愚者の舞い 6
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
(阿呆・・・今、阿呆と言ったか? 助けてくれたのは嬉しいが、阿呆??)
何が何だか分からんと言った顔で見返す若者に、中背の男、モリオンは再び口を開いた。
「阿呆で物足りないならど阿呆だな。 お前ほどの阿呆は正直なかなか見る事ができん。」
思いっきり見下した目で言われ、思わず若者は激怒した。
「なんだよいきなり! あんたにそんな事言われる筋合いはねぇ!!」
「ある。」
返答は予測していたかのように即答だった。
「なんだとぉ!?」
「お前がろくに依頼の内容も聞かなければ理解もしないで飛び出す阿呆だから、俺がこんな苦労をしなきゃならん。」
「あんたが何者か知らねぇが、だったら俺が死のうがどうしようがほっとけばいいだろ!?」
「そうしてもいいならそうするがな。 まあ、阿呆じゃないと言うなら説明させてやろう。 着のみ着のままで飛び出して、これからどうするつもりだったんだ?」
「どうするって、そりゃ、森の中を捜索してゴブリンの巣を潰すだけだろ!?」
モリオンはやっぱりなぁという顔で納得すると、思いっきりこれ見よがしにため息を盛大についた。
「ななな、なんだよ!? 何かおかしい事を」
「ほんっっっっっっっきで阿呆だなお前。」
「なにおぉ!?」
「森の捜索するのにどれだけの時間がかかるんだ?」
「え? だって森だろ? 数時間で済むだろ普通。」
もう一回これ見よがしに盛大な溜息。
「だからっ!!」
「この森は街道で突っ切る分には1時間もかからん。 だが、それは一番薄い部分を通っているからだ。 言ってしまえばヒョウタンのくびれ部分を街道は通っている。 大きく膨らんでいる部分は実に広大な面積があり、しかも木々は自然に伸びた物で視界は利かないし移動も困難だ。 そんな場所をたった一人で捜索する無謀さも天然記念物に指定したいくらいだが、挙句に装備もろくに持たない無謀さは見世物小屋開ける珍しさだ。」
「・・・え?」
「つまり、お前は阿呆だと言う事だ。」
「だからっ!!!!」
「ほれ。」
そう言って、背負っていた背負い袋の一つを足元に放り投げられ、若者は意表を突かれて言おうとした言葉を飲み込んだ。
「必要な荷物はまとめておいた。 やるから自分で持て。 どうせ用意はしてないだろ?」
「うっ・・・。」
「初心者の癖に仲間とパーティも組まず、飛び出すから阿呆だと言うんだ。 いいか、冒険者に成るのは名前を宿で書けば登録できて冒険者に成れる。 だが、生き残る事が出来るかどうかはそいつ次第だ。 お前は自分の過ちで一度死んでいる事を忘れん事だな。 普通ならさっきのゴブリンキングにやられて終わりだ。」
「ゴブリンキング????」
何それと言わんばかりの若者に、モリオンは苦笑いを浮かべる。
「そう言う知識は魔術師の分野なんだがな。 それも仲間を集めてパーティを組めば解消できるだろうよ。 まあ、今回は俺が教えてやろう。 生憎俺も魔術師だしな。」
「魔術師!? あんたが!?」
「他に何に見えるって言うんだ?」
「戦士。」
「こんなか弱い戦士がいるか。」
いやまて、そこまで体格が良くて剣で戦う魔術師なんて聞いた事ねぇぞ。
そうは思うが、それを言ったら亡き者にされそうな予感がして沈黙する若者であった。
「ところでお前の名は? 阿呆と呼べばいいと言うなら聞く必要も無いが。」
「阿呆言うな! 俺にはルーケと言う名がある!」
「・・・ルーケ? どこかで聞いた事がある名だがまあいいか。 ゴブリンキングと言うのはだな。」
「まあいいかって。」
「ゴブリンの中でも支配階級の存在で、力も強いし知能も普通のゴブリンより多少ある。」
「無視かよ。」
「教えてやってんだから聞け。」
ゴスッと、避ける事も出来ないような素早さで、小剣を収めたままの鞘で脳天を打ち下ろされて蹲る。
「ふぬおおお・・・・・。」
「普通のゴブリンは駆け出し戦士並みの力量があるが、キングとなるとベテラン並みに強い。 また、キングのいる集落には大概ゴブリンシャーマン(精霊使い)やメイジ(魔法使い)もいるから、危険度は倍増だ。 ようは、お前一人で万が一なんとか巣を見つけたとしても、勝ち目はない。」
「そ、そんなに!? だってゴブリンだぜ!?」
「阿呆。 ゴブリンだって種類があるんだ。 さて、いつまでも油売ってるといつまで経っても解決しないな。 行くぞ。」
「え??」
「お前が依頼を受けたんだろうが。 お前が果たさんでどうする。 今回はギャラ折半で協力してやる。」
「半分・・・。」
「本来ならお前のような足手纏いなんか1銭も貰えねぇよ。 冒険者と言う仕事を舐めるな。 ・・・ともかく、この木は邪魔だな。」
そう言いながら街道を塞ぐ大木に歩み寄ると、モリオンは片手で持ち上げて、邪魔にならない場所に放り投げた。
「・・・・・・か弱い?」
ボソッと言うルーケを無視して、モリオンはキングの遺体に再び歩み寄ると、小剣を抜いて遺体に剣の腹を添えた。
「あくたの可能性よ。 時を戻せ・・・。」
「・・・? なにやってんだ?」
「捜索の魔法だよ。 こいつの辿って来た道を辿れば巣に辿り着くだろ?」
「そんな魔法もあるんだ。」
「あるよ。」
ちなみに捜索は黒魔法でも中級魔法に属するが、モリオンの使った魔法は喪失魔法である。
普通に伝わる捜索魔法は、先に魔法をかけておいた自分の持ち物などの場所を特定できる魔法である。
魔法の知識のないルーケにはそんな違いなど分からないが。
そもそも魔法の種類も良く分かっていないのである。
魔法には大雑把に分けて、精霊魔法・黒魔法・白魔法がある。
この他に特殊な魔法として、竜語魔法と暗黒魔法などがある。
精霊魔法とは、妖精界や身の回りにいる精霊達に、強制・協力・お願いなどをして力を借り、自らの魔力を媒体にして具現化する魔法。
自然的な魔法が多く、木を生き物のように動かすトレントなどが有名。
白魔法は主として回復系。
治療を主体とするが、結構複雑で困難な分野である。
怪我をした場合、病気の場合と使い分けないと、逆に負傷させたり悪化させる。
黒魔法は破壊魔法が主体であり、一番魔法使いと言うにふさわしい系統である。
火炎球や氷の矢など、魔法の媒体を通して具現化し、相手を攻撃する。
この他、各系統とも儀式魔法と呼ばれる魔法も存在する。
魔法陣を描き、長い呪文詠唱により効果を上げたり、専用の強力な魔法などを行使できる。
メテオと言う小隕石を落とすような魔法が代表例だろうか。
人間が覚えて使える魔法はこの4種類であり、竜語魔法などはそれぞれの種族専用魔法などになる。
また、複数の系統を扱える魔法使いを、魔導師と呼ぶ。




