8 「好き、なんですか」
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新入生勧誘期間が終わった三日後、夏芽さんは部室にいた。僕がまとめたデータをグラフ化し、夏芽さんが考察を考え僕が文章化した。人に見せられるくらいのものにはなったのではないだろうか。夏芽さんはホチキスで数十枚にわたる文書をパチンと留めた。
「よし、これで研究結果はまとめ終わったね。ありがとう、付き合ってくれて」
「やだな、それじゃあこれが最後みたいじゃないですか。まだ研究、続けますよね?」
「あはは」
夏芽さんは笑って返すだけだった。
「嘘、ですよね?これからじゃないですか。まだ調べなきゃいけないことだってたくさんあるじゃないですか。なのに、どうしてこれで終わりみたいな言い方・・・」
「悩んでいるんだ、この研究を続けるべきか。前から懸念していたじゃないか、若返ることによる記憶の混乱に。若返った分だけ、それまで過ごしてきた日々の思い出とか、その全てを忘れてしまうかもしれない。それでいいのかなって」
若返りによって病気を治すことの代償として、脳も同時に過去の状態に戻り、記憶が消えてしまう。そのことはジェリーの観察からも明らかだった。
「分かってます、だからそうならないようにこれから研究をつづければ・・・」
「大好きな先輩に会えなくなるのは寂しい?」
いつものように夏芽さんが僕に言う。また、からかっているんだ。きっと後になって「研究続けるに決まっているだろ。やっぱり寂しいんだ?」とおちょくられるに決まっている。だから僕は「大嫌いな先輩と会えなくてほんと嬉しいです」と答えた。
「私はケンのことが大好きだけどね」
夏芽さんがじっと僕の瞳を見つめる。まるで「君はどうなの?」と問われているようだった。でも僕は、素直になれなかった。何も答えられなかった。
「悪かった、これで最後にするから。もうからかったりしないよ」
そう言って、夏芽さんは手をひらひらと揺らし、部室を去っていった。
それから夏芽さんは、もう二週間も部室に現れていない。
僕はというと単位数を稼ぐため、どの学部の人でも履修することのできる退屈な講義を受けていた。隣を見ると、控えめなあくびを両手で抑え眠たそうにしているちなみちゃんがいた。講義が重なったのはたまたまだったけれど、お互い友達もいなかったので僕とちなみちゃんは並んで講義を受けていた。
するとちなみちゃんはハッとしたようにシャーペンを持ち上げた。しかし彼女はノートに文字を書くわけでもなく、1回、2回、3回とペンをくるくる回した。
そしてさらに、1回転、2回転、3回転。
あ、寝ちゃった。
ちなみちゃんのことを見てるとペットの子犬を眺めているみたいで楽しかった。
講義が終わり彼女を起こしてあげ、二人は先週と同じく目的もなく部室へと向かった。
部室に到着すると、ちなみちゃんが大きく膨らんだトートバックをソファに置き、赤いカーディガンの袖をまくった。
「さて、と」
「・・・」
僕がソファに座ることなく言葉を失っていたのは、ちなみちゃんがテーブルの上に天文学にかかわる本やら道具やらを山積みにしていったからだ。
「バッグ、すごいパンパンだなと思ってたら、そういうことか」
「お二人に少しでも星について興味をもってもらおうと思って、家から宇宙に関する本を厳選してきたのですが、健さんもどうですか?」
厳選してこの量か、と思ったが口には出さなかった。もちろん天文学なんてこれっぽっちも興味はなかったが、ちなみちゃんの大きく純粋な瞳を前に断れるはずもなく、僕は一番上にあった本を手に取った。中は写真やイラスト満載でわかりやすく星や惑星について解説されていた。やけにひらがなが多い気もするけど・・・
「これってもしかすると小学生向けの図鑑じゃない?」
タイトルを見てみると『こども大図鑑 宇宙』とある。もしかしなくても小学生向けだ。どうやら僕の知能指数は小学生並みだと思われているらしい。
「最初はこんなところからでいいんです。なにせ築地が天文観測の名所だと思ってたくらいですからね」
「そんなこと言ったかな?ちょうど二週間くらい前のことを忘れる病気にかかったみたいで覚えてない」
僕が棒読みで応えるとちなみちゃんはおかしそうに笑った。最近ではこうして気兼ねなく話せる仲になったように思う。
もともとちなみちゃんはよく喋る子ではない。それがこうして僕と打ち解けられているのは、ひとえに天文学のおかげだろうと思った。星のことを話しているときの彼女は本当に楽しそうで、星が僕たちとちなみちゃんとの間にある壁を取り払ってくれているように思う。
そういえば、あのバラの女の子、なっちゃんも普段はおとなしかったけれど、星のことになるとキャラが変わるような子だった。星のことを話しているときのなっちゃんは本当に生き生きとしていて、星を語るときの彼女の笑顔に心を奪われてしまった。
もしかしてちなみちゃんとなっちゃんは同一人物なのかもしれない。・・・いや、「ちなみ」なのに「なっちゃん」ってあだ名はあまりに強引すぎるだろう。
ちなみちゃんをバラの女の子と重ね見てしまうのは、きっと二人が似ているからだろうなと思った。ちなみちゃんにしろ、夏芽さんにしろ、僕は出会った女性を初恋の相手と重ねてしまう癖があるみたいだ。
「本当に星が好きなんだね。星のことを話してるときが一番楽しそう」
「えへへ、そうかな?」
屈託なく笑う彼女は、十年前の僕の初恋の相手と同じ瞳をしていた。
「ケンくんも、もっと星のことが好きになってくれたら嬉しいなあ」
とある夏の金曜日。その日もいつもの公園で、二人並んで星を見ていた。
いつしかふたりの天体観測は毎週金曜日の約束事となっていった。そういう日々がずっと続いて、季節は夏になった。相変わらず僕は星を見ていなかったと思う。目では空を見ていても、心ではずっと君のことを見ていた。
だからなっちゃんの様子がおかしければすぐにわかった。
「でも今日はいつもより楽しそうじゃない。何かあったの?」
彼女は黙った。その目は星というよりも、どこか遠くを見ていたような気がした。
「ううん、何でもないよ」
彼女は笑っていたけれど、その目はこちらを向いてはいなかった。何か隠している、という確信はあったが結局彼女が何に悩んでいたか分からなかった。
次の金曜日を迎えた。公園に向かう前、スイミングスクールでその日のレッスンを終えロビーに向かうと、なっちゃんのお母さんが静かに座っていた。彼女はスクールに通っているわけではなかった。何事かと思っていると向こうから声をかけてきた。
「健君、練習お疲れさま。これ、私からの差し入れ」
もう何度も公園で会って仲良くなっていたので、渡されたペットボトルのジュースを僕は素直に受け取った。僕は隣へと座った。
「健君はあの子が、おとなしくてあんまり思っていることを表へ出せないこと、知ってるよね?」
僕はこくりと頷いた。僕と彼女は似ていたから、僕も自分の意見があまり言えない子だったから、彼女の気持ちはよく分かった。
「だから、まだあの子から聞いていないと思うんだけど・・・。私たち引っ越すの。ごめんね、せっかく仲良くしてくれていたのに、すぐお別れになっちゃって」
なっちゃんのお母さんは深々と頭を下げていた。本当に申し訳なさそうな顔をしていた。僕は声にならなかった。いつ?とかなんで?とかいう言葉よりも、悲しい、という感情が僕を支配した。
「一週間後、お父さんの仕事の都合で大阪に引っ越さなくっちゃいけないの。ずっとここに、あの子だけでもいられたらいいんだけど、そういう訳にもいかなくて。本当にごめんなさい」
僕は理解できなかった。だってあの子は一言もそんなこと言ってくれなかった。どうして、なんで。夏休みの間も毎週会っていたのだからいつだって言うチャンスはあったはずだ。なのに彼女は、なにも伝えてはくれなかった。
「ごめんね、あの子は、ずっと健君に言おうと思って、でも言えなかったんだと思う。引っ越しを繰り返すようになってからふさぎ込みがちになって、でも健君と会ってから、あの子もとの明るさを取り戻してくれた。健君が閉ざしていたあの子の心を開いてくれたんだって私にははっきりとわかったわ」
「だったら、どうしてなっちゃんは僕に何も教えてくれなかったんですか!」
僕は吐き出す相手が見当違いだと、なっちゃんの母親の悲しそうな顔を見て気付いた。それでも、彼女のお母さんは優しくこたえてくれた。
「きっと、言って健君を悲しませたくなかったんだと思う。健君には、ありのままの健君のままでいてほしかったんだと思う。一番大切な友達だったから」
僕は黙ったまま彼女のお母さんの話を聞いていた。言っていることはわかったのだけれど、そのことをどうしてなっちゃん本人ではなく、彼女の母親が話しているのか、僕は無性に怒れてきてしまって、ひどい顔をしていたんだろうなと思う。
「今日もあの公園で待っていると思う。会ってあげてくれる?」
僕は湧き上がる感情を押し殺して、黙って頷いた。
「・・・さん?健さん?」
僕はハッとしてちなみさんの方を見た。
「どうしたんですか、ぼーっとして。目の焦点があってませんでしたよ?」
過去の思い出に浸りすぎて意識まで過去に飛んでいた。高校三年生の夏休み前、母さんからバラのことを聞いて、なっちゃんと両想いだったことが分かってから、こうしてたびたび十二年前の記憶がフラッシュバックするようになった。もう大学生だぞ、いい加減忘れなきゃいけないのに。
「いや、なんでもない。それより、本を持ってきてくれたのは嬉しいんだけど、テーブルが本に占拠されないようにね」
「わかりました。家に持ち帰って読んでくれてもいいですよ?」
「間に合ってます・・・」
こうやって冗談をいいあえるようになったのも、初めて会った時と比べて心を許してくれているからなのかなと思い、幸せな気分に包まれた。僕は図鑑をもとの場所に戻し、ソファへと腰を下ろした。
「そういえば今日も夏芽さんいないみたいだね」
「そうですね、最近見かけてないです」
一年前は講義そっちのけで部室でだらだらしてたくせに。薬が完成した時も「しばらくはここにいるから」って言ってくれたのに。若返り薬が完成してからというもの、夏芽さんはほとんど部室に顔をださなくなってしまった。卒業論文制作に向けていろいろ忙しいというのはわかっているが、やっぱりいないとなると寂しい。あの時、「いなくなって寂しい?」と尋ねられたあの日、僕は何と答えるべきだったのだろう。
「若返り薬が完成して、二人の夢が叶ったじゃないですか。これからどうするんですか?」
「マウスの若返り実験は成功したけれど、まだ人体に対する実験は出来ていないし、年齢や個体差、性別がどう影響してくるかとか、脳への影響とか、課題は山積みなんだ。若返ると、若返った分だけ記憶が失われちゃうから、記憶の溝がどうしても生まれてしまうんだ。その時の身体への影響とか、これから二人で調べていくつもりだったんだけど・・・。夏芽さん主導で研究してきたから、夏芽さんが部室に来てくれないと僕は何から始めたらいいか分からない」
僕はあくまで夏芽さんに薬について学びながら、データを取ったりサポートしてきただけだ。
「夏芽さん、どうして部活に来なくなっちゃったのかな・・・」
ちなみちゃんか心配そうにつぶやく。
夏芽さんが部活に来なくなるなんて、これじゃあ昔の反対だ。
過去、僕にも部活が辞めたくて何週間も部活に出ない時期があった。
『・・・僕なんていないほうがいいんじゃないかって思うんです。僕は夏芽さんの背中をただ見つめるだけで、研究の役に立てるわけでもない。それどころか薬品の調合とか保存方法を間違えて作業を大幅に遅らせちゃったり、夏芽さんの足を引っ張るばかりで自分は邪魔なんじゃないかって思うんです。僕なんていないほうが教える手間も省けるし、作業ははかどるだろうし、夏芽さんにとって僕は障害でしかないんです』
秋、僕が入部して半年がたったころ、夏芽さんに僕の思いをすべて伝えた。あの時、夏芽さんが返してくれた言葉を今でも覚えている。
『私は・・・ずっと後悔してたんだ』
確かに夏芽さんはいい加減だしテキトーだけど、あの時の言葉があったから、僕は夏芽さんを信用しようと思ったんだ。夏芽さんがいなければ、僕がこの天文部を続ける意味がなくなってしまう。
「夏芽さんがいなきゃ僕はなにもできないっていうのに、あの先輩は・・・」
「あ、あの・・・」
ちなみちゃんが伏し目がちにこちらを見ている。なんだか言いづらそうだ。
「実際のところ!な、夏芽さんと、健さんって、どういう関係なんですか?」
声が小さいちなみちゃんがいつもより声を大きくして言うので、なんだかちなみちゃんのドキドキが僕にも伝わってきたような気がした。
「じ、実際も何も、ただの先輩と後輩だよ」
僕は彼女の納得のいく答えを出せなかったようで、ちなみちゃんはまだ疑いを含んだ表情で、顔を真っ赤にしている。
「でもっ、私聞いちゃったんです!一度部室の前で健さんが、夏芽さんに告白されてるの。立ち聞きはよくないって思ったんですけど、本当にごめんなさい!」
告白・・・。あの日だ。夏芽さんが最後に部室に現れたあの日。
『私はケンのことが大好きだけどね』
夏芽さんの言葉を、部室の外でちなみちゃんは聞いていたようだ。やっかいな誤解を残して去ってくれたものだ。
「あれは僕が夏芽さんに遊ばれているだけだよ。告白まがいのことをして、僕がどんな反応をするか面白がってるんだ、先輩は。いつものことだから気にしないで」
ごまかせると思った。けれど僕の言葉の後も、ちなみちゃんはそわそわと体を揺らしていた。
「どう思ってるんですか?」
「そりゃ、ほんとに迷惑だと思ってるよ。こうしてちなみちゃんには誤解されるし、参ったもんだよ・・・」
「そうじゃ、なくて」
ちなみちゃんは両手をぎゅっと結び、言った。
「健さんはどう思っているんですか?先輩として、だけじゃなくて」
ドキッとした。胸の奥の方を握られたような感じがした。
「好き、なんですか?」
まさか。そんなはず。
動揺していた。ただの先輩だよ、と答えればいいのに、すんなりとそう答えられなかったからだ。これまで何度も夏芽さんに告白まがいのことをされてきた。どうせ冗談だろうと受け流し続けた。
でも、もし本気だったら?
僕はなんて答えるんだ?
なぜか早まる鼓動を抑えようと深呼吸をするもあまり効果がなかった。どうして告白されたその先のことを考えて、こうも心を乱されてしまうのだろう。
混乱していた。ずっと悩んでいて、ちなみちゃんに実際「好き」なのか聞かれて、今まで目をそらし続けてきた問題を机にたたきつけられた。あの日、部活へやってきた新入生のちなみちゃんに一目ぼれしたばかりだというのに。そんなはずないと何度も自分の心に言い聞かせた。ちなみちゃんは僕の言葉を待って、じっとこちらを見つめていた。どう答えたらいい?どう答えるのが正解なのだろう?
「夏芽さんは・・・本当に頼りになる先輩だよ。自分が元気ない時には明るく優しく元気づけてくれる。僕が困っていたらまるで自分のことみたいに一緒になって悩んで、行動してくれる人だよ」
ちなみちゃんも頷いた。彼女もそのことが分かっているようだった。
「でも・・・やっぱり夏芽さんはただのやかましい先輩だよ。今も、これから先も」
僕は、笑いながら薬品で傷んだ長机を人差し指でトントンと叩いた。
自分の気持ちを隠してしまった。自分の気持ちをほかの誰かに知られるのが怖かった。知られたくない。僕が自分の想いを話せないのは、必要以上に僕のことを知られて嫌われるのが怖いからだ。だからいつも僕は、当たり障りない言葉を返して、何事もないように笑うのだ。メロンソーダの炭酸は、抜けてしまわないようペットボトルに閉じ込めておけばいい。
「なんだ・・・。そうなんですね、そうですよね!」
ちなみちゃんは安心しきった顔でいつもの笑顔に戻った。なにを安心しているのかよく分からなかったけど、ちなみちゃんが笑顔ならそれでいいと思った。
まさか。
僕が夏芽さんを好きだなんてありえない。
その日はあまり眠れなかった。夏芽さんは僕のこと、本当はどう思っているのか。僕は夏芽さんのことをどう思っているのか。考え出したら止まらなくなってしまったからだ。結局僕は誰が好きなのだろう。まっすぐでいたいのに、十二年前のバラの少女と、夏芽さんと、ちなみちゃん、三人の顔がぐるぐると回る。なっちゃんのことがまだ好きかと聞かれたら、微妙なラインではあったが、すれ違っていただけと分かった以上、決着をつけてから、次の恋に進みたかった。でも、どうしたら良いのか、僕には進むべき道が分からなかった。
考えても答えは見つからなくて、あっというまに次の日を迎えた。退屈な講義中も夏芽さんの顔がちらついてなんだかむかついた。
と、突然携帯電話がポケットの中でブルブルと震えた。ちなみちゃんから電話だ。さすがに講義中だったので着信拒否を押したのだが、その後何度も着信がくるのでさすがに何事かと僕は教室を出た。
「もしもし、どうし・・・」
「たっ、健さん!夏芽さんが大変なんです!」
いつもはおっとりした口調のちなみちゃんが早口でまくしたてるのでただ事ではないことを感じ取った。
「どうした!?」
「な、夏芽さんが、じーん実験を・・・!」
「じーん実験?」
「じ、い、ん、です!自飲実験!」
一文字ずつ言われてようやく理解できた。自分で飲むと書いて自飲だ。・・・自飲!?
「自飲実験って、まさか若返り薬を飲んだんじゃないよね?」
「そうなんです!机の上に薬の容器とコップがおいてあって、夏芽さんが・・・」
新薬の効果があるのか確かめるのに一番手っ取り早い方法、自飲実験。夏芽さんならやりかねないことだ。でもそれをだれにも相談せず一人でやるなんて・・・。本当にぶっ飛んでいて馬鹿な先輩だ。
「大丈夫、落ち着いて。僕もすぐ向かうから。今どこにいるんだ?」
「部室です」
「それで、夏芽さんの状態は?」
「今は眠っているみたいなんですけど、体が・・・。とにかく早く来てください!」
混乱していてどうも冷静に状況を説明できないようだった。とにかく部室へ急ぐしかない。
「わかった、すぐ向かう!」
全力で階段を駆け下り、けやき並木を疾走する。いくらマウス実験が成功したからと言って人間でも同じ効果が出るとは限らない。くそ、どうして夏芽さんは何も相談してくれなかったんだ。何をそんなに焦って結果を求めているんだろう。いや、今はともかく無事でいてくれ、夏芽さん!頭はぐちゃぐちゃの状態のまま、息をきらして天文部部室へと入った。
「大丈夫か!?」
「た、健さん!夏芽さんが・・・」
目を白黒させたちなみちゃんが僕の腕をつかんだ。机の上にちらばる空の薬の容器と紙コップをみて僕も頭がおかしくなりそうになった。
そして、テーブルの横で眠る夏芽さんを見つけて、僕はあっけにとられた。
「・・・へ?」
状況を理解するのに時間を要した。
だって、ソファの上で眠っているのは、10歳くらいの女の子だったから。
そして、回らない頭をフル回転させて少女の正体を掴んだところで、僕は自分の毛が逆立つのを感じた。
「・・・夏芽さん!」
幼い顔の中にしっかりと残っている、長い睫毛、薄い唇、白い肌、整った鼻筋、そのすべてが、夏芽さんの面影を指し示していた。
夏芽さんは若返っていた。
おそらく、10年分ほど。