112話 交錯交差
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「うああああァァァァッ!」
「!」
メイスが腐った片腕を叩き落す。
ゾンビを砕く耐え難い嫌悪感に叫びながら、聖女はなんとか追撃を繰り出した。
横振りの一撃は吸い込まれるようにゾンビの顔面を砕き割り、活動を停止させる。
得体のしれないゾンビの汁が肌を汚す。
顔面を拭いたい衝動を抑え、聖女は次の敵へ振りかぶる。
「思ったより悪くないな、ドクン殿」
「ハエが止まるわよ」
聖女の肉弾戦を見守るのはホルンと、その背に乗るドクンちゃんだ。
二人の役割は派手に動いてゾンビを引きつけること。
そして無防備になった背後から攻めるのが聖女の役割だった。
アンデッド大量部屋を抜けて数日、ドクンちゃん、ホルン、聖女の三人は古城の攻略を進めていた。
罠により離脱したパーティーリーダー(とミミック)を探すため、
聖魔法のエキスパートである聖女は頼もしい助っ人となるはずだった。
しかし蓋を開けてみればリーダーの不在を補うどころか、
中級魔法数発で魔力枯渇に陥る低能ぶりが露わになった。
しかも事あるごとに食事、水、休憩を要求し士気を削ぐ世間知らずっぷり。
ドクンちゃんが聖女の『追放』を決めるのは当然の判断と言えただろう。
「や、やりましたわ……ぜんぶ片づけましたわよ!」
片手にメイス、片手に盾を携えた聖女がガッツポーズ。
追放を告げられた直後こそ、喜んで袂を分かった聖女だったが、踵を返し自らの非を認めるのは早かった。
得体の知れぬアイテムボックスという環境で、右も左も分からず力もない者が生き残ることなど不可能。
さすがに世間知らずの聖女も、その現実に気がついたのだ。
ゾンビを仕留め、浮かれる聖女に喝が入る。
ホルンの背中でドクンちゃんが腕を組み、仁王立ちしていた。
「打ち込みに憎しみが足りないわ、親の仇の仇だと思って殴りなさい!」
「ハイ、先生!」
親の仇の仇は憎くなかろう、と思いつつ師弟のような二人をホルンは見守る。
聖女としての扱いを諦められた彼女の役割は、ずばり前衛であった。
ロクに武具を触ってこなかったにも関わらず、現地調達したメイスと盾、そして心ばかりの防具で前線を担うなど無謀に思えよう。
「”ヒール”」
「感謝しますわ、ホルン様」
しかしホルンの潤沢な回復魔法により、どうにか死なずに来れたのである。
もちろん傷つけば痛いし、戦う恐怖が消えるわけではない。
それでも立ち向かう聖女の強かさをドクンちゃんは内心評価していた。
「あら、今度は鈍器スキルじゃなくて体術スキル?が上がりましたわ」
「また上がったのー? 人間ってみんなこうなのかしら」
「生まれもった力が弱い代わりに成長の余地がある、ということなのだろうか」
ホルンが察する通り、彼らモンスターと人間族では成長のペースは異なる。
モンスターは種別に応じて、様々なスキルを生まれ持つ。
一方で人間族は成長の過程でスキルを獲得していく。
かつ人間族のスキル適性は個体ごとに多様でありながら、
本人は自らがどんな適性を持っているかは知りようがない。
故に適性を知らず生涯を終える人間族は珍しくない。
聖女と呼ばれる人物が、まさか肉弾戦のスキル適性を持つなど知られていなくとも不思議ではない。
擦り切れていく神官衣と反対に、聖女の戦闘スキルは輝きを増しつつあった。
***
「だからレベルアップでもらえるスキルポイントが少ないわ、要求されるポイントが軒並み高いわ、戦ってるわりにスキル伸びなかったのか!」
この世界に来てようやく基礎知識を知る俺。
ゲーム的異世界の割に成長しないと思ってたんだよ。
トロールの骨付き肉を炙りながら、ようやく合点がいったのだった。
「加えて、モンスターは種別により好んで習得するスキル――伸びやすいスキルの傾向が決まっておる。貧しいスキルポイントをみな同じスキルへ費やす。だからモンスターは種別内で強さが均一化しやすいのじゃな」
「ははーなるほどね……あれっ、俺の肉は?」
ほんの少し考えこんだ隙をつかれフーちゃんに肉を掠め取れてしまった。
こいつ試しに焼いた肉食わせてみたら、やたらと奪いに来やがる。
舌打ちしつつトロールの死体から肉を引きちぎり、慎重に焚火にあてる。
焚火のもとになっているのはこれもトロールの脂だ。
俺たちは今、コロシアムの祝賀会と称して焼肉パーティーを開いていた。
勝利者にして生き残りは俺、フーちゃん、そして―ー
「ってことはマン爺も人間だったころとスキル適性変わった感じ?」
「マンティコアは闇、火、魔力増強、格闘系のスキル適性は高いが、あとは低いようだのう」
マンティコアの爺さんことマン爺。
コロシアムに乱入し混乱をもたらしたのち、長期戦にもつれこんだ強敵マンティコア。
どうやら入場時の大技で魔力を使いすぎたようで、爪と牙メインの立ち回りだったが……原始的で逆に白熱した。
獣性に任せて存分に暴れたのは実に爽快だった。
そして長時間殴りあってるうちに、どちらともなく言葉が通じることが判明し和解となったのだ。
「魔法のレパートリーこそ減ったが、体を動かす楽しさを久しぶりに味わったわい」
「壁蹴り空中半回転からのダブルクローは肝が冷えたぜ」
激戦を振り返る。
そしてこの爺さん、なんと勇者の先生らしい。
俺(の始末の仕方)について勇者から相談されていたようだ。
聖女といい偶然が続くなあ、と思ったけど考えてみれば『勇者に魔族化された恩師』について聖女から聞いてたわ。
魔族化が半端だったのか、爺さんがスゴイのか、マンティコアになっても自我が残っちゃったようだ。
(……幸か不幸か、な)
「ふむ、味覚という視点でモンスターの素材を評価するのは新しい発見じゃ」
トロールの焼肉を不器用に嚙みちぎる奇妙なマンティコア。
モンスターの体に慣れていないのか、手先を使う動きがぎこちない。
それでも初めて食べるモンスターの肉に満面の笑顔である。
「フレッシュゴーレムの残り香さえなければ最高だったんだけどな」
マン爺によって消し炭にされた腐れゴレームことフレッシュゴーレム。
こいつと戦っている俺等は存分に臭い汁を浴びてしまった。
体に染み付いた強烈な刺激臭は、消える日が来るのだろうか。
「これはこれで良い経験じゃよ」
不気味な外見と裏腹に気のいい爺さんだ……けど本心は分からない。
本名は”ヨェム”っていうんだけど、呼ばれるのを嫌がった。
だから”マン爺”なんて雑なアダ名をつけたら、
逆に喜ばれたし……人だったころと同じに呼ばれるのが苦痛なんじゃなかろうか。
ともあれマン爺から有意義な情報をたくさん仕入れることができた。
さっきのモンスターの成長についてもそうだし、魔法の基礎、このアイテムボックスの構造の所見なんかもだ。
逆にマン爺は俺の前世のことを聞きたがった。
けれど割と答えに窮して情けない限りだった。
いやだって、電気ガス水道の仕組みをバッチリ説明できる人っています……?
「さて魔力も戻ってきたし、暴れにいくぞ若いの」
「俺の仲間探すついでだかんね?」
マンティコアになってから元気があり余っているというマン爺は破壊魔法をブッ放したくてウズウズしている。
人間だったころに使う機会がなかった魔法を心置きなく唱えたいんだそうだ……ハッピートリガー爺である。
ドクンちゃんたちを探すうえで心強いから、文句はないけれども。
「そろそろ行くぞ、フーちゃん」
「メ」
宝箱を抱えたドラウグルがマンティコアに跨る、珍妙な絵面。
予想外の助力を得た俺は、遥か天井から差し込む光を目指し、汚水溜まりを飛び発った。