115話 開かずの扉
古城攻略中、パーティから逸れた俺とフーちゃんは、
話の分かるマンティコアをお供に、色々あって封印されし扉へたどり着いた。
触れた金属を一瞬で溶かすという、尋常ならざる魔法に守られた扉の先に一体何が待つのか。
「後回しでいいっしょ、気にはなるけども」
優先すべきはパーティーの合流だ。
カリスマリーダーを失って、あの子たちときたら心細さのあまり失禁しちゃっているかもしれない。
お宝ゲット作戦は皆揃ってからじっくり考えればよかろう。
……ぶっちゃけ扉の危険度で及び腰になっているだけなのは内緒だ。
だって中に超強い番人とかいたらどうするよ。
「今、回収できるのなら回収すべきではないかな」
「メ」
マン爺とフーちゃんは反対のようだ。
そりゃ貰えるなら直ぐに貰ったほうがお得だけどね?
でも怖くね?
「だいたい、このバチバチ扉どうやって開けるよ。封印解除のキーアイテムでも探せってか」
「それには及ばん」
俺とフーちゃんを自らの背後に下がらせ、マン爺は問題の扉を見据える。
まさか例のごとく魔法でブチ壊すとか言うんじゃ。
――静寂。
ぎらぎら輝く黒鉄の扉と、マンティコアのにらみ合い。
老人の口が、静かに戦いの火ぶたを切った。
「”鑑定”」
なんのことはない、俺も使えるお馴染みの基本スキルだ。
スキルレベルに応じて対象の詳細な情報を得られるだけの――
バチン!
「ひっ」
のほほんと見守っていたつもりが、予想外の現象に驚いてしまった。
マン爺が”鑑定”を使ったのと同時、大きな火花が扉から迸ったのだ。
まるで”鑑定”に対して扉が拒絶反応を示したかのように。
「”鑑定”、”鑑定”……”解呪”、”解呪”」
乾いた唇から矢継ぎ早に唱えられる”鑑定”と”解呪”。
そのたびに扉が小さく爆ぜる。
(大丈夫なのコレ)
マン爺が扉にかけられた魔法を解こうとしているのは分かるが、どうやら見えない攻防が繰り広げられているようだ。
そのうち扉が大爆発するんじゃないかと気が気じゃない。
たぶん爆弾解除ってこんな雰囲気じゃないかな。
「ムッ、”対抗呪文”、”鑑定”――”解呪”……終わったぞ」
「何だかよく分かんないけど、無事に済んでよかったよ」
永劫に続くかに思われた応酬は終わったようだ。
死んでるけど生きた心地がしなかったわ。
マン爺の顔にも疲労が浮かんでいる。
「ゲイズとやらは存外やるようじゃ。手の込んだ多重付呪になっておった」
「なにそれ?」
「つまりの――」
ざっくりまとめると、かけられた魔法を解除するには『かけられた魔法の解析=鑑定スキル』をしてから『魔法の解除=解呪の呪文』という手順を踏む。
で、今回は『扉に触れたものを焼く魔法』を覆うような形で、『”鑑定”されると爆発する魔法』が幾重にも施されていたらしい。
だから爆発する魔法を”鑑定”しては”解呪”、また”鑑定”(によって次の爆発する魔法が起動)を繰り返していたということ。
「すさまじい数の破壊魔法じゃったわ、危うく魔力が切れるかと思ったわい」
「リアル爆弾処理じゃん、マン爺すげぇ」
「ほっほっほ、聞きかじった知識も存外役立つもんじゃな」
……聞きかじったレベルの知識で危ない橋渡ったの? クレイ爺かよ。
「ていうかあれだな、考えなしに”鑑定”すると罠にかかる可能性あったってこと?」
未知のモノにはまず”鑑定”、ってお約束だと思っていた。
これまでバシバシ使ってきたものね、鑑定。
でも”鑑定”をトリガーに発動する魔法があるなら、話は違う。
「案ずるな、多重付呪は高度かつ魔力の消費が大きい。そうそう目にすることはなかろう」
勉強になったのう、とマン爺がニヤリと笑う。
生前はどうか知らんけど今のビジュアルだと全然安心できないのよ、その笑顔。
これからは”鑑定”は少し考えてから使おう。
「さて……本当に大丈夫だろうな」
適当な籠手を拾い、投げつけてみる。
高く、硬質な音を立てて扉はそれを弾き返した。
落ちた籠手にも異常はない……解呪は成功したみたいだ。
「さて拝見といこうではないか」
「まぁ、ここまでやってくれたらねぇ」
戦力増強アイテムが手に入れば、合流が楽になるかもしれないしね。
勇気を出して扉を掴む。
大丈夫、なんともない。
そして力を込めて慎重に開いていくと……
(ほこり?)
隙間から吹き込んできた風が頬を撫でた。
長らく換気されていない部屋特有の、カビたような重い空気だ。
そして視界が一瞬だけ濁った気がした。
これまで散々明るい通路を歩かされてきたから、目が戸惑ったのかもしれない。
扉の先は縦横5メートルほどの部屋になっていた。
ありがたいことに松明は一つもない。
中央に向かって石床から段が積みあがっており、3段ほど上ったところに大きな石が横たわっている。
人ひとりほどもある四角い石……まるで墓石だ。
いや、棺か?
ここ――部屋の入口からは中身までは見えないが、まさに棺のごとく何かを入れている石の器。
宝を祀るというよりは、生贄の祭壇と呼ぶ方がしっくりくる。
「こわ……めっちゃ強い古代のゾンビとか入ってそう」
「アンデッドがアンデッドを怖がってどうする」
「メメ」
二人に笑われてしまった。
お宝とボスがセットのパターンはままあるから油断できん。
”鑑定”、の前に……小石を拾って投げつけてみる。
何も起きない。
じゃあ――”鑑定”。
<<石>>
やる気のない鑑定結果が返ってきやがった。
やはり中身を見て”鑑定”しないと意味がないか。
一歩を踏み出す直前のこと。
無意識に使った”生命探知”が俺の足を止めた。
”生命探知”は視覚に置き換わるスキル。視界は真っ暗闇にリセットされ、付近の生命体だけをオレンジ色の光として認識できる。
視界に生き物がいなければ、当然真っ暗な景色になる。
薄暗い石の部屋に生物は見当たらなかった。
だから視界は真っ暗になるはずだった。
(なん、だコレ……!)
が、目の前に広がるのは見渡す限りのオレンジ色。
舞い上げられた砂塵のように、ほのかに光る粒子が部屋を満たしているのだ。
それはつまり、極小の生命反応の群れを意味している。
「カフッ」
「どうしたマン爺!?」
”生命探知”を切れば何の変哲もない空間だ。
しかし異変は現れていた。
マン爺がせき込むと同時、石の棺から半身を起こす者がいる。
細い人型からしてゾンビの類に見えた。
しかし全身を覆う緑色が、違和感と危機感を覚えさせる。
<<Lv.4 種族:アンデッド 種別:ゾンビ>>
違う、鑑定すべきはコイツじゃない。
俺はもう一度”生命探知”を起動し、”鑑定”を使用する。
濃霧のように部屋に満ちる生命体へと。
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
<<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>> <<Lv.79 種族:植物 種別:ファンガス>>
…
……
………
マン爺の口から、ねばつく血液が溢れる。
フーちゃんは蓋を閉めたきり動かない。
ふと、剣が重くなった。
見れば、右手の指が2本折れていた。
指の断面は緑色の何かに覆われている。
不吉な謎ゾンビと同じ症状だ。
立ち入ったときから、いや、扉を開けたときから、俺たちは喰われていたらしい。
部屋そのものが無数の悪意でありモンスター。
深い腹の底へ、愚かにも飛び込んでしまったのだ。