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16 「しあわせにするよ」


 16


 僕は決意した。もう二度と夏芽さんを一人にさせないと。

 夏芽さんが悩んでいるときは僕がそばにいてあげると。

 二人で支えあって生きていくと。

 夏芽さんにすべての想いをぶつけたことを僕は後悔していなかった。むしろすがすがしい気持ちでいた。

「夏芽さんはずっと一人で頑張っていてくれたんですね。僕たちのために」

 夏芽さんの涙もようやく収まったと思っていたのにまた泣きそうになるから、僕は慌てて「ごめん、変な事言っちゃった?」と一人オロオロした。

「ううん、嬉しいんだ。今まで十年間、頑張ってきてよかったなって思って」

 夏芽さんは涙をぬぐって、うるんだ目で笑った。

「しあわせにするからね、健」

「それ、僕が言いたかったんだけどな・・・」

 僕は複雑な気持ちで腕を組んだ。

「じゃあ、私も聞きたいな。健から、直接」

 夏芽さんは僕の腕をほどかせ、手を握った。手から伝わるぬくもりがとても心地よかった。僕は恥ずかしく躊躇したけど、夏芽さんが目で「早く、はやく!」と訴えてくるので、僕は小さな声で言った。

「それじゃあ・・・。しあわせにするよ、夏芽さん」

 夏芽さんは声にならない声を出して、今まで見せたことのないような笑顔を見せた。僕の手を握る力が強まる。

「も、もう一回、もう一回お願いします!」

「やだよ、恥ずかしい!」

「いいじゃん、もう一回!」

 おねだりしながら飛び跳ねる夏芽さんと僕は目を合わせることができなかった。

 夏芽さんってこんなにかわいかったっけ?

「でも、ケンはちなみのことが好きだったんじゃないのか?私に同情してるとかなら、そんなものいらないから」

 ふと、夏芽さんが動きを止めて僕に尋ねた。真剣な目をする彼女に少し意地悪したくなった。

「確かにちなみちゃんは可愛いし、優しいし、夏芽さんとは正反対みたいな子だよ」

「なら!」

「でも、僕が好きなのは夏芽さんだよ。時々いらっとしたり、ハラハラさせられたり、困らせられることもあるけど、一緒にいて一番自然体でいられるのが夏芽さんとなんだ。一緒にいて笑わせてくれたり、僕のことを引っ張ってくれたり、なんだかんだでよく周りを見ていて気を遣えたり。これからもずっと、一生一緒に居たいって思うのは夏芽さんなんだ」

「・・・そっか」

 夏芽さんは優しく微笑んだ。

「ちなみにも伝えないとだね。このことがきっかけでちなみと気まずくなるとか、私絶対に嫌だよ。もしかしたら嫌われてしまうかもしれないけど、私のことを許してくれるまで待つよ」

「嫌われるのは僕のほうだよ。あれだけ思わせぶりな態度をとっておいて、その気にさせたのは僕だから。きちんと謝らないといけない」

 僕たちは部室から自宅へと戻り、ちなみちゃんの部屋へと入った。


「夏芽さん、健さん・・・全部話したんですね」

 僕たちはちなみさんの部屋に、トライアングル状になって座った。ちなみちゃんは眼が腫れて赤くなっていて、夏芽さんから話を聞いた後一人泣いていたんだろうと思った。

「あの、ちなみちゃんに話さなくちゃいけないことがあって」

 僕らのことを話そうとする僕を、ちなみさんは両手で『とまれ』のポーズをとって制した。

「いいんです、言わなくても二人の表情を見ればわかります。付き合うことになったんですよね?」

 ちなみちゃんには全てお見通しだったようだ。彼女の今にも泣きだしてしまいそうな笑顔を見て僕まで泣きそうになってしまう。

「ごめん、十二年前のことを忘れてたばかりじゃなく、ちなみちゃんに好意を示しておいてこんな仕打ち・・・。本当にごめんなさい」

「悪いのは私なんだ!十二年前私がちゃんと健にちなみの想いを伝えられていれば・・・。ちなみとケンが結ばれるように、なんて言葉だけで結局ちなみからケンを奪うような形になってしまって、ごめん」

 するとちなみちゃんは首をぶんぶん振りながら僕らの頭を上げさせた。

「違うんです!謝らなくちゃいけないのは私の方なんです!十二年前だって本当は私が直接健さんに想いを伝えなくちゃいけなかったのに、関係が崩れるのが怖くて、全部の責任を夏芽さんに押しつけたのがいけなかったんです。そのせいで、夏芽さんに十二年間、呪いみたいに罪悪感を背負わせてしまって、今回も私たちのために危険を冒してまで若返ってくれて・・・。ずっと一人で責任を負わせてしまって、本当にごめんなさい」

 ちなみちゃんの下げすぎなお辞儀を見て、彼女の想いが心の底から伝わってきた。

「だから、私は嬉しいです!今までは夏芽さんが誰かのために頑張ってくれてたから、今度は夏芽さん自身の幸せを大切にしていってほしいです。これからは健くんが支えてくれます。それに私だって、微力かもしれませんが、力になります」

「ちなみ、ありがとう。・・・大好きだ」

 夏芽さんはちなみちゃんをひしと抱きしめた。ちなみちゃんはあふれ出る涙を止めることができず、夏芽さんの胸が滴を受け止めた。

 夏芽さんが心配するような、ちなみちゃんと関係が崩れるようなことはありそうにない。きっと僕たちは大丈夫だ。

 これからは幸せな未来を築いていくと、僕は心に誓った。


「デート行こうぜ」

 部室で、夏芽さんが僕の前に満面の笑みを浮かべ立ちはだかった。

「デート?今日は若返り薬のデータがとりたいから付き合ってくれって・・・」

「気が変わったんだ。行こうよ、デート」

「いいんですか?論文書き終わらなくても知りませんよ」

 まったく、相変わらずわがままでテキトーなところは変わってないけれど、そういう駄目な所を含めて僕はこの人のことが好きなんだろうなと思った。

 たまに喧嘩になることもあるけれど、なんでも言い合えて、いつも笑顔でいられる相手が夏芽さんだった。僕は「しょうがないなあ」と言って、しぶしぶ夏芽さんのデートに付き合ってあげることにした。

「どこに行きたいの?」

「すいぞっかん!そのあと海に沈む夕日を二人で見るんだ」

「ベタだね」

「そういうのも悪くないだろ?」

「うん、いいね」

 僕は部室からでようとパソコンをしまっていると、夏芽さんに呼び止められた。

「待ってくれ、ケン」

「何?」

「悪いけど、若返り薬のデータ、パスワードを変えておいてくれないか」

 僕は動きを止めた。今までデータ管理はすべて僕に任せられていた。だから夏芽さんがそんなことを言い出すのはその日が初めてだった。

「どうかしたの?」

 夏芽さんは珍しく暗い表情を浮かべていた。

「いや、十年分若返れる薬を創ってしまったということは、不老不死も可能になってしまったということだ。この薬を巡って将来争いが起きるかもしれない。やっぱり、こんな薬存在すべきじゃないんだ。データを消そう」

 僕は言葉を失った。せっかく二人で長い時間を費やして創ったのに白紙に戻そうなんて、あまりに酷だった。

「なんでそんなこと言うんですか?若返り薬を創ることは、僕にとって・・・」

「分かってる、若返り薬が君の長年の夢だってこと。でも、わたしたちが創りたかったのは、病気を治すための薬だろ?不老不死の薬じゃない。病気を治すんだったら、一年分程度の若返りで十分だ。だから、創りなおそう。わがままだって分かってるけど、私は、この薬のせいで私たちが研究所に引き抜かれて、君と離れ離れになるのが怖い。だから、お願い。私が二度とあの薬を創れないようにデータはケンが持ってて」

 僕は一瞬迷ったけど、すぐに答えは出た。僕はパソコンのカーソルを若返り薬のデータに合わせ、「削除」を選択した。

「け、ケン!いいのか」

「いいよ。僕もこんなデータいらない。もう一度やり直そう、二人で」

「ケン・・・」

 僕は飛び込んできた彼女を強く抱きしめて、優しく頭を撫でた。

「今日は薬のことなんて忘れて、パァーっと遊ぼう!」

「うん!」


 僕ら二人は電車に乗って江の島に向かった。

 到着後「やっぱりおなかすいたから先にご飯食べよ」という夏芽さんのわがままでシラス丼を食べ、その後坂を上って神社へ行った。

「はい!お揃い」

 用を足すにはやけに長いなと思っていたら、帰ってきた彼女から紙袋を差し出された。

「なにこれ?もらっていいの?」

「もちろん。ねえ、早く見て!」

 せかす彼女が子どもみたいでかわいくて、思わずにやけてしまう。

「あっ、キーホルダー!」

 青い組みひもと小さな鈴のついたキーホルダーだった。

「えへへ、私と色違いだよ」

 夏芽さんの手には、僕のものと同じ形をした、赤色の組みひもが付いた鈴が握られていた。

「これからもよろしくねって意味で、その、あれだ、よろしくってことだよ!」

 素直に言えばいいのに、と思いながら僕は「ありがとう」と言って微笑んだ。早速鈴をカバンにつけ、お参りにいくことにした。お賽銭を入れ、僕は祈る。お参りを終え、夏芽さんに「健はなんてお願いしたの?」と聞かれた。

「たいしたことじゃないよ、みんなが幸せでいられますようにって」

 僕が言うと、夏芽さんは不服そうに腕を組んだ。

「健、お参りって神様にお願いする場所だと思っているだろう?」

「そうだけど?」

「違うよ。お参りは、自分は○○を頑張るから、力を貸してください神様って決意表明するためにあるんだよ。だからお参りは、決意することに意味がある」

 何も考えていないようで誰よりも深く考えているのが彼女だった。夏芽さんからは本当にいろいろなことを学ぶ。それまで神頼みなんてばかばかしいと思っていた僕だけど、自分が頑張るから力を貸してもらうっていうのは、素敵な考えだなと思った。

「それで、夏芽さんはなんてお願いしたの?」

 夏芽さんは答えるでもなく、ひょいひょいと手招きするので僕は腰を下げ耳を夏芽さんの方に近づけた。

「教えてあげない!」

 ささやかれるとともにこめかみにでこぴんを食らった。僕はカチンときて、「夏芽さん・・・!」と呟きながら彼女の背中を追いかけた。

「あははっ、許して!」

 夏芽さんの背中を追いかけながら、僕は彼女と出会えて本当に良かったなと思った。「今という時間が本当に幸せで、離したくない」と心から思った。僕は夏芽さんに追いつくと、そのままぎゅっと夏芽さんの手を取った。

「け、ケン?」

 夏芽さんの震える声に聞こえないふりをして僕は呟いた。

「ずっと一緒にいようね」

 夏芽さんは照れながらも、小さく「うん」と応えて僕の手を握り返した。

 その後は約束通り水族館にも行った。水族館に来るのは初めてではなかったけれど、夏芽さんと一緒に来るってだけで、それだけで百倍たのしかった。

 あっという間に時間が流れ、気付けば夕方になっていた。

「はぁー、今日は楽しかったなー」

「僕はずっと振り回されてただけだったけどね」

「・・・楽しくなかった?」 

 夏芽さんが寂しそうに上目遣いで訊いてくるので、僕は微笑みながら「楽しかったよ」と呟いた。

 夏芽さんは「えへへ」と笑顔を浮かべ、嬉しそうに先の方を歩いていった。

 水族館でおそろいで買った、鈴のキーホルダーを手に取り嬉しそうに眺める夏芽さんを、僕は後ろから見守っていた。

 ずっとこの時間が続けばいいのに。

 でもきっと、その願いはかなわないんだろうな。


 チリン。


 鈴の音がして、僕は音の方へ目をやる。赤い組みひものキーホルダーを道路に落としてしまったらしい。

 取りに向かう夏芽さんを見て、僕は血の気が引くのが分かった。

 夏芽さんの背後に車が迫っている。

 時間がない。

「危ない・・・!」

 僕は道路に飛び出し、夏芽さんを歩道側に突き飛ばした。

 迫りくる恐怖にどうすることもできず、僕は目をつむった。


 僕の夢はそこで途切れた。


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