暴走承知で君を殺しにきたら?」
激しく揺れていた眼光はやがて落ち着く。
言葉とは裏腹に、ひきたがっているのは明白だった。
「”それじゃあ意味がない”だろ?」
ゼノンの言葉をそのまま返してやる。
悔しいけど今の実力じゃゼノンに勝てないだろう。
けれど殺されることもない。
「つくづく小賢しいやつだよ君は」
「それが取柄なもんでね」
たぶん、ゼノンが人間性を保っていられる限界は近い。
俺との戦いを楽しんでは貴重な時間を浪費することになる。
つまり俺の勝利条件はゼノンから少しでも本気を引き出すこと。
ゼノンが戦いたくなるように、敵足り得る実力を証明さえすればよかったのだ。
ぎこちなく立ち上がったゼノンは俺たちを見渡し告げた。
「もしゲイズに打ち勝てたのなら、その時はデュラハンへ推薦しようじゃないか」
「ようやく進化条件吐いたと思ったらコレだもんな。 今、推薦しろや」
異論に取り合わずゼノンは踵を返す。
きっとゲイズ戦の行方も高見から見物しているのだろう。
そしてゼノンの事情が明らかになった今、薄っすら期待していた『ゼノンの助太刀』は見込みがなくなった。
あいつはゲイズとは戦わない。
自らの人間性を守るために。
少し乱れた足取りのゼノンが一度だけ振り向いた。
「そうそう、君たちを見ていて常々疑問だったんだ。本当に答えを欲すべきは進化なんて目先のことじゃないだろ? 冒険が終わる前に吐き出しておいたほうがいいと思うけどね」
「終わんねーよ、帰れ帰れ! おいドクンちゃん、塩撒くぞ……ドクンちゃん?」
言い残すと風のように駆けて行ったデュラハン。
最後の言葉を受け、俺は使い魔を見る。
「……うん」
けれど、いつものように軽口が返ってくることはなかった。
うつむいたまま視線を合わせようとしない。
ゼノンの言葉に心当たりがあるのは明らかだ。
……そりゃそうだ、俺もドクンちゃんもあえて言及しなかった暗黙の話題。
ドクンちゃんが取り戻している記憶について。
本当はアイテムボックスの核心に迫るような――
「ちょっとよろしいですか?」
「はい?」
気まずい沈黙を破ってくれたのは聖女だ。
おずおずと手を上げ、その手で地面を示した。
「ホルンさんが限界超えていますわ」
「うおっ、いつの間にやられた!?」
アザラシのように横たわる痛ましい聖獣。
見たところ派手な外傷はないにも関わらず、白目を剥いて口をぱくぱくしている。
もしや毒か?
慌てて駆け寄るとますます苦しみだした。
「フジミ……」
「気をしっかり持て! ゼノンは追い払ったぞ! ほら、これで元気出せ」
袋から出した女神の木彫り像(毒)を添えてみるが、あまり効いている感じがしない。
一体なんなんだ? どこのどいつの仕業だ!?
狼狽える俺に、ホルンが絞り出すように告げた。
「フジミ、臭すぎる、死ね」
そう言い残して意識を失った。
俺の体に刻まれた傷跡。
下水道と腐れゴーレムの悪臭が、こんな悲劇を生んでしまうなんて。
「ちくしょおおおおおおお!」
あふれる慟哭、涙……と激臭。
俺は誓った。
たまには風呂に入ろうと。