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110話 ドラウグルは実家柴犬の夢を見るか

 額にひんやりとした感触。グミのようなブニブニ、しっとり感をもつ独特な物体。

 間違いない、かつて実家にいた柴犬サブの鼻だ。顔じゅうを嗅ぎまわられる体験は、久しぶり……ここ実家だっけ?


 ていうかサブって死んでなかっ――


ガリッ。


<<desease>> <<resist>>


「ヒッなにヒッ!? デカッキモっ!」


 おもむろに顔面をかじられ、俺は跳ね起きた。

 同時、巨大ネズミが一目散に逃げていく。

 反響する水の音、ネズミの鳴き声が静まれば、ただただ静寂と闇があった。

 

 夢うつつから覚めてみれば、そこは明かり一つない下水道。

 見上げる天井には人ひとり分入る穴が開いている。

 あそこから滑り落ち、気を失っていたのだろう。そして巨大ネズミに喰われかけた、と。

 右手を見れば手首から先がない。ネズミにやれたか。


「いや、自称聖女か」


 穴に落ちる寸前、とっさに掴んだのに消し飛ばされたんだったわ。

 負けヒロインだからとイジメすぎた罰があたったのかもしれない。イジメ、ヨクナイ。

 アイツら大丈夫だろうか。あと柴犬触りてぇなぁ……。


「汚い部屋と孤独な目覚め……なんだか転生当初を思い出すぜ」


 始まりはゴミ溜めだったっけ。

 呟いて気持ちを切り替える。


「さて、どうすっかな……おや、これは」


 再生力に意識を割きつつ、周囲を観察。

 すると不自然に置かれた宝箱を発見。俺に続いて滑り落ちてきたであろう、地味だが頑丈そうな木製の物体。

 もぞもぞ動く箱の正体こそ、フュージョン・ミミックのフーちゃんである。

 ……だよな、同型モンスターってことないよな?


 見れば汚水の中のなにか飲み込むべくと懸命に蓋を開閉している。

 ったく主人が気を失っているのに食事優先かよ。


「おいおいネズミの死体でも食っ――俺の剣じゃねぇか!」


「メ」


 きらりと光る柄は、愛剣アイスブランドに違いない。


「しまった」とでも言うように鳴き、ネズミのように逃げ出すフーちゃん。

 ガチャガチャ逃げる箱を迅速に捕らえ剣を引き抜こうとする。

 が、半ばまで飲まれたせいか、なかなか取り出せない。

 とんだ食い意地である。


 力ずくで蓋(型の口)を開けようにも上手く掴めない。なんかぬるぬるしてるし。

 格闘することしばし。疲れたのか飲み込もうとするのを少し諦めたミミック。

 いくらか取り戻せたものの、剣先はくわえたまま離さない。


「どんだけ虎視眈々と狙ってたんだよ……もうええわ」

 

 アイスブランドを担げば先端にはフーちゃんがぶら下がったまま。

 刃の氷気を受け続けるうちに、痛くなって離すだろう。

 少しばかり歩くと長く天井の低い下水路の途中にいることに気が付いた。

 遠巻きにネズミたちが様子をうかがっている。あいつらもゲイズによって魔族化されているんだろうか。

 ケンカを売ってこないのであれば放っておこう。

 再生力向上のために攻撃する選択肢もあるが、下手に騒いで何かに嗅ぎつけられるのも嫌だ。

 やたらと音が響くんだよ、ここって。


「メ」


 フーちゃんが短く鳴く。

 そろそろ剣を離す気になったかと思いきや違うようだ。

 なにかを伝えたいのか、理由はすぐに分かった。

 半透明な粘液塊が天井からゆっくりと降りてきていたのだ。


「おっとスライム、お約束」


 あと数歩すすめば突っ込んでいただろう。

 暗い屋内ダンジョンでは特に注意が必要だ。

 スライムって本来は無慈悲で恐ろしい――


<<Lv.2 ブロブ 種族:不定形生物 種別:ブロブ>>


 スライムじゃなかったわ。

 似てるけど違うやつです。スライムの汚い版といった趣だ。

 下水に流された錬金術の試薬やら汚物やらが反応して生まれた、っていう話をどこかで読んだような。

 言ってしまえばファンタジーな環境汚染だな。

 世界が変わろうとも人間ってやつは過ちを――


「うわキモチワリ……”アイスエッジ”」


 粘液塊に氷魔法を打ち込めばバキバキ音をたてて砕け死んだ。

 だってよくよく見たら小さい虫がうじゃうじゃ蠢いてたんだもん、ブロブの中で。

 カブトとかクワガタはいいんだけど群れる虫系はマジで無理。


 さて、低い天井はすぐに終わって不自然なまでに広い空間に出た。

 およそ某京ドーム一個分、とでも言おうか。やたらと天井が高く、床は平たんで遮蔽物もない。

 円状に囲まれた壁からはトンネルのような穴がいくつか開いており、そのうちの一つから俺も入ってきたわけだ。

 ドーム状の天井、頂点あたりから差し込む光がぼんやりと空間を照らしていた。

 住居の汚水を管理するだけなら、こんな大がかりで何もないスペースは要らないだろう。

 薄暗く、不潔で、観客もいないがコレは思うに……


「コロシアム?」


 遥か上方差す光の下へ歩いてみる。

 光が入ってくるということは外へ繋がっているのだろう。たどり着こうにも濡れたドーム状の壁をよじ登っていくのはリスキー極まりない。


「メ」


「ん?」


 フーちゃんの警告と同じくして俺も気配を感じ取った。

 ドームへ至るいくつもの下水路の一つ。暗がりから新たな入場者が姿を現した。


<<Lv.39 ケイブトロール 種族:妖精 種別:トロール>>


 トロール、一度まみえた相手だ。

 見上げる巨体。鎧を着こんだように重厚な胴から、丸太のような手足が生えている。

 周囲を見渡す狂気じみた目つきといい、だらんと垂れた舌といい、脳みそから知性を丸ごと引っこ抜いて凶暴性をブチ込んだような面構えだ。

 わりと最初のほうに遭遇したのは”ケイブ”がつかない普通のトロールだったな。

 強さの違いはまだ分からないけれど、レベルは今回のほうが上。

 

 とはいえ相手は素手だし、俺はずいぶん強くなった。

 負ける気はしないな。


「愛用のこん棒をお探しなら、他を当たってくれ」


 素手のトロールに対し剣を構える。

 向こうも腕を振り回して威嚇してくる。

 戦いの気配を察知してか、ちゃっかり刃から離れているフーちゃん。


 獣性のスイッチを入れるか考えたそのとき、俺は予想外の事態に踏みとどまることになった。

 地鳴りのような足音、飛び散る水音、けたたましい雄鶏の鳴き声。

 けたたましい騒音たちが、ほかの通路からも聞こえてきたのだ。

 つまり新たな参戦者を意味していた。

 その凶悪な面々を前にして、モンスターとしての俺がどうしようなく昂っていく。


「おいおい地下闘技場編でも始める気かよ、こちとら仲間を探したいんだがね」

 

 戦いの予感に背筋がわななく。


<<Lv.48 フレッシュゴーレム 種族:魔法構築物 種別:ゴーレム>>

<<Lv.40 レッサーワイバーン 種族:ドラゴン 種別:ワイバーン>>

<<Lv.45 キメラ 種族:魔獣 種別:キメラ>>


 現れたのは腐肉の巨人、小ぶりのドラゴン、そして異形の獅子だった。

 どれも初めて見るモンスターだ。

 相手にとってもそれは同じだろう。

 しかし考えていることは一つ。


 ”どいつから殺すか”

 

 間もなく暴虐の嵐が吹き荒れるだろう。

 しかし邪悪に立ち向かう主人公など、この場にはいない。

 幾重にも重なる咆哮が蟲毒の始まりを告げた。


***


 地下道より遥か上階の一画。

 フジミ=タツアキが「アンデッドうじゃうじゃ毒々ゾーン」と称した最初の難所である。

 縦横10メートルほどの広さながら、配置されたアンデッド系モンスターは10体を超える。

 なおかつ壁に設けられたレバーを順番通りに操作しないと出口への扉が開かない仕組みだ。

 大量のアンデッドに囲まれながらレバーを操作するのは不可能。

 つまり戦闘は避けられないというわけだ。


 パーティーリーダーを探し続けるドクンちゃん一行は、極力戦闘を回避してきたものの、遂に戦闘を余儀なくされていた。


「遅いうえに頭も悪いな」


 ところ狭しと駆け回るユニコーン。

 団子になったアンデッドたちが後を追う。しかしスケルトンやゾンビの鈍足ではまるで追いつけない。

 その上、数を活かして囲い込むような知性も備えていなかった。

 聖獣の背には臓器型モンスターが颯爽と乗っかっている。


「いい感じに引きつけてるねホルンちゃん。 このまま聖女のところに誘導するよ!」


「心得た」


 一列になってユニコーンを追いかけるアンデッドの群れ。

 先頭を走るホルンが向かう先、手の平に光を湛えた聖女が待ち構える。

 囮によって集めたアンデッドを聖魔法で一網打尽にする作戦だった。


「今よ!」


 聖女の手前でユニコーンは鋭角に曲がり射線を開ける。

 あとはターゲットへ聖女が魔法を放つだけだ。


「”セイントリィ・レイ”!」


 幾筋もの光線が少女の手から伸び、迫りくるアンデッドの群れへ吸い込まれていく。


「やった、命中ですわ!」


 聖なる魔法を受け、アンデッド数体が無力な骨片へと変わった。

 しかし動かなくなった同族を踏みつぶしながら、後続が襲い来る。


「と、止まりませんの!? とんでもない高レベルモンスターですわっ!」


 焦る聖女。

 ちなみに相手にしているアンデッドたちは概ね標準的なレベルである。

 さらに放たれた”セイントリィ・レイ”がまた数体を倒す、が……


「ちょっと、そんなペースじゃ間に合わないってば! そろそろ本気出しなよ!」


 残りの群れを引きつけつつ、ホルンの上からドクンちゃんが檄を飛ばす。

 ドクンちゃんの想定では『聖女』の聖魔法一撃で大半の敵を無力化するはずだった。

 実際には半分どころか、その半分も倒せていない。


「焦らしプレイしてる場合じゃないのよ!」


「もう、出し切りましたわ……」


 しかし当の聖女はといえば、荒い息を吐いて額を抑えている。

 疲労感とめまい――軽度の魔力欠乏状態を示していた。


「うそでしょ、中級呪文2発で!?」


「しかも威力をかなり抑えた上でのようだ、ドクン殿」


 出力を落としてなお、魔力を使い果たすとは。

 魔力総量で言えば駆け出しクラスの冒険者以下……というよりも、そもそも戦ってはいけないレベルの魔法的資質と言っていい。


「そんなんで聖女やってられるの……?」


 絶句するドクンちゃん。

 期待した聖女はあまりにも非力で、当てにならなかった。

 パーティーリーダー不在の今、一人でも戦力がほしいところだったが……聖女の実力は半人前といえるかどうか。

 ドクンちゃんがひねり出した次の一手はシンプルなものだった。というよりほかに無かったと言うべきか。


「どさくさに紛れてゼノンまでいなくなるし! えぇい、こうなりゃ突撃よホルンちゃん!」


「もとより我に頼ればよかったのだ。”セイントリィ・レイ”!」


 一本角が激しく輝く。

 聖女のものとは比べ物にならない量の光線が部屋を照らす。幾筋もの光が亡者の群れを焼いた。

 下方を狙った光線が足を壊して転ばせる、転んだアンデッドがもがいて周囲を巻き込む。

 ホルンの見せた”セイントリィ・レイ”の威力、範囲は驚くべきものであり、加えて運用も巧みであった。

 今でこそ信頼を置いてはいるが、アンデッドであるフジミがホルンに対し慎重の域を超え危険視しているのも頷けた。


「聖女よりよっぽど聖女じゃないの」


 次々と敵を無力化するホルン。


「複雑な誉め言葉だ」


 それをサポートするドクンちゃん。


「喉が渇きましたわ……」


 ひとり座り込む聖女。

 多少の傷を追いながらもユニコーンによる制圧は進んでいく。

 戦いのさなか、一つの考えが心臓をめぐっていた。

 やがて部屋を一掃したとき、ドクンちゃんは宣告する。


「聖女、アンタをパーティーから追放します」

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