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闇夜の暁を越えて  作者: 高村志生子
3/3

芽生え 1

庇護してくれる親も帰るべき家も失った美咲を引き取ったのは父方の祖父母だった。

しかしそこに愛情はなかった。

息子夫婦を殺した者が見つからないこともあって、その怒りが孫娘に向かったからだ。

かつては可愛く思っていた、いや、本音では愛しているのだろう孫娘だったが、突然の不幸の悲しみのやり場がそこにしかなかったのだ。

「おばあちゃん」

「あっちへ行ってなさい」

一年が経ち、二年が過ぎても、祖父母から涙が消えることはなかった。

当時の衝撃が強すぎたため美咲自身が泣くことはなかったが、それもまた祖父母の憎しみを増長させていた。故に気づかなかった。美咲が真の笑顔を失っていたことに。

美咲の心は、あの日、雪の闇夜に凍らされたままだった。


そうして五年が過ぎた春、美咲は中学校を卒業する日を迎えた。燃えた家からは遠く離れた場所で暮らしながらも、美咲は寄辺のない心持ちのまま常に世界に違和感を抱いて生きてきた。

フッとした弾みによみがえる、あの日、すべてを奪った男の嗤い声。

なぜ両親は殺されなくてはならなかったのだろうか。その疑問は消えてなくなることはなかった。


「美咲ちゃーん」

キーンコーンカーンコーン。

卒業式の日はとてもよい天気で、気の早い桜が咲き始めていた。周囲ではクラスメイトが新生活への喜びに浮かれながらおしゃべりに興じていた。その中の一人が美咲に手を振ってきた。美咲は呼ばれるままに近づいていった。

癖のないさらさらな黒髪が一筋頬にかかっている。透き通るような肌は同級生の憧れの的だった。彼女たちは知らなかったが、心に負った傷が身体をも弱くさせていて、美咲はひどく疲れやすくなっていた。倒れることもしばしばあったため、運動はあまりせず、体育の授業も休みがちだった。それで日に焼けることも少なかったので、色白が強調されていた。その分、読書家で勉強ができた、いや、心のなかで荒れ狂う炎から逃れるためには勉強に打ち込むしかなかった美咲は、成績は優秀だがひ弱で、しかし精神的には頼り甲斐のあるお姉さまキャラとしてクラスメイトに愛されてきた。

「高校も一緒で嬉しい。また同じクラスになれたらいいね」

「そう、ね。よろしくね」

美咲は地元でも有名な進学校への入学が決まっていた。ほんの少しだけ、祖父母から離れたい気持ちがなかった訳ではないが、まだ時期ではないと感じていた。

愛なのか義理なのか、瞳の奥底に冷たさを宿しながらも祖父母は美咲の面倒をそれなりには見てくれた。けれど過敏な心は、些細な冷たさも余さず捉えて、その距離に常に一線を引いていた。

怒りと怒り、悲しみと悲しみ。同じ想いがぶつかり合い、美咲を疲弊させていたのは事実だった。

娘は父親に似ると言われることが多いが、美咲もまたそうだった。思慮深く、穏やかな物腰。癖のない美しい黒髪にほっそりした顎。瞳の大きな涼しげな眼。大人になる前の中性的な年頃は、特に似ているらしい。それが祖父母、特に祖母の悲しみを深くしていた。

美咲が髪を伸ばしているのは、少しでも父親との相違を作ろうとしたためでもあった。そう言ったことも美咲は感じ取っていた。

「美咲ちゃんは部活とかもう決めた?」

「この体じゃ運動部は無理だし。でも演劇には興味があるかも」

「あ、美咲ちゃん美人だし良いかも!」

「役者じゃなくて、脚本とか書いてみたいなって」

「脚本か~。中学では文芸部だったでしょ?それじゃだめなの」

「駄目な訳じゃないけど、より実践的と言うか、ね。動きがほしいなと思って」

「そうかぁ。夢があるんだ、いいなあ」

他愛ない会話を交わしているうちに、スーツを身にまとった担任教師が教室に入ってきた。ガタガタとそれぞれが席につく。


……やりたいことなど本当は何もなかった。

アノオトコヲミツケルコトイガイニハ。


そのためになにができるのか。犯人の行方については美咲にはなにも教えられていなかった。

捜査が続いていることは時おり刑事が訪ねて来るのでわかっていたのだか、美咲には子供だからと話しはさせてもらえないでいた。

しかしもう高校生だ。決して充分ではないが、大人への道は確実にたどっている。

心に閉ざされていた悪夢にもきっと耐えられるだろう。


そして転機が訪れた。

迷走中、迷走中(笑)

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