104話 ピンチがチャンスでピンチでチャンス
ドウラウグルとして獣性を得た俺は、今や1対6の理不尽局面すら長期戦に持ち込めるほどになった。とはいえ何かの拍子に押し切られるかもしれない……そこで俺は一計を案じた。
まずドクンちゃんに強化魔法を唱えるよう指示し、サソリ兄弟が焦るよう仕向ける。案の定、ゴーレムと魔法に逃げ道をふさがれ、絶対絶命のピンチに陥ることができた。
(このスリル、たまんねぇな)
獣性に影響されてか、命の危機すら……いや、危機であるほど高揚感を覚えてしまう。
最高にいい気分だ。が、コレに呑まれてしまえば自我を失ってしまう。
冷静に、冷静に……。
クールな俺とは逆に、ジフトの目は憎しみに燃えている。
すぐに殺到する4体のサンドゴーレムに遮られたが。
『生命探知』スキルをアクティブに切り替える。
すると生命をもたないゴーレムが透過され、その向こう――ジフトの動きを注視できる。ジフトを示す、サーモグラフィーのようなオレンジの光がゆらめいた。武器を構え、俺にとどめを刺すべく距離を詰めてきた――と推測する。
『生命探知』スキルに触れた当初は”劣化した視覚”という低評価だった。
生物のおおまかな大きさ、移動くらいしか認識できなかったから。けれど修練の成果もあり、距離感や動作も把握できるようになってきた。
今回の戦闘MVPは間違いなく『生命探知』様である。
さて、相手の動きは計画通り。
次に必要なのは一撃必殺の武器だ。といっても俺には初歩の闇・氷魔法か爪か剣しかない。
いちばん殺傷力が高いアイスブランドじゃ、ゴーレムを挟んだ立ち位置にいるジフトへは届かない。
(そこで、だ)
奥の手、その1。
アイスブランドを握りしめる骨の右腕、これを剣ごと肩から取り外す。
そして左腕に持ち替える。で右腕部分を握れば、腕一本分の柄が延長された即席槍の完成というわけ。
とれた腕の指関節やら肘関節の握りが保持されるか心配だったけど、やればできるもんだな。
自分の体をモノ扱いできるのはアンデッドの特権だ。
(そして一連の仕込みはゴーレムで隠され、敵からは死角……!)
サソリ兄弟からすれば、俺は魔法に阻まれゴーレムに捕まる袋のネズミに見えただろう。まさか起死回生の一手を構えているとは思うまい。
証拠に、ジフトを示す生体反応がさらに近寄っている。ゴーレムで抑え、自らの手で叩き潰す気満々と見える。
これまで散々クイーンとアイツらを馬鹿にしたのも効いたわけだ。
あとはタイミング勝負――集中しろ。
砂の腕が顔面に迫る。ビビらずに半歩引いて猶予と溜めを作る。そしてゴーレムのすぐ後ろ、斧を振りかぶった生体反応が射程に入った瞬間。
「ガアアアァ!」
渾身の突きを放った。
目いっぱいの踏み込みと、伸ばした左腕。そして外した右腕により加算されたリーチは、正面のサンドゴーレムをまとめてブチ抜くに留まらない。
舞い上がった砂が落ちるより早く、剣先はスコーピアンの心臓をとらえた。
「が、は……っ!?」
くぐもった声と血の匂い。
深々と胸に刺さったアイスブランドは、その冷気で臓物を侵し苦痛とともに命を奪い去る。ゴーレムたちが俺を掴んだころには、ジフトの生体反応は急速に弱まっていた。すぐにでも息絶えるだろう。
再び獣性を抑えて体を取り戻す。
「見誤ったな」
自分でいうのもなんだけど、俺程度に負けるようじゃ脱出なんてできないぜ?
死にいく敗者にかける言葉は多くはいらない。
「アンデッド風情が、ああああ……カハッ」
ジフトは最期の力を振り絞り刃を引き抜こうとするも、断末魔に苦痛を添えるだけに終わった。
「次はお前だ」
残るアルビノのスコーピアンを見すえる。
敵対者は確実に排除する……この砂漠で、もっとも大きな学びだ。
「ジフト!」
想定外の反撃にうろたえるニヴ。術者の混乱をうけ、ゴーレムたちの統制が乱れた。
チャンスが連鎖した。
砂の腕を振り払いつつ、最速にして最大威力の呪文を発動。
「”コープスボム”!」
奥の手、その2。
こんなこともあろうかと、バレないよう深く潜らせていた一体のスケルトンクロウラー。
こいつを急浮上させ、サンドゴーレムの真下で爆破。俺をつかむゴーレム数体が消し飛び、おかげで拘束が解かれた。
巻き添えダメージをもらってしまったが仕方ない。
「追い詰められたと思ったら、さらに隠し玉をもっていたとは」
「そういうとこあるよねマスター」
ホルンの驚きにドクンちゃんが雑な相槌を打っている。もっと褒めろや。
「でもクロスケいたんだったら、最初から真下爆発キメちゃえばよかったのに」
ドクンちゃんの素朴な疑問に答えてあげたいが今は忙しい。
ちなみに答えは『地中へ潜りまくるジフトにバレるのが怖くて、動かしづらかった』だ。幸い、スコーピアンはクロウラーほど深く潜らないからバレずに済んでいたわけだけど。
それは後で教えてあげるとして……
「こいつマジかよ」
俺にも想定外の事態が起こった。
爆発の砂煙に紛れてアイスブランドを回収しようとしたが叶わなかったのだ。
ジフトは目を見開き怒りの形相で絶命していたのだが、胸を貫くアイスブランドを固くつかんで離さなかったのである。すさまじい執念だ。
「敵ながらあっぱれ、と言っておこうか」
アイスブランドにくっついたままの右腕を再接続。少し迷ってジフトが落とした戦斧を担ぎ上げる。重いうえに火属性付与魔法が発動中で、使い心地は最悪だが我慢しよう。
斧は使い慣れてないけど、獣性でなんとかなるだろ。
「兄弟まで手にかけるか!」
印を結ぶような動作をしつつ二ヴが叫ぶ。すると設置されていた炎の嵐が竜巻となって走り出した。
「動くのかよソレ!?」
てっきり一か所に留まる呪文とばかり思っていた。
火属性は弱点属性ゆえに徹底的に避けたい。独特の軌道で突っ込んでくる炎を慎重によけること数回、俺はミスに思い至る。
「マスター気をつけて! そいつ、HPと引き換えに詠唱時間縮めてるっぽい!」
「そうそう、殺し屋神官も使っていたスキルだね」
ドクンちゃんの推測は当たっているらしい。
道理で次から次へと魔法を打ちまくっていたわけだ。不自然なほどに早い詠唱にはカラクリがあったということか。
時すでに遅し。
リスクを冒してでも接近すべきだった。
血涙で白い顔を汚しながら、またしても未知の魔法を放つスコーピアンの魔術師。
「目覚めよ、”クリエイト・ドラウグル”!」
(――!?)
<<Lv.52 種族:アンデッド 種別:ドラウグル・スコーピアン>>
獣性を即時解放。
振り向きざまに振り下ろした斧は、俺がよく知る氷の刃で受け止められていた。
「ガハ、ハ……!」
(ドラウグル対決とは、いい趣味してるぜ)
俺の背後に立つ、もう一体のドラウグル。
その手には愛剣アイスブランドが握られている。
あたかもドラウグルになることを見越したかのように、俺の剣を握りしめて死にやがって。
氷の吐息を漏らしながら、アンデッド化したジフトがニヤリと笑った。
――拳だ。
反応が遅れた。
叩き込まれた拳が胴を浮かせ、俺の動きが一瞬止まる。
――”悪い冗談だ”と頭で考えつつ、”粋な展開だ”と本能が喜ぶ。
アイスブランドと二ヴの魔法が同時に俺を狙っている。またしても二つにひとつ、被弾は避けられない。
そして片方に当たれば次の攻撃ももらってしまうだろう。
完全にペースを奪われた――逆転された。
(どうする!?)
この状況での思考はもはや悪あがきの域だ。
考えるのをやめたくなった、そのとき――
「”衝撃《インパクト》”」
聞いたことのある呪文が割り込み、俺の目の前からジフトが消えた。
正確には、人間状の上半身が丸ごと消失していた。
サソリの下半身だけが置物のように佇み、一拍遅れてアイスブランドが地に刺さる。
「なん、だと……!」
尋常ではない横槍にニヴが驚嘆を露わにする。
俺も同じ気持ちだったが、やつよりも事態を飲み込めていた。
待っていたぜ、このときを。
奥の手、その3。
「聖獣ユニコーン、復活せり!」
「ホルンさん!」
激しく明滅する光が全員の注目を集めた。
その中心……嘶くは白馬――否、ユニコーンのホルン。
<<Lv.47 種族:聖獣 種別:ユニコーン>>
失われた一本角が今、雄々しく復活を果たした。