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109話 ケンケンガクガク

「アンデッドと同じパーティーになんて居られませんわ! 外界に帰らせてもらいます!」


「あ、脱出するんだったら俺たちもついてっていい?」


「耳が死んでますの!?」


「まんべんなく死んでるけど?」


 ゲイズの城、松明が照らす最初の部屋。

 新たな同行人は元気にわめいてた。さっきまで腹に大穴が開いていたとは思えない。


 古城エリアに到達し、謎の爆発に巻き込まれ、飛んできた女がホルンの角に見事突き刺さるというハートフルな展開から更に衝撃の真実が明かされた。

 なんとこの少女、俗に言う『聖女』らしいのだ。よくもまあ、こんな辺鄙なところにおいでなすったものである。


「俺の思う聖女は血ヘド吐きながら『この私を串刺しにするなんてクソムシどもがあああああ』とか言わないんだよなあ」


「そこまでは言ってませんわ!」


 手当ての甲斐あって、聖女の腹に空いた穴はキレイに治った。服はどうしようもないけれども我慢してもらうしかない。


「なあホルン、この人ほんとに聖女なん?」


「……我も自信がなくなってきた」


 身をもって聖女をキャッチしたホルン。

 めりこんだ首も無事元通りだ。スコーピアンクイーンの体液すげえや。

 それはそれとして、少女が聖女たるかについてはホルンは力強く肯定してくれなかった。『本人がそう言うならそうなんだと思う』レベルのふわっとした物言いなのだ。


「そっくりさんでもなければ、彼女は今の聖女その人だよ。僕が保証しよう」


 疑惑はゼノンが払しょくした。元英雄が言うのだから間違いないのだろう。

 聖属性アレルギーの俺としてはニセモノでも一向に構わなかったんだけど。


「ていうかさっきから何ですの、剣聖を自称するこのデュラハンは」


 逆に聖女のほうがゼノンに対して懐疑的である。無理もない。


「そりゃあ、かつての英雄が実は魔族になってましたーなんて信じられないよねー」


「……っ!」


 壁に何かを描きつつドクンちゃんが相槌を打つ。対して聖女は少し黙り、確かめるようにゼノンを見つめ、しかし考えを振り払うように首を振った。

 ……気になる動きだ。


「ともかくユニコーンを信じて貴方たちの同行には我慢しますわ。さっさと外へ出してください」


(なんだこの女、ブン殴るぞ)


 横柄な態度にイラつきつつ言葉を飲み込む俺。


「なんだこのゴブリンの女看守、ブチ殺すわよ」


「なんですって!?」


 ドクンちゃんや、俺が思っても口にしなかったことをエンチャントして発射するのはよしなさい。

 こちらをアンデッドだからと見下しているのは気に喰わないが、話が通じる相手は貴重だ。利害が一致しやすいこの状況、きっと頼りになるだろう。


「とりあえず情報をくれよ、脱出のヒントになるかもしれない」


 特に勇者のな、と付け加える。

 アイテムボックスからの脱出という苦境。情報は多ければ多いほど望みに繋がるということは、きっと察している。


「……いいでしょう」


 ため息をつき、しぶしぶ開かれた聖女の口。そこで俺たちは予想だにしない経緯を知ることになる。


……

………

…………


 「ハハハ、落ちぶれたものだねぇ!」


 聖女の話を聞き終えて一言。

 勇者の師匠ゼノンがあまりにもあんまりな総括を述べた。言葉を失っていたけれども、俺の感想も突き詰めて言えば『あまりにもあんまり』だった。

 たぶん誰が聞いてもそんなもんだろう。


 勇者と呼ばれる者が魔王討伐の名声に飽き足らず、承認欲求から魔族に付け入られ怪しいドラゴンの飼い主にされる。挙句、自らが守った人間社会から孤立するどころか敵対しつつあるだなんて。


「つまり勇者は何がしたいのだ?」


 ホルンが素朴な疑問を述べる。俺も知りたい。


「よく覚えていませんけど『力が支配する単純な世界』がどうたら言ってましたわ」


「あーダメなやつだ」


「ダメなやつね!」


 ドクンちゃんと頷きあう。

 強者による支配なんて幻想はフィクションの中ですら上手くいかないものだ。

 これを口に出す人間というのは得てして潜在的なコンプレックスから逃避したいだけの小物だったりする……たまーにトチ狂ったガチ天才も混じるけども。


 とにかく、ようやく外の情報を手にすることができたけど……やれやれ脱出後もひと悶着ありそうだ。


「ていうかアレね、マスターがアイテムボックスにいるおかげでドラゴンの成長を抑えてるわけよね」


「えっ、そうなの?」


 ドクンちゃんの気づきについていけない。ドクンちゃんは壁に石で線を引きながら続ける。


「だってマスターっていう異物がいるから、勇者は収納したモンスターを取り出せないわけでしょ? ドラゴンのご飯を邪魔してるって考えたら、ちょっぴり平和に貢献してるんじゃない?」


「たしかに?」


 強力無比なアイテムボックスを一部とはいえ機能不全にしている功績は、たしかにあるかもしれない。

 完全に成り行きだし、誰が褒めてくれるって話でもないけど。


「で、負けヒロインは勇者とドコまでいったの?」


 しんみりする負けヒロ聖女へ、ほんのり気になっていたことを切り出す。アンデッドにデリカシーもハラスメントもないのだ。


「誰が負けヒロインですって!? この状況でそんなこと聞きます? ていうかアンデッド風情に教える必要ありませんわ!」


「情報は多いほうがいいから」


「突破の仕方が雑すぎますわ!」


 怒られた。

 ちっ、他人の色恋沙汰なんて久しぶりに聞けると思ったのによ。


「なんなのウブなネンネなの?」


 ドクンちゃんが悪態をつく。

 前の世界で死語だったと思うけど、この世界にもあるのソレ……?


「いや、この女……おそらく寝ている」


 ホルンが目を光らせた。

 聖女がビクッと露骨に肩をこわばらせる。


「えっ、ネンネ!?」


 まさかの的中に驚く俺。ていうかネンネってどういう意味?


「ネンネとやらは知らないが、聖女のくせに尻軽と見えるぞ」


 さすが生娘鑑定士(生きたハラスメント)ことユニコーン。

 世が世なら人権を守る団体に絶滅させられているに違いない。


「だったらなんですの!? モテすぎて不都合なことありまして!?」


 ブチ切れ&テンパる聖女。これが開き直りというやつか……アンデッド相手に見栄張る意味もないしね。


「じゃー勇者も自分の上を通り過ぎて行った有象無象の一人にすぎないってコトー?」


 さっきから言葉選びがトレンディだよドクンちゃん。対して聖女は言いよどむ。


「そっ、ま……そんなところですわ」


 最後のほうは消え入るように。その目に浮かんだ一抹の寂しさをアンデッドアイは見逃さなかった。


「おやおや、コレは強がりのやつかー?」


「最初で最後の恋ってワケねー」


「ビッチにも人の心はあった、そういうことであろうな」


「片思い相手に殺されかけた女の子に、つくづく容赦ないね君たちは」


 若者いじめである。

 しかし根底にあるのは、まともな恋愛をしてこなかったが故の悲しきモンスターの僻みであること忘れてはならない。


「なるほど、刺されるのも慣れっこだったワケね!」


「潰しますわよ面白臓物がっ!」


 ブチ切れて掴みかかる聖女をいなしつつ、ドクンちゃんはついに壁画を完成させた。

 クロウラーダンジョン攻略の際、砂に描いたものに似ている。しかし今度は一目で分かる図だった。


「城内の地図か、すげぇな」


 精緻というほかない見事な出来栄えだ。


「ガーゴイルが分身もってたのよ。それとサソリ兄弟の記憶を合体させたの」


「ナイス」


 なるほどね。サソリ兄弟は城内にも出入りしていたのか。

 ドヤ顔のドクンちゃんを撫でつつ進行ルートを思案。ゼノンも横に立ち、同じように眺め始めた。


「ゲイズがいるのは間違いなく玉座だろう」


 自らの首を抱えつつ、一点を指すデュラハン。そこには王冠のマークが刻まれていた。


「残念だけどゼノン、正解よ」


 ドクンちゃんが舌打ち。


「玉座か、王道だな。最悪でも普通に進めば普通に着くとして……逆に地下ってなんのためにあるんだろ?」


 ゼノンの指先からまっすぐ降りた地点を指した。 

 ゲームの場合、ボス部屋にアクセスするための鍵がよくあった……気がする。


「そこはねー、立ち入り禁止」


 ドクンちゃんが言うには、ゲイズ以外は近づくことを禁じられた区間だという。


「まさか本当にボス部屋の鍵か?」


「鍵ならば手元に置くのでないか」


 ホルンの指摘もモットモだ。

 ともあれ玉座を目指すのであれば不要なルートに思えた。


「じゃあ幻惑の杖で――」


「ガーゴイルに乗って――」


「聖女を生贄に――」


 登れそうな外郭、手持ちのアイテム、罠の配置等を交えて俺たちの議論は過熱する。

 そんな中、ぽつりと聖女が呟いた。


「なんなんですの貴方たち。モンスターのくせに、まるで冒険者みたいに……」


 ぽかんと、城の地図と俺たちを見比べる。しまった、完全に置いてけぼりにしてしまったか。

 ていうか冷静に指摘されると照れるわ。


「聖女さんよ、お客さん気分じゃ困るなあ。アンタには存分に聖属性魔法を奮ってもらうぜ! まず最初の難所はここ、スケルトン&ゾンビスシ詰め毒々ゾーンだ!」


 恥ずかしさを紛らわせるため、勢いつけて地図の一部を拳でたたいた。

 いかにも作戦会議ってぽくてかっこいいだろ? 


 そして何故か壁にめりこむ拳。


「あ」

「あ」

「あ」

「あ」

「え?」


 壁にめり込んだのではない。

 壁がめり込んだのだ。俺が叩いたブロックはスイッチだったらしい。

 床の感覚が消え、視界沈んでいく。

 どうやら落とし穴よろしく床が抜けたようだ。

 人間なら反応できないだろう。しかし動物並みの反射神経を持つ俺には詰めが甘い。


「あぶねっ」


 驚きつつも手を伸ばして間一髪誰かを掴んだ。


「い、いやあああああああ! ”ホーリーライト”!」


「は? お前なにしてーー」


 聖属性魔法が迸る。

 聖女の足首を掴んだ腕はしかし、手首から消失した。

 呆然とするみんなと見つめ合いながら、俺は闇へ続くスロープをどこまでも滑り落ちていった。

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