愚者の舞い 7
捜索の魔法をかけ終わるなり行動に移そうとしたモリオンを、ルーケは慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「どうした? 探索に必要な荷物はさっきお前に渡しただろう。 まだ何かあるのか?」
「荷物は正直ありがとう。 でも・・・。」
そう言いながら、襲撃された馬車を見る。
そこにはまだ、幼い姉弟と護衛の遺体がある。
何とかしてやりたい、だが、ルーケには名案が無いのだ。
だからこそ、引き留めたのだが。
「ほっとけ。」
答えは簡素だった。
「なっ・・・!!!」
「死体は死体だ。 生きてりゃ話は別だが馬も死んでるしどうにもならんだろ。 それともお前、押していくか?」
「そんな事出来るなら最初からやってるよ! それが出来ないから魔法使いであるあんたにどうにか出来ないかと・・・。」
他力本願だけに、最後は声に力を失う。
自分でなんとかできるなら、それにこした事はないし出来るようになりたい。
なんでもできる、助けられる、そんな男にルーケはなりたかったのだから。
「正直言うと方法はあるが、俺は遺体の回収など依頼されておらん。 依頼以外で何かしたいなら、自分の力と責任で行動しろ。」
「・・・あんたは・・・。」
「なんだ?」
「あんたには人の心が無いのか!?」
だから、モリオンの態度は許せなかった。
「どうにもできないなら仕方がないと諦める事も出来る! だがあんたはできるんだろ!? なんで・・・なんでそんな事が言えるんだ!!」
モリオンは熱く食ってかかるルーケを鼻で笑うと、足元に落ちていた短い枯れ枝を拾い上げてルーケに放り投げた。
「その枝を100個に折り分けてみろ。」
「な・・・! 無理に決まってるだろ!?」
受け取った枝は短く、100個に分けるには1ミリ程度で折らなければならない。
「それと一緒で魔法は無限じゃない。 それに、冒険者にとって一番大事なのは依頼の完遂だ。 今もし、俺が魔法で馬を生き返らせる事が出来たとしよう。 しかし、御者は死んでいない。 御者まで生き返らせる魔力も無い。 お前がその馬車を町に届けるとしよう。 その間、次に通りかかった旅人がゴブリンに襲われたらどうなる。 お前が受けた依頼はゴブリンを退治して街道の安全確保だろう。 違うか?」
「そうだ! その通りだ! だが、ゴブリン退治に行っている間にこの子達はどうなる!? 野生の獣に食われ、山賊に金品を奪われて、遺族には何も残らないじゃないか! 遺体だって・・・親の元へ行けないんだ!!」
「生物は死して土に返る。 人間だけだ、そんな感傷に拘るのは。」
「拘って何が悪い!? 親しい人を失えば、誰だってせめて安らかに眠れるようにしてあげたいと思うさ!!」
「ハッハッハ。 若いねぇ。」
「若くて悪いか!!」
「その気持ち、いつまで持ち続ける事が出来るかね。」
「いつまでだって持ち続けるさ! 俺は俺、他の何者でもない!」
「その青臭さ、いつか足を掬う事になるかもしれん。 だが・・・嫌いじゃないな。」
「え?」
「お前の心意気に免じて、協力してやろう。」
「ほ、本当か・・・?」
「その代わり、依頼料残り半分も貰うぞ。」
「ハゥッ。」
「どっちにしろお前じゃ依頼を達成できなかったんだ。 文句はないだろ?」
そう言われればグウの音も出ない。
依頼は目的を達成し、生きて帰らなければならない。
ゴブリンキングとの戦いで死んだと考えれば、確かに仕事は失敗だ。
しかも、最初の段階で死んでいた筈だから、そこの遺体となんら変わりはない。
「ま、俺には苦労に見合わん安賃金だが・・・冒険者とはそんなものだと心しておけ。 それに依頼料無しと言っても、お前には貴重な経験だ。 安い授業料とでも思え。」
「チェッ。 他人事だと思って。」
「なんならさっき渡した装備代金も請求してやろうか? 今回の依頼料では揃わんぞ。」
「えぇ!? そんなに高いの!?」
「中身を確認してみろ。 全て一流品だ。 いいか、冒険者は己自身の肉体・知恵、装備と準備した物、全てをフルに活用しなければ生き延びれないし依頼も達成出来ん。 そのためには高くても一流品を揃えておくことだ。 安物のロープで断崖絶壁を降りる気になるか?」
「それは・・・別の意味で怖いな・・・。」
「今回は気紛れだが協力してやる。 その装備一式も冒険者になったお祝いがてらくれてやる。 次からはちゃんと仲間を募って、パーティを組んでから依頼を受けるんだな。 さて、いい加減日も暮れてくる頃だ。 チャッチャとやってしまうか。」
「で、どうすんだ?」
「黙って見てろ。 異界の力、異界の方程式。 グレス・ブケラ・ムルヘ・・・」
モリオンは腰の小剣を抜き、胸の高さで構えると、歌うように呪文を唱え始めた。
それはやがて踊るような身振り手振りも加え、やがて魔法は完成した。
「あるべき姿、過去の鏡、我が真の名において、汝ら在りし姿を取り戻せ!」
ボウッ! と、馬車全体を包み込むような巨大な魔法陣が突如淡く輝きながら出現し、4人の遺体と馬の遺体が淡い光に包まれ輝きだす。
「おおおおぉ!? すすす、すげぇ・・・!!」
驚嘆するルーケの目の前で、やがて光と魔法陣は消え去り。
「ブヒヒン!?」
と、矢を抜け落としつつ馬が突如起き上がった。
「おお!? い、生き返った!?」
そんなルーケに構わず、モリオンは馬車に歩み寄ると、乱暴に護衛の体を引き摺り下ろした。
「ぐあ!!」
その衝撃で護衛も苦痛の呻きを漏らし。
「ひぃ!?」
男の子が引きつった悲鳴を上げてモリオンから逃れようとし、背後の姉にぶつかって転がり、慌てて這いずりながら馬車の奥へ引き籠って身を縮める。
「・・・ここは・・・?」
何が起きたのかわけも分からないまま死んでしまった幼い少女は、キョトンとモリオンを見上げる。
「な、なんだお前は!?」
痛みに顔をしかめつつ、護衛が慌てて起き上がろうとして・・・鎧の重さで失敗し、転げてモリオンを見上げつつそう怒鳴る。
護衛にしてみれば、意識が戻るなり馬車から引き摺り下ろされたのだから普通の反応ではある。
「ゴブリンの襲撃にあったのです。 ですが、我々が退治しました。 もはや安全ではありますが、日暮も近いので急いで町に向かった方がいいでしょう。」
そう言いながら、まだ足元で意識の戻らない御者を蹴り起こす。
「あ、あの、お名前を・・・。」
姉の方は幼いながらもなかなか聡明なようだ。
どこかの貴族なのかもしれない。
「名乗るほどの者では」
「俺はルー ゴゲッ!」
自分から身を乗り出し、名乗りを上げようとしたルーケの顎を素早くアッパーで突き上げて黙らせ、モリオンはサッサと森の中へと足を向けた。