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113話 華麗なる飛翔からの

 城内から地下へ落とされたとフーちゃん

 なんとなく始まったモンスター同士の殺し合いをエンジョイする最中、乱入してきたマンティコア。

 翼の生えたライオンに爺さんの首が乗ってるショッキングなモンスターだ。

 しかし戦ううちに何故か意気投合した俺たちは、地上目指して飛び立ったわけである。

 遠くなっていく地上と、文字通り体中を吹き抜ける風に歓声をあげた。


「うひょー! サラマンダーより、ずっとはやい!!」


「サラマンダーに跨ったことがあるのか?」


「すんません、見たことさえないです」


 聞きかじったセリフ吐いちゃいました、飛ぶのも初めてです。

 

(見下ろすとこんな感じなんだな……意外とボロい)


 古城を見下ろす俺は少しばかり感慨に浸っていた。

 モンスターに跨って城の周りを飛ぶなんてファンタジーな体験、前世じゃ絶対叶わない夢物語だ。

 乗ってるのがグリフォンでもドラゴンでもなくマンティコアな点と、俺自身がファンタジーモンスター化しちゃってる点は悪夢である。


「俯瞰してみたはいいけど……都合よくドクンちゃんたちは見つからないか」


「メ」


 フーちゃんを抱えつつ眼下に目を凝らすが、壁と屋根ばかりで城内を見て取ることはできなかった。

 空から合流できれば手っ取り早いと思っていたのに当てが外れた。


「ふむ……時に、遮る壁があるなら穿ってみてはどうかの」


「”破壊魔法ブッ放して穴開ける”ことを長ったらしく言うんじゃねぇよ。この高さで魔力切れ起こされたらバラッバラだわ」


 人間性と一緒に理性を捨てたせいか、マン爺はとにかく破壊魔法を打ちたがるのだ。

 そのくせ魔力のセーブを顧みないので初登場時のように魔力切れを頻発させやがる。

 この高度で魔力切れ――航行不能に陥ったら地面にキスどころじゃすまないだろう。

 ドラウグルのボディは斬撃にゃ強いけど、衝撃には弱いのだ。


「どうせ壊すならアッチを壊してくれ。騒ぎを聞きつけて中からドクンちゃんたち出てくるかもしれないし」


 侵入者を感知し、羽音とともに迫るガーゴイルたち。

 先の爆発でけっこう落ちた気がしたが、まだまだ予備がいたようだ。

 空からの城への入り口を探すには、まず彼らを始末せねばなるまい。


「行けっ、マン爺! 10万ボルト!」


「ゲアッ」


 さすがに鳴き声かわいくねぇな。まあ元ネタ知らないだろうし仕方あるまい。

 しゃがれた咆哮とともに、老人の口から雷球が打ち出された。


 以前、ギリム製ゴーレムが使ってきた魔法に似ている。

 連続して放たれた雷球が一体のガーゴイルに直撃。


 はい、消し炭一丁上がり……とはならなかった。

 姿勢を少し崩したものの、平然と向かってくるではないか。

 ガーゴイルは雷にめっぽう強いらしい。


「効果はいまひとつだったようじゃの」


「やかましいわ」


 元ネタ知らないくせに神がかった返ししやがって。

 背負ったアイスブランドに手を伸ばして……やめた。

 石像相手に斬撃の効き目は薄かろう。

 戦い方を軽くシミュレートし……行けそうと判断。

 フーちゃんのハサミをマン爺の肩にしっかり掴ませて準備完了。


「よっし、どっちが多く落とせるか勝負な」


「望むところじゃ」

 

 言うや否やマンティコアは手近なガーゴイルへ突撃し、俺は別の個体へ闇魔法を飛ばした。

 次々と飛来するガーゴイルと、それらが放つ火球をかわしつつの空中戦。

 炎と高所という二重のスリルに、どうしようもなく闘争本能が刺激され、俺はすぐに忘れてしまった。


 派手に騒いで仲間たちを居場所を知らせよう、という目的を。


***


 無残に顎を砕かれ、狼男は倒れて動かなくなった。


「ふ、私の勝ちですわ」


 メイスの血を払う動作もなかなか様になっている。

 敗者を見下ろす聖女の目には、勝利の高揚と自信が宿っていた。

 これまでの彼女には無かったものだ。


「最後の一撃は悪くなかったわ」


 ホルンの回復でバックアップしつつ格上と戦い続けたことにより、聖女は異常な速さで成長していた。

 どれだけ傷ついても退くことを許されず、戦いを強制される。

 非道とも言える過酷な鍛錬だ。しかし彼女が未だ健在であることは、『戦士』としての素質を十分に備えていることを示していた。


「毎度毎度、私が参加する催しものに異常な速さで駆けつけるモミアゲ小太りデブの顔を思い浮かべながら殴りましたのフフ」


「……着実に腕を上げているな」


 小太りとデブで被っているだろう、という言葉をホルンは飲み込む。

 聖女の目がいつになく湿った光を帯びていたからだ。

 モミアゲ小太りデブとやらは何をやらかしたのだろう、というどうでもいい興味はすぐに忘れられる。

 ユニコーンの鋭い聴覚が異常を聞きつけた。


「なにやら騒々しい……外か?」


「また爆発ぅー?」


 ホルンに導かれるまま壁に設けられた穴をのぞき込む聖女とドクンちゃん。

 人間の顔一つ分ほどの小さな穴では、外を満足に見渡すことができない。

 しかし、何かがぶつかり合う音や爆ぜる音が確かに聞き取れる。

 時折、掛け声や唸り声なども。


「外で誰かが戦っているようですわ」


 聖女が穴に顔を突っ込んだまま耳を澄ませる。が、依然として騒音の正体は判らない。


「お退()き! アタシ見てくる」


「うぐぅ」


 聖女の顔面を蹴りのけ、焦れたドクンちゃんが穴をから外へ出て行った。

 血管のような触手、あるいは触手のような血管を補助とし、心臓状の使い魔は壁を登っていく。

 そして塔の屋根に陣取り、騒ぎの中心へ目を凝らす。

 古城の中央、屋根付近で番人たるガーゴイルたちが激しく飛び回っている。

 彼らが吐く火球と、謎の岩弾や黒い稲妻が入り乱れ、嵐が吹き荒れているかのようであった。


「”ブラインド”&キック! ハイ、11ィィィ!」


 ドクンちゃんは嵐のなかに知った姿を見出す。

 ガーゴイルからガーゴイルへ、アクロバティックに飛び移りながら闇魔法を唱えるドラウグル。

 次々と石像を蹴り落とす人物こそ主人であり、パーティーリーダーのフジミ=タツアキであった。


「マスターーーー!!」


 ドクンちゃんの声は届かない。

 戦闘の音にかき消されてしまったのかもしれない。

 使い魔と主人を繋ぐ念話も試してみたが、遠いようで通じない。


「きっとアタシたちに見つけてもらいたくて騒いでるんだろうけど……」


 彼女の主人は和平を尊ぶ性格ではあるが、一度戦いが始まれば命のやりとりを楽しみ没頭(または暴走する)節がある。

 進化を重ねるごとにその傾向が強くなったようにドクンちゃんは思っていた。

 今この瞬間にしても――


(ヒリつく空中戦をエンジョイしてますって笑顔してるのよね……)


 趣旨を忘れてやしないか、ドクンちゃんはため息を吐く。

 どうしたものかと考えつつ乱闘を眺めるうち、疑問とその答えらしき何かに気づいた。

 ドラウグルが渡り跳ぶガーゴイルのルート。蹴り落としたガーゴイルから次の標的へ移る前に、経由する地点がある。

 滞空する茶色っぽい塊。二つの翼をもつ獣らしきシルエット。

 宙を舞うドラウグルは時折その塊に着地し、次のガーゴイルに狙いを定めてから跳んでいるように見えた。


「んー? ……うえっ、なにあれ」


 目を凝らしたドクンちゃんが顔をしかめる。

 翼持つ謎の獣は、老人の頭部をもつモンスターだったのだ。

 逞しい獅子の体に、老いた人間の顔というアンバランスな風貌は、心臓に手足が生えたモンスターから見ても異様であった。

 不気味な風貌に嫌悪感を覚えるが、空中戦の踏み台にされていることからして敵対者ではないのだろう。

 そして飛行能力をもたないドラウグルが空中戦を立案できたのも、モンスターの協力あってのことだろうと察する。

 ついでに、謎のモンスターに背負われている箱はフュージョンミミックだと気づいた。


「でも……なんで変な飛びかたしてるんだろ」


 溺れているように四肢をめちゃくちゃに動かして浮くモンスター。

 目が回っているのか、はたまた――


「まるで飛ぶのに慣れてないみたい」


 ドクンちゃんが呟いた直後、一筋の矢が空へ昇った。

 否、矢ではなく槍だ。


「あ」


 ドクンちゃんの口から驚きが漏れる。

 槍は一体のガーゴイルを砕いた上で、不器用に飛ぶモンスターに突き刺さった。

 ただでさえ不安定だった姿勢を崩され、老人顔の獅子はあっけなく撃墜される。


「ゼノンてめぇぇぇぇぇ……」


 小さくなっていく主人の声。

 そして、ドラウグルとともにきりもみしながら墜ちていく。


「何したかったんだろ……ま、いいや。落ちた辺り覚えとこ」


 頭の中の見取り図と落下地点を紐づけて、ドクンちゃんは壁を降りていく。

 途中、遠くの棟に立つ人物が彼女を見ていた。

 銀色の全身甲冑(フルプレート)を纏った騎士だ。

 片手には投げ槍、そしてもう片手には兜を抱えている。

 兜を外しているなら当然見えるはずの素顔は……存在しない。

 銀色の首なし騎士(デュラハン)


「なんなのアイツ」


 遠く見えるゼノンに毒づきつつ、ドクンちゃんは城内へ戻ったのであった。

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