7 未来巡りとかす微かな違和感
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重たい瞼をこすり時計を確認する。新幹線の中だったが三十分ほど眠れたみたいだ。
気付けば外は無数のビルやマンションがこれでもかと敷き詰められていて、東京へやってきたんだと実感させられた。
「起きたか。どうだった?」
詠太に問われ、まどろみの中であの夢を見たことを思い出した。
「ちなみさんが、僕と同じ天文部に入部することになったよ。二年後のちなみさんは今と比べると・・・明るいというか、結構強引なところがあって、大好きな星のことになるとキャラが変わるみたい」
「まあその人が二年後のちーちゃんだって決まったわけじゃないけどな」
「それを確かめに行くんだよね、今から」
僕は夢のことを思い出していた。詠太には言えないけれど、ちなみちゃんに本当のことを言えて良かったと思う。それも全て夏芽さんのおかげだ。未来の僕にとって彼女の存在は大きいんだなと感じていた。いざというとき頼れる先輩がいるというのは素直に羨ましかった。
そういえば、彼女が持っていたアイホン?アイフォーン?という機械、どこかで聞いたことがある気がした。名前からするに電話なのだろうけど、未来では変わったものが売れるんだなと感心した。
東京駅から中央線に乗って一本、僕らは吉祥寺駅に降り立った。南大の最寄り駅だ。土曜日ということもあって、有象無象が目の前を通り過ぎていく。
「駅の出口が北口と公園口っていうのが珍しいよね」
「ああ、井の頭公園っていうらしいんだけど、これがめちゃくちゃ大きいらしい。池にあるボートに乗ることもできるって。しかも、近くにはあのトトロで有名なジブリ美術館もあって!外装もアニメそのまま!って感じだし、カフェではキャラクターをモチーフにしたカレーライスとかが楽しめるんだ!気にならない?」
詠太が喜々とした表情で語る。その顔には「行きたいです!遊びたいです!」と書かれていた。
「詠太」
僕が大げさにキッとにらむと、彼はそれをものともせず微笑んだ。男性の僕から見ても、笑顔がアイドルのように爽やかだと思った。
「・・・わかってるよ、今日はあくまで大学見学と健の未来投影の調査。遊びに来たわけじゃないんだろ」
「よろしい」
僕らは公園口とは逆方向の、大学がある北口へと向かった。
こちらもまた人がごった返していた。目の前に大きな商店街があるのだが、何か祭りでもやっているのではないかと思うほど人がたくさん行き交っていた。
「さあ、ここで能力者、濱田健の力を見せてもらおうか」
詠太はにやりと笑みを浮かべた。
「能力者だなんて大げさな」
「もし何度も未来を見たというのなら、駅から大学まで、どうやって行けばいいのかわかるはずだ。だからさ、地図なしで大学までたどり着いてみせろ!」
吉祥寺は僕にとって全く不慣れな場所だ。アクセスの方法は一度大学のホームページで見たことがあったが、駅から15分って結構遠いなということくらいしか覚えていない。まるっきしの田舎者がいきなり見ず知らずの町で目的地までたどり着けと言われれば、普通は不可能だ。
そう、普通は。
「やってみるよ」
僕は覚悟を決め、一歩踏み出した。
見ず知らずの町を歩く不安、と同時に感じる、ほんの少しの既視感。僕はなんとなくの記憶と直感を頼りに進んでいく。
商店街の方へと進んでいくと、早速分かれ道が立ちはだかった。
「・・・左だ」
直感でそう分かった。不思議な感覚だった。確かにここへは来たことがなかった。けれど、体が覚えているのだ。夢の中で得た感覚を、僕は完全に覚えていた。
「迷いがないね」
「あたりまえだよ、僕は夢の中で何度もこの道を歩いてきたんだから」
商店街を出たら、ちょっと右へ進んで、信号を渡ったら細い道を進んでいく。駅から離れていくにつれどんどん人が少なくなっていったが、そんなことはとるに足らない問題だった。どこにでもある住宅街、でも僕にとってはなじみある通学路なのだ。最初に抱いていた見知らぬ土地に対する不安と焦燥は、次第に自信と確証へと変わっていく。
そして、
「着いた」
僕たちは南大学へと辿り着いた。
「まさか、本当に来られちゃうとはね・・・びっくりだよ」
詠太が信じられない、といった表情で大学を見据える。その気持ちは僕も同じだった。大学までの15分間、なかなか遠い複雑な道のりだったが、気付いたらたどり着いていた。
「正直、健が大学のホームページに載っていたルートとは別の方向へ進みだしたとき、やっぱりただの夢だったかと思ったんだ。でも健は着実に大学へと近づいていった。南大生しか知らないような道を迷いなく進んでいった。健の力はきっと本物だよ」
そうかもしれない。地図なしで大学へたどり着いたのことは、僕の中で自信となった。
「もしかしたら・・・僕は本当に未来が見えるの、かも」
僕は吸い寄せられるように大学前の欅並木を歩いていく。
「おい、どこいくんだよ」
「この欅並木、覚えてるよ。そう、ここの正門前で部員勧誘をしようとしたんだけど人が多くて断念したんだ。あ!こっちの細い欅並木は部室棟につながっているんだよ!あの日、若返り薬が完成した日、待ちきれなくてこの道を自転車で飛ばしたな。春なのに背中に汗をかきながら」
僕は昔住んでいた町に数年ぶりに帰ってきたような懐かしさと興奮を覚えた。未来のことなのに懐かしいなんて、おかしな話だ。
僕は夢で見たように、細い欅並木のトンネルを走り抜けた。
覚えてる、この感覚。太陽の光、背中ににじむ汗、焦りと、期待。
あれは夢なんかじゃない、絶対に。
「着いた、部室棟だ」
白くて古びた建物を前に、僕は腕に腰を当てた。もはやおなじみの場所だった。
「いきなり走るなよ。待てって言ったのに全然見向きもしないし」
後ろから小走りで詠太がやってきた。興奮で詠太の声が聞こえてなかったらしい。
「やっぱり覚えてるよ、僕。この建物も、欅並木も、全部。夢の中で、いや未来で体感した通りだ」
「はっきりしたみたいだな、これで」
「うん」
僕はあの夢が未来の僕の姿だと確信した。
「僕には未来投影の力がある」
ただ、これで問題が解決したわけではない。新たな謎が生まれた。
なぜ僕とちなみさんはお互いのことを忘れてしまうのか?
僕が大学二年生になるまでの間に何かがあったのか、はたまた僕が見ている夢は未来以外の何かなのか。
「あとは夏芽さんに会えれば確証できるんだけど・・・」
「土曜日だしさすがに今日はいないよなあ」
ふと夏芽さんの顔が思い浮かぶ。夏芽さんが二歳年上ということは、現実世界で夏芽さんは大学二年生ということになる。天文部があるはずの部室を覗いたが、カーテンが閉まっていて、明かりはついていなかった。休みの日までわざわざ研究をしに来るはずないか。
でも会いたい、会って話がしたい。大雑把で抜けているところがある先輩だけど、いざというとき頼りになる先輩。受験勉強がもう大変でくじけそうだと、夏芽さんに相談したい。きっと彼女は「大丈夫だよ、なんとかなるって」と笑い飛ばすんだろう。そういう根拠もない言葉が欲しかった。
「会いたいな、夏芽さんに」
みんみんとなく蝉の声が、なんだかもの悲しかった。
「偶然でもいいから会えないかな・・・」
まだ出会ったこともない彼女にこうも会いたいと思ってしまうのはどうしてなんだろう。
そのあとは大学の敷地内を見学した。どこも見覚えがある場所ばかりだったが、図書館を実際に見たときにはその綺麗さに感動した。壁全体がガラスで作られていて、一階から五階までの全フロアが吹き抜けになっておりとても開放感のある図書館だった。来年からこの図書館が使い放題なのだと思うと心躍った。
「・・・どうしたの、詠太?急に立ち止まったりして」
図書館を出ると、突然詠太が足を止めた。
「なんか今誰かに見られてた気がしたんだけど・・・」
「どうせいつもみたいに『あの人かっこいい!』って見られただけじゃない?」
「その説はある」
僕は冗談で言ったつもりだったんだけど通じなかったみたいなので「はいはい、イケメンもつらいね」と軽くあしらった。
そのあとは特に用事もなかったので、行きはスルーした商店街をぶらついてラーメンを食べたり、国公立大学狙いの詠太に付き合い、滑り止めに受ける予定だという私立大学をいくつか回った。スカイツリーの展望デッキも上ったが、土曜日の昼にしてはかなり空いていた。
新幹線に乗ると、詠太は疲れ切っていたみたいであっという間に眠ってしまった。新潟駅に到着し詠太を起こしていると、ホームに見覚えのある二人が見えたような気がした。「ん・・・もう着いたのか?・・・窓の外なんか見つめてどうしたんだ?」
「今、ちなみさんと美咲さんが居た気がして・・・気のせいかな?」
「ちーちゃんのこと考えすぎて幻覚でも見たんだろ」
「まあ・・・そうなのかもね」
僕にはどうしても気がかりなことがあった。
僕とちなみさんが、お互いのことを忘れてしまう。
あの夢が未来投影だとわかった今、将来僕らは今まで隣の席で話した思い出とか、来月一緒に見るはずの花火の記憶とか、すべてを忘れてしまうことになる。
どうしてこんなことに・・・考えてみても分からなかった。ただ、二年後お互いのことを忘れてしまっている以上、これから先、記憶がなくなってしまう要因となる何かが起こることになる。
そしてもう一つ違和感があった。僕は新幹線を降りてから詠太にそのことを相談した。
「違和感?ちーちゃんのこと以外で?」
「うん。たいしたことじゃないんだけど、夢の中の世界は未来にしては未来感がないっていうか。もっとこう、車が空を飛んでたり、金星に人が住むようになったりとか、そういうのがあるかと思ったんだよ」
相談したけれど「二年程度で世界がガラリと変わるもんでもないだろ、気にしすぎだよ」と言われて詠太は僕と反対方面の電車に乗り込んだ。
確かに詠太の言う通り、考えすぎなのかもしれない。考えたって答えが出るわけではない。細かいことは置いておくとして、僕は来月に迫った花火大会に期待を寄せながら帰りの電車に乗り込んだ。