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116話 最小こそが最も恐ろしい

 隠された下り階段と、封じられた扉。

 眠っていたのはお宝ではなく、見えない脅威。


 ファンガスという捉えどころのないモンスターだった。


(そもそもコイツはモンスターなのか?)


 砂、あるいは胞子のように微小な存在。

 真っ先に思い出すのは前世、冬に感染力の強いウイルスが猛威をふるっていた記憶。

 学がないから正確なところは解らないけど、あれも超小さい生物って意味じゃ似たようなものに思える。


 この世界に予防接種はない……ならばどうする?

 例えば相手が子供であれば体格差の有利そのままに完勝できるだろう。

 しかし視認すら難しい、極端に小さな相手だったら?

 勝負は成立しないだろう……というのは、”小さい側が武器を持っていなければ”という前提あっての話だ。


「ガフ」


 マンティコアの血が肩を濡らす。

 赤よりも黒いに近い血液は、生来のものか傷の深刻さによるものか分からない。

 どちらにしろファンガスというモンスターは塵のような極小サイズでありながら、俺たちを殺しきるのに十分な攻撃力を有していることは疑いようがなかった。


 意味ありげな棺から起き上がったゾンビを前に、俺は決断を迫られた。

 即ち、攻めるか退くか。

 もし目の前のゾンビを倒すことでファンガスの侵食が止むのなら迷わず攻めただろう。

 しかし決断できるだけの材料がない。


 ならば味方の損害を抑えるため、撤退を選ぶ。


「オラッ」


 まずは動かなくなったフーちゃんを蹴り飛ばす。

 ファンガス部屋を守っていた扉の向こう、松明が照らす明るいスペースへ移動させた。

 乱暴だが四の五言っていられない。

 次にダウンしているマン爺を背負って、俺も部屋からの脱出を目指す。


 人間のころと比べ怪力になった俺だが、それでもマンティコア(たぶんライオン一頭分くらい)は骨が折れる。


 ――パキリ。


 比喩でもなんでもなく、どこかの骨が割れる音がした。

 マン爺が重いからじゃない。

 俺の体が脆くなってきたのだ。

 ファンガスから徐々にくらうダメージが深刻になってきている。

 マン爺よりダメージの蓄積が遅い気がするが、なんとなく理由に察しはつく。

 が、考察タイムは後だ。


「うおおおお、来んなあああああ!!」


亀のような歩み。

幸い、満を持して登場したゾンビの足は更に遅く、俺たちは追いつかれることなく扉の外へ出ることができた。


「……ォォ」


 件の扉をくぐる前、松明の光が差し込むあたりでゾンビは追ってくるのをやめた。

 緑に濁った眼球で恨めしそうにこっちを見てはいる。しかし直立不動を保ったままだ。


「ゲイズの周到さに半分感謝だな」


 後ろからヒタヒタ足音が迫ってくる中を重荷を背負って逃げるのは完全にホラーゲームだったぜ。

 ファンガス部屋に来るまでの過剰な照明。

 必要性が気になっていたけど、それも”封印”の一つだったのだ。

 ファンガスにとって奥の部屋以外は居心地が悪いと見える。


(明かりか、火か……風通しとか?)


 何らかの要因が活動を制限するらしい。

 『生命探知』で見ても、暗い通路と明るいこちら側で浮遊するファンガスの数がまるで違う。

 通路から舞い出た粒子は数秒で溶けるように消えていくのだ。


「とりあえず一息、ってことにしておこう」


 転がるフーちゃんの隣にマン爺を寝かせる。

 まだ血を吐いてはいるが、荒い息が多少マシになった。

 とはいえ走って逃げられるほどのコンディションにはほど遠い。

 それに体内にダメージを負っているなら楽観視はできない。


「おんぶで登っていくのは、きちぃな」


 リビングアーマーどもを蹴散らしながら降りてきた、長い階段を見上げる。

 マン爺とフーちゃんを背負って上るとなれば、かなり時間を食うだろう。

 さりとて置いていくのも不安は不安だ。


「とりあえず閉めるか……おら、これでも喰らえ!」


 いまだ通路の暗がりから俺をにらみつける緑ゾンビ。

 松明を一本、壁から外して投げつけると奥の部屋へ逃げて行った。

 その隙に扉を元通り閉めてしまう。

 魔法が解けた以上、装飾の凝った厚い扉に過ぎないけど、精神衛生的にはマシになる。


 いやはや、とんでもない目にあった。

 やっぱり開けなきゃよかった……というのは結果論。

 むしろ合流前の少人数で被害を抑えられた分、幸いだったとしておこう。

 さて、これからどうするか。

 体に生える苔のような何かをむしりつつ考える。


 答え① ハンサムのフジミ=タツアキは突如反撃のアイデアがひらめく。

 答え② 仲間がきて助けてくれる。

 答え③ 手詰まり。現実は非情である。


 言うまでもない、答えは①。

 ハンサムガイは奥の手を残しているのである。

 俗にいうところの『こんなこともあろうかと』ってやつだ。

 肋骨内側に少量のアイテムを入れた袋を持ち歩ているけど、奥の手は一味違う場所に隠している。

 小指の爪をちょっとだけ伸ばして鋭利に変形させる。


「たしか奥のほうに……」


 そして人間なら絶叫するレベルの勢いで耳の穴に指を突っ込み、探り当てる。

 頭の中から摘まみだしたるは茶色い棒、ではなく筒だ。

 『設計図ならココに入ってるぜ』などと頭をトントンするクールな演技から着想を得た収納方法だった。

 つくづく死んだ体って便利だわ。

 さて変色したブツを丁寧に開いて伸ばせば、一本の巻物(スクロール)へ変身する。


<<モンスター鑑定の巻物:アイテム レアリティ:コモン>>


<<対象のモンスターの情報を得る>>


 懐かしの品にして奥の手。

 たしかゾンビの頃に拾ったアイテムだ。

 モンスターマニアの俺にとって使いたい場面は過去幾度となくあった。

 しかし、いつか本当に対処に困るモンスターに遭遇したときのために秘蔵しておいたのである。


 ……対デュラハン(リザードマン村防衛戦)のときも使えればよかったんだけど、そんな余裕なかったんだよね。

 『対処に困るモンスター』に遭遇したとき、落ち着いて鑑定書のを使える状況って実はあんまりないのかもしれない。


 方針を決めるためには判断材料が必要だ。

 誰が書いたか知らんモンスター情報を入手できるこの便利アイテムが、きっと役立つことだろう。

 ファンガスというモンスターについて、俺のファンタジー知識じゃ『タフなキノコ人間』くらいしか引き出しがないのである。

 なんかのゲームで、二足歩行するキノコ人間にパンチ喰らって即死した記憶があるけど……もはやキノコ関係ねぇよな、パンチて。


 暗がりの先で漂う発光体へ向け、さっそく巻物を使用する。

 すると白紙のスクロールに文字が浮かび上がってきた。


<<ファンガス:肉食性の植物モンスター。暗く、涼しく、湿った場所を好む。>>


<<皮膚、呼吸器官などから生物の体内へ容易に侵入し、肉体を栄養源として繁殖する。ファンガスに侵入された生物は段階的に体のコントロールを奪われ、最終的には生ける屍と化す。この状態の生物は新たな侵入対象か、または安定して繁殖できる場所を探して移動する>>


<<環境的要因が重なると爆発的な繁殖力で広範囲の生物を死滅させる。この破壊的な現象は主に天候によって稀に引き起こされる。近縁種として……>>


 ふむふむ。

 やはり俺だけ症状が軽いのは栄養がない(アンデッド)からか。

 それに冷気を纏っているのも良かったのかもしれない。

 とはいえ緑ゾンビがファンガスまみれになってたことからして、アンデッド=問題なしと楽観視はできない。

 

 鑑定の巻物を読んでみたところ、ファンガスは前世でいうところの『ゾンビウイルス』によく似ている。

 ゾンビパニックものでお馴染み、ゾンビに噛まれた人間がゾンビになって大変!からの主人公たちがワクチンやら安住の地やらを求めて旅するも最終的にはゾンビフィーバーに手の打ちようがなく俺たちの戦いはまだまだ続く(未完)ってやつだ。


「こいつが野放しになったらアイテムボックス全滅するんじゃねぇの」


 不可思議な構造の通路、隠し部屋……全てはファンガスを保管するための仕組みだったわけか。

 ファンガスの住処を深層に隠し、通路に火を設けることで漏れ出たファンガスを処理。門番は無生物(リビングアーマー)に限定して媒介を許さない。

 ついでに仕上げは超厳重な魔法扉で封鎖。

 そんな万全の警備を軽はずみに破り、お宝目当てに封印を解いてしまった俺は、差し詰め……一番最初に死ぬアホ(ゾンビパニックの元凶)といったところか。


「逆に、そこまでして生かしておきたい目論見があるんだよな」


 たぶんゲイズの知識があればファンガスを抹殺できるはずだ。

 にも関わらず手の込んだ入れ物を用意してまで飼う理由に、どうせロクなものはあるまい。

 転生したら死んで閉じ込められて、やっと脱出したのにゾンビパニックになりました……なんて冗談じゃねぇ。

 ファンガスには火が覿面に効くらしいし、いずれリゼルヴァに古城ごと消毒してもらおう。


「行くか」


 情報は得た。次は行動だ。

 昏倒中のマン爺とフーちゃんは安定してきたが、放置はできない。

 鑑定の巻物によれば、体内のファンガスを完全に殺すには松明にあたるだけじゃ足りないのだ。

 専用に調合されたポーションか、”浄化”の聖魔法が必要とのことだ。


 俺は一人、階段を仰ぎ見る。

 頼みの綱……救いの聖女を求めて。

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