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10 「ケンくんだったから」

 10


『ねえ、ケンはベニクラゲって知ってる?』

『聞いたことないですね。そのクラゲがどうかしたんですか?』

『ベニクラゲはね、不老不死のクラゲと言われているのだよ』

『不老不死?そんな作り話みたいな生き物が本当に存在するんですか?』

『ああ、通常成熟したクラゲは衰弱したあと海中に溶けて消滅してしまうのだが、ベニクラゲの場合は消滅せずにポリプと呼ばれるクラゲの成長段階へと戻ることができるんだ。その仕組みは触手の収縮やサイズの縮小化、今まで筋肉であった組織を卵や精子、神経細胞などに変化させることで昆虫で言うさなぎのような状態へ退化すると言われている。トカゲのしっぽが再生するのと同じシステム、分化転換をしているとも言える』

『あの、夏芽さん。話が高度すぎて自分の頭じゃ理解しきれないんですが・・・』

『つまりだよ、ベニクラゲは『若返る』ことができる、ということだ』

『・・・!』

『そして私は、このベニクラゲの不老不死のシステムを人間にも応用できれば、若返り薬を完成させられるんじゃないかと思っている』

『人間も、永遠の命を得ることができるということですか?』

『まあ、大げさに言えばそうだね。もっとも、君が目指しているのは不老不死の薬を作ることじゃなくて、若返りの薬を作ることで病気を治したいんだろう?』

『はい。・・・それに、もし不老不死の薬を作れたとしても、永遠に生き続けるなんて、それはそれで不幸じゃないですか?老いて、若返って、老いて、また若返る。その間に楽しいことも、その分辛いこともたくさん起こる。生きることって、結構苦しいことだと思いませんか?』

『そうかな。私はやり残したことを果たせるのなら、若返ってでもやり直したいかなあ』


 ある日の夏芽さんとの会話を思い出した。僕が天文部に入ったばかりのころの話だ。

 夏芽さんは言った。

『やり残したことを果たせるのなら、若返ってでもやり直したいかなあ』

 もしかして夏芽さんは、若返ることで何かを変えたかったのだろうか。過去の後悔とかを、若返ってもう一度やり直すことで消したかったのだろうか。そんなこと、今の小学生まで若返ってしまった彼女に聞いても分からないのだけれど。

僕はというと、ぶかぶかになった夏芽さんを着替えさせるため、駅へと向かい恥ずかしさをぐっと飲みこみながら子供服を購入し、部室の外でちなみちゃんに着替えさせてもらうのを待っていた。

「健さーん、大丈夫です」

 ちなみさんに呼ばれ部室に入った。僕の買ってきた服のサイズはぴったりだったようで、黒のロングTシャツとデニムのショートパンツがよく似合っていた。

「さて、どうしたものか・・・」

「あの、夏芽さんは大丈夫なんですか?一気に10年分も若返ったら体への負荷が心配です」

「まあ、今のところは熱もないし眠っているだけみたいだから大丈夫だと思う。体にも見たところ異常ないみたいだし。・・・若返ったこと以外は」

今思うと納得のいくことだった。

 僕ら二人の薬制作に何一つ関わっていないちなみちゃんが、一目見て夏芽さんが「若返り薬」を飲んだとわかった理由。この状況を見れば一目瞭然だった。

 夏芽さんは若返っている。おそらく、10年分ほど。

 いやいや待って。この薬は本来体の治癒を目的として1年分程度若返れることを想定して作ったもののはずだ。それがどうしてこうなった。1年どころか、10年も若返っている。確かに本来の、人間の身体を若返らせるという目的は達成できたものの、ここまでの若返りは期待していない。10年も若返られる薬を創るなんて歴史的大発見だけれども、手放しで喜んでいいのか、複雑な心境だった。

 ひとまずは、若返った夏芽さんにとっとと目覚めてもらって、どうして若返ったのか話を聞かなくては。

「今は眠っていて体調も良さそうとは言え、やっぱり病院へ行くべきなんじゃないでしょうか?」

「いや、それはできない」

 僕は断言した。

「どうして?」

「最初は1年分程度若返らせる薬を作ったつもりだったんだけど、10年分若返ってしまった今、この薬の持つ意味は変わってしまった。この薬は不老不死の薬になったんだ」

 よく意味を理解していないであろう、ちなみちゃんのために話を続ける。

「歳をとったらこの薬を飲んで若返る。また歳をとったら若返る。それを繰り返していけば永遠に生きられるってことだよ。もちろん、事故死とか誰かに殺されたってなれば話は別だよ?でも、不老不死とまではいかないけれど、理論上この薬があれば永遠に生きていくことが可能になったんだ」

「・・・それってめちゃくちゃすごいことじゃないですか」

「冷静になって考えるとそうだね」

 本当にとんでもないものを創り出してくれたものだ、この先輩は。

「だからこそ、病院に連れて行こうものならあっという間に噂は世に広まり、やがてこの薬を奪い合い、争いが起こることだって考えられる。それほどこの薬は危険なものなんだ」

 僕はため息をついた。こんな薬を創りたかった訳じゃないんだけどなあ・・・。完成してしまったものはしょうがないのだけれど。

「これからどうしましょう?」

「僕は若返り薬の効果を消す薬を創れないか、部室がしまるギリギリまで挑戦してみるよ」

 しかし、夏芽さんという頭脳を失ったダメージは大きい。僕一人で治す薬を創れるかどうか、正直まったく自信がなかった。でも、このまま夏芽さんが小学生の姿からもとに戻れなかったら・・・。僕が頑張るしかないと思った。

 ただ、一つチャンスがある。若返ったのが身体だけで、今までの記憶や知識はそのままでいれたなら、夏芽さんが目覚めたとき、彼女の力を借りることができる。しかし、マウス実験では若返った分の記憶はなくなるという結果が出ているので、いわゆる「見た目は子供、頭脳は大人」状態でいられている可能性は低いだろう。

「わかりました。私にできることは少ないかもしれませんが、できる限りサポートします。頑張りましょう!」


 部室に籠ってかれこれ6時間、部室が閉まる時間になってしまった。

 集中力も切れてふとちなみちゃんの方を見ると、シャーペンをくるくると回しながらうとうとしている。一回、二回、三回転。そして、ちなみちゃんの頭ががくんと下がった。眠い時のペン回しが癖になっているのかもしれない。もう夜の9時近い。眠くなってもおかしくない時間だ。

「こんな短時間で創れるか!」

「うわっ、びっくりしたー!」

 途中でこれはなかなかの難題になることは気付いていた。とても一日で完成させられるものじゃない。

「ごめん、びっくりさせちゃって。部室が閉まる時間だよ」

「あ、そっか。夏芽さん、どうしましょう・・・」

 焦っている僕ら二人とは対照的に、先輩は幸せそうにむにゃむにゃ眠っていた。

「ずっと部室にいるわけにもいかないしなあ・・・」

「私の家に連れていきますか?いくら健さんとはいえ、男子大学生の家に幼児を預けるのはいささか不安ですし・・・」

「うん、僕もそれが一番安全だと思う。悪いけどちなみちゃんの家でしばらく面倒みてもらっていいかな?僕もついていくから」

「もちろんです。じゃあ私タクシー呼びますね」

 運がよかったのは夏芽さんが一人暮らしだということだ。一人暮らしならしばらく夏芽さんの両親に心配をかけずに済む。

「西門前まで来てくれるそうです。行きましょう」

 僕は夏芽さんを抱え外へと出た。幼くなった先輩を抱えるなんて、変な感じだ。大学生二人が子どもを抱えてタクシーに乗るなんて怪しまれないかと思ったが、どうやら若い夫婦と疲れて寝てしまった娘だと思われたようで、運転手さんに「かわいい娘さんですね」なんて言われてしまった。「はは・・・」と愛想笑いで返したけれど、僕はちなみちゃんの顔を見れなかった。

「ありがとうございました」

 夫婦であることの否定もできず、僕たちはちなみちゃんの住む学生マンションから少し手前の住宅街で下してもらった。

「じゃあ、行きましょうか。・・・見てください、今日は満月ですよ!」

「ちなみちゃんは本当に天体のことが大好きなんだね」

「はい!大好きです」

 夏芽さんをおんぶする僕の横で、ちなみちゃんが空を指さしながら笑った。

 やっぱり彼女はなっちゃんにそっくりだ。ちなみちゃんに一目惚れしたのも、こうして意識してしまうのも、僕がなっちゃんとちなみちゃんを重ねてしまうからだ。

金曜日の夜、暗くなった空、瞬く星、彼女の笑顔。僕は十二年前のことを思い出さずにはいられなかった。


「お疲れさま、ケンくん。見て、今日は満月だよ!雲がないから綺麗に・・・」

「僕に、言うことがあるんじゃないの?」

 スイミングスクール終わり、なっちゃんのお母さんから彼女が引っ越すことを聞いて、僕は怒りを隠せずにはいられなかった。公園には、いつもと同じ様子で、まるで引っ越すことが嘘かのようにいつもと変わらず、なっちゃんが待っていた。

「え、な、何のこと?」

 気付いてないふりをしていることは、彼女の困った顔を見れば明らかだった。

「引っ越すんでしょ、一週間後に」

「・・・どうしてそれを」

「うわさで聞いたんだ、なっちゃんが引っ越しちゃうって」

 僕は彼女のお母さんのため、少し嘘をつくことにした。

「・・・ごめんね、ほんとうにごめんなさい」

 泣き出してしまいそうな顔で、彼女は言った。

「どうして教えてくれなかったの」

 彼女は僕と目を合わせてはくれなかった。僕は彼女が話してくれるのを待った。

「・・・ケンくんだったから」

 僕だったから、なんなんだ?僕が言葉の続きを目で訴えると、彼女は「ごめんなさい」とだけ言った。

 そうじゃない、僕が欲しいのはそんな言葉じゃなかった。何も答えてくれないなっちゃんを前に、僕は我慢の限界だった。

「僕だったから、言わなくていいと思ったんだ?ほんとは、僕のことなんとも思ってなかったんでしょ?なんとも思ってないから、別に言わなくてもいいと思ったんだ。ずっと友達だと思ってたのに、そう思ってたのは僕だけだったんだ」

「違う!」

「違くないよ!だったらなんで先週、僕が聞いても何も答えてくれなかったんだよ!悩みを打ち明けられる、それが友達じゃないか!なのに、なのになっちゃんは何も答えてくれなかった・・・」

 目から熱いものがこぼれだして、僕の頬を伝った。

「もういい!僕だけだったんだ!仲良くなれたと思ったのも、金曜日のこの時間を楽しみにしていたのも、全部ぼくっ・・・」

 続きが言えなかったのは、僕の口が何かによってふさがれていたからだった。それが何かわかったときにはすでにそれは僕の唇から離れていて、なっちゃんの顔が僕の三センチ先にあった。触れる髪がくすぐったかった。

「大切だったから、言えなかったんだ。大事な友達に、悲しい顔はさせたくなかった。いなくなるからって気をつかわれるよりは、残りの時間を、いつも通りの君と過ごしたかった。だから・・・言えなくてごめんなさい」

「ほんとに・・・?」

「ほんと!」

「どうでもいいって思ってない?」

「思ってない!一番の友達だよ、ケンくんは」

 僕はその一言で救われた気持ちになった。転校してきた君に、声をかけ続けてよかったと、心からそう思った。

 一週間はあっという間に過ぎて、目をとじて開いたら、一週間たっていたと思うくらい一瞬で引っ越し当日がやってきた。

 僕は喧嘩をしたあの日、僕の恋心に気付いた。でもそれと同時に、「一番の友達だよ!」という言葉が引っかかって前に進めずにいた。もうすぐで彼女が引っ越してしまうことはわかっていた。でも彼女の顔を見たら二度とこの想いを捨て去れないような気がして、僕は見送りにもいかずただ部屋の勉強机に突っ伏していた。

 このままじゃいけない、そう思ったのは空を見上げた時だった。

『太陽が空に昇ってて明るい時でも、お星さまって見えるんだよ』

 僕は彼女のことを思い出した。どこを探しても星なんて見えなくて、でも空がすごく青くて美しいことに気付いた。

 こんなにも空の青さは僕に希望を与えてくれるのだと、初めて分かった。

 これから空を見上げるたびに彼女のことを思い出すんだろうな。でも、どんなに会いたいと思っても彼女にはもう会えないんだ。

 このままじゃ後悔するって、そう思った。

 僕は空の青さに背中を押され、部屋を飛び出し駆け出していた。

 この想いを伝えなくちゃ。

 僕は一秒でも早く彼女に会いたくて、いつもは危ないからと立ち入り禁止になっている路地裏を抜けて彼女の家へと急いだ。しかし僕が着くころには、彼女の家はもぬけの殻となっていた。僕は間に合わなかったのだ。


 見上げると真っ暗な星空に、きれいな満月が浮かんでいた。

「星空を見るのは好きだな」

「私もです」

 僕は背中に夏芽さんを抱えながら、ちなみちゃんと二人で夜の道を歩いた。

 僕とちなみちゃんが住む学生マンションにたどり着いた。女の子の部屋に入るなんて緊張する・・・なんて言いたいところだったけれど、部屋の構造はほとんど一緒だったので、我が家に帰ってきた安心感の方が強かった。

「おじゃまします」

 夏芽さんを起こさないよう小声で言って部屋へと入る。

「おお・・・」

 やっぱり部屋のつくりは同じなのだけど、僕の部屋とは違って家具は基本白で統一されていて、ぬいぐるみがあったり置物ひとつひとつがかわいかったりと、女の子の家なんだなあと感じた。

「ち、散らかってるのであんまり見ないでください・・・」

 僕があまりにじろじろ部屋を見渡すので、ちなみちゃんは照れた様子をみせながらちょこんと座った。僕は寝ている夏芽さんをベットへ移し、布団をかけてあげた。

「じゃあ、僕はこれで。明日の朝また迎えに来るよ」

「ちょっと待って!」

 一つ下の自分の部屋に戻ろうとする僕のシャツの裾をつかまれる。

「夏芽ちゃんを置いて帰ってしまうのですか・・・?夏芽ちゃんがいきなり発作とか起こたらどうするんですか?」

「ええ・・・。別にすぐ下の階にいるんだから、何かあったら呼んでくれればすぐ行くし」

「その自分の部屋から私の部屋へ向かう一分が命取りになるかもしれないし!だから、一緒にいてほしい、です」

 裾をつかんで帰らないでとせがまれる姿が、まるで別れを惜しむ彼女みたいで・・・。

「・・・わかったよ」

 自分ってちょろいなと思った。

「じゃあ夜も遅いことですし、夕飯作りますか。この食材で三人分作るとなると・・・うーん、足りるかなあ」

 ちなみちゃんは冷蔵庫を覗きながら唸った。

「もしかして作ってくれるの?」

「はい。コンビニ弁当ってのも味気ないですし、こんなときだからこそおいしい料理を食べましょう!私、料理の腕には自信があるんです」

 ちなみちゃんの手料理が食べられるなんて、なんて幸運・・・!

「そうだ、オムライスなんてどうですか?」

「いいね。そうしよう」

ちなみちゃんが作ってくれるものならなんでも美味しいと、彼女の手料理を食べたこともないくせに思った。

「僕も手伝うよ」

「オムライスくらいなら簡単にできるので健さんは休んでいてください。わたし、薬が創れるわけでもないので、こんな時くらいお役に立ちたいです!」

「・・・そっか、ありがとう」

 実を言うとぶっ続けで頭をフル回転させていたので結構疲れていた。彼女のやさしさに甘えるとしよう。自分で言うだけあって、ちなみちゃんの料理の腕前はすごかった。リズムよく玉ねぎをみじん切りし、鶏肉を切り、素早く卵の殻を割りかき混ぜる。その聞こえてくる音だけで料理がうまいことが分かった。

「できました!」

「うわあ、おいしそう!」

 できあがったオムライスは卵がトロトロで、バターの良い香りがした。夏芽ちゃんの分はラップをして冷蔵庫にしまい、先に二人でいただくことにした。

「「いただきます」」

 一すくい、オムライスを口に入れる。

「うま!めちゃくちゃおいしいよ、これ」

「ほんとですか?お世辞でも嬉しいです」

「いやいや、お世辞とかじゃなくて!ほんとにおいしい」

 どうやったらこんなにふわっとろにできるんだろうと思いながら、僕はパクパクとオムライスを食べ進めていった。

「えへへ、そんなにおいしそうに食べてくれると嬉しいな」

 こうして二人でテーブルを囲んで、ちなみちゃんの作った手料理を食べて、なんか幸せだなと思った。こんな状況、夏芽さんが若返ってなかったら来なかった。本当だったら楽しいんだろうけど、夏芽さんが後ろにいるという状況では、なんだか複雑な気持ちだった。

「夏芽ちゃん、早く目を覚ましてくれるといいですね」

「うん、それで、早くこのオムライスを食べさせてあげたい」

 僕は夏芽ちゃんの頭を優しくなでた。つくづく黙っていればかわいいのにな、と思う。

「・・・健さんって、本当に夏芽さんのこと、どうとも思ってないんですか?」

 僕は危うく掴んだ麦茶をこぼしそうになる。

「だ、だから!夏芽さんはただの先輩だって!・・・そういうちなみちゃんはどうなの?彼氏とかいないの?」

 言ってしまってから後悔した。軽はずみにこんなこと聞いてしまったけど、いたらどうしよう。

「もしいたら健さんを家に入れたりしませんよ」

 それもそうか・・・。僕は調子にのって「じゃあ、初恋はいつだったの?」と聞いた。

「えー、恥ずかしいなあ。こんなこと聞いて楽しいんですか?」

「うん、楽しい」

 僕は意地悪な笑顔をちなみちゃんに向けた。彼女は「じゃあじゃんけんして負けた方が話しましょう」と提案してきたので乗ってあげることにした。結果は、僕がグーで彼女がチョキ。運は僕に味方してくれたようだ。

「うー、分かりました、言いますよ!私が初めて恋をしたのは、小学2年生のときのことでした」

 小学2年生、僕がバラの女の子に恋して破れたのと同じ時だ。

「私、子どものときは今以上に人見知りがひどくて、クラスの人ともうまくなじめなかったんです。でもそんな時、いつも話しかけてくれた男の子がいて、その人が私の初恋の相手です」

 ちなみちゃんが好きになった男の子だから、きっと素敵でかっこよくて、優しい人なんだろうなと想像した。

「それで、告白したの?」

「したんですけど・・・だめだったみたいです」

 意外だった。ちなみちゃんの告白を断るなんて良いご身分だ、と少しやきもちを焼いた。

「ちなみちゃんでも振られたりするんだね」

「そんな!うまくいかないことばっかりです。まあ実を言えば、振られたわけじゃないんですけど。あれは8月の終わりくらいだったかな、お父さんの仕事の都合で引っ越さなくちゃいけなくなって、必然的にその男の子ともしばらく会えないって状況になったんです」

 どこかで聞いたことある話だなと思った。

「結局その子は引っ越し当日には来てくれなくて、もう諦めようと思ったんです。でも、そんな時、わたしに『このままでいいの?』って言ってくれた女の子がいたんです。私より年上で、血はつながってなかったけど本当のお姉ちゃんみたいな存在で、その子が言ってくれたんです。

『もうこのまま一生会えなくなっちゃうのかもしれないんだよ?それでも後悔しないの?このままでいいの?』

 私ははっとして、このままじゃだめだって、思ったんです。それでどうしようかって考えたとき、その子が提案してくれたんです。


『バラを持って告白とか、ロマンチックじゃない?』って」


 僕は目を見開いた。

 まさかちなみちゃんが?

「そう言われて、バラを届けに行ったんです。結局、その男の子には会えなくて、引っ越しの時間が来ちゃって。想いを伝えることはできなかったんですけどね?」

 これはただの偶然か?

でも、偶然にしてはつじつまが合いすぎている。

 僕の初恋も小学2年生のときで、僕が好きになった子も最初は全然話してくれなくて、でも話してみたらとってもいい子だってわかって、恋に落ちて。その子もすぐに引っ越さなくちゃいけなくなって、僕の想いを伝えることはできなくて。

 ちなみちゃんは、あのバラの女の子なのか?

「って、そんな真面目な顔しないでください!もう十年以上前の話なんですから、気にしてないですし」

「なっちゃん」

「えっ?」

まさかちなみちゃんが反応するとは思わなくて、僕とちなみちゃんは一緒になってびっくりしていた。

「・・・どうして、私の子どものころのあだ名知っているんですか?」

「それは・・・」

 僕の初恋の相手が、君かもしれないからー

「・・・ん?ここ、どこ?」

「な、夏芽ちゃん!?」

 僕はちなみちゃんの声につられ、後ろを振り返った。

 子どもに若返った眠り姫、夏芽さんが瞼をこすって起き上がっていた。







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