103話 虚飾と虚勢
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神代の昔、突如として現れ侵略を開始した魔族。
彼らは世界と世界の隔たりを超え、空間を裂き、あらゆる資源を食い荒らす。
しかし今の魔族とは違い、本来の彼らは姿形をもたない。
次元から次元を渡るにあたり、己を定義するほど移動にエネルギーを要するからだ。
もし肉体が必要ならば侵略先で一時的に獲得すればよい。やがて資源を奪い尽くしたら仮初の肉体を捨て、いくらかの同族を残して新たな次元へ。
変化と侵略、それだけが魔族の本質であった。
しかし、あらゆるものに変化しうるということは言い換えれば無個性ということ。
「この世界での長き戦いを通し、自らを最適化するうち祖先は……敵に感化されてしまった。敵たちがもつ、種の伝統、血の継承そして個の確立を羨み、取り入れた……」
霧のように味気ない不定形を捨て、対峙した者の感情を動かす肉体、特徴をもつ多様な存在と自らを定義したのだ――侵略対象であるはずの先住民にならって。
浮かれた魔族たちは各々が好き勝手に肉体を創造し、同士で集い、血統を名乗った。
ヴァンパイア、デュラハン、リッチ、ゴルゴン、リヴィアタン……今では実に多くの血統が乱立し、覇を競っている。
「変化を捨てることもまた変化、とはいえ忘れ去ってしまうのも寂しいものです」
貴族風の紳士、に化けた魔族オセが独りつぶやく。
手元には真っ黒い粘土のような塊があった。陶芸家のように塊を撫でる。すると塊はめまぐるしく跳ね、縮み、伸び、次々に生物のシルエットを表現し、そして最後には四肢と翼をもつ生物……ドラゴンを形作った。
それは勇者が”相棒”と呼び始めた、若く強靭な黒龍に似ている。
「原種の網羅すら遠いが……ふむ、順調に吸収していますね。どうやら勇者はテイマーの適性もお有りのようだ」
満足そうに椅子に背を預け、オセは茶をたしなむ。
彼のくつろぐ華美な庭園は空間魔法が作り出した虚像である。
いかにもな初老の貴族が、贅沢な庭園と調度品で物思いにふける冗長な時間。
オセはこの”人間ごっこ”をひどく気に入っていた。
センスのいい椅子もテーブルも、すべてが虚栄。無駄と飾りは多いほど、欺瞞は重ねるほどに趣があると思っているのだ。
「だからこそ、飾り立てられた衣を引きはがし、丸裸になった世界を見てみたいのですよ」
ミニチュアのドラゴンをもう一度、つぶさに眺める。
『Lv.70 スクリーチ・ドラゴン』の表示がオセには見えていた。
「すべての個を内包すれば、それはすなわち全――無個性と同じこと。
すべての個にして無――原初の魔族へ回帰し、祖が再び世界を侵す……あぁ、まるで想像もつかない!」
心底楽しそうに笑い、昂ぶりのままにドラゴンを叩き潰す。
ぺしゃんこになった粘土は、やがて泡立ち、蒸発し、霧となる。
煤のような霧は、しかし永久に消えず漂っていた。
***
俺VSサソリ兄弟。
当初1対2の想定だったはずが、フタを開けてみれば6対1。投げ出したくなる字面だが今の俺は一味違う。
兄弟と初遭遇したときより格段に強くなっているのだよ、俺って奴は。
<<Lv.40 種族:魔法生物 種別:サンドゴーレム>>
<<Lv.40 種族:魔法生物 種別:サンドゴーレム>>
ボーリング玉ほどもある拳が2つ、目の前をかすめた。
頬を撫でた風圧が破壊力を十分に物語る。
(雑な攻撃だな)
<<Lv.40 種族:魔法生物 種別:サンドゴーレム>>
<<Lv.52 ジフト 種族:亜人 種別:スコーピアン>>
<<Lv.40 種族:魔法生物 種別:サンドゴーレム>>
さらに2体たたみかけてくる。
(――いや、中にもう一体!)
『生命探知』スキルをアクティブにすると、俺は生命をもたないゴーレムたちを認識できなくなってしまう。
しかし代わりに見通せるものがある。同時に迫るサンドゴーレムのうち一体だけ、あるはずのない生体反応を持っている。
瞬間的に獣性を抑え、怪しいゴーレムを警戒。
案の情、ゴーレムの中からスコーピアンの上半身が飛び出し、斧を振り下ろしてきた。
「なにっ!?」
空を切るジフトの斧。驚嘆が響いた。
重い斧には炎属性が付与されており、掠るだけで相当なダメージを負うだろう。
が、読めていた。
(初見殺しできなかったのはショックだったか?)
よほど今の戦術に自信があったと見える。
ニヴによる4体ものサンドゴーレムの召喚とジフトの高速潜行を組み合わせ、ゴーレム内へ潜伏し多角的に追撃する……たしかにユニークかつ強力な戦術だ。
「けど、アンデッドには相性最悪だったな……ギ」
肉体の支配権を獣性へスイッチ。飛び上がりざまゴーレムごとジフトを薙ぎ払う……手ごたえあり、だ。
ゴーレムに物理攻撃はほとんど効かない。しかし中身入りならば話は別。
再生していくゴーレムの、砂の一部が青く染まっている。
ジフトへカウンターが決まったのだ。
(『生命探知』練習してて良かった)
人間戦で評価を見直してからというもの、修練を積んだ甲斐があったというもの。おかげで砂に隠れても『生命探知』で丸裸というわけ。
スコーピアンからしたら鬱陶しいことこの上ない相手だろう。毒も効かないしね。
「おいフジミ、こっち来てるぞ!」
「そうなのホルンちゃん?」
隅で待機しているホルンとドクンちゃんへ、サンドゴーレムが狙いを変えた。
広めとはいえ屋内じゃ移動に制限がかかる。ホルンはいずれ追い詰められてしまうだろう……危惧した通りの展開だ。
しかし――
「人質とるのはフェアじゃないでしょ」
一閃。
観戦を決め込んでいたゼノンが目にもとまらぬ速さでゴーレムに肉薄し、袈裟切りにした。
跡形もなく崩れ去る砂の人形。俺の時とは違って、斬撃でバッチリ倒しているではないか……なぜだ。
「礼なら結構さフジミ君。おや、どうやら今の斬り方について聞きたいようだね? まずゴーレムというのは――」
少し興味あるけど集中力が削がれるので無視。
体が自動運転とはいえ、さっきみたいに適宜フォローを入れる必要はあるわけで、雑談しているわけにはいかない。
「ならば攻め方を変えましょう」
ニヴの指令を受けてゴーレムの挙動が変化する。
ゴーレム潜伏戦法が通じないと分かり、攻め方を変えてきたのだ。
(うっとうしいな!)
殴りかからず、ただ腕を広げ愚直なまでに突っ込んでくるゴーレムたち。
四方八方から掴みかかろうとする様はさながらゾンビの群れのよう。
「捨て駒でフジミの動きを封じてから集中攻撃するつもりなのだろう」
「そうなの?」
夜目が利かず『生命探知』でしか状況把握できないドクンちゃんのためにホルンが解説してくれている。
(うわ、もう補充しやがった)
ゼノンのおかげで一体減ったかのように思えた敵の手駒だが、次のサンドゴーレムが早々に召喚されてしまった。
(素材が砂だからどんどん呼べるってこと? ずるくねぇ?)
「”クイックサンド”、”フレイムトラップ”」
二ヴの魔法により足元が崩れ、さらに炎の地雷が生成された。
さっきから連続で魔法使えるのはどういうカラクリなんだ?
ともかく魔法を避けつつ、背後のゴーレムもいなす。せわしなく動く体を眺めながら考えを巡らせる。
サソリ兄弟を狙おうにもゴーレムに邪魔され、苦労してゴーレムを倒してもすぐに補給される。
このままではいずれ一か所に追い込まれ、ゴーレムたちに押しつぶされ、魔法を撃ち込まれ、斧でたたき割られてしまうだろう。
ニヴのMP総量次第だが長期戦は不利だ。
クイーンの体液で過剰回復していたHPも防御を重ねるごとに地味に減り続けている。
(それに獣性を解放し続けるのも危険だ)
ホルンを一瞥する。
ムーディーな光を発していることからして、角はまだ修復中のようだ。
実のところ、奥の手は一つある……けど、いつ使えるのか未定だ。
奥の手解禁に期待して長期戦に付き合い、粘った挙句にまだ解禁できませんでした死にました……となる可能性は捨てきれない。
むしろ敵が攻撃力を増強して、俺の時間稼ぎすら潰される危険性もある。
「潰れろッッ!」
「ルルァァ!」
猿のように四肢を使って立ち回る。
ジフトはすさまじい怪力で斧を振るが、さすがに大振りがすぎる。
まだ時間稼ぎをするか? ……待てよ、『逆』だ。
攻撃の応酬を体に任せ、考えをまとめる。
(……やってみるか)
体を取り戻すと高らかに、露骨に指示を飛ばした。
「虫けらが粘りやがって……ドクンちゃん強化魔法くれ!」
加えて念話で補足。
「あいさ! ちょっと時間かかるよ!」
ドクンちゃんが詠唱を始めるが、むろん嘘である。
そんな便利な魔法があるならとっくに使っている。
しかしさすがは実力派女優ドクンちゃんだ。真に迫る演技でうにゃうにゃ詠唱している。
「――っ!」
ニヴがたじろいだ。それを見て俺も若干ビビる。
まさか本当に強化魔法使えたりしないよね……?
リアクションを見るに即席の作戦は順調に進んでいる。
実は危険人物ゼノンと関係していたこと、獣性で強化されていたことが明らかになり、敵は俺の強さを図りかねていた。
つまり長期戦に持ち込んだはいいが逆転されるんじゃないかと危惧していたわけだ……奇しくも俺が思っていたのと同じように。
そこでブラフが効いてくる。
『今からを強化魔法で逆転しちゃうけど詠唱に時間かかるから、お前ら最後のチャンスですよ』とお膳立てしてあげたわけである。
案の定、二ヴはドクンちゃんの詠唱に騙された。
ならば次のステップに移る。
「逃げてばかりでは勝てませんよ!」
魔法の弾幕を避けつつ、周囲を確認。
それとなく追い込まれやすそうな位置へ跳ぶと、案の定サソリ兄弟がアイコンタクトを交わした。
(たたみかけて来い……!)
まずゴーレムたちが殺到してくる。
そして間髪入れずに――
「”サンドストーム”、”フレイムウィンド”!」
(来たっ!)
如何にも強力そうな魔法が続く。砂の嵐と炎の突風が俺の逃げ道を塞ぐように設置された。
哀れな俺は超痛そうな魔法に突っ込むか、ゴーレムたちに押しつぶされるか、二つに一つというわけだ。
敵の立場で言えば、『チェックメイト』ってやつだろう。
「フジミっ!」
ホルンがいい感じに焦ってくれる。
あれは俺の目論見を察しての演技なのか、素で心配してくれているのどっちなんだろう。
ツンデレなところあるから意外と本気で心配しているかもしれない。
さておき押し寄せてくるサンドゴーレムの向こう側で、ジフトの燃えるような瞳を俺はしっかりと捉えた。
『勝利を確信したが故の慢心が見てとれた』とか言いたいところだけど、残念ながらそんな観察眼はない。
代わりに、至極分かりやすい感情が見えた。
――怒り。クイーンを殺し冒涜した、格下への燃えるような憎しみ。
それこそ、まさに逆転の目だ。
俺は肩関節を静かに軋ませた……。